第10話 さようなら大和撫子

 放課後、さっそく私たちは文芸部室に集まっていた。

 一番先に部室に入っていたのは珊瑚ちゃんで、まるで本物の文芸部員のように本を読んでいる。


 やっぱりお嬢様なだけあって、読書をしているだけでまわりの空気が変わってしまっている気がする。


「そういえば入部届とか書かなくていいのかしら」


 彩香ちゃんが席に着いてから珊瑚ちゃんに話しかける。


「別に構いませんよ、部活って言うほどでもないですし」

「そうなの?」


「私がここにいるのは別に部活とは関係ありませんし、同好会自体もただ同じ趣味の仲間が欲しかっただけですから」

「趣味って言うのとはちょっと違う気がするけどね」


 彩香ちゃんが言うように、趣味というと意味が違う気がする。


「それで集まって何するの?」

「別に何も」


「え?」

「ただ暇なときに集まっておしゃべりでもできればいいなと」


「いいのかな、そんなことしてて」

「いいんですよ、あ、ケーキ食べますか?」

「食べる~!」


 珊瑚ちゃんはなぜか設置してある冷蔵庫からケーキを4人分用意してくれた。

 コーヒーや紅茶もあり、まるでどこかの喫茶店でおしゃべりしているような空間が生まれた。

 なんだこれ。


「おいし~」


 茜ちゃんは何も気にした様子もなくケーキを頬張っていた。

 確かにおいしい。

 こんなことしてていいのか、なんていう気持ちはすぐにどこかへ行ってしまった。


 誰かに見られたら何か言われそうだけど、委員長までここにいるからなぁ。

 しかも顧問付きらしいし。


 気にせずのんびりさせてもらうとしますか。

 でもせっかくだし、何かかわいい女の子の話とかしたいな。


「そうだ、彩香ちゃんの妹さんの写真とかないの? どんなにかわいいのか見てみたいなぁ」


 私ははっと思いついて、彩香ちゃんにお願いしてみる。


「あら、しょうがないわね、あまりのかわいさに叫び出したりしないでよ」

「しないしない」

「ふふん、そう言っていられるのも今のうちかもしれないわよ」


 彩香ちゃんはスマホを操作して、私たちにいくつかの写真を見せてくれる。

 そこに写っていたのは、彩香ちゃんに少し似ていて、そしておとなしそうな女の子だった。


 確かにかわいい。

 こんな子に懐かれていたら、それはあんなハイテンションになるのもわかる気がする。


「すごいかわいい……」


 茜ちゃんがケーキを食べる手を止めて、画面に釘付けだ。

 柑奈ちゃんやひまわりちゃんに続いて、これはまたストライクな女の子だと思う。

 もしかして私のストライクゾーンが広すぎるのかな?


 いやそんなことはないだろう、きっと。

 最近私のまわりにはかわいい子が多すぎるんだ。

 それはうれしいことなんだけど、このままじゃ私が変な人みたいになっちゃうじゃない。


 そうだ、忘れてたよ、私はおしとやかな女子高生になるって決めてたんだ。

 ここはいくらかわいい子が相手でも静かに喜ばないといけないね。


 そう心に決めた瞬間のことだった。

 彩香ちゃんが見せてくれていた画面に、妹さんのパジャマ姿が写し出される。


「「きゃああああああ!! かわいいイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」」


「お、落ち着いてなずな……、とにかくひどい顔だよ」

「はっ!」


 茜ちゃんの声で我に返る。

 やってしまった。

 さようなら、私の大和撫子……。


 うん? そういえばさっき私と一緒にもう一人叫んでなかった?

 茜ちゃんじゃないし、彩香ちゃんでもない。

 ということは……。


 私が珊瑚ちゃんの方に目をむけると、そこには燃え尽きてとろけきったお嬢様の姿が。

 もしかして私もこんな顔をしていたのだろうか。


 だとしたら、確かにひどい顔だった。

 とてもよそではお見せできないような、モザイクものの表情だ。


 珊瑚ちゃんのような美人がこんなになるのなら、私はもっとひどいのだろう。

 やっぱり少しは自重しないと、こんなんじゃ将来結婚できないかもしれない。


「ねえ、茜ちゃん」

「どうしたのなずな」


「もし私が将来結婚できずにいたら、ずっとそばにいてね」

「そそそ、それはどういう意味でしょうかあああああああ!!」


 今度は茜ちゃんがモザイク一歩手前の顔を披露していた。

 私たち、もしかしたらまずい人間の集まりなのかもしれない……。


「大丈夫だよなずな、その時は私が、私がぁ、私があああああああ!!」

「あ、茜ちゃん、落ち着いて……」


「はっ、ごめんねなずな、ちょっとだけ取り乱しちゃった」

「ちょっとじゃなかったけど……」


「それじゃあ、高校卒業したとき、お互いにそういう人がいなかったら結婚しようか」

「早すぎない!? しかもなぜ結婚!?」


「ふふふ、卒業が待ちきれないよ~」


 だめだ、全然聞いてない……。

 いったい誰と誰が結婚するんだろう……。

 あれ、もしかして、私と茜ちゃんのこと?


 もしかして茜ちゃんって私のこと、そういうふうに見てるの?

 ……なんて、まさかね。

 茜ちゃんはやさしいからなぁ。


 私が結婚できないなんて話をしたから慰めてくれてるんだよね。

 うんうん、私はいい親友を持ったなぁ。


「よし、今日は彩香ちゃんの妹さんに会いに行こうか!」

「突然ね、でも妹は今日、友達の家に遊びに行くって言ってたわ」


「そっか、残念……、また今度だね」

「今度でも嫌なんだけど……」


 彩香ちゃんは家に誰かを呼びたくないタイプの人か。

 なら逆に連れてきてもらった方がいいかもしれないな。

 家はいつでも大歓迎なんだけどね。


「今度は白河さんの妹さんの写真を見せてもらえるかしら」


 彩香ちゃんはスマホを片付けると私にそう言ってきた。


「しょうがないなぁ、ちょっとだけだよ? かわいすぎて息をするの忘れないでね」

「姉バカだねぇ」


 いつの間にか冷静になっている茜ちゃんが、私の隣で渋そうなお茶を飲んでまったりしていた。

 いつ用意したんだろう、そのお茶。


「さあこれが私の天使ちゃんだよ!」

「こ、これは」


 私の公開した柑奈ちゃんコレクションの一部。

 それを見た彩香ちゃんは画像が変わるたびにもだえ苦しみ、珊瑚ちゃんは何とか意識を保っているような状態だ。


 特にうっかり見せてしまったパジャマ姿の写真の時は、珊瑚ちゃんの意識が吹き飛んでしまった。

 かわいいは正義というけれど、かわいいは凶器にもなるんだね。


 もはや私たちのような人間には、かわいすぎる小学生は生きる凶器だ。

 この時の私たちはきっと、度々奇声をあげる非常に気持ち悪い集団だと思われていたことだろう。

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