第32話 なずなとひまわりちゃんの出会い

 あの時の子がひまわりちゃんだったのか!

 じゃあ私たちは五年くらい前に会ってたってことになる。


 そっか、そうだったのか。

 てっきり野球チーム関係のことだけだと思ってたのに。

 そんな所でつながっていたなんて。


 しかもそれをひまわりちゃんはずっと覚えててくれたんだ。

 あの時の一年生かぁ……。


「そっかそっか、あの時からひまわりちゃんは私のことを見ててくれたんだ」

「うう……、そうですよ、あの時に私はなずなさんに憧れたんです」


 そんな前から私たちは出会ってたんだ。

 でもあれから五年も経ってたまたま再会するなんてね。

 しかも偶然近くの河川敷で野球をしてたところに。


 もっと前に出会っててもおかしくなかったはずなのにね。

 だって家も近いし、親同士も知り合いだし。

 逆によく五年間も会わなかったもんだ。


 まあ、私はひまわりちゃんの顔を覚えてなかったし、今とあの頃ではパッと見で一致はできないだろう。

 そんな私たちが今こんなに仲良くできてるのはすごい奇跡なのかもしれない。


 だからこんなにもひまわりちゃんは懐いてくれているのか。

 いや、それにしてもなんで私だったんだろう。


 ただ手をつないで歩いただけでこんなに好かれるなんてチョロ過ぎないだろうか。

 あれ、でも、あの時私は何かすごく目立つことをしてた気が……。


「あの時のなずなちゃんは、転んで泣きそうだったひまわりちゃんをお姫様抱っこして入場してきたんだよね」

「そうだ、そうだった! 思い出した!」


 そうそう、そんなことしてたなぁ。

 お姫様抱っこなんて、そんなつもりじゃなかったんだけど。

 ただ目の前で一年生が泣きそうになって、それで焦ってやったんだ。


 結構目立った気がするけど、紅葉さんはあの時に私のこと気付かなかったんだなぁ。

 まあ私もけっこうあの頃から変わってるしね。


「あ~あ、バレちゃった」

「うふふ、ずっと好きでいてくれたんだね。ありがとう」


「別にあれだけが理由じゃないですけどね」

「そうなの?」


「うん、あれはきっかけで、今みたいになったのはなずなさんが野球をしてるところを見たからです」

「やっぱり野球なんだ」


「はい。あの後、なんとかなずなさんのことを調べて、野球チームのことを知って見に行ったんです」


 一年生なのにすごい行動力だなぁ。


「ピッチャーをやってて、投げる球が100キロ越えてて、次々に三振を取ってたなずなさんがかっこよくて、それで憧れたんですよ」

「そっか~」


「私が野球チームに入った時にはもうなずなさんは卒業しちゃってたし、名前も知らなかったし、あの後どこに行ったのかわからなくて」

「まあ小学校と中学校じゃ無理もないよね」


「それがあの時偶然再会できて、嬉しくて、どうしたらいいのかわからなくなって」

「でも思い切って声を掛けてくれたんだね。私も嬉しかったよ、こんなかわいい子に声をかけられて」


「なずなさん……」

「ひまわりちゃん……」


 見つめ合う私たち。

 ほんのりと頬を赤らめるひまわりちゃんがとてもかわいい。

 この歳にして、五年以上も想われるなんてそうそうないだろう。


 私はかなり恵まれている。

 すごい幸せ者だ。

 やっとしっくりきた。


 ずっとひまわりちゃんからの好意がどこから来るのかわからなかったんだ。

 そりゃ五年ぶりくらいに再会できたら嬉しくて暴走しちゃうよね。

 私やお母さんが柑奈ちゃんに甘々なのも同じような理由だもん。


 ひまわりちゃんが私なんかにむけてくれる好意は素直にうれしい。

 私もひまわりちゃんの気持ちに少しでも応えられるように頑張ろう。


「私にとってなずなさんはいつもいつでも憧れの人だったんです」

「ありがとうひまわりちゃん」


「なずなさんは柑奈ちゃんのことが大切なんだと思うけど、ふたりきりの時くらいは私のことを一番に想ってほしい……」

「ひまわりちゃん……!」


 かわいい、かわいすぎるよひまわりちゃん!

 私は思わずその小さな体をぎゅっと抱きしめ、ひまわりちゃんの顔を私の胸にうずめた。


 ああ、私はなんて幸せ者なんだろう。

 ずっと小さな女の子を追い求め続けた日々。

 でも女の子たちは遠い存在で、きっと高校生になった私とは交わることのないものだと思っていた。


 それなのに、私には五年以上も自分のことを想ってくれる天使がいた。

 離れ離れだった柑奈ちゃんと一緒に暮らし始め、そしてひまわりちゃんたちともお知り合いになれた。


 手に入らないと思っていた日々は、案外近くにあったのだ。

 私の努力はちゃんと実ってくれた。


「……ごほんっ」

「あ……」


 先生がいるのすっかり忘れてた。


「ふたりがラブラブなのはいいんだけどね。ひまわりちゃんにはそろそろ戻ってもらわないと……」

「ええ~!? 今の話を聞いて、それでも連れ戻すって言うの?」


「それとこれとは話が別なの!」

「ぐぬぬ……」


 でもまあ、結依ちゃん先生にこれ以上迷惑かけるのも申し訳ないか。

 私は横目でひまわりちゃんの様子を見る。


 ひまわりちゃんはまるでしおれたひまわりのようにしょんぼりとしていた。

 こんな姿見てたくないよね。


「結依ちゃん先生! 私からもお願い! ちゃんと私も見てるから、今夜は私の部屋で預からせて」

「なずなちゃんまで……」


 私が手を握りながらお願いすると、先生が急に目を泳がせ始める。

 これは……、いけるかもしれない。


「結依ちゃん、おねが~い……」

「ぶほっ」


 先生の口から変な声が漏れる。

 やっぱりそうか。


 昔から先生とはやたら目が合うからうすうす気づいてはいたんだ。

 この人は私たちと同族だ。


 私ほどこじらせてはいないと思うけど、年下の女の子が好きなんだろう。

 しかも恐らく、年下のおっぱい大きい女の子が大好きなんだと思う。

 私は握った手をわざと軽く胸に当てる。


「ダメよなずなちゃん、そんなことされたら私……」

「結依ちゃん……?」


「私……、潤っちゃうぅぅ!!」

「こんなところで潤わないで!?」


 結依ちゃん先生は私の想像を超えて変態だった。

 ……まさか本当に潤ってないよね?


「ふぅ……、危ないところだったわ……」

「ねえ結依ちゃん、ちゃんと先生出来てる?」


 この様子だととても危険な先生をやってる気がするんだけど……。


「失礼な、私は小学校の先生が天職だと思っているわ」

「そうなの?」

「いや~毎日楽しいよ~? だって右を見ても左を見ても小学生がいっぱいだからね」


 ダメだこの人。

 私が言うのもなんだけど、小学生たちが危険だと思う。


「今のお気に入りはこの子なの」

「は?」


 結依ちゃん先生は堂々と私にスマホの写真を見せてくる。

 そこに写っていた女の子は知らない子だったが、確かにかわいかった。


 ただ写されている子は写真を撮られていることに気づいていない気がする。

 つまりはアウトだ。


「うふふ、この子なずなちゃんに似ててお気に入りなの~」


 似てないと思うんだけど……。

 あえて似てる所をあげるとしたら、胸の大きさと髪型くらいだろうか。

 今の私じゃなくて、あの頃の私だけど。


「結依ちゃん、これはダメだ、教師としてどうかと思う」

「なずなさんがそれ言っちゃうんだ……」


 私が結依ちゃん先生にむけた言葉にひまわりちゃんがつぶやく。

 まあそうなんだけど。


「これダメなの?」

「ダメでしょ」


「ちゃんと許可貰ったよ? お金とお菓子を渡して……」

「結依ちゃん……、完全にアウトだよ」


「でもでも、あの頃のなずなちゃんもお金とお菓子で写真撮らせてくれたじゃない?」

「写真を撮られた覚えも、お金とお菓子を貰った記憶もないんだけど……。それ全部結依ちゃんの妄想じゃない?」


「え……、嘘よ……、そんなことって……」


 結依ちゃん先生は自分の体を抱いて、青い顔をしながらガクガクブルブル震え始めた。

 あ、これ本当に危ないやつだ。


「ふふふ……、ふふふふふ……」


 あ、これ本当に危ないやつだ。

 そして結依ちゃん先生は急に顔をあげて満面の笑みを浮かべる。


「ひまわりちゃん、今夜は特別に見逃してあげるわ! それじゃ!」


 結依ちゃん先生はそう言って片手をあげると、逃げるように走り去っていった。

 足の速さで私に勝てると思っているのだろうか。

 逃がさないよ。




 この後すぐ捕まえて、強引に連絡先を交換した。

 それからさっきの女の子の写真はとりあえず消去させて、かわりに小学生の頃の私の写真を壁紙に設定しておいた。

 ひとまずこれでなんとかなるだろう。

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