第8話 我らが委員長、富山彩香

「珊瑚ちゃんのお弁当箱、ちっちゃくてかわいいね」

「そうですか? ありがとうございます、実はお気に入りなんですよ」


「お弁当は自分で作ってるの?」

「はい、作ってもらうと重箱で出てくるので……」


「あ、そんなこともあったねぇ」

「あはは……、あれには困りました」


 私たちは屋上から見える景色を楽しみながらお弁当を食べた。


 珊瑚ちゃんとお弁当を食べるのは初めてではないけど、この前はもっと人数が多くて、あまり一緒に食べてるという感じじゃなかった。

 ただ同じ空間にいただけっていうか、そんな感じだ。


 その時、確かに珊瑚ちゃんは大きなお弁当箱を持ってきていて、みんなで食べるのを手伝っていた記憶がある。

 今珊瑚ちゃんが持っているお弁当が理想の量なんだとしたら、あのお弁当は10人前くらいあったはずだ。


 お嬢様っぽいとあの時は思ったけど、苦労もたくさんあるんだろうなぁ。


「ねえねえ、浜ノ宮さんの家ってメイドさんとかいるの?」


 先にお弁当を食べ終えた茜ちゃんが、興味津々な様子で珊瑚ちゃんに質問する。

 メイドさんかぁ、いそうだなぁ。


「メイドさんはいませんね、家政婦さんならいますけど」

「惜しい!」


 惜しいのかな。

 でも家政婦さんがいるんだ、それもすごい話だなぁ。

 珊瑚ちゃんってどのくらいのお嬢様なんだろう。


 少なくともあんな高級イヤホンを使ってるくらいお金持ちなのは間違いないけど。

 見た感じの印象だと、それこそ大豪邸に住んでるお嬢様っぽい。

 でもそれならメイドさんくらいいそうなんだよね。


 家政婦さんがいるなら和風なお屋敷とか?

 う~ん、雰囲気がやっぱり和というよりは洋って気がする。

 ……ま、かわいいからなんでもいいか。


 私と珊瑚ちゃんもお弁当を食べ終え、「ごちそうさま」をする。

 食後のお茶を飲んでほっこりしていると、ここからが本番だとでもいうように珊瑚ちゃんが身を乗り出してくる。


「あの、なずなさん!」

「なあに?」


「なずなさんのお家にはいつ頃行かせてもらえばいいのでしょうか」

「おっと、その話かぁ」


 さては柑奈ちゃんに会いたくて仕方ないって感じだね?

 どうしようかな、今日でもいいんだけど、それだとちょっとしか会えないもんね。


「今週の土曜日にする? それならたくさん遊べるし」

「まあ、そんなお気遣いまでありがとうございます」


「いいのいいの、珊瑚ちゃんが喜んでくれるなら」

「やっぱりやさしいんですね、なずなさんは」


「そうかなぁ」

「そうなんですぅ」


 そう言って珊瑚ちゃんは柔らかな笑顔を浮かべる。

 私はただ自分の家にかわいい子がたくさん来てくれると嬉しいだけ。

 それがたとえ柑奈ちゃん目当てだとしても。


 私たちがほわほわした空気を出していると、そこに隣でずっと見ていた茜ちゃんが割り込んでくる。


「わ、私も一緒に行っていいかな?」

「うん、もちろんだよ」

「よかったぁ」


 いつも一緒にいるのになんでそんなにホッとしてるんだろ。

 普段から連絡なしでも予定空いてたら遊んでるのに。


「幼女同好会の記念すべき1回目の活動ですね!」

「それ、名前どうにかならないのかな?」


「愛好会にします?」

「そこじゃないかなぁ」


「ロリコン同盟とか?」

「ロリコンって言っちゃった!?」


 私をおいて茜ちゃんと珊瑚ちゃんが名前について話し合っている。

 正直なところ、金髪同盟とかならまだしもロリコン同盟はまずいと思う。

 とてもじゃないけど人前では話せないし、万が一にも張り紙などはできない。


 これに比べたら、幼女同好会は大分オブラートに包んでいるのかもしれない。

 ……いや、そんなことはないか。


「まあ、名前についてはいいんじゃないかな、そのうちいい名前が浮かぶかもしれないし」

「そうですね、今から土曜日が楽しみです」


 珊瑚ちゃんは立ち上がると、フェンスに手を添えて外の景色を見る。

 私がその後姿を見ていると、風がスカートをひらひらさせてちょっとドキドキしてしまった。


 なんかこう、めくってしまいたい衝動にかられながらも、あれは見えそうで見えないから価値があるとも思う。

 ただ相手が小学生ならともかく、珊瑚ちゃんは同級生だ。


 高校生相手ならめくってもセーフなんじゃないだろうか。

 ……いや、待て、私。

 前提がおかしいぞ私。


 スカートはめくっていいものじゃないんじゃないか。

 うん、絶対そうだよ。


 あぶないあぶない、あやうく常識というものを見失うところだったよ。

 いやしかし、何かしないともったいない気がする。


 何かないか。

 そう思ったときにはすでに私は珊瑚ちゃんを後ろから抱きしめていた。


「な、なずなさん?」

「ごめ~ん、なんかお人形みたいで我慢できなくて」


「もう、しょうがない人ですね」

「えへへ」


 私たちはゆるくて甘い空気を漂わせながら笑い合っていた。

 しかしその時、そこにいきなり割り込んでくる人物が現れる。


「そこ! いったい何をしているのかしら」

「ほえ?」


 突然のことに驚き声のした方へ顔だけむけると、そこには我らが委員長、富山彩香が立っていた。

 眼鏡をかけていて、目もきりっとしてて、第一印象できつめの女の子だと思ってしまう。


 そんな彩香ちゃんはいかにも委員長って感じで腰に手を当てて私たちのことを見ていた。


「あれ、彩香ちゃんもお昼ご飯?」

「え、ええ、まあ、そんなところよ」


 私がまったく気にした様子もなく尋ねると、なぜか彩香ちゃんの方が動揺しているみたいな様子だった。

 本当はお昼ご飯を食べに来たわけじゃないのかも。


「そんなことより、なんでそんなところでふたりは抱き合っているのかしら」

「何か変かな?」


「ダメよ、学校内で不純異性交遊は」

「外ならいいの?」


「学校はどう言うか知らないけど、少なくとも私の目につかないところでならいいわ」


 私は話を少しずつそらしながら会話をしていると、なにか委員長とは思えない言葉が聞こえてきてしまった。


「いいんだ……」


 茜ちゃんも驚いて苦笑いしていた。

 どうやら彩香ちゃんはそんなにお堅い人間ではないらしい。


 そういえば別に立候補してクラス委員をやっているわけではなかったはず。

 ちょっとかわいそう……。


「さあ、わかったらいつまでも抱きついてないで離れなさい」

「え~、同姓交遊だからいいんじゃないの?」


 私はこどもみたいな理屈をつけて珊瑚ちゃんから離れない。

 すると意外にも彩香ちゃんはあっさり納得してしまった。


「それもそうね」

「いいんだ……」


 そしてまたも茜ちゃんが苦笑いしている。


「ただね、浜ノ宮さん、あなたのその幼女趣味をオープンにしているところはいけないと思うわ」

「それはなぜでしょうか?」


「常識で考えてまずいでしょう? 私は小学生が大好きですって言ってる人がいたら」

「大丈夫ですよ、だって女の子同士だもん♪」


「だもん♪ じゃないの! 私はあなたのことを想って言っているのよ」

「え、もしかして委員長は私のことを……?」


「なんでそうなるの!?」


 ふたりの話は意外にも珊瑚ちゃんがずっと主導権を握り続けている。

 普通に考えても明らかに珊瑚ちゃんが不利な状況にもかかわらず、なんでこんなにも堂々としていられるのだろうか。


「ごめんなさい委員長、私には好きな人がいるの」

「なんで私、告白もしてないのにフラれてるのよ! ていうか好きな人って誰よ!」


 あ、それ聞いちゃうんだ。

 なんだかんだ他人の恋バナは気になるのか。

 彩香ちゃんも乙女だね。


「ふふん、この子よ」


 私も気になって彩香ちゃんと一緒に珊瑚ちゃんが見せてきたスマホの画面を覗き込む。

 そこに写っていたのは私の妹、柑奈ちゃんだった。

 もうそんな存在になっちゃったのか……。


 っていうか、幼女趣味がダメって言われてる時にその写真を見せる珊瑚ちゃんって……。

 わざとやってるのかな?


「浜ノ宮さ~ん? だからそういうのを控えなさいって言ってるでしょ~?」


 彩香ちゃんもさすがにご不満な様子だった。

 一方の珊瑚ちゃんは柑奈ちゃんの写真を見ながらニコニコと幸せそうに笑っている。


 これはダメかもしれない、そう思った時だった。

 彩香ちゃんがポケットからスマホを取り出して何かを確認し始める。


「あ、ごめんなさい、私の愛する小学生の妹から電話だわ」

「あ、うん、詳しい説明ありがとう……」


 彩香ちゃんは私たちに背をむけて、妹さんからの電話に出た。


「や~ん、愛花ちゃあああん! こんな時間にどうしたのぉ? もしかして私の声が聞きたかったとかぁ?」

「……」

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