VII やさしいひとたち

やさしいひとはつらいひと

 ボクはきょうはいそいでるんだ。

 スーパーの中にあるいつものお花屋さんがね、鉢植えのボタンの花をボクにくれるって言うんだ!


 小さな花の鉢植えはいくつかベランダで育ててるけど、ボタンみたいに大きな花はまだ育てたことがないからね。

 でもね、もし欲しいなら夕方の4時半まで来て欲しいんだって。その時間を過ぎると別に欲しいひとのところに回さないといけなくなるんだって。


 だからね、幼稚園が終わったら大急ぎで買い物の準備をしてスーパーに向かってたんだ。


 そしたらね、その途中でボクよりも小さな男の子が泣いてたよ。


「どうしたの?」

「・・・お母さんとお姉ちゃんが帰ってこないの」

「どこへ行ったかわからないの?」

「行き先はね、からてどうじょう。お姉ちゃんがならっててお母さんは付き添いなんだけど、いつもはもう帰ってくるはずなのにまだ戻ってこないの。お部屋で待ってなさいって言われたけど心配だから外に出てきたの」


 ボクは困ったよ。

 その男の子の部屋に行ってみたらオートロックでもう中に入れなかったの。


「ねえ。キミは何歳?」

「3歳」

「そっか」


 ボクは5歳で年長さんだからちょっとおにいさんの気分になってなんとかしないとって思ったんだ。


「空手道場はどこにあるの?」

「すぐ近く」


 何回か行ったことがあるってその子が言うからとりあえず歩き出したよ。

 ほんとはね、もしお母さんとお姉ちゃんが帰ってきてこの子がいなかったらびっくりするだろうって思ったから待ってた方がいいのかなとも思ったんだけど・・・


「そのコンビニの横を右」

「うん」


 ほんとにここかなあ・・・なんだか家もお店もないような通りだけども。


「あ。まちがえちゃった。やっぱりこっちを左」

「うん」


 あれ?もっと狭い道に入っちゃったけど・・・


「あ。ごめんね、まちがえちゃった。えーと」

「わからなくなっちゃった?」

「うん・・・」

「そっかあ」

「?おにいちゃんはおこらないの?」

「どうして?」

「お母さんはね、いろんなことじょうずにできないとね、ぼくにおこるんだよ」

「ふーん。ボクはおこるまえにどうすれば空手道場が見つかるかな、って考えてるから。怒るとかそんなこと忘れてたよ」

「おにいちゃん、おもしろいね」

「そう?」


 誰か道を聞く人はいないかなあ。


「あ、あの人に聞いてみよう」


 細い道の出口のあたりに自転車を押して歩いてるおばあちゃんが居たからその人に聞いたんだ。


「こんにちは」

「はいこんにちは」

「すみません。ボクたち空手道場を探してるんです。ごぞんじないですか?」

「空手道場・・・ああ、日田さんのところだね。自転車屋さんがね、お店の隣に空手道場を開いてそこの先代のおじいさんが師範をやってるのよ」

「しはんてなんですか?」

「先生のことよ。わたしもちょうどそこに行くところだったの。よかったら一緒に行きましょう」

「ありがとうございます。でも、空手道場におばあさんがご用なんですか?」

「ふふ。パンクしちゃったのよ。だから自転車屋さんにご用」


 わあ。自転車のカゴにはカボチャ、大根、サツマイモ、カブ、根菜の重いのばっかり。パンクしてたら押すのも大変だね。


「おばあさん、ボクが押します」

「あら、大変よ」

「平気です。ボクは馬に乗せてもらったこともあるんです」

「あら」


 にこっ、とおばあさんは笑って、じゃあ遠慮せずにお願いします、って丁寧に言ってくれたよ。そして男の子の手を引いて一緒に歩いてくれたんだ。


 自転車屋さんに着いたんだけど、びっくりしちゃった。


『ニッタ・スポーツサイクル』


 って大きなかっこいい看板がかかっててね、とっても大きい店だったよ。ショッピングセンターに入ってるスポーツ用品屋さんよりも大きいぐらい。


「こんにちは」

「あ。梅田のおばあさん、こんにちは。どうされました?」

「パンクしちゃって。それからこの子たちがねえ」

「あれ?サナちゃんの弟のモヤくんじゃないか。ひとりで来たのかい?」

「このおにいちゃんが連れてきてくれたの」


 ボクらはお店の裏に建っている道場に案内してもらったよ。徳増とくまし幼稚園のお遊戯室と同じぐらいの大きさの道場の中から声が聞こえてきたんだ。


「きぇーっ!」

「ええ!おう!ええっ!」

「たあああーっ!」


 モヤくんが手を振るとね、ミチルちゃんみたいに髪の毛を後ろで縛った女の子が駆けてきたよ。


「モヤ!どうしたの?ちゃんとお留守番してないとダメじゃない!」

「だっていつもの時間になってもかえってこないんだもの」

「バカねえ、今日は試合が近いから遅くなるって言ってあったでしょ?」

「あ。そっかあ」

「ええと。キミは誰?どうしてモヤと一緒なの?」

「ボクは夢見ゆめみ僕人ボクトです。モヤくんがお母さんとお姉ちゃんが帰って来ないって困ってたので一緒に歩いて来たんです」

「あ、そうだったんだ!ありがとう!わたしは更科さらしなサナだよ」


 ぎゅっ、て握手されたよ。

 サナちゃんは小学校三年生なんだって。幼稚園の頃からずっと空手を続けてて、くろおびなんだって。どのくらい強いのかはボクにはわからないけど。


「お母さん、ボクトくんがね、モヤを連れてきてくれたのよ」

「こんにちは」

「あら?ほんと?ありがとう。ごめんなさいね、モヤのために」

「いいえ。それじゃボクはこれで失礼します」

「え?ちょっと待ってね。何かお礼をしないと・・・」

「いいんです。それよりボク、お買い物に行かないと・・・あ!」


 もう4時15分だ!


「すみません、4時半までにスーパーに行かないといけないんです」


 ぼくが訳を話すとサナちゃんがこう言ってくれたよ。


「ボクトくん、自転車乗れる?」

「うん、乗れるよ」

「じゃあわたしの自転車貸してあげる。サドルを一番低く下げれば乗れるでしょう」

「ありがとう。でも、サナちゃんはどうするの?」

「ふふ。一緒に走ってあげる。その代わりスーパーからは歩いて帰ってね」


 サナちゃんは着替えてくるって言って戻ってくると空手の道着からマラソン大会とかに出るひとみたいな服とシューズに着替えてたよ。

 すっごいカッコいいんだ!


「ボクトくん、遠慮しないでスピード出していいからね。わたしトレーニングでいつも走ってるから速いのよ」


 ほんとに速かったよ。

 自転車のボクの前を走ってボクは着いていく感じだもん。

 それにものすごく軽く走ってるのにグングン前に進んでいくみたいな感じ。

 歩幅がとっても大きいんだ!


 それからね、ミチルちゃんみたいにボクのお母さんと似てるわけじゃないんだけど、走りながら揺れてる縛った髪の毛もカッコよかったな。


「ごめん、ボクトくん。ボタンの花、もう別のひとにあげちゃったよ」


 しょうがないよね。


 サナちゃんは一緒に買い物をしてくれてね。それで別れようとしたらこう言ってくれたんだ。


「ごめんね。せっかく楽しみにしてた牡丹ボタンだったのにね」

「ううん。他の花もあるから平気。でも、ちょっとだけ残念」

「ほんとにごめんね」


 そう言って別れて寮に帰るとね、ミコちゃんがレイジさんと一緒に夕飯の準備をもう済ませてたよ。


「ボクトが遅いからレイジが余ってた食材でメニュー変えちゃったよ!」

「レイジさんごめんなさい」

「いいよいいよ。それより牡丹の鉢植えはゲットできたかい?」

「ううん。ダメだったの」


 ボクが理由を話してるとサナちゃんが出てきたあたりで急にミコちゃんが怒り出しちゃった。

 どうして?


「あー、ボクトくん、いたいた!」


 幼稚園の掃除の時間にみんなで園庭の前の道路をほうきで掃いてたらね、サナちゃんが自転車に乗ってやって来たんだ。


「あ。サナちゃん。こんにちは」

「今日はお休みだから寄ってみたの。ボクトくん、これ、牡丹ボタンの代わりにと思って」


 うわあ。

 こちょうらん胡蝶蘭だ!


「いいの?」

「うん。わたしのお母さん、お店やってて、よくお客さんからプレゼントされるんだ。だからボクトくんにあげなさい、って」

「ありがとう!」

「鉢植えの胡蝶蘭を上手に育てるコツはね、水をあげすぎないことだって」

「うん!」


 やったあ!

 ベランダがすっごく華やかになるよ!


 あっ、でもミコちゃんがなんだかすごい怖い顔してる。


 この花、気に入らないのかなあ。


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