間章Ⅳ「邂逅」
アンファリス大陸東方、
ドラゴンが有する純粋かつ絶大な魔力の影響により、悪しき魔物の巣窟たる
近代的な整備など望むべくもない複雑な地形と、竜属種を筆頭とする極めて強力な魔獣群―――各地の騎士団が暫時対処しているような小規模ダンジョンや魔獣被害とは、文字通り危険度の桁が違う。
15年前に“冒険王”エクター・フロシネスが敢行した大規模
アンファール建国の父・アルティリアス王誕生の地であるオルフェナウス市に程近いことも手伝って、竜の谷には様々な伝説が残されている。
曰く、大いなる災厄の時代に君臨した魔王、赤竜ゼドゲウスが聖都決戦にて敗れた後、今際の際に卵を遺した――後に紛れも無い事実であることが判明したが一般には伏せられている――とか。
曰く、往年は最強の魔物たる竜に挑まんとする命知らずの冒険者が絶えず、谷底にはかつてドラゴンたちに敗れ斃れた彼らの装備品や荷物―――すなわち金銀財宝が溜め込まれているとか。
曰く、建国からごく短期間で玉座を降りたアルティリアス王が、災厄の時代に失われたあらゆる命を弔うため、『蒼の聖剣』を納めに訪れた最期の地であるとか―――――。
――――――――――――――――――――――――――――――
―――みたいな話を聞かされたはずだけど、まったく頭に入ってこなかった。
早朝、学園の校門前でアルト先生と集合。
5分後、学園地下の転移門エリアに移動。先生が「そういえばだいぶ昔に作った『
転移門を通ると――地味に初体験――、ちょっと変わった雰囲気の知らない集落に出る。先生が何やら現地の人と話し込んでいた。よくよく聞けば知っている単語もたくさん聞こえたので、一応アンファール語だったはず……訛りがすごいのかな。
それから登山用というかダンジョン探検用の装備を渡されて、しばらく山道というか半分洞窟を歩き続けて、休憩。行軍は騎士の必須科目だから苦にならないよう訓練してきたけど、周りが岩と苔ばっかで景色が変わらないせいで、時間の感覚があやふやになるのは結構キツかった。
「……で、結局ここ何なんすか?」
「竜の谷。オルフェウスの」
んで、昼飯食ったあと適当に駄弁ってたら、しれっとそう言われたのがついさっきだ。危うくせっかく持ってきた弁当を噴き出すところだった。
改めて理由を聞くと、竜の谷の歴史やら伝説やらの話をしてから、
「ちょっとイイもんを取りに、な。どのみちいつまでも放ってはおけなかった用事だ。拾う前に勝手を見ておくのも悪くない」
「イイもん?」
「続きは見てのお楽しみ。今した話、よく覚えとけよ」
イイもん……もしかして、谷底にある財宝を探しに行くってことだろうか? ちょっと楽しみだ。
とはいえ、うーん……。魔物の目は避けて通って来てるみたいだけど、こういう場所の奥地じゃ何が起こるかわからないもんだ。気を付けて進まねぇと。
――――――――――――――――――――――――――――――
“冒険王”エクター・ハザールヴ・フロシネスがここに記す。
竜の谷の攻略状況と階層について。
海抜234メートル地点のオルリアス山頂上から、地下55メートルの領域を『表層』とする。
オルリアス山、並びにイスデラン山系から注ぐシュニティ川の影響により土地が肥沃。山中にはしばしば
地下55メートルから304メートルの領域を『上層』とする。
とにかく広大で隅々までの探索は至難。ただし、代々竜の谷の門番を務めてきたリドザーラ一族が
魔物の分布はベヒモス種が多い。他地域の地竜と比べると性格は温厚で、食餌や子育ての時期以外では人間を見ても襲ってこないほど。ただし、同じ獲物を取り合う肉食型の魔物との争いに躊躇しない傾向がある。
地下304メートルから728メートルの領域を『中層』とする。
四肢二翼のドラゴン種の姿が一気に増える。また
地上に近い環境の森林地帯にベースキャンプと転移門を設置。このエリアの
中層のより深いエリアにはいくつかの縦穴が存在し、下層へと接続している。
地下728メートル以降の領域を『下層』とする。具体的な深度は空間の連続性が安定しておらず、不定の間隔で内部構造そのものが変化するため検証不能。
中層とは打って変わり、環境は随所に魔力結晶(魔石)が剥き出しとなった岩窟でほぼ固定される。これは恐らく階層支配者―――ダンジョンで言うところの
閉鎖された地下空間ゆえ、場所によっては酸欠の心配があることを除けば、大気は通常の動物の生存に適している。しかし、それにもかかわらず生命の気配はほとんど無い。
中層から
階層支配者―――青い体色の
最大の特徴として、常に巨大な『■』を携えている。突飛な推測になるが、私にはあれが―――――。
――――――――――――――――――――――――――――――
あれから転移門を2回は通った……と、思う。
歩き通しなのもそうだが、それ以上に、周りの環境が目まぐるしく変わるのが凄かった。
でも、実際に未踏破の迷宮に潜ってみるとやっぱり違う。こんな地下深くで、子供の頃に絵本で読んだ最強の魔物―――ドラゴンが頭上を飛んでいく様子は、何か変な夢でも見てるんじゃないかと思うような光景だ。
相応の用意無しにドラゴンへ挑むのは文字通りの自殺行為。
そして、竜属種と同じ地域に生息しているということは、その他の魔物たちですら竜と共存しているか争い合っているということだから、そいつらとは戦わない。
今回通っているのは駆け足も駆け足、あの“冒険王”エクターが世界初の深部到達の時に使った“直滑降”ルートらしい。設置済みの転移門を介しているからもっと速いとも。
学園には届け出てるから万一遅くなっても平気なんだけど、世の中知らない内に便利になっていくもんだ。
……とはいえ、ただの特訓や修行が目的なら、深部を目指すまでもない。強そうな魔物はそこらにゴロゴロ居るんだから。
そして、ここまで来てようやく思い出す。今回の『冒険』の話を持ちかけてきた時、先生は『会わせたい奴が居る』と言っていた。
「ここからが竜の谷の下層、本当の最深部だ。準備はいいか」
ごくり……と唾を飲んでから頷いた。どのみち、他に選択肢は無い。
――――――――――――――――――――――――――――――
アンファール建国の父、勇者アルティリアス王が携えていたという『蒼き聖剣』について判明していることはごく少ない。
一説には、かつて魔物が世界に蔓延っていた暗黒期―――すなわち大いなる災厄の時代は、“黄金の流星雨”から始まったとされている。
大陸中に記録が残るその夜、アルティリアスの故郷・オルフェナウスにもまた、一筋の流星が降り注いだという。
彼が未だ無名の少年として故郷を旅立った時、かの剣は既にその手の内にあった。日頃遊び場としていた森の奥地で、若き日のアルティリアスは運命的な出会いを果たしたのだ。
流星の正体が何であれ、今日の識者たちは聖剣の由来について、かなりの確信を持っている。
すなわち、『蒼き聖剣』は非常に強力な
――――――――――――――――――――――――――――――
少し狭い岩窟を通り抜けて、そこに降り立った瞬間だった。
〈―――――AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!〉
耳を
その場で転んで頭を打たないようにするので精一杯だ。
〈GyyyyyyyAeeeeeeeeeee……!〉
目の前に、巨大な岩の柱。違う。ごつごつとした分厚い表皮を持つ筋肉の塊と、先端に備わる鋭利な爪―――竜属種の脚。
ホルィースで戦った飛竜もどきも大概だったが、こいつもあれに見劣りしないくらいデカい。それに、立派な後肢とドデカい翼脚に比べるとだいぶ小さいけど、確かに前肢がある。四肢二翼の
鼻先には花のように広がる
〈AAAAAaaaaaaAAAAaaaaaaaa……〉
そして―――――。
〈―――――…………〉
顎の端から火花を散らしながら、何かを警戒し、半ば怯えるように―――いや、実際警戒していたんだろう。
その竜が睨みつける視線の先に、さらにもう一頭の竜が降り立った。
「おいおい、サービス精神旺盛なこって……ここまでの歓待を頼んだ覚えは無ェぞ」
青い鱗の真竜。
比較的細身ながら、四肢……もとい三肢は極限まで引き締まっており、
その胴体には右腕が無く、よくよく見れば体表にも翼膜にも無数の細かい傷跡が刻まれていた。けれど、傷だらけの姿から儚さや弱々しさといったものは一切感じられず、ただ歴戦を生き抜いた強者としての力強さだけがある。
〈AAAAaaaaaaaaGyyyyyaaaaaaAAAaaaaaaa!!〉
〈…………〉
翡翠色の瞳をした、とても美しいドラゴンだ。それだけで十分記憶に残る。
だが、何よりも特徴的だったのは、
〈GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!〉
紅色竜のブレス。吐き出された複数の火球が、空気を燃やしながら青い竜に迫る。直撃すれば、城塞都市の建物程度なら幾つも纏めて吹き飛ぶような威力だろう。
対する青い竜は、悠然と歩を進めつつ、わずかに首を
〈Cooo〉
刹那、虚空から翡翠色の閃光が迸った。巻き起こった凄まじい神秘が文字通りに空間を切り裂く。
ドラゴン特有の魔力流放射攻撃―――『
〈Ga―――――〉
ほとんど抵抗も出来ないまま、迫り来る閃光が紅色竜に直撃する。
攻撃の規模に反して、被弾の瞬間に生じた音はさほど大きくなかった。
ただ、紅色竜の長い首が中途でズレたかと思うと、その頭部が滑って落ち、盛大に砂塵を巻き上げた。
傷口からはほとんど血が出ていない。尋常ではない熱量によって、瞬時にして焼き塞がれた証拠。
「紹介が遅れたな」
……ブレスじゃない。『斬撃』だ。
青い竜の
「こいつが『竜の谷』の
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