第16話 珊瑚はお姉さま

「えっと、柑奈ちゃん、いったい何をしているのかな……?」


 私は珊瑚ちゃんの体の上に覆いかぶさっている柑奈ちゃんに声をかける。


「いや、違うの、姉さんはきっと勘違いをしてるよ」

「何が勘違いなの……? 柑奈ちゃんが珊瑚ちゃんを押し倒しているという事実が、今私の目の前にあるというのに……」


「違うの、それが勘違いなの! 私がこけちゃっただけだから」

「嘘だ!! 柑奈ちゃんはそんなドジっ子設定じゃない!」


「そんな設定、あってもなくてもこけたりくらいするでしょ!」

「どうなの珊瑚ちゃん!」


 私は柑奈ちゃんを信じたくて、わずかな望みをかけ、ほんのりと頬を染めながら幸せそうな表情で床に転がっている珊瑚ちゃんに問いかける。

 しかし珊瑚ちゃんの口から返ってきた言葉は、現実を思い知らされる残酷なものだった。


「なずなさん、私は一足先に大人の階段をのぼってしまったわ。そう、柑奈ちゃんのおかげで」

「ぎゃあああああああああ!! やっぱりそうなんだあああああああ!!」


 私は絶望のあまり膝から崩れ落ちる。

 そこにさらに追い打ちをかけるような言葉が耳に入ってきた。


「お姉さま! なんでそんな嘘を吐くんですか!」

「お、お、お姉さまああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 い、今、柑奈ちゃんが珊瑚ちゃんのこと、お姉さまって……。


「私だって呼ばれたことないのにいいいいいいい!!」

「なずな、落ち着いて、10年の恋も冷めそうな顔になっちゃってるよ? ちょっと外に出ようね」


 私は茜ちゃんに支えられながら部屋から離れて廊下へ移動した。


「はい、深呼吸して」


「ひっひっふ~」

「違う」


「す~は~、す~は~」

「落ち着いた?」


「……うん、大分」


 はぁ、私としたことがなんという失態。

 あれしきのことで取り乱してしまうなんて。


「大丈夫ですか、なずなさん」

「あ、ひまわりちゃんも来てくれたんだ。ごめんね、みっともないところ見せちゃって」

「ううん、私はどんななずなさんも大好きですよ、この人と違って幻滅なんてしないから」


 そう言って、ひまわりちゃんは茜ちゃんに挑戦的な視線を送る。

 それを見た茜ちゃんがむっとした表情で言い返す。


「別に幻滅なんてしてないから、こんなくらいで恋が冷めてたらとっくの昔にバイバイしてるよ」

「ひどっ、ていうか恋って何?」


「え? いやいや、ちょっと言い間違えただけだよ。親友って意味だから」

「そう? 私も茜ちゃんと親友でよかったよ。茜ちゃんだけはどんな私でもずっと一緒にいてくれるって安心できるから」


 私は茜ちゃんへの絶大な信頼を言葉にして伝える。

 いまさらだけど、茜ちゃんがいたから私はありのままの自分で生きてくることができたのかもしれない。


「なずなさん! 私だってずっと一緒にいますからね」

「ありがとうひまわりちゃん、好き好き~」

「わ~い」


 私はかわいいかわいいひまわりちゃんを抱きしめて頬同士をすりすりする。

 かわいいしプニプニだぁ。


「それよりもなずな、さっきの柑奈ちゃんは本当にこけただけだからね? まあ、何があったのか知らないけど」

「そっか、そうだよね、まあどっちにしても私だけいろんな女の子とイチャイチャしておいて、柑奈ちゃんを束縛するなんて自己中心的すぎるもんね」


「あ、うん、そうだね。自覚してたんならいいんだよ、ははは……」

「でも柑奈ちゃん、珊瑚ちゃんのこと『お姉様』って呼んでた……、私は『姉さん』なのに」


「まあ、それは私も気持ちわかるけどね。普段の浜ノ宮さんっていかにもお嬢様って感じだし、やっぱり憧れるんだよ」

「そうだよね、普段の珊瑚ちゃんって本当に憧れだよね」


 私と茜ちゃんが珊瑚ちゃんのことを褒めていると、隣でひまわりちゃんが不思議そうな顔をしていた。


「普段……?」

「ひまわりちゃん、そこは気にしちゃだめだよ」


「そうなの?」

「そうなの、ひまわりちゃんはかわいいんだから、あまり近づきすぎないようにね」


「それはいったいどういうことですか?」

「知らない方がいいことってあるんだよ」


「なずなさんがそう言うならそうします」

「ありがとうひまわりちゃん」


 私と珊瑚ちゃんでは女の子としての魅力という戦闘力の格が違う。

 茜ちゃんはそんなことないと言ってくれているけど、私はそうは思えない。

 油断していると、珊瑚ちゃんにかわいい女の子のハートを全部持っていかれちゃう。


 珊瑚ちゃんとはお友達だけど、同時にライバルでもある。

 私のかわいいエンジェルちゃんたちは私が守る!

 特に生き残ってくれたひまわりちゃんだけでも必ず!


「じゃ、部屋に戻ろうか」

「そうだね」


 私たちはそろって部屋へと戻っていく。

 中に入ると、彩香ちゃんと愛花ちゃんがゲームをしていた。

 意外とゲームが好きなのか、かなり熱中していて私たちが戻ってきたことに気づいていない様子だ。


 そして柑奈ちゃんは珊瑚ちゃんの腕の中で珊瑚ちゃんのスマホを覗き込んでいた。

 珍しく興奮したような表情をしていてすごく気になる。


「柑奈ちゃん、何見てるの?」

「ひゃあっ、姉さん!? ダメ、姉さんには見せられないものだから」

「が~ん……」


 珊瑚ちゃんとは仲良く見れて、私には見せられないの?

 やっぱりそれはショックだよ~。


 私は涙目になりながらガクッとうなだれた。

 その隙にさっと後ろに回り込んだ茜ちゃんとひまわりちゃんがその画面をのぞき込むことに成功していた。


「なっ」

「わあ」


 そしてそのふたりの目がキラキラと輝きだしていた。


「は、浜ノ宮さん! これはいったいどうやって……」

「うふふ、それは秘密です。おふたりにも送って差し上げましょうか」


「いいの!? こんなお宝なのに」

「いいんですよ、みなさんで共有しましょう、この気持ちを」


「浜ノ宮さん……、大好き!」


 え? 茜ちゃん、今なんて……?


「お姉様、素敵です!」

「ひ、ひまわりちゃん!?」


 ぎゃああああ、なんで? どうして?

 みんなが珊瑚ちゃんラブになっちゃってるよ~。


 いったいそこに何が映ってるっていうの?

 柑奈ちゃんもさっきから画面にくぎ付けだし。


「ねえ、私にも見せて……」

「ダメ! 絶対なずなだけは見ちゃダメだから!」

「茜ちゃんまで~」


 私の親友が~!


「さすがになずなさんには見せられないですね」

「ひまわりちゃ~ん……」


 私のエンジェルちゃんまで……。

 私は負けたのか……。

 負けて、すべてを失ってしまったのか……。


「と言うか、こんな画像を持ってるってことは、浜ノ宮さんもしかして……」

「……はい、そういうことだと思います。自分でも驚いていますけど」


「そんな……、いつから」

「そうですね、恐らくなずなさんを初めて目にしたときからですね」


 うん? 私の話?

 なぜ突然そんな話に?


「そう、あれは、入学式のことでした……」

「なんか始まった!?」

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