なんでがっこう作ったの?

 この間、理事長せんせいはボクとミコちゃんに学校を作った理由について教えてくれたけど、それでもまだボクは聞きたいんだ。だってさ。

 ボクはまだ幼稚園だけど、たいていのひとは学校なんかない方がいいって思ってることはなんとなくわかるんだよ。


 色んなニュースとか見てるとね、わかるんだ。

 みんなとっても我慢して一生懸命になって学校へ行ってるんだな、って。


 徳増とくまし学園以外のひとは。


「ボクトくん、ちょっとこちらへ来てご覧なさい」

「はい、理事長せんせい」


 もうじき小中高等部のお兄さんお姉さんたちが登校してくる時間の前、リョーボ寮母さんの仕事を終えてベランダでボクが育てているオジギソウにお水をやってると理事長せんせいが通りかかられたんだ。

 呼ばれて一緒に寮の廊下を歩いて外に出て、それでね、お庭の花壇のところまで一緒にやってきたんだ。


「ボクトくんはこの間わたしに聞きましたね。どうして辛いのにみんな学校へ行くの?学校は辛い所なのにどうしてこの徳増学園を作ったの?って」

「はい。すみません。でもほんとうにそう思うんです」

「あなたが謝る必要はありません。実をいうとわたしも子供の頃は学校が大嫌いでした」

「えっ、理事長せんせいが?」

「まあ座りましょう」


 理事長せんせいはやっぱりきれいなシルクのハンカチを敷いて花壇の縁にボクを座らせてくれてね、今朝はとても冷たい緑茶をアイスポットからカップに注いでくれたんだ。


「わあ。目が覚めます」

「ふふ。美味しいでしょう。わたしはこういうことを学校でやりたかったんです」

「子供の頃にですか?」

「そうです。本当は学校という形よりは家族というのがあなたたち若者が学ぶべき場としては適していると思っています」

「はい。家族、ですね」

「ボクトくん。ご両親のおられないあなたはわたしのことを家族と思ってくれていますか?」

「もちろんです!こうしてボクをこの学園で育ててくださって・・・家族だって思っています」

「ありがとう。嬉しいですよ。実をいうとわたしは『親』を育てるつもりで学校を開きました」

「親?」

「そうです。もちろん様々な事情があって結婚を選択しない方や子供を生まないという選択をする方もおられます。でも、機会があれば子供を産み親となるひとたちが増えれば嬉しいなと思っています」

「なぜですか」


 ボクは少し意地悪な気持ちで質問したよ。だってボクのお父さんとお母さんはどんな訳があったかはわからないけど、ボクを赤ちゃんポストに入れていなくなったんだもん。

 でもさすがは理事長せんせい。

 そんなボクのココロもお見通しで答えてくれだんだ。


「ボクトくんのような人にこそ親になってほしいからです」


 理事長せんせいとボクの長い長いお話はまだ続いたよ。


「様々な仕事が世の中にはありますが子供を育て一個の人格を作り上げるということ以上のクリエイティブな仕事はそうそうありません。そしてその難しい仕事を成し遂げるには『賢さ』が必要なんです」

「賢さって学校の勉強ができることですか?」

「いいえ」

「研究してノーベル賞をとることですか?」

「いいえ」

「うーん。自分で会社を作って社長になることですか?」

「違います」

「すみません。ボクにはわかりません」

「いいえ。あなたはもうそれを実行しています。いいですか。親切なことは賢さです」

「は、はい」

「心優しいことは賢さです。思いやりも賢さです。悲しみを知ることは賢さです。ものすごく理不尽な苦しみを経験することも賢さです。『ならぬかんにんするのこそまことのかんにん』ということです」

「・・・なんとなくわかります」

「今はなんとなくでもいいです。そういう賢さを今度はあなたの子供に教えてほしいんです。父親として」

「ずっと、先の話ですね」

「いいえ。今の内から準備しないと間に合いません。ほんとうの賢さとは『カラダを使いココロを使い、自分がやったことやらなかったこと』という事実の裏付けがないと、人に教えることはできません。ボクトくん。もしあなたが誰かをいじめていたとして、あなたは自分の子供に『ひとをいじめてはいけません』と教えることができますか?」

「・・・できません」

「そういうことです。今から準備をしないと、子供に堂々と切実に教えることはできません。だからわたしはボクトくんのような物の道理を知る賢い子が更に将来子供に道理を身をもって教えることができるようにしたい。それこそがほんとうの意味での『教育』だと思っています」


 理事長せんせいはボクにこう聞いたよ。


「難しかったですか?」


 ボクは胸を張って答えたんだ。


「いいえ。とても簡単なことです。ボクは、


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