やさしいことはつらいこと
ボクは時々こう思うんだ。
園長せんせい、もっとわがまま言って、って。
「園長せんせい、今日はボクが代わってあげます」
「アタシも代わるよ」
「もちろんわたしもお手伝いします」
「あ、なら俺も俺も!」
ボク、ミコちゃん、ミチルちゃん、クルトくんが揃って園長せんせいにこう言ったんだ。
「どうしたんですか?皆さん揃って」
「だって園長先生、今日デートなんでしょ?」
「・・・ミコちゃん、何を言っておられるんですか?」
「園長せんせい、隠さなくっていいですよ。お相手はジローさんですよね」
「いえあの・・・ミチルさんまでそんなこと」
「いいねいいねー。園長せんせい、ピアニストを恋人にするなんてカッコいい!」
「いえその・・・ジローさんは正確にはピアニストではありませんのよ。音響機器メーカーの社員さんですから」
言ってしまって園長せんせいは、はっ、っていうふうなお顔をされてね、なんだか早口でまたつけ足したよ。
「いえいえそのその。あのあのええと」
それでね、ボクたちにこんなことをおっしゃったんだ。
「みなさん、園長や寮長の仕事は終わってから行きますので代わりはしていただかなくていいんですけれども・・・その・・・一緒に行っていただけませんか?」
それでねえ、ボクたちはほんとに来ちゃったんだ。
「あ、あかねさん・・・この人たちは?」
「はい。学園の生徒たちですわ、ジローさん」
「はは・・・」
園長せんせいは生まれて初めてのデートなんだって。
あ、もちろんお父さんやお母さんとのデートは子供の時にいっぱいしてるだろうけど、そうじゃない大人の男の人とのデートは初めてなんだって。
ボクたちはことわったんだけど、園長せんせいは一人じゃ心細くて・・・それからとっても恥ずかしいから一緒について来てって。
でも、ジローさんがやさしそうな人でよかったよ。
「えーと。それじゃ、みんなで行けるところがいいですね」
「ジローさん!遠慮しないで!園長せんせいと二人きりになれる所に行きなよ!」
「ええと。ミコちゃん?そうは言ってもその間みなさんはどうするの?」
「勝手に陰から見てるから!」
「⚡︎⚡︎⚡︎!」
ジローさんは結局映画館に連れて行ってくれたよ。それもボクもミコちゃんも楽しめるようにって大ヒットしているアニメの。
「やった!この映画観たかったんだ!」
「ミコちゃんはこういう映画が好きなの?」
「そ、そうだよ!ボクト、アタシは乙女だからねっ!」
映画のタイトルはねえ、『月影浴』っていうんだ。読み方はねえ、げつえいよくでもつきかげよくでもどっちでもいいんだって。
ストーリーはねえ、高校生の男の子と女の子が仲良くなるんだけど、彼女・彼氏じゃなくってもっと違う形で心を通わせ合うような間柄になっていく、っていうお話。絵がすごくきれいだったよ。
それでね、ボクたち六人が横一列に並んで観たんだけどねえ、上映のあいだじゅう鼻をぐすんぐすんしてる人がいたんだ。
「ジローさん、大丈夫ですか?」
「は、はい、あかねさん。すびばせん、みっともないところをお見せして・・・」
「いいえ。とても素敵な映画でしたわね」
泣いてたのはジローさんだったよ。
「乙女じゃないんだから泣きすぎよ!」
「ミコ、そんなこと言っちゃダメだよ。ジローさんはやさしいのよ」
「ミチルちゃん、俺はどうかと思うなあ。男のくせに女々しいよ」
「あ!クルト!女を舐めてるんじゃないの!セクハラよ!」
「ご、ごめん、ミチルちゃん!ジローさんはやさしいですっ!」
そうだよね。
ボクもそう思うよ。
「じゃあこのカフェでお昼にしましょう。僕が買ってきますからみなさん注文を言ってください」
「あら、ジローさんひとりじゃ持ちきれませんわ。わたしも参りますわ」
ボクもお手伝いしようと思ったんだけどミコちゃんが「ボクト!ヤボなことしないの!」って言うからジローさんと園長せんせいにお任せしたよ。
ところでヤボってなにかな。
「ボクトくんとミコちゃんがココアでそれ以外の人はカフェ・オーレでいいんでしたね」
「すみませんジローさん、多人数で」
「いいんですよ。それよりも、あかねさんが生徒さんたちに慕われてるのを観て僕は嬉しいんです。やっぱり僕の目は間違ってなかった」
「まあ・・・」
「おーい!注文いいかな!」
あっ。
割り込みだよ。
「あ、わたしたち並んでおりますのよ」
「え!?知らないよ!こんなにスペース開けてんだから並んでるなんて思わねえじゃねえか。それに俺たちは急いでるんだ。譲れよ」
「でも、生徒たちが見ています。並んでいただけませんか」
「なんだ、オマエ、教師かよ。生徒の前でいいカッコしたいのかよ」
「違いますわ。大人が物の道理を示さなくてはいけませんから申し上げているんです。あなたは成人しておられるんでしょう?どうか子供たちのためにも模範をお示しください」
「うるせえ!このブスが!」
えっ。ジローさん!?
「うっ・・・」
「け、警察を呼ぶなら呼びたまえ!僕はキミを殴ったことを軽率だとも後悔しようとも思わない!さあ!呼びたまえ!」
「こ、この!」
ジローさんが園長せんせいに『ブス』なんてひどいことを言った人を右の拳でなぐったんだよ。でも、なぐられた男の人は平気みたいですぐにジローさんをなぐりかえそうとしたよ。
「やめなさい」
その男のひとの手を掴んだのはおじいさんだったよ。
「な、なんだよ、じいさん!」
「やめなさい。アンタは殴られても仕方のないことを言ったんだ。手は出しておらんがこのひとがアンタを殴ったのは正当防衛じゃよ」
「なんだとじじい!」
「サナ」
「はい、師範」
あ、サナちゃんだ!
「シッ!」
「うわあっ!」
シュパアッ!
サナちゃんが右足を真上に自分の顔にくっつくぐらいに蹴り上げたんだ。
その男の人の鼻の先の5mmほどをかすめて。
足がほんとに見えなかったよ。
「次は回し蹴りで鼻先1mmを狙います」
「う、う、・・・」
男のひとたちは行っちゃったよ。
「サナちゃん!どうしたの?」
「今日は大会だったんだ。それで師範せんせいと一緒なの」
「そうなんだ?大会は?」
「へへ。優勝したよ!団体戦も、個人戦も。そのご褒美に師範せんせいが道場のみんなを映画に連れてきてくれたんだ」
サナちゃん、カッコいい!
ボクたち6人は師範せんせいとサナちゃんと道場のひとたちにお礼を言って別れたよ。
「あの・・・ジローさん、本当にありがとうございました」
「いえ・・・あかねさんが侮辱されるのが我慢できなかったんです」
「でもジローさん、しばらくはお会いできませんわ」
「えっ」
「わたしは教師です。どんな理由であれ人をなぐったことを認めるわけにはいかないんです・・・どうかわかってください・・・」
「・・・そうですか・・・」
帰りの電車の中で、ボクたちは静まり返ってたよ。
だって、こんなにつらいことはないよ。
ボクは何か言わなきゃと思ったけど、じょうずな言葉がでてこなかったよ。
ほかのみんなもたぶんそうだよ。
でもね、クルトくんが園長せんせいに言ってくれたんだ。
「園長せんせい。俺はジローさんとこれからも会うべきだと思う」
「クルトくん・・・ですけれども・・・」
「ジローさんのパンチ、見たでしょ?あんなの殴ったうちに入んないへっぽこパンチで。それよりもジローさんがほんとうにすごいのは結果をわかってやってるってことだよ」
「結果?」
「そう。ジローさんは殴り返されるのが分かってやってる。それは園長せんせいが言葉で傷つけられてるのを自分が代わりに殴られることで止めようとしたんですよ」
「あっ・・・」
「弱いくせにその上にあのパンチは手加減したパンチかもしれない。たまたま道場のひとたちが来ただけで、そうじゃなかったらジローさんは自分が殴られることも、自分から手を出したから警察に突き出されることも分かってやってるんだよ。一番優しいのは、ジローさんだよ」
「・・・・・・・・」
その時、園長せんせいのスマホが鳴ったよ。
じっと、目を落として、トン、トン、ってタップして最後にスワイプして。
「ジローさんからでしたわ。来週もお誘いを受けました」
園長せんせいは、にこっ、って笑って言ったよ。
「OKしましたわ」
わあっ!って思わずみんなでハイタッチしたよ!
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