III 海の神さま
おぼえているかな
ボクには想い出があるの。
これはね、園長せんせいにも、理事長せんせいにも、ミコちゃんにだって言ってないんだけどね。
ボクはお母さんの顔を覚えているよ。
え?
そんな訳ないでしょうって?
赤ちゃんポストに置かれていたボクがどうやってお母さんの顔を見れるんだ、って?
そうだよね。もしかしたら本当は見ていなくて、ただボクがそんな気がしてるだけなのかもしれないね。
でもさ。
じゃあさ。
ボクが目を閉じて夜眠る前に浮かんでくるその女の人は、一体、だれ?
そんなことを考えていたら高等部で寮生のミチルちゃんに会ったんだ。
「おー。ボクトくん。昼間に学園で会うなんて珍しいね。どうしたの?」
「今日花壇の水やり当番なの」
「(か、かわいい・・・)へ、へー。そうなんだ。ねえ」
「なあに?ミチルちゃん」
「わ、わたしも手伝ってあげようか?」
「わあ、ほんと?嬉しーな。お願いします!」
「(やった!)う、うん。いいよ・・・しょうがないなあ、もお」
ミチルちゃんが手伝ってくれるなんて、何かいいことありそうかなあ・・・あれ?
「ミチルちゃん、いつもと髪型、違うね」
「そ!ポニーテール!ボクトくんだけだよ気付いてそう言ってくれるのは。ウチのクラスの女子もガサツなのばっかりだから言及しないし、男子に至っては相も変わらずわたしの胸ばっかり見てさー」
「あの・・・ミチルちゃん」
「なに?」
「ちょっとくるっと回ってもらってもいい?」
「は!?ぼ、ボクトくん!なになにどうしたの!?」
「ううん・・・ちょっとミチルちゃんのことがなんだか気になって・・・」
「(お!?もしかしてこれまでボクトくんに優しいお姉さんアピールしてきたのが遂に功を奏したか!?よっしゃあ!)じゃ、じゃあ、ちょっとだけね。くるん、と」
あ。
なんだか、もう少しで完全に思い出しそう。
「ミチルちゃん、もう少し速く回ってくれない?」
「い、いいよ。それっ、くるん!」
あ!
「お、お母さんだ・・・」
「えっ!?」
「お母さん! やっぱりお母さんだ!」
「ちょ、ちょっと・・・ボクトくん」
ごめんねミチルちゃん。
でも、ミチルちゃんになんだか、きゅっ、ってしてほしいんだよ。
だって、そっくりなんだもん。
「・・・抱っこしてほしいの?」
「ううん・・・ちょっとの間だけ、ボクのおでこをミチルちゃんの腕にくっつけさせて・・・」
「ううん。ちゃんと撫でてあげる・・・」
ミチルちゃんがボクの髪の毛をそっと撫でてくれたよ。それからボクに聞いてくれたんだ。
「もしかして、わたしがお母さんに似てるの?」
「うん・・・髪の毛がふるん、て回った時の感じが『あのひと』にほんとうに似てる。ボクがミチルちゃんの顔が好きな理由がわかったよ」
「あら。顔が好きだなんて!」
「あ、ごめんね」
「ううん。ものすごーく嬉しい・・」
それからミチルちゃんはボクの前で一回気を付けしてから腕を後ろで組んで体をかがめて顔をボクの前の方に近づけてきて。
「ボクトくん、今度の日曜日、デートしよっか」
デートって言われたらちょっと恥ずかしかったけど、きっと男の子がお母さんとお出かけするのは『デート』なんだよね。ボクはOKしたよ。
それでね、日曜日になったよ。
「あれ?クルトくん?」
「ボクト!てめぇ、抜け駆けしやがって!」
ミチルちゃんとボクがお出かけしようと寮を出たところにミチルちゃんと高等部で同じクラスのクルトくんが立ってたんだ。ミチルちゃんがものすごい勢いでクルトくんを叱り出したよ。
「こら、クルト!5歳の男の子相手に恥ずかしくないの?」
「だ、だって、ミチルちゃん・・・ミチルちゃんは俺の気持ちわかってるはずなのに、どうしてボクトなんかと」
「まったくだよ、ミチル」
「あれ?ミコちゃんも来てたの?」
ミコちゃんも園庭の花壇の傍からぴょこん、て出てきた。
「み、巫女!」
「ミチル!アタシを漢字で呼ぶなっ!」
「ミコ、何しに来たの!」
「ふっ・・・ミチルとボクトを2人きりにしたらどんな間違いが起こるかわかったもんじゃないから」
「なによ、間違いって」
「言わせたいの?」
どうしよう。なんだかわかんないけどボクのせいみたいだなあ・・・とりあえず謝った方がいいのかな。
「ごめんね、みんな。ボクがお母さんのことを思い出してわがまま言ったばっかりに」
「え、え・・・ボクトの方から誘ったの?」
「うん。ミチルちゃんがお母さんに似てたから、想い出づくりに、って思って・・・」
「えっ!ボ、ボクト!アタシよりもミチルの方がお母さんに似てるっての!?」
「うん。ごめんね、ミコちゃん。だってほんとに似てるんだ」
「う・・・ボ、ボクトにそんな風に言われたら・・・つらいよ・・・」
「ミコ!なに今日に限ってしおらしいこと言ってんだよ!ガンガンボクトにアプローチしたらどうなんだ!?」
「クルト。それ以上言ったら絶交だよ」
「わわわわ!ご、ごめん、ミチルちゃん!」
クルトくんもなんだか焦って話を切り上げちゃった。その代わりにねえ。
「一緒に行くぜ」
「アタシも」
クルトくんもミコちゃんも、ボクとミチルちゃんが歩く後ろを少し距離を空けてついてきた。
昨日のうちにミチルちゃんと打ち合わせて水族館に行くことにしてたんだ。
直通のバスに乗り込んで前後ろの座席に座ってね、みんななんだか怒ったみたいにして黙ってるから聞いてみたんだ。
「ねえみんな。みんながお母さんとお出かけする時はどんな風にしてるの?」
「アタシはお母さんと出かける時はお利口にしてるわ」
「へっ。ミコ。その時だけ猫被りかよー」
「う、うるさいわね!そういうクルトはどうなのよっ!」
「俺はもう最近は母さんと出かけることなんてないけど・・・小さい頃はどうしてか必ず帽子を被らされてたなー。なんか、動物のミミがついたみたいなやつ」
「ぷっ。似合わなーい」
「うっさいな」
「ミチルちゃんは?」
「ボ、ボクトくん、わたしはねえ・・・お出かけの間ずうっとお母さんと手を繋いでたよ」
「えっ。そうなの?」
「そ、そう!だからボクトくん、今日は一日中ずうっと手を繋いでいようよ?バスの中でもずうっと!」
そう言ってミチルちゃんがボクの手を握ろうと伸ばしてきた時、ミコちゃんが包丁で野菜を切る時みたいに右手をスパン、って振り下ろしたんだ。
「ミコ!邪魔しないでよ!」
「ミチル!ボクトをたぶらかすなっ!」
わいわいしてたらバスの窓から海が見えてきて、水族館がある島に架けられた大橋を渡り始めたよ。
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