第7話 お嬢様と、屋上でお昼ご飯

 お昼休み。

 いつものように茜ちゃんとお昼ご飯を食べようとお弁当を持って席を立つ。


「今日はどこで食べる?」


 茜ちゃんもお弁当を持ってきて、今日の食事場所を尋ねてくる。

 私たちはその日の気分で食べる場所をコロコロ変えていた。

 今日は何となく青空の下で食べたい気分だなぁ。


「屋上にしよっか」

「オッケ~」


 基本的に茜ちゃんは私の希望通りのところで一緒に食べてくれる。

 たまには茜ちゃんの好きな場所で食べてもいいと思うんだけど、いつもこうやって私の意見を聞いてくれてしまう。

 やさしいんだよねぇ。


 ふたり並んで教室を出ると、後ろから誰かが追いかけてきた。


「あの、私もご一緒してよろしいでしょうか」

「珊瑚ちゃん! もちろんいいよ」


 あんまり珊瑚ちゃんとは一緒にお昼ご飯を食べたことがないので、すぐさま了承した。


「浜ノ宮さんはいつもどこで食べてるの?」


 茜ちゃんがふと尋ねる。

 実は私も少し気になっていた。

 一緒に食べるときはよく目立っていたりするのに、それ以外の時は見かけることがない。


 私たちはいろんなところで食べてたりするから、たまに見かけてもおかしくないと思うんだけど。

 気になるその答えが今、明らかになる。


「おトイレの個室で食べてます」

「うん?」


 あれ、おかしいな、とても変な場所の名前が聞こえたよ?


「えっと、ごめん、今どこって?」

「おトイレの個室です」

「……」


 悲しすぎて言葉を失ってしまったよ。

 まさかの『お嬢様、トイレの個室でお昼ご飯を食べる!』だよ。


 確か、便所飯って言うんだよね?

 実在していたなんて……。

 しかもこんなお嬢様が。


「あのさ……、冗談だよね?」


 茜ちゃんがかすかな希望にかけて聞き返す。


「はい、冗談です」

「冗談なんかい!?」


 珊瑚ちゃんがとてもお上品な笑みとともに便所飯は否定された。

 茜ちゃんが即行でツッコミを入れたが、私も同じ気持ちだったよ。


 やっぱりあれは都市伝説だったか。

 良かった良かった……。


「うふふ、それじゃあ屋上へ行きましょうか」


 茜ちゃんの様子が面白かったのか、珊瑚ちゃんはずっと笑顔のままだった。


「そうだね~、って、あれ? なんで私たちが屋上に行くって知ってるの?」


 私たちがその話をした時、確か近くに珊瑚ちゃんはいなかったはず。


「あ、えっと……その、おふたりの声はよく通るのでたまたま聞こえてきたんですよ、たまたま」

「そっか~、たまたま聞こえたんだね」


「はい、なので気にしないでください」

「うん、気にしないでおくよ~」


 まあ聞き耳でも立ててれば聞こえるかもしれないし、怖いからこれ以上気にしないでおこう。

 そう思って移動しようとしたその時、茜ちゃんが何かに気付いて珊瑚ちゃんに声をかける。


「あれ、浜ノ宮さんって補聴器してたんだ?」

「え?」


「ほらそれ」

「あ、ああ、これはただのノイズキャンセリングイヤホンですわ、片方外すの忘れてましたね」


「そっか~、外すの忘れるなんていいつけ心地なんだね、私も買おうかなぁ」


 茜ちゃん、何も気付かないのかな。

 多分それってあれだよ、あれ。


 これは危険だよ、どこに仕掛けられているかわからないし、ここではっきりさせておいた方がいいかもしれない。


「ねえ珊瑚ちゃん、そんなにそのイヤホンってつけ心地がいいの? ちょっと借りてもいい?」

「え? ええ、別に構いませんよ」


 おや、動揺してるけど、すんなり渡してくれたなぁ。

 私はそのイヤホンを耳に装着してみる。


 しかし何も聞こえない。

 もう通信を切ってるとか?

 これじゃあどこに仕掛けられているかわからないよ。


 って、あれ、これ本当にはめてるのを忘れるくらいのつけ心地だなぁ。

 私はイヤホンを外して、手のひらに転がす。


 あ、これ有名なメーカーの高級機だ。

 ネットとかでも絶賛されてたやつだよ。


 ってことはこれ、本当にただのイヤホン?

 珊瑚ちゃんの方を見ると、まるでいたずらに成功したような悪い微笑みを浮かべていた。


「さ、珊瑚ちゃん?」

「うふふ、さてはなずなさん、私が盗聴してると思いましたか?」


「うっ、ご、ごめんなさい」

「な~んでそんなこと思ったんですかぁ? お友達を疑うなんて」


「だって柑奈ちゃんを盗撮してるような人だし……」

「それを言われると言い返せませんね、自業自得ってことですね」


「ごめんね珊瑚ちゃん」

「うふふ、いいんですよ、私にも原因があったわけですから」


「珊瑚ちゃん、天使ですか!」

「さあ、早くお昼ご飯食べに行きましょう?」


「だね」


 私たちはひとつ事件を解決し、屋上へとむかった。

 階段をのぼり、扉を開くと、強い風が私たちにむかって吹き付けてくる。

 ちょっとくすぐったい心地いい風だった。


「いい天気だね~」


 茜ちゃんはご機嫌ルンルンな感じで一足先に屋上へ入って動き回っていた。

 こういうこどもっぽいところを見せてくれるのがかわいいんだよね。


「ふたりとも早く早く~」


 茜ちゃんは一番景色のいい場所をとって私たちを手招きする。

 屋上には私たち以外には数名がいる程度だった。

 なぜだかあまりみんなはここを使って食事をしたりしない。


 この学校は学食が広いのと、他にも食事できる場所が多いのが理由なのかな。

 確かにそういった場所に比べると、ここが食事に適しているとは言えないかもしれない。

 でも私はここでのご飯が好きだった。


「行きましょう、なずなさん」

「うん」


 私たちは茜ちゃんの陣取っている場所まで行くと、屋上から外を眺めるようにベンチに座った。

 真ん中に私、右に珊瑚ちゃん、左に茜ちゃんという形だ。

 それぞれ持ってきたお弁当を開く。


「いただきます」

「いただきま~す」


 私と茜ちゃんは手を合わせてから食事を始める。

 あまりやってる人を見ないから、私たちは結構しっかりしている方だと思っていた。

 しかし、上には上がいるもので。


「すべての命に感謝をして、いただきます」

「おお……」


 私は本物のお祈りというものを見てしまった。

 そういえば前に一緒に食べた時もやってたなぁ。


 あの時は誰かとおしゃべりしててあまり気に留めていなかったんだよね。

 これこそお祈りって感じだよ。


「浜ノ宮さんはいつもそのお祈りをしてるの?」

「いえ、気がむいたらやってます」

「あ、そうなんだ」


 茜ちゃんの質問に対する答えが私には意外だった。

 なんかいつもやってそうなイメージだったのに。


 前に見たのもたまたまだったのか。

 なんか珊瑚ちゃんって不思議な人だなぁ。

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