第24話 イケナイ撮影会

「なずなさん、着替え終わりました」

「おおっ、じゃあ入るよ~」


 ドアの前で待機していた私は、ひまわりちゃんの合図で自分の部屋へと入る。


「ど、どうですか?」

「うひょおおおお~!! かわいい!」


 私の目の前には水着姿のひまわりちゃんがいる。

 コンビニスイーツと引き換えの撮影会という、それだけ聞いたら完全にアウトなことを私は今しているのだろう。


 一度家に帰ったひまわりちゃんは、自分の水着を持って来て、さっきまで私の部屋で着替えていたのだ。

 正直越えてはいけない一線を越えた気がしないでもないが、同意の上なので許してね。


 というわけで、私はこの奇跡のような時間を与えてくれた何かに感謝をして、天使のようなひまわりちゃんを激写することにする。


「ああ、ああっ、かわいい!」

「うう~、なずなさんの前だと水着姿でも恥ずかしい……」


「いいよ、いいよ! その表情がさらにいいよ!」

「ひゃ~」


 ひまわりちゃんが恥ずかしそうに顔を赤くしていることや、くねくねとしながら体を隠そうとする仕草がさらに私を盛り上げる。

 それに私の普段生活している部屋に、水着姿のひまわりちゃんがいるという非日常感がまた興奮する。


「そうだ、ちょっと着て欲しいものがあるんだ」

「え?」


 私はクローゼットに入れてあるラッシュガードパーカーを取り出し、ひまわりちゃんに手渡す。

 もちろん私の物なのでひまわりちゃんには少し大きい。

 それがまたいい感じにぶかぶかしていてかわいい。


「うひょっ、いいよ! かわいいよ!」

「さっきよりも隠れてるところ多いのに、さっきよりも恥ずかしい気がする」

「く~、いいね!」


 私はもはや人間の限界を超えたのではないかというような動きをしながら、ひまわりちゃんをあらゆる角度から激写する。

 こんなところをもし紅葉さんに見られたらどうなるんだろうね。


 もう二度とひまわりちゃんに会えなくなるのかな。

 それどころか、私はお縄につくんじゃないだろうか。

 いや、きっと大丈夫だ、私は無敵だ。


 そんな時、そ~っと私の部屋のドアが開く音がして、そしてひまわりちゃんの表情が固まった。

 嫌な予感がして、背中が冷たくなりながら後ろを振り返る。


 そこにはドアの隙間からホラーのような表情でこちらを覗き込む柑奈ちゃんの姿があった。


「何……してるの?」

「えっと、撮影会を少々……」


「大丈夫なの? そんなことして……」

「ちゃんとひまわりちゃんはオッケーしてくれたよ? お礼にお菓子もあげるし」


「余計に大丈夫じゃなくなった気がする」

「やっぱり?」


「うん。でも大丈夫だよ、まだ方法はある」

「そうなの?」


「私が姉さんの水着姿を撮ればばっちり」

「ごめん、柑奈ちゃんが何言ってるかわからないよ」


 急に鼻息を荒くした柑奈ちゃんがとんでもない提案をしてくる。

 いったい何がばっちりなのだろうか。


「み、水着なんてすぐ出てこないかな~」

「なら下着でいいでしょ。なんなら裸でいいんじゃない」

「よくないよ!?」


 私がとっさにした言い訳もなかなか苦しいが、柑奈ちゃんの返しもひどすぎる。

 やはり実の姉妹だということか。


 私の言動や行動は、周りからするとこんな風に見えてるんだな。

 これはひどい……。


 今後は自重しないといけないかも。

 できるかわかんないけど。


「いいから脱ぐの!」

「きゃ~!!」


 柑奈ちゃんは突然タガが外れたように、ドアを開けて私に襲い掛かってきた。

 それはもう飢えた獣のようだ。


 私も必死に抵抗するけど、柑奈ちゃんに怪我をさせるわけにもいかないのでどうしても力加減をしてしまう。

 でもそれだと今の暴走柑奈ちゃんを止めることはできない。


「や、やめて、柑奈ちゃん……」

「はっ」


 私の服は乱れて、下着がチラ見えするくらいにはなっていた。

 そこで柑奈ちゃんは一度手を止める。

 正気に戻ってくれたのかな?


「今の姉さん、いい顔をしてる」

「ひぃっ」


 駄目だった。

 私は、その体のどこにそんな力があるのかと思ってしまうような怪力でベッドの上に放り投げられしまう。


 そしてどこから取り出したのか、手には一眼レフカメラが握られていて、柑奈ちゃんによる撮影会が始まってしまった。


「……その一眼レフカメラはどうしたの?」

「珊瑚お姉様におさがりをもらいました」

「すごっ」


 でもその珊瑚お姉様は私と同じスマホのカメラを使ってたんだけど……。

 珊瑚ちゃんはやっぱりガジェット好きなのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、柑奈ちゃんは残像すらも見えるような速さで動き回り、そしてすさまじい連射音が聞こえる。


「いいよ姉さん! フヒヒヒヒ!」

「わあ~ん、いつもの柑奈ちゃんじゃな~い!」


 私はもうなるべく恥ずかしいところが写らないように手で隠すことが精一杯だった。

 豹変した柑奈ちゃんにひまわりちゃんもドン引きだ。


 ドン引きだけど、ひまわりちゃんもスマホのカメラを使って私のことをこっそり撮影している。

 助けてくれる気はないみたいだった。


 すべてに見放された、そう思った時、私に救いの天使が舞い降りる。


「柑奈ちゃん……、何をしているのかしら?」

「ひぃっ!」


 柑奈ちゃんの表情が一瞬で凍り付く。

 そして恐る恐る後ろを振り返ると、そこには凍てついた目で柑奈ちゃんを見下ろす母がいた。


「柑奈ちゃん、ちょっとお話ししましょうか?」

「あ、いや、これは、違うんです……」


「何が違うの? 今なずなちゃんのこと撮ってたわよね?」

「……はい」


 怖い、普段怒らないだけにすごく怖い。

 なんでこんなに怒っているのかわからないけど怖い。


「ごめんねなずなちゃん、ちょっと柑奈ちゃん借りていくわね」

「あ、はい、どうぞ……」


 ごめん柑奈ちゃん、私はさっきまでの撮影会で気力がないの。

 母に連行されていく柑奈ちゃんを私はただ見送ることしかできなかった。


「あはは……、私今日は帰りますね」

「あ、ごめんねひまわりちゃん、変なことになっちゃって」


「いえいえ、続きはまた今度ですね」

「次があるんだ!? ありがとうひまわりちゃん! あ、お菓子は持って行ってね」

「わ~い」


 私は玄関までひまわりちゃんをお見送りしに行く。

 その時、一応くぎを刺しておくことにした。


「ひまわりちゃん、さっき私の写真撮ってたよね」

「バレてましたか」


「ちゃんと消してね」

「は~い、わかりました~」


 絶対に消さないな、これは。


「それじゃなずなさん、また明日~」

「うん、バイバイ~」


 ひまわりちゃんは元気に手を振って帰っていった。

 ……また明日か。


 なんだか会うのが当たり前みたいに思ってもらえてるんだね。

 幸せだなぁ……。


 ちなみにその夜、柑奈ちゃんの奇行に関する家族会議が行われたのだった。

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