第2話 野球少女との出会い

 帰宅途中のこと。

 私と茜ちゃんが通学時に通る河川敷を歩いていると、そこにある公園で小学生の女の子が野球をしていた。


 ここは休日になると地元の女子小学生野球チームが練習していたりする場所だ。

 今日は平日なので単に遊んでいるだけみたい。


 柑奈ちゃんが通っている小学校と同じ制服を着ている。

 その小学校はセーラー服を採用していて、これがまたかわいい。


 ここで野球をしている女の子たちは、学校帰りに軽く遊んでいるだけなのか、セーラー服のままだった。

 動くたびにふわっと舞うスカートに私の目は引き寄せられてしまう。


「ねえねえ茜ちゃん、ちょっと見て行こうよ」

「ちょっとだけだよ?」

「うんうん」


 私と茜ちゃんも小学校の頃は野球チームに入っていた。

 自慢するわけではないけど、私は結構優秀なピッチャーだったんだよ。

 確か110キロは出してたと思う。


 私たちは階段になっているところに腰を下ろして女の子たちを眺める。


「今投げたら何キロ出るかなぁ」

「あの頃よりも遅かったりしてね」

「そんなことないと思うけどなぁ」


 私たちがおしゃべりをしながら女の子たちを見ていると、ふたりの子がキャッチボールを始める。

 フォームもしっかりしていてなかなか本格的な投球だった。


 もしかしたら野球チームに入ってる子なのかもしれないな。

 きれいなフォームとふわふわするスカートを見ていると、ついつい私はスマホを構えて写真を撮ろうとしてしまう。


「ちょっと何してるの? 怪しい人に見えるでしょ?」

「大丈夫だよ、私たちは女の子なんだから」

「そういう問題じゃないよ」


 茜ちゃんの忠告を無視し、私は何枚かの写真を撮る。

 撮りながら、その女の子がとてつもなくかわいい子であることに気づく。


「茜ちゃん、あの子めちゃくちゃかわいいよ!」

「そうですか」


 その後もしばらくキャッチボールを眺めていると、女の子がさっきまでよりも深く踏み込んだ投球をした。

 放たれたボールは小学生とは思えないスピードで相手のグローブに吸い込まれていく。


「おお、すごいね今の」

「相手の子もよく普通に捕れたねぇ」

「小学生の頃のなずなと同じくらいのスピード出てたんじゃない?」


「私のってあんなに速かったっけ?」

「うん、速かったよ」


 私の投球ってあんな風に見えてたのか。

 もしかして自分で思ってるよりすごかったのかも。


「さてそろそろ帰りますか」

「もういいの?」


「うん、早く帰って柑奈ちゃんと遊ぶんだぁ」

「そうですか」


 私たちは立ち上がり、軽くお尻を払ってから階段をのぼろうとした。

 そこにひとつボールが飛んでくる。

 どうやらもうひとペアの子が投げたボールが大きく外れてしまったようだ。


「すいませ~ん」


 投げたと思われる子が大きな声で遠くから謝ってくる。

 ペコペコ頭を下げている様子がかわいい。


 礼儀正しい子は大好物……じゃない、大好きだよ。

 私は転がっているボールを拾うと、女の子の方を見て手を振る。


「いくよ~!」


 届くわけないとは思いつつ、私は頑張って力を込めたボールを投げてみる。

 すると思ったよりも力強い球がレーザービームのように飛んでいく。


 そしてバウンドすることもなく、真っ直ぐに女の子のグローブにおさまった。

 自分でも驚くとともに、ひさしぶりに気持ちいい感覚だった。


「なずな、よく届いたね。っていうかすごい球だった」

「あはは、意外とまだまだいけるもんだね」


 さっき地面に降ろしたカバンを再度持ち上げ、今度こそ帰ろうとすると、さっき私が写真を撮っていた女の子がこっちにむかって走ってきていた。

 なんだろう、まさか写真撮ってたのがバレちゃったか?


 私は格闘技のようなポーズで身構えながら待っていると、女の子は私の前に来て、キラキラした目とまぶしい笑顔をむけてくれた。

 よかった、怒ってるわけではないみたいだ。


「お姉さん!」

「なあに?」


「さっきのボールすごかったです! 野球経験者ですよね?」

「今はやってないけどね。小学生の頃にね」


「あ、そうなんですか……。もしかして野球チームに入ってましたか?」

「入ってたよ、あなたたちは?」


「一応入ってますよ、今は人数が足りなくてあんまり活動できてないんですけどね」

「そっか、この辺のチームってことは多分同じチームだよね」


 このあたりで女子の野球チームと言ったら恐らくひとつしかない。

 あのチーム、人数足りなくなっちゃったんだ……。

 私たちがいた頃から結構ぎりぎりだったけど、やっぱり厳しいんだね。


「あのあの!」

「なに?」


 目の前で小学生の女の子がキラキラとした目をこちらにむけている。

 これは何かお願いされるような気がするよ。


 尻尾を振る犬みたいな感じがして、私はよほどのことがない限り断れる気がしない。

 さあ、なにがくるんだろうか。


「あの、一緒にキャッチボールしませんか?」

「え?」


 キャッチボール?

 それは一緒に遊んでほしいってこと?


 いくら私が野球経験者だとわかったからと言っても、なかなかそんなこと言わない気がする。

 それとも今時の小学生はこんなにもコミュ力が高いものなのか?


 もしかして逆に私が低いのだろうか?

 何にしても人懐っこい子だとは思う。

 そしてかわいい。


「そうだねぇ、ちょっとだけやっていこうかな」

「やった!」


 一緒にキャッチボールするだけで喜んでもらえるなんて、なんだか妙な気持ちだ。

 でも全然悪い気はしない。

 かわいい女の子は見ているだけで幸せなのに、まさかお近づきになれてしまうなんて。


 これはお友達になれるチャンス!

 今までは柑奈ちゃんくらいしか小学生の女の子と触れ合う機会がなかったけど、ここで一気に逆転してみせるよ!


「私は赤坂ひまわりです、よろしくお願いします」

「私は白河なずなだよ、よろしくね、ひまわりちゃん」


「なずなさんかぁ……、うふふ」

「な、なんで笑うの……?」


「いえいえ、お気になさらずに」

「気になるよ~」


 なぜ自己紹介だけで笑ってるんだろうこの子。

 ちょっと怖いな。


「あと、こっちは私の親友の高城茜ちゃん、私と同じで野球経験者だよ」

「私がなずなの一番の理解者、茜だよ。よろしくね」


「むう」

「ふふん」


 うん?

 なんで茜ちゃんとひまわりちゃんはにらみ合ってるの?


「もしかしてお知り合いだった?」

「ううん、今初めて会ったよ」


 だったらなんで初対面でそんなに険悪なの?

 私はどっちとも仲良くしたいんだから、ふたりも仲良くしてよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る