第2話精霊神様は怒りたい

 俺とセツナは学院に沿って歩いている。


「……アルカはイリアーナ学院の……整備をして欲しい……」

「整備?」

「……見て……」


 セツナが強化魔法を使って学院の壁を指で弾き、スパーンッと音を建てて壁の一部が飛んでいった。


「……それセツナが破壊したんじゃないのか?」

「……違う……昔はこんなので壊れなかった……保存と強化の魔法をかけ直して……」

「それが俺の仕事か」

「……一つずつ丁寧に……外が終わったら……中……」

「多いな」

「……任せた」

「了解した。可愛い師匠のために一肌脱がせて頂く……セツナ?」


 俺は隣に歩いていたセツナが居ない事に気づいた。


 周りを見渡すと、後ろで下を向きながら身体をクネクネさせているセツナがいた。


「……可愛い……ふふっ……」


 俺は全世界の人類に言いたいッ!師匠が可愛い過ぎて辛いってな。



「ほら、今日の仕事場に案内してくれ」


 セツナが顔を上げて俺を睨んだが……微妙に頬が緩んでいた。


「……ハッ……師匠の威厳が……アルカの馬鹿……」


 そう言って早足でセツナが俺を置いて修練場へと向かった。



 弟子コンの時点で威厳などマイナスでは?


「怒ってるセツナもまた良し。追いかけるか」






 ***




 イリアーナ魔法学院・修練場




 俺達は学院の修練場に来ていた。


「……今日は修練場……整備……よろしく……」

「わかった。セツナありがとな。しっかり仕事しろよ」

「……ん……お昼にまた来る……」


 その場からセツナは転移した。



 俺は修練場を見渡した。亀裂の入った石床、抉れた石壁。


 石床と石壁を調べると強化魔法と保存魔法の効果が切れていた。


「全然使って無いな。こんなのに魔法撃ったら壊れるぞ」


 名門のイリアーナ魔法学院も生徒の質は保てないようだ。

 学院の奴等が使ってないのは明白。


「これだと他の場所も酷そうだな。〈出てこい・シア 〉」

「約束破ったわね」


 艶やかな長い紫髪に右は黄金、左は銀色のオッドアイ。黒と紫を基調としたドレスが起伏にに富んだ彼女の美しい肢体を妖艶に魅せている。

 女性━━シアが俺の首に腕を絡めながら宙に浮いている。


 今は喜ばしいが昔は大変だった。皆さんご存知の思春期だ。

 何が大変だったかは黙秘させて頂く。


「開口一番がそれかよ。後で実体化するって言っただろ」

「この前の約束よ!チャンス無かったじゃない」

 そんな事を言った気がしなくもない。

「そんな時もあるさ」

「私は精霊神よ?少し扱いが雑じゃないかしら」

「雑じゃないな。お前を実体化したらずっとベタベタするだろ?屋敷の掃除するのに邪魔」

「酷いわ。私が貴方を愛してる証拠じゃない」


 シクシクと言いながら泣くシア。嘘泣きでも絵になるのがムカつく。


「嘘泣きすんなシア。実体化した理由は分かってるだろ?」


 シアは人間ではなく精霊だ。


 この世界の人間は契約した精霊を召喚して力を引き出して精霊と戦うのが基本。


 精霊と契約することで呼び出した精霊特有の『固有精霊魔法』が使用可能になり、精霊と同じ属性系統の魔法が強化されたりする。

 魔法士は契約した精霊の固有精霊魔法を鍛え、同じ属性系統の魔法の特訓をする。


 精霊は上から精霊神・精霊王・上位精霊・中位精霊・下位精霊が存在している。

 精霊は哺乳類型・昆虫類型・鳥類型・爬虫類型など様々な姿であるが人型は殆んど存在しない。精霊王は人型が多い。

 精霊王は代々受け継がれる事が多く、上位精霊は稀に召喚して契約する者が現れ、中位精霊・下位精霊が基本となる。

 精霊神は現在確認されていないため実在しているかどうかも怪しいとされている。


 精霊にはそれぞれ呼び出すための詠唱が存在している。シアの場合は詠唱として意識すれば呼ぶことが可能となっている。例えば《カモン・シア》《出でよ・シア》もしくは《あ》でも呼べたりする。昔、《おっぱい》って呼んだら窒息死した。何に窒息したかは言わないでおこう。

 精霊は召喚するための詠唱を始めると魔法陣が現れる。精霊の位によって魔法陣のサイズが変わる。

 精霊王・10m、上位精霊・5m、下位精霊・1m。

 魔法陣は呼ぶ時に魔力を通常の2倍使うと出ない。


 シアは特殊で、普段は魔力をほぼ使わないから霊体で過ごしている。この時は魔法が使えない。魔法を使う時は実体化する必要があり、その時にシアを召喚する形で実体化する。

 シアは霊体・実体化共に姿は俺以外には見えないようになってる。


「貴方が何をさせたいか分かってる。ただの整備に精霊神の魔法は無駄遣いだと思わない?」

「思わんな。〈変化〉」


 本来なら魔法を使う場合は詠唱が決まっている。

 シアと契約している俺はどんな詠唱でも魔法は発動する。

 昔は魔法の勉強を真面目にやっていたが、シアに詠唱は何でもいいと言われてから勉強しなくなった。


 この石床がどんな原理で変化してどんな材質かは知らない。


 俺が詠唱すると亀裂は消え、鈍く輝く石床に変化した。


「精霊神特性石床よ。世界が消滅てもこの石床だけは残るわ」

「いい仕事したわ。もう帰っていいぞー」

「帰らないわよ!今来たばかりじゃない!それに貴方の魔力量なら一年以上召喚してたって問題無いじゃない」

「邪魔しないならいいぞ」

「わかったわよ。それより貴方セツナと朝からイチャイチャしすぎじゃない?何が可愛いよ」


 不愉快だと顔をしかめたシアは絡めた腕に力を込めて俺の首を締めた。

 痛いけど嬉しい。背中に至福の感触。


「痛い痛い痛い、苦しいから。女の嫉妬は見苦しいぞ。そういう重い精霊女は捨てられ……グェェェェー!ギブギブギブ」


  俺は何とか解放される。

 首の安否を確認した後、真剣な顔でシアを見つめて言った。


「いちいち嫉妬すんなよ。シアは俺を離さないし、離させない。俺はシアを離さないし、離させない。例え死んで魂だけになっても俺達の繋がりは切れないって契約をあの時交わしただろ。それってつまり来世もお前と一緒だからな。それで嫉妬とか中々我が儘だな」


 この精霊神様はストレートな言葉で言ってやらないと非常にしつこい。


「煩いわよ。文句あるかしら?私は私に構ってくれないアルカは大嫌いよ。それこそ貴方が赤ん坊の頃から見守って来たのだし、ポッと出のあんな根暗を私の大切なアルカが可愛いとか言うのは不愉快ね」

「つまり?」

「あの根暗に可愛いって言う暇あったら私を構い倒して欲しいわ」


 今日も精霊神様は嫉妬する。

 昔からだが物凄く嫉妬する。


 街で女の子が親とはぐれて泣いていた時、一緒に親を探して無事送り届けた直後にシアは言った。


「アルカ、何故手を繋いだの?もしかして幼い子供が好きなの?最後に何故頭を撫でたの?」


 幼女にだって嫉妬する。だが彼女は嫉妬で人を傷つける事は一度も無い。

 ちょっと嫉妬深いだけ……なハズと思いたい。


「相棒を放って悪かった。俺はどーすればいいんだ?」

「ふん、解ればいいのよ。そうねぇ、キスでもして貰おうかしら」

「断る」


 それは恥ずかしい。


「あ、そ。じゃ、私今から外に飛び出して国1つ滅ぼしてくるわ」

「その前にシアを強制送還する」

「貴方が強制送還するのと私が国を滅ぼすのどちらが早いか、アルカなら知ってるわよね?」

「お前のそういうとこ嫌い」

「私はアルカの全部好きよ」

 どうやらする以外の選択肢は俺に残されていないようだ。

「ほら、正面に来い」


 首に腕を絡ませたまま身体を宙に浮かせながら俺の正面にシアは移動した。


 ━━俺はシアの額にキスをした


「ふふっ、まさかホントにしてくれるとはね。欲を言うと唇が良かったわ。でも嫉妬して怒った甲斐があったかしら」

「これで満足か精・霊・神・様?」

 シアは優しい表情で微笑んでいる。

「とっても満足よ」



 ━━この嫉妬精霊神の相手とっても疲れる

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