女神の電撃的な怒り

 雨も風もすごいのに欄干に立った白兎はくと神速しんそくさまはまったくグラグラしないよ。ボクも神速さまの前に座ってこんな怖い状況なのになんだかとても安心した気持ちでいられるんだ。


 神速さまがね、腰の鞘から大太刀を抜いて片手で斜め下に向けてかまえたよ。


「おのれら、ハンデをくれてやろう。わらわはこの位置で逃げることもできぬ。3人一度にかかって来い。前後左右どこからでもよいぞ」

「ははは!神速!俺たちの豪腕の太刀のフォロースルーがかすっただけでまずそのガキが即死だな」

「そうか?ボクトはおのれらよりよほど豪胆で性根が据わっておるぞ。臆病で卑怯なおのれらとは大違いじゃわ」

「ほざけっ!征くぞ!」


 あ、あれっ!?


「た、鷹!?」

トンビじゃ。あやつらの乗り物はのう、肥え太らせた鳶なのじゃ」


 まるでグライダーに乗るみたいに3人は三羽のトンビにぶら下がって空からボクたちを弓矢で撃ち下ろしてくるんだ。


「シュッ!」

「ふん!」


 カッ!


「シシシシシシッ!」

「ふんふんふんふんふん!」


 カカカカカカッ!

 ピシュピシュピシュ・・・・


 3人がいっぺんに撃ってくる矢を神速さまは右手だけで刀を振るって全部払い落としたよ。


「お?鎖鎌か」


 3人の内のひとりが長い鎖の先に草刈りをする時の鎌がついたやつをブンブン回転させてね、トンビで急降下してきたんだ。


「死ねっ!」

「む」


 神速さまが白兎を5cm後ろに下げるとね。


「うっ」


 ボクの両眼のほんの1cm先を鎌の切っ先が、シュン、て通り過ぎたよ。

 振り返って神速さまのお顔を見るとね、目がまるで火みたいに赤くなってた。


「おのれ・・・武士は戦場においてすら敵であろうと若者の命を惜しみ見逃す心根を持つと言うに・・・貴様はもはや武士ではない!許さぬ!」


 二段めの鎌の攻撃を神速さまは刀を出して鎖を絡めとってね。


「でぇぇぇええい!」

「ぐわあっ!」


 そのまま下に、ブン、と振り下ろすとそのひとは橋けたに頭を打ち付けてね。


「ぎゃああああああっ!」


 川に落ちていったよ。


「見えてしまったか」

「はい」

「完全に頭が潰れた。これで魔神もあの者を再生させて業を深めさすことはできぬ。ボクト、念仏を唱えてやってくれ」

「はい」


 ボクはココロの中でお六字を唱えたよ。


「神速!まだまだっ!」


 あっ!

 パチンコ!?


「死ね死ね死ね死ねっ!」

「つくづく外道が。どこぞの子供のおもちゃでも盗んできたか」


 神速さまはそう言うけど、すごく大きくてものすごく太いパチンコだよ。それを物凄い筋肉の腕で引いて、玉は多分鉛じゃないかな。まるでピストルを撃ってるのと同じだよ。


 でもね。

 神速さまは凄かったよ。


「ふっ!」


 どうやったらそんなことができるんだろ。

 タイミングを計算したんだろうね、刀の腹のところにパチンコの鉛玉が一列にビタッて張り付く瞬間が見えたよ。


「そうれ、返すぞ」


 そのまま刀を振り切るとね、鉛玉が一列になって物凄いスピードで飛んでね。

 全部そのひとのおでこに撃ち込まれたんだ。


「あああああっ!」


 落ちて行ってやっぱり頭を橋のコンクリートに打って潰れてしまったよ。


「ボクト。あの者にも念仏を」

「・・・はい」


 二人死ぬのを見て、ボクはまだ5歳だけれども、もうひとりで勝手に死ぬことはできない、後には引き返せない日になったんだな、って感じたよ。


「どうだ。もう酷い殺し方はしたくない。降参せぬか」

「やかましい!どのみち負ければ魔神さまに粛清されるのだ。そのガキさえ神速を起こさねばわれらの完全勝利だったものを!」

「逆恨みも甚だしい。どこまで行っても悪が最期の勝利を得たためしはないのじゃ!」

「糞おっ!ならば、こうじゃっ!」

「あ!貴様!」


 最後のひとはね、船の上まで飛んでいって瓶を取り出してね。それをガシャ、って船の甲板に叩きつけて何か油みたいなものをかぶせたんだ。


「ふははははは!これはのう、人肉の脂を絞って作ったロウじゃ。よう燃えるぞ。それっ!」


 火をつけたよ!


「うぬう・・・」

「はっはっはっはっ!さ、これで俺の体を舵に固定して後は大橋にまっしぐらだ!燃え盛っていては船を止めようもなかろうが!」


 そう言ってそのひとは焼け死んでしまったよ。ボクは三回めのお六字を唱えたよ。


「自爆テロのような愚かな真似をしおって・・・仕方ない。わらわは炎の中で船を切るしかないのう」

「え!切るんですか!?」

「うむ。それしかない。さっきボクトが言ったリベットのところを丁寧に狙ってバラすしかないであろう」

「で、でも、炎が」

「そこでボクトに頼みがある」

「は、はい」

「白兎の手綱を引いて欲しいのじゃ」

「えっ。ボクがですか?」

「うむ。炎に焼かれず処理するには白兎で船上を駆けながら切って一瞬で船をバラバラにするしかない。白兎の操縦をしながらわらわにその芸当はできぬ。ボクト、頼む」

「でも・・・」

「やれるとかやれぬとかそういうことではないのじゃ。わらわたちしかこの場におらぬからボクトとわらわと白兎と3人でやるしかないのじゃ。頼む」

「・・・はい、やります」

「よう言うた。ほんに賢い男子おのこじゃ」


 橋の欄干から迫ってくる船を見下ろすボクたち。


 神速さまが何かつぶやいているから

 耳を澄まして聴いているとね。


「南無八幡大菩薩。あなたさまのご意向のままに・・・」

「あの・・・神速さまは神さまなのに別の神さまにお祈りするんですか?」

「そうじゃ。神とて不安を思うこともあるし迷いを抱くこともある。それにのう、万一わらわが失敗してこの街の民を救えなかったとしたらそれは神としてのわらわの屈辱なのじゃ。だからわらわは自我だけに頼らず、八幡大菩薩さまの御神徳をも味方につけるのじゃ」

「はい」


 ボクも、念じたんだ。


『南無八幡大菩薩。南無観世音菩薩。南無ご本尊さま。ご意向のままに・・・』


 いよいよだよ。


「ボクト、白兎を操ろうと思わずともよいからの。ボクトが手綱を握っておるだけで白兎は安心するのじゃ」

「はい」

「ようし・・・白兎、跳べっ!」

「ヒヒィィイーン!」


 ああ・・・

 落ちていく。

 こわいよ。

 死にたくないよ。

 ああ・・・


 ガッ!


「とおおおおぉぉぉぅぅぅぅうううっ!」


 カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「離脱!」


 シュパシュパシュパシュパシュパシュパシュパシュパアッ!!!


 ザバアアアアアァァァアアンン!!!


「やった!!」

「おう!おう!おうっ!!」

「ヒヒヒヒヒィイイイーン!!」


 ・・・・・・・・・・・・・


「それで?女神さまは美人だったの?」


 街を救ってくださった神速さまはまたこのかんのんどうのお地蔵さまの後ろで刀を持っておられるよ。

 その石の神さまの姿に戻った神速さまの前で、ボクはちょっとだけミコちゃんに意地悪をしたんだ。


「うん。すごくきれいだったよ!」

「へ、へえ・・・アタシとどっちが?」

「うーん。今のこの石の神さまのお姿だったらミコちゃんかな」

「なっ!?全然嬉しくないっ!」

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