第17話 珊瑚の思い出話

「私、実はずっと人見知りの激しい性格だったんです」

「そうなの?」


「はい、私はずっとマンガやアニメで見るような高校生活にあこがれてて、このままじゃいけないって思っていたんです」

「なんかわかるなぁ。キラキラした日常ってあこがれるよね」


「でも私には知らない人に話しかけるだけの勇気が出ず、入学式の日もほとんど話すことができずにいました」


 なんだか今の珊瑚ちゃんからは想像できない話だなぁ。

 逆に黙っていても、こんなきれいな人がいたら声を掛けちゃいそうなもんだけど。


「ついに1日が終わり、もうお母さんに頼んで保健室登校の許可をもらおうかと考えていたんですが」

「あきらめるのはやっ」


「そんな時に見かけたんです。初日から友達に囲まれて、にこにことまぶしいひまわりのような笑顔を振りまく女の子を」

「それが私?」


「はい、それはもう、その笑顔で何人のハートを撃ち抜いたのかと思うほどでした」

「そ、そんなに?」


 私にそんな魅力があったら、今頃モテモテで恋人の一人くらいはいてもいいと思うんだけどなぁ。


「私は思いつきました、この人をお手本にすれば、私にもひとりくらいお友達ができるんじゃないかと」

「お手本だなんて照れるなぁ……」


「そこで私はなずなさんに盗聴器を仕掛けることにしました」

「え……?」


 珊瑚ちゃんの言葉に一瞬この場の空気が凍った気がした。

 そんな……、嘘だよね?

 全然気づかなかったんだけど。


「まあそれはさすがに冗談ですけど」

「よかったぁ、びっくりしたよ」


「うふふ、まあ私がしたのはなるべく近くにいることでした」

「そうなんだ? 全然気づかなかったなぁ。珊瑚ちゃんがそばにいたら目立つと思うんだけど」


「あの頃の私は地味な格好をしていましたから。写真があればきっとびっくりしますよ」

「へえ、見てみたい気もするね」


「そしてある日、私は気づいたんです、そんな毎日がすごく楽しいことに」


 そうか、こんな私でも誰かを幸せにすることができてたんだ。

 私はただやりたいことをやっていただけのような気がするけど。


「なずなさんの近くで楽しい時間を過ごしているうちに、不思議と勇気がわいてきたんです。私はようやく自分からクラスメイトに声をかけることが出来ました」

「そっか」


「私は少しずつあこがれていた日常を手に入れていきました。でもなぜかなずなさんには緊張して声をかけることができませんでした」

「ええ!? なんで?」


「初めはわかりませんでした。でもお友達とお話をしているうちにわかってきました」

「何だったの?」


「それは……、なずなさんがわからないなら今は秘密です」

「ええ~」


「でも今まで小さな子にしか興味のなかった私ですが、ようやく変わることができるかもしれないと思いました」

「やっぱり小さい子は好きだったんだ……」


「ええ、それはもちろん! でもなずなさんは私の中で特別になりました。そしてようやくあの日、声をかけることができたんです」

「それがあの日……。そうだったんだ」


 気がつけばいつの間にかみんな珊瑚ちゃんの話に聞き入っていた。

 彩香ちゃんや愛花ちゃんもゲームを中断してこっちに注目している。


「だから私、この恩に報いるため、柑奈ちゃんを幸せにしてみせます!」

「って、なんでそうなるの~!」


 ぐう、珊瑚ちゃん、柑奈ちゃんのこと結構本気で狙ってるみたいだね。

 柑奈ちゃんはかわいいから仕方ないとは思うけど、いくら珊瑚ちゃんが相手だとしてもモヤモヤしちゃうよ。


 もちろん柑奈ちゃんがそれを望むなら、私としては応援するしかないけど。

 それよりもこの珊瑚ちゃんに私がそこまで影響を与えていたなんて、ちょっと光栄かもしれない。

 だって珊瑚ちゃんは私の理想のお嬢様だからね。


「珊瑚ちゃん、実は私も珊瑚ちゃんにあこがれてたんだよ」

「え?」


「私の理想の女の子像が珊瑚ちゃんなんだよ。こんな風に上品でおしとやかな女の子になりたいってずっと思ってたんだ」

「そうだったんですか」


「えへへ、なんだか運命的だよね。お互いにあこがれてたなんて」

「はい、私は今、それを聞いてすごく満たされています。まさかなずなさんと両想いだったなんて……」


「え、うん? いや、ちょっと意味が違う気が……」

「ああ、どうしましょう、なずなさんの気持ちには応えたいのですけれど、私は柑奈ちゃんのことも幸せにしてあげたい」


「あの~、珊瑚ちゃ~ん?」

「ああ、おふたりの板挟みにあうなんて、私はなんと幸せな悩みを抱えているのでしょう」


「……ダメだ、完全にトリップしていらっしゃる」


 珊瑚ちゃんは自分だけの世界へ旅立ってしまった。

 柑奈ちゃんはこの話など聞こえていないのか、ずっと珊瑚ちゃんのスマホで何かを見続けていた。

 そして彩香ちゃんはなぜかため息をついている。


「まさか浜ノ宮さんが要注意人物リストにあがってきた原因が白河さんの影響だったなんて」

「え、委員長、要注意人物リストって何?」


 なにやら聞きなれない嫌な名前に茜ちゃんが尋ねた。


「生徒会から各クラスの委員長に配られる、全校生徒の中から注意するべき生徒がかかれた名簿よ」

「え、なにそれ、そんなものになんでなずなの名前が」


「それはまあ、制服を着たまま小学生を追いかけまわしてたら載るでしょう」

「そんなところまで見られてるんだ……」


 嘘~、まさか学校外でも見られてるなんて思ってなかったよ。

 下校時はやめておくべきだったかぁ~。


「1年生の初めの頃の浜ノ宮さんは目立つ生徒ではなかったのに、ある日突然怪しい報告があがるようになったらしいわ。それがさっきの話なんでしょうね」

「そりゃ、幼女同好会なんて作ってたら、完全にアウトだよね……」


「しかも浜ノ宮さんと白河さんに対しては、生徒会が動こうとすると学校側から圧力がかかると聞いたことがあるわ」

「そういえば浜ノ宮さんの親が学校関係者だって言ってたもんね」


 ということは、私は知らないうちに珊瑚ちゃんに守られていたのか。

 けっこう自由にやりたいことやってきてたけど、それは珊瑚ちゃんのおかげだったんだ……。


「……珊瑚ちゃんありがとう」


 珊瑚ちゃんは現在トリップ中のため、聞こえてないだろうけど一応お礼を口にする。

 するとすぐに珊瑚ちゃんが反応してこちらをむいた。

 聞こえてたんだ……。


「ふふふ、なずなさんも柑奈ちゃんも私にとって特別な人ですから。私はできる限りのことをしてあげたいと思っています」


「珊瑚ちゃん……!」

「なずなさん……!」


「珊瑚ちゃ~ん!」

「なずなさ~ん!」


 同じく小学生を愛する者として、そしてお互いに憧れ合っていた者同士で、私たちはガシッと熱い抱擁を交わす。

 珊瑚ちゃんの体、やわらかくて温かい……、でへへ。


「あ、なずながいやらしい顔してる! 」


 思わずにやけてしまった私の顔を茜ちゃんが見ていて指差ししてくる。


「あら、そうなのですか?」

「だって、これは仕方ないよ、珊瑚ちゃんがかわいすぎるから」

「今の言葉、キュンとしちゃいました」


 抱き合っていたためすぐ目の前に珊瑚ちゃんの顔がある。

 この至近距離で照れながらそんなことを言われると、さすがの私もドキドキが止まらない。


「もう、なずなは小学生が好きなんじゃなかったの!?」


 茜ちゃんがなぜかむっとした表情で怒っていた。


「そう思ってたんだけどね……」


 そうか、やっぱり私は小学生が好きというよりも、かわいい女の子が好きなんだ。

 かわいければなんでもいける守備範囲の広さを持っているみたい。

 思えば小学生の頃から野球でも守備範囲の広さには定評があった。


 つまりはそういうことだったわけだ。

 いや、どういうわけだ。


「やっぱり私は同年代も年上もいけるみたいだよ」

「そうなの!? そうかそうか~」


「あれ、茜ちゃんなんで喜んでるの」

「べ、別に喜んでないよ?」


「そうかな……?」


 すごい喜んでるように見えるけど……。


「もうっ、いつまで抱き合ってるんですか! 私もしてください!」

「ひまわりちゃん、いいの!?」


「はいっ」

「よし、じゃあ、ぎゅ~」

「ぎゅ~」


 私はひまわりちゃんを抱きしめ、そのやわらかい感触を堪能していると、ふと柑奈ちゃんが目に入った。

 柑奈ちゃんは私のベッドで幸せそうな緩み切った顔をして仰向けに倒れている。


 手にはしっかりと珊瑚ちゃんのスマホが握られていた。

 ……いったいそこに何があるって言うのかな。

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