では泣く門には鬼来たる?

 レイジさんから借りた「笑いの神さま」を連れて土曜日にボクとミコちゃんはレンくんの家に遊びに行ったよ。


「わあ、その子がケイちゃん?」

「そうだよ。かわいくないよねえ」

「うんほんとだ。かわいくない」


 レンくんとミコちゃんがそんな風に言うからボクは思わず気持ちを言えなかったよ。


『かわいい』


 そう思ったのに。

 だって手も足もちっちゃくてベビーベッドの上でゴロゴロしてて、とってもかわいいよ。


「ふぎゃ」


 確かに泣いてばっかりいるけど。


 ボクがレイジさんから借りた『笑いの神さま』を出そうとしてるとミコちゃんに止められたよ。


「ちょっとボクト、いきなりじゃおもしろくないよ。まずはアタシたちで笑わせてみないと」

「そっか。じゃあレンくん、ボクからやっていい?」

「いいよ。ボクトくんはどんなを考えてきたの」

「おもしろいお話」

「ええ?」


 赤ちゃんにお話がわかると思ってないんだね。レンくんもミコちゃんも変な顔するけどボクは自信があるんだ。だって園長せんせいは大笑いしたんだから。ボクはケイちゃんにお話してあげたよ。


「昔あるところに小屋が立ってたの。そこにね、テンが住んでたの。あ、テンって知ってる?小さくて長い動物だよ」

「ヘビじゃないの?」

「ダックスフント?」

「ダックスフントの方が近いけど今はただテンっていう動物なんだ、って思っててね。それでねえ、そのテンがねえ、小屋の中で赤ちゃんを産んだんだ。ほら、昔話で男の子の名前に一郎とか二郎とかつけるでしょ?三郎とか。お母さんのテンはね、そんな風に赤ちゃんたちに名前をつけたの。全部オスだよ。一テン、二テン、三テン、四テン、五テン、六テン、七テン、八テン、九テン。さあ、十番目の赤ちゃんの名前は?」

じゅっテン」

「ざんねんでした。Tenテンだよ」

「ボクトくん、それっておもしろいの?」

「レンくん、園長せんせいは、ふふっ、て笑ってくれたけど」

「園長せんせいとボクトがどうるい同類なんじゃないの?」


 ミコちゃんちょっと失礼だなって思ったけどでもそうなのかなあ。


「じゃあ今度はアタシの番だね。どくをもってどくをせいす、よ。それ!」


 うわあ。

 ミコちゃんがものすごく一生懸命にこわい顔をしてるよ。まるで鬼みたい。


「ふぎゃぁああん!」

「あ、あれ?おかしいな・・・かえってこういう怖い顔の方がインパクトあって笑えると思ったんだけどな」

「ふわぁあああああああん!」

「ミコちゃん、なんだかもっと泣き出したよ」

「う、うん・・・もうやめるよ」

「やめるなぁあああああっ!」

「わあっ!」


 部屋の入り口から大きな声がしたからみんなで振り返ったらね、部屋の天井に頭が届いて、首を曲げて立たないといけないぐらい大きな青鬼がいたの。

 ボクもミコちゃんもレンくんも本当に髪の毛がさか立つみたいな感じのショックを受けたよ。


「ふわっはっはっはっ!怒った顔をしろ!そして心の中は腹黒く笑え!」

「ア、アンタ、何よっ!?」

「見たとおりの鬼さ。小娘、オマエの心は白くてつまらん。真っ黒に染めてやろう」

「ダメだよっ!ミコちゃんにそんなことさせないよ!」

「ボ、ボクト!」

「ほう、小僧。お前に何ができる」


 考えたよ。

 でもすぐにこれしかないってレイジさんから借りた『笑いの神さま』を取り出したんだ。


 ボクの手のひらにちょこんと乗る、小さな焼き物の『笑いの神さま』の人形をね。


「ぶわあっはっはっはっ!!なんだそれは!虫ケラのようなそれが神だと言うのか!!」


 青鬼が大笑いすると部屋全体がごうごうって音を立てて前に起きた震度6の地震のときみたいで立っていられなかったよ。でもボクはぺたん、て尻餅をつきならがね、それでも笑いの神さまを青鬼に、ぐっ、て手の平を前に出して見せつけたんだ。


『かんにんすれば知恵すぐれ、かんにんする人慈悲ふかし』


 笑いの神さまが声じゃない声みたいな感じでそうおっしゃるとね、もともと糸のように細い目で笑っておられたお顔を青鬼に向けてね。


 そして、ぱかっ、って口を開いてのお顔になられたんだ。


「ぎゃああああああっ!」

「ほ、ほ、ほ。鬼よ。そなたのココロを笑わせてあげよう」

「や、やめろ!そんなことをしたら俺は鬼ではいられなくなるっ!」

「ほほほ。菩薩になればよいではないか」

「やめろおおおっ!」


 黒い煙が、ぶわっ、って上がって青鬼は消えたよ。


「おお、逃げてしもうたわ。素直になればよいものを」

「あの、神さま?」

「はいはい。なにかな、ぼうや」


 レンくんが神さまにぺこりと頭を下げたよ。


「僕の妹と友だちを助けてくれてありがとうございます」

「ほほほほ。そういうめぐりあわせだったんだよ」

「聞いてもいいですか?」

「よいよ。なんなりと」

「ケイは、僕の妹は僕の顔を見てもいつも泣いてばかりで・・・僕のことが嫌いなんでしょうか?」


 神さまはボクの手のひらに乗ったままケイちゃんのほうに、くるん、て向き直ってその顔をじっと見てね。


「大丈夫。ケイちゃんはココロは笑っておるよ。そしてこう思っておるよ。『おにいちゃん、いつもかわいがって遊んでくれてありがとう』とね」

「ほんと?」

「もちろん。ぼうやがそばにおる時、ココロは万度に笑っておるよ」


 ついでにボクも聞いてみたんだ。


「あの、神さま。さっきのボクのお話、ケイちゃんはどう思ってたんでしょうか」

「うんうん。『楽しいお話ありがとう』と思っておるよ」

「やった!ありがとうございます!」

「ア、アタシの顔は?」

「ん?お嬢ちゃんの顔か・・・どれどれ」


 神さまはちょっと長い時間ケイちゃんを見ててね、それでこう言ったんだ。


「『ヘンなお顔!』って思っとるよ」

「ふ・・・ふふ。つ、つまり、よかった、ってことよね」


 ボクたちは神さまにもお菓子とジュースをお給仕したんだ。

 せっかくだから、ってお話してくれたよ。


「まだ赤ちゃんのケイちゃんは泣くのが仕事だから泣いてるのは自然なのだよ。でも、三人のように大きくなったらの、ほんとうの笑顔になるためにはココロも笑うしかないんだよ」

「そっか。ケイは泣くのが仕事の赤ちゃんだからまだそれでもいいんだね」


 レンくんがそううなずくと神さまはまだお話を続けてくれたよ。


「それととても大事なことだけど、聞いてくれるかの?」

「はい」

「ココロが泣いている時は、お顔も泣いてよいのだよ」


 そうか。


 帰ったらミチルちゃんにも聞かせてあげよう。

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