第1話新しい学院生活(清掃)の始まり
身体が動かない……理由は分かっている。
俺はゆっくりと瞼を開けた。
翡翠の瞳が俺を真っ直ぐに見つめていた。
「おはようセツナ。顔が近いんだが……」
セツナが俺の上に乗っていた。少し顔を上げるとぶつかる程の距離だ。
「……ん……おはよう……大丈夫……まだしてない……」
一体セツナは何をしようとしてたのか非常に気になる。
「何をしようとしてたんだ?」
「……何でもない……」
「そうか、でも俺の部屋まで来てどうした?いつもならまだ寝てる時間じゃないのか?」
俺の目覚まし魔法具が鳴って無いから起きるには早い時間だろう。
「……今日……アルカと学院……楽しみであまり寝れてない……」
そう言って、くはぁ……と欠伸をする。
「気が早いなぁ、セツナ。確かに一緒なのは俺も楽しみだ」
「……そう言ってくれて……嬉しい……」
セツナがギュッと俺に密着するのはいつもの事だ。だが……朝の過度なスキンシップは止めて欲しい。男は分かってくれるハズだ。
セツナは弟子補正無しでも美少女だ。
その彼女が朝からスキンシップをとってくる。
実に喜ばしい。喜ばしいのだが……
「な、なぁセツナ。とにかく上を退いてくれないか?起きるから」
もう一人の俺は既に起きてたりする。
「……やだ……もう少しだけ……ダメ……?」
ここでおねだりだとッ!?
セツナのおねだりの前には俺の意思など無力であった。
「はぁ……分かった。ならせめて隣に寝てくれ」
「……そうする……」
セツナがころんっと俺の上から隣に移動して俺に抱きついた。
「……温かい……眠くなる……」
「んー、寝てもいいが俺はもう少しで起きるぞ」
「……スゥ……Zz……」
「寝かせておくか。でも俺も眠くなってきたから二度寝するか」
俺達が起きたのは昼頃だった。
セツナが俺の目覚まし魔法具を既に停止させていた。つまり俺はいつもの時間に起きていたのだった。
「おいッ!セツナ!これ間に合うのか!?」
俺は現在必死になって鍋をかき回している。昨夜、渡された清掃員の資料を読みながら。
学院に向かう準備じゃないのかって?
師匠命令でご飯作ってるんだ!
クレイジー・バード(人の気配を察知したら躍り狂って威嚇するモンスター)の鶏肉にボンバー・オニオン(収穫時を間違えると爆発するデリケートな野菜)とマキシマム・キャロット(必ずムキムキの男性の形に育つ美味しい野菜)とキラー・ポテト(引っこ抜くと襲ってくる野菜)のクリームシチューだ!
名前が酷いが全部高級だったりする。
「……アルカは……慌てすぎ……私はいつも遅れて行ってる……」
「それはそれでダメだろ!学院長!てかお前いつも遅れて行ってるってどういう事だ?」
「……」
セツナの肩がびくッと震えた。少し顔色も悪い。
「お前、今の話だと変だな?朝家を出て何をしてる?」
「……」
「答えないと飯抜きにするぞ」
「……透明化の魔法を使って……アルカの仕事に付いていってた……」
衝撃の事実。自分が朝送り出した師匠が職場にコッソリ付いてきてました。
「色々ツッコミたいが……もう過ぎた事注意しても意味無いか……」
「……うん……仕事中のアルカも良かった……」
「お、おう。それより清掃員の仕事だ。遅れてんじゃないのか?」
「……大丈夫……アルカは無理やり清掃員にしたから……普通の清掃員の仕事が……無い……だから今からでも充分間に合う……」
今、セツナは何て言った?
「なぁ、その話だとこの資料は読む必要あんのか?」
「……無い……」
俺は資料をくべた。紙だから良く燃える。
「出来ればそれを昨日言って欲しかった。なら俺にはどんな仕事があるんだ?」
出来たシチューを盛り付けて、パンとセットでセツナに渡す。
「……それは行ってから……モグッ……美味しいけど……向こうで……モグッ……少し味が薄い……説明するほうが……ゴクン……パンおかわり……アルカも分かりやすい」
「感想言うか、食べるか、説明するかどっちかにしてくれ」
「……美味しいけど……少し味が薄い……パンおかわり……」
感想と食事を選んだセツナ。パンをセツナに渡してから聞いた。
「とにかく向こうで説明するんだな?」
「……ん……そう……」
遅すぎる朝食を取った俺達は玄関に来ていた。
「……アルカ……遅い10分も待った……」
先に準備を終えて玄関にいたセツナが頬を膨らませる。
「俺は食器を洗ってただけだ。これでも急いだ。セツナは遅いとか言える立場じゃないからな。遅刻魔め」
「……まぁいい……ん……」
セツナが手を差し出していた。
「別に手なんか繋がなくても服とか掴むなり触れてるだけで転移出来るだろ?」
「……アルカは師匠心をわかってない……私が繋ぎたい……ダメ……?」
俺は心にダメージを受けた。この師匠やりおる。
そんな事、言われて断るアルカがこの世界にいるハズ無い!断ったら俺がぶん殴るわ。
ま、この世界にいるアルカは俺一人だけどな。
「ダメじゃないぞ。俺もセツナと手を繋ぎたいって思った」
「……ん……それは嬉しい……」
俺はセツナの小さな手を握った。
「……〈カドゥケウス〉……〈転移〉……」
こうして俺達はイリアーナ魔法学院へと転移した。
転移する時に気づいたが転移するなら玄関に出た意味が無かったわ。
***
イリアーナ島イリアーナ魔法学院
1万年の歴史を誇る魔法師育成の学舎。世界中から数多くの魔法師を目指す若者が集う。
各国にも魔法学院は存在しているがイリアーナ魔法学院はこの世界で最も古く偉大とされた『原初の賢者』が創設したとされ、数多くの優秀な魔法師を輩出している名門となっている。
「この学院で学ぶ同士は皆、家族」と『原初の賢者』は言葉を残したとされているが、長年の月日を経てその志を快く思わない貴族が出始めている。
「相変わらず城みたいなとこだな。これで学院なんだからな」
俺達が転移したのは学院の正門。
目の前には額に傷があるどこかの魔法使いの通っていた城。
ハッ!自分で今よく分からない事を考えた気がした!
イリアーナ魔法学院は森に囲まれている。
イリアーナ魔法学院は島の中心に建ち、周りには森が広がり森には学院モンスターの通称・ガクモンが徘徊している。
森を抜けるとイリアーナ街に出ることができる。
また森と学園はそれぞれ結界で覆れているから、ガクモンが街に出ることも学院に侵入することも無い。
「……アルカならガクモンにやられる事は無いだろうけど……基本生徒は勝手に森に入るのは禁止されている……」
「成る程、今度探索でもするか。清掃員の仕事少ないんだろ?」
「……いいけど……バッジは外して……清掃員が森で目撃されたら……大問題……」
学院で勤める清掃員はほぼ一般人だ。
その清掃員が森に入ってしまったとなれば大問題だ。
例えるなら、赤子がサイクロプス(体長十mの巨体のモンスター)を相手に戦えって言うのと同じだ。
ちょっと大袈裟だった気もするが……。
「了解、気をつけるよ。ほら、案内してくれ」
「……ん……任された……」
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