第31話 ひまわりちゃんと結依ちゃん先生
夜になって、私と茜ちゃんはお風呂に入った後、自分たちの部屋でのんびりまったりくつろいでいた。
「ねえ茜ちゃん、どうして私のベッドに枕がふたつあるの?」
「え? 一緒に寝るんじゃないの?」
「……」
なんか最近茜ちゃんが怖いなぁ。
もしかして私は狼を部屋に入れてしまっているのかも知れない。
そんなことを思いながら、とりあえず茜ちゃんの枕をもう一つのベッドに移していると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
私たちに用事なんて珊瑚ちゃんたちくらいじゃないだろうか。
そう思いながら扉を開くと、そこにいたのはひまわりちゃんだった。
「ひ、ひまわりちゃん!?」
「こんばんは、なずなさん」
「どうしたのいったい」
「えへへ、遊びに来ちゃいました」
「大丈夫なのそれ……、学校行事の夜って結構厳しかった気がするけど……」
「もちろんこっそり抜けてきましたよ」
「大丈夫じゃないよねそれ!?」
私が小学生の頃は、それはもう見張りと巡回で抜け出せる機会なんか起きてる時間にはなかったよ。
トイレすら自由に行かせてもらえない、厳戒態勢かっていうくらい厳しかった。
ひまわりちゃんはよくここまでたどり着けたもんだね。
今はそこまで厳しくはないのかな?
とりあえずひまわりちゃんを部屋に入れてあげると、いきなりベッドにむかってダイブした。
「今夜ここでなずなさんはおやすみするんですね~」
「そっちは茜ちゃんのベッドだよ」
「……」
茜ちゃんの寝るベッドにダイブしていたひまわりちゃんは、私の言葉ですっと立ち上がり、改めて私の寝るベッドにダイブした。
「今夜ここでなずなさんはおやすみするんですね~」
「やり直すんだ……」
ひまわりちゃんは私の使うベッドの上でゴロゴロとしている。
そんなことをしている間にひまわりちゃんの甘い香りがしみ込んでいくのだろう。
そこで私が今夜寝るのだと思うと非常に興奮する。
妙なことをしないように自分を抑えないとね。
「ねえねえなずなさん、今夜一緒に寝てもいいですか?」
「うほっ」
ひまわりちゃんがあまりにも突然魅力的なことを言ってくるから、変な声出ちゃったじゃない。
「いやいや、私もそうしたいと思うけど、さすがに戻らないとダメでしょ」
「え~、何もしませんから~」
「いや、別に何かされるとか考えたわけじゃないよ!? でもダメだよ、怒られるのはひまわりちゃんなんだから」
多分だけど……。
「む~、なんか最近のなずなさんは私に冷たいです~」
「え? まったくそんなつもりはないんだけど……」
むしろ柑奈ちゃんよりもイチャイチャラブラブしてるような気がしてたんだけどなぁ。
もはやこの程度では満足していただけないということだろうか。
しかしあまり行き過ぎると、紅葉さんに知られたら大変だ。
紅葉さんからお母さんに伝わり、柑奈ちゃんにも知られ、そして社会的に干されてしまうかもしれない。
でもでもひまわりちゃんを抱き枕代わりに抱いて寝るというのは非常にそそられる。
できればこんな場所ではなく、私の部屋かふたりきりの場所でその夢を叶えたい。
ということで血の涙が出そうなほど惜しいのだが、ここは鋼の心で拒否しなければならないだろう。
「なずなさ~ん、お願い~」
「うっ」
鋼の……心で……。
「なずなさ~ん」
「うぐぐ……」
かわいい、かわいすぎる。
そんな目で私を見上げないで欲しい。
このままでは私の中のブレーキが壊れてしまう。
なんとか話を逸らすか……。
というか茜ちゃん、助けてよ……。
ちらっと茜ちゃんの方を見ると、何か困ったような表情でスマホを見ていた。
あちらも何か起きてるみたいだ。
ここは私一人で乗り切らなければならない!
「ねえひまわりちゃん、のど渇かない? 何か飲み物を買いに行こうか」
「あ、誤魔化しましたね~」
「誤魔化してないよ。ほら夜も長いことだしね」
「しょうがないなぁ、そういうことにしておきましょう」
「じゃあ行こっか」
「は~い」
私が部屋の扉を開くと、ひまわりちゃんは当然のように私の手を握って隣に並んだ。
いかん、このままお姫様抱っこして家に持ち帰りたい……。
「なずなさんの手、やわらかくて温か~い」
「……っ」
いかん!
沈まれ!
私の中に眠るケダモノよ!
「えへへ~」
ひまわりちゃんのふにゃっとした笑顔で、ついに私の中で何かが崩壊し、その体に思わず手を伸ばしかけた。
しかし、今の私はひまわりちゃんに手を握られている。
そのおかげで私は何もすることなく、この危機を乗り越えることができた。
危ない危ない……。
その後、何とか施設内にある自販機スペースまでたどり着き、ふたりで飲み物を選ぶ。
「ひまわりちゃんどれにする? 私のおごりだよ」
「コーヒーで」
「おとな~」
「そうですか?」
「生クリーム入りのやつ?」
「ブラックで」
「おとな~。寝られなくならない?」
「どうせなずなさんが寝かせてくれないんでしょ?」
「ぶふっ」
なんてこと言うんだこの子は……。
茜ちゃんも同じ部屋にいるのに何もしないって。
いなくても何もしないからね。
そもそもまだ私の部屋で寝るって決まってないし。
「なずなさんは何飲むんですか?」
「いちごオレかな」
「へ~、こどもっぽいですね」
「高校生はまだまだこどもなんです~」
私はわざとこどもっぽく言いながら、ついでに茜ちゃん用にフルーツオレも買っておく。
もう一個ついでにミネラルウォーターも買っておこう。
飲み物を買い終えて部屋に戻ろうとしていると、そこに誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
この施設にいるんだから小学生の可能性大だよね!
とワクワクしながらチラッと目をむけてみると、残念ながら大人の女性だった。
いや、しかし意外とかわいらしい方なのではないかな。
そう思っていたら、その女性は私の知っている人だった。
「あれ? あれあれあれ? もしかしてなずなちゃんじゃない!?」
「結依ちゃん先生!?」
その女性とは、なんと私が小学生の時に担任だった古橋結依先生だった。
明るくてやさしくて、こどもっぽいところもあるけど、しっかりしたお姉ちゃんみたいな人だ。
包容力があり、私はこの先生が大好きだった。
胸は残念だが……。
卒業前には、先生というより年上の友達みたいになってた気がするくらい仲が良かった。
たまに連絡は取ってるけど、直接会うのはひさしぶりだ。
「いや~、すっかり大きくなったねぇ」
「ちょっとどこ触ってるんですか!」
「あはは、だって立派に育ってるから」
「結依ちゃん先生はあいかわらずぺったんこですね」
「別になくてもいいんだよ、邪魔なだけだし。こうやって人のを揉めばいいんだから」
「いやいやいや」
何言ってるんだろうこの人。
しばらく会わないうちに変な人になってしまったのかな。
「先生も何か買いに来たの?」
「違うよ、ちょっとひとり脱走した生徒がいるから探してるだけ」
「え、それって……」
間違いなくひまわりちゃんのことだよね。
「さあ、なずなちゃんの後ろに隠れてないで、帰るよひまわりちゃん」
「え~、私はなずなさんと一緒に寝るの!」
「そんなこと許されるわけないでしょ?」
「む~」
「あなたたち家近いんでしょ? お泊りくらいいつでもできるじゃない」
「旅のテンションで一緒に寝ることに意味があるの!」
「ごめん、意味がわからないよ」
結依ちゃん先生大変そうだなぁ。
あとでココアでも奢ってあげようかな。
「あのねひまわりちゃん、憧れの人と仲良くなれてうれしいのはわかるけど、あんまりわがまま言ってると愛想を尽かされちゃうよ」
「うう……」
うん?
あれ、もしかして結依ちゃん先生はひまわりちゃんの事情を知ってるのかな?
「ねえ、私が憧れの人ってどういうこと? 私たちが知り合ったのってちょっと前だよ?」
「うん? 気付いてなかったんだ?」
やっぱり結依ちゃん先生は、ひまわりちゃんがなんで私にこんなにも懐いているのか知ってるんだ。
「あわわわ……」
私たちの会話を聞いていたひまわりちゃんが急に慌て始める。
なにか聞かれたくない理由でもあるのかな。
「ひまわりちゃんは、なずなちゃんが六年生の時、入学式で手をつないで一緒に入場した一年生だよ」
「え、ええええええ!?」
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