昼下がりとミコちゃん

「チートー上がり!」


 って言ってチーズトーストをクマさんの親子が描かれた白いお皿に乗せて、その横にプチトマトとゆうべのバンバンジーサラダの余ったのを乗せて出してくれたミチルちゃんの朝ごはんをいただいてからボクは自分のお部屋のお掃除をしてたんだ。

 掃除機を借りてきて、本棚の届かないところは椅子に立ってハンディ・モップでサラサラ拭いて。


 そしたらね、ボクはスマホを持ってないからね、寮にかかってきた電話がボク宛だって園長せんせいが呼びにきてくれたよ。

 寮長でもある園長せんせいのお部屋は事務室もけんようだからね。


『ボクト、おはよう!』

「あ、ミコちゃん、おはよう!」

『ボクト、今日ヒマ?』

「お掃除が終わったらやることはないよ」

『じゃあさ、お出かけしようよ。ところでミチルは?』

「今日はおうちに戻ってお父さんとお母さんにお料理作ってあげるんだって」

『ようし。いないんだね。じゃあ、ボクト、待ち合わせだよ。蝶々町ちょうちょちょう超蝶々町書店ちょうちょうちょちょうしょてんの1階でね』

「うん。じゃあ、あとでね」


 電話を切ってボクは園長せんせいに行き先を告げたよ。


「園長せんせい。ミコちゃんと本屋さんに行ってきます」

「あら、そうですか。ではボーナスを差し上げますわね」

「えっ。ボーナス?園長せんせい、ボク、リョーボ寮母さんのお給料もらってるからいりません」

「でも本を買いたいでしょう?」

「はい。お給料の範囲で」

「ふふ。それもいいですけど高価な本を買う場合もありますわよ。それにこのボーナスはボクトくんが一生懸命働いたその対価ですから」

「タイカ?」

「お仕事した分の、っていう意味です。さあ、行ってらっしゃい」


 蝶々町は遠いんだ。

 バスと地下鉄を乗り継いでようやく着いたのが昼下がり。

 でも、なんだかお日さまが柔らかで優しい感じ。


「ミコちゃん、こんにちは」

「こんにちは、ボクト。さ、見て回ろうか」

「ミコちゃんは何か本を買うの?」

「うん。小説をね」

「わあ、すごいね。ボクはまだ字の多い絵本がほとんどだけど」

「絵本も小説も同じ。書く人によって全部違うもん」

「そっか」


 大きな本屋さんだなあ。

 カフェもあってコーヒーを飲みながら何冊か本を置いてみんな選んでるんだね、きっと。


 ミコちゃんが本棚から文庫本を一冊抜き出したよ。


「これがいいよ、ってお父さんが教えてくれた。昔読んだことがあるんだって」

「へえ・・・」


 エーリッヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」だって。

 タイトルはなんだかファンタジーみたいだね。


「あ、これも」


 ベートーベンの伝記だね。

 ボクは園長せんせいが貸してくれた大きな文字の本は読んだことがあったな。


「ミコちゃんはいつもどんな本を読んでるの?」

「ほんとは小説を読むのはこれが初めて」

「なーんだ」

「いつもは図鑑とか読んでるよ。あと、エッセイとか」

「エッセイって?」

「そうだねえ・・・僕はこう思う、アタシはこう思う、ってことを書いた本かな」

「ふうん」


 それならボクも読めるかな、書けるかな。


 ミコちゃんはお父さんとお母さんおススメの本をなん冊かカゴに入れてね。今度はボクの本を一緒に選んでくれたよ。


「ボクトが一番興味あるのはなに?」

「うーん。きれいなモノ、かな」

「わ、意外とメンクイなんだね」

「メンクイ?なに?」

「アタシみたいな美人さんの顔が好み、ってことだよ」

「ふーん。でもボクほんとにミコちゃんの顔、好きだよ」

「へっ?」

「だってさ、笑うとエクボができてかわいいし、目もぱっちりツリ目だし」

「あう」

「それに口元がお寺の御本尊さまみたい」

「それはよくわかんない」


 きれいなモノって言ったらなんだろうって話になって、じゃあ店員さんがくわしいんじゃないかな、って聞いてみることにしたよ。


「すみません、きれいなモノの本が置いてあるコーナーってどこですか?」

「きれいなモノですか?ええと、お客さまがお買い求めになられるんですか?」

「はい。ボクが買います」

「そうですねえ・・・お客さまはどんなものがきれいだとお思いですか?」

「はい。ミコちゃんのお顔みたいなのがきれいだと思います」

「まあ」

「あわわわわ」


 あれ?ミコちゃん、へんなの。


「あら・・・お客さまの目・・・」

「ア、アタシの目?」

「宝石みたいな色ですね」

「宝石?」

「はい。翡翠ひすいっていう宝石があるんですけど、お客さまの黒目の部分、よく拝見すると光線の角度でエメラルドグリーンに見えますね・・・」

「わあ。ね、ミコちゃん、ボクにも見せて」

「え・・・」


 うーん。よく見えないよ。

 もっと顔を近づけないと。


「ボ、ボクト・・・」

「ん・・・あ!ホントだ!きれいな緑が見えるよ!」

「そうでしょう」

「ボ、ボクト・・・ボクトの息が当たってる・・・」

「あ。ごめん。店員さん、じゃあ、宝石の本ってありますか?」

「そうですね。鉱石とか天然石と宝石の本っていうのではいかがでしょうか」

「あ。宝石だけじゃなくてですか?」

「カットした宝石というよりも原石の美しさを御覧になりたいのならばそういう図鑑がおススメですね」

「はい!じゃあ、見せてください!」


 途中の地下鉄まではミコちゃんと一緒に帰ったよ。


「ボクト、重くない?」

「え?うん。厚い図鑑で重いけど、でもすごくきれい。原石だとゴツゴツして色も宝石っぽくないけどそれもきれい」

「ふうん・・・ね、ボクト」

「なに?」

「アタシのこと、好き?」

「うん、好きだよ。いつも手伝ったり助けたりしてくれるしね。バディ相棒だよ」

「そうじゃなくて・・・女の子のアタシが好き?」

「あ、この間の話の続き?ミコちゃんは女の子のココロの時も男の子のココロの時もあるっていう。もちろん女の子のココロの時のミコちゃんも好きだよ」

「・・・まあいいわ」

「ね、それよりもう一回目を見せて」

「えっ・・・うん、いいよ」


 うーん。どうしてこんなきれいなグリーンなんだろう。不思議だな・・・


 地下鉄の音、少し静かにならないかな。

 ミコちゃんの黒目の緑にもっと集中したいな。



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