間章Ⅲ「極致への第一歩(2/2)」
王立学園図書庫、禁書区画にて―――――。
「なるほど……。教会の聖職者や僧兵が用いる『神聖術』、いわゆる奇跡と魔法の類似性について、か。聞き覚えのある説だが、しかしこの内容が禁書とは。面白い」
大量の書物と魔導式
この場所に居られる時間は限られている。有用な記述は片っ端から写しを取り、古く誤った知識は切り捨て、己の知る理論と突き合わせて新たな発見へと昇華していく。
コニーが求める答えにはまだまだ遠いが、十二分に有意義と言える時間だった。
その横で、
〈ふぁ~あ〉
紫炎の頭部を持つ怪紳士、『
特に助言をする気は無い。人間が使う魔法と、
主―――アルト=ペイラーからは半人前の魔術師のお守りと聞いているが、こうして無造作に収蔵されている程度の
ましてや相手は魔法貴族の嫡子で、その手の危険な書の取り扱いについては骨の髄まで叩き込まれているはずだ。監督や護衛が必要とはまったく思えなかった。
〈大体、教師なら教え子の面倒は自分で見るものだろうに……〉
いつも通り主への文句を口にしようとして、ジャックは興味深いことに気がついた。
禁書庫は暗がりで、人が居らず、そして―――魔導書を一箇所に留め置くため、頑丈な鍵と強力な結界で封印されている。
〈―――あぁ! そうか。なるほどなるほど、そうか! ククク……まったく、我が主も人が悪い〉
独りで勝手に納得し、怪紳士はその場でひょいと飛び跳ねた。
踊るように、というより何らかの
「魔法を待機状態のまま放出し、固定する……。術式を維持したまま別の術式を書き加えて? もし本当に可能なら革命的だが……いや、不可能ではないにせよ至難だったからこそ、これ以上発展しなかったのか。そもそも、この程度の効率ならば通常の高速詠唱や同時詠唱技術で代用した方がまだ……」
〈時に、新たなる友よ〉
「しかし、このある種の連鎖反応というのは……。……? 何です?」
半身たる
そして魔物とは、尋常の動物とまったく異なる思考様式と価値観を有し、遍く生命を貪るものだ。
使い魔たるジャックは
〈そろそろ理論ばかりではなく、実践にも目を向けたらどうだい。検証したいことがあれば付き合おうじゃないか〉
それは、この人外の怪物が真実無害であることを意味しない。
アルト=ペイラー黒銀卿を主と仰ぐと同時、この怪紳士は魔物としての本能にも従っている。
「あぁ……はい、ちょうど少し行き詰まっていたところなのです。ペイラー卿の
〈フフ、ハハハ! いいとも。いいとも! 存分に奮うがいい―――〉
ジャックは厳密に計算している。眼前の、己よりも遥かに脆弱な生物が、どこまで壊しても死にはしないかを。
ジャックは純粋な善意と好意の下に行動している。
怪紳士が密かに伸ばしていた魔力の糸の先端が、禁書区画に張り巡らされた結界の魔術に接触する。
設計者が仕掛けたすべての
「……―――ッ!?」
コニーが異常に気付いた時、『そこ』は既に学園の地下ではなかった。
暗雲、月夜、並び立つ墓石。雰囲気としては以前訪れた霊山ホルィースに近しいが、しかし明確に異なる部分が一点。
「何を」
〈ようこそ、我が故地へ〉
―――――波の音。
ナックラヴィは水辺、海岸に棲まい、不作や
半身を裂かれ変質した身であっても、ジャックの本領はこの灰色の砂と鏡色の水面の世界にある。
結界術は往々にして『内と外を隔てる』魔術であり、突き詰めれば人為的に異界を創造するに等しい。
部屋を封印したり魔物を遠ざける程度ならばともかく、このように空間・環境それ自体を書き換えるなど―――。
「いつの間に転移を……違う、禁書庫の結界を乗っ取って? いや―――」
〈クフフフフフフ〉
コニーは右目の
怪紳士が立つ場所を中心として、空間は完全に遮断、封鎖されている。逃れる術は無い―――恐らく、この大魔術を展開した者を打倒しない限りは。
〈友よ。我が主、黒銀卿アルト=ペイラーの言葉を伝えよう〉
紫苑の炎が揺れる。悪霊の黒い目と鼻と口がぐにゃりと歪む。
〈“百の見聞は千の知識に勝り、十の実践は百の見聞に勝り、一の死線は万の叡智に勝る”―――さぁ、勝ち取りたまえ。求めよ、されば与えられん!〉
――――――――――――――――――――――――――――――
「へぶしっ」
「あら。我らが査問会室長サマが風邪引くなんて、珍しい」
「別にそういうわけじゃ……、ハァ。あー、誰か俺の噂してんなこりゃ」
――――――――――――――――――――――――――――――
〈クフフフフ……ハハハ!!〉
悪霊の笑い声が響く。攻撃が来る―――奴の頭部に燃え盛っているのと同じ、紫色の魔法炎。
「ぐ……っ、
それを、水の盾で防ぐ。ばしゃりという音、噴き出す蒸気……そして、魔力の小爆発。
……魔法性の超現象は通常の物理現象に優越するが、魔法同士ではそのようにならない。火は風に煽られて燃え盛り、水によって鎮められるものだ。
一発に込められた魔力量も、火と水の相性差を押し切れるほどとは思えない。尋常な水属性魔術で相殺し切れないということは―――そもそもあの魔法炎、恐らくはただの炎ではないのだ。
〈ククク、ハハ―――嗚呼、いささか拍子抜けだな! 才ある学徒と聞いていたが、我が主の目も曇ったものだ!〉
紳士めいた外見に反し、
“黒銀卿”アルト=ペイラーが従える
〈解るかね、友よ〉
異形の
感覚強化の術式を走らせると同時、魔力探知の網も緩ませることなく張り続けている。にもかかわらず、魔力の起こりをほとんど感知できない。
〈君のような魔術師を見ていると、つくづく思うよ。私は君たち人間が羨ましい〉
いや……魔法炎の起点を何らかの手段で隠蔽しているのではない。恐らく、この結界による異空間すべてが発射台と成り得るのだ。
状況に応じて術式を編むのではなく、空間それ自体へ既に術式が刻まれており、後はそこに魔力を流すだけで効果が発動する。
〈君たちは
講義とも独白ともつかぬ語りの最中、紫紺の魔炎は尚も荒れ狂う。
加減をされていることは明白だった。こちらを一息には殺さぬよう、しかし決して無事では済まさぬよう―――故にこそ絶妙で、逃げ場が無い焦熱の檻。
どこからどこまでがペイラー卿の意図だ? 彼ほどの魔術師が使い魔の暴走を許すとは考えにくい。だが、抜き打ちの魔法試験というには、これはあまりにも―――。
〈おぉ友よ!! 私は
……勝ちの目が見えない。
現時点で、あの使い魔に対処する術は無い。
僕は負ける。
――――――――――――――――――――――――――――――
爺様によく連れて行ってもらった演劇で、あまり好きではない種類の筋書きがあった。
絶望的な脅威に晒され窮地に陥った主人公が、しかし土壇場で血統に秘められた魔力だの、神に祈りを捧げて起こした奇跡だので、すべてを都合よく解決してしまうのだ。
もちろん、創作にその手の文句をつけるのは野暮である。爺様にもよく言い聞かせられて育った。
それでも、個人的な感想までは改められないし、爺様も僕がそう思うならそれでいいと言ってくれた。
奇跡―――――。
そんなものはない。いや、現実にまったく有り得ないというものでもないが、少なくとも狙い澄ましたように起こすことは出来ない。
再現可能な奇跡とは、つまるところ日々の鍛錬と万が一の備えの結実に過ぎないのだから。
ならば、翻って。僕に出来ることは何だ?
裏面街での事件。凡百の
ホルィースで遭遇した魔竜。尋常ならざる強敵だった。ジョシュアさんが居なければ、メロウ・タナップの助力が無ければどうなっていたかわからない。
パーティメンバーが全員生きて帰れたのは、ほとんど―――――。
「あぁ」
……何ということだ。
カナタ、ノエル、セテラの3人。率直に言って、僕やジョシュアさんとは実力に開きがある。ペイラー卿の言葉を借りるまでも無く。
だがそれぞれの事件の時、彼らは―――魔法使いとして、あるいは剣士として、初めて戦場に立ったにしては、あまりにも勇敢で冷静だった。
天賦の才か? それとも僕が知らないだけで、既に何らかの経験を積んでいた? いずれにせよ只事ではない。
「そうか。……そうか」
共に過ごす日々の中で、あの3人を侮るのはやめていたはずだったが……まだ足りなかったのか。
城塞都市に暮らす平凡な学生である彼らにとっては、正体不明の魔竜に挑むのも、裏面街の野盗と争うのも同じだ。命の危機を伴う戦いに、恐れが無いわけがない。
だからこそ全力で、自分に出来ることを精一杯やってきた。いつだって、今日までに学んだすべてをぶつけ、必死に活路を切り拓いてきた。
……そうだ。故に、
「“奇跡はこの手の中にある”」
王都ではあまり有名でない、幼い頃に好きだった演劇の台詞が思い起こされる。
―――騎士道物語の主役という器ではないが、僕だって魔法貴族だ。
譲れぬ矜持なら、少なからず持ち合わせている。
――――――――――――――――――――――――――――――
家格ないし規模に大小差はあれ、“魔法貴族”と称される魔法使いの家系は、みな不世出にして一族相伝の奥義を持つ。
並みの魔導研究者がどれだけ集まろうと、模倣はおろか解析すら困難な特級の
古い伝説の中でのみ語られ、難解な謎かけによって守られてきた秘密の儀式は、時に継承する一族自身でさえその起源や原理を把握していないことがある。
―――精霊は生物ではなく現象であり、人間が一般的に理解するところの意識や意志にあたるものは存在しない。
にもかかわらず、それらがあたかも魔法使いの呼びかけによって使役されるが如く振る舞うのは、魔術に用いられる魔力―――可視化された『生命力』が、ある種の
相似するものは相関する―――古い呪術の考え方。似ているものは同じものである。
と同時に、たとえそれらが如何に精巧な複製であったとしても、異なるふたつはやはり異なるものである。
精霊を喚起して魔術へと変化し、外界へと解き放たれた
同じでありながら異なるモノ。鏡面に映り込んだもう一人の自分。―――それこそが、多くの古典派魔術師と、シープラニカの一族が『精霊の声』と呼ぶものの正体だ。
――――――――――――――――――――――――――――――
「―――――
嵐の如く吹き荒れていた紫紺の魔炎が、止まった。
〈……!!〉
何ということのない、魔術の起句1節のみの詠唱。
ただし―――そこに込められた圧力は、つい先刻までの比ではなかった。
「
強化系魔術の重ね掛け。基礎体力に優れぬ魔法使いであろうと、鬼神の如き剛力と速力を得られることは間違いないが、限度というものがあった。過剰な強化の付与はそれ相応の反動、負荷を生じさせ、強すぎる力が敵に向くよりも先に使用者の肉体を自壊させる。
すわ、
そう判断した怪紳士は、失望のままに肩を落とし、あくまで冷静に迎え撃とうとして―――。
〈なに?〉
術式の起動、魔法炎の展開に、わずかだが
結界による空間支配は完璧で、外部の人間に気づかれた様子は無い。仮に気づかれていたところで、そう容易く破れるような術ではない。
「僕に従え、精霊ども」
黒く脈打つような、呪詛じみた―――否、その血統に秘められた素養ゆえに、コンスタンティン・シープラニカの言葉は空間中の精霊への支配力を伴う。
対話ではなく、支配。精霊が己を拒絶するなら、己もまた精霊を拒絶するまで。あまりに傲岸不遜な、しかし現実を歪曲し改竄する魔法使いとしては、一種の極致とも呼べる精神性。
〈……ク、ク、クカカカカカカ!! なんと! なんと、なんと、魅せてくれる! あぁ、ずいぶん手癖の悪い貴族が居たものだ。よもや―――〉
結界が揺らぐ。ジャックは魔力供給と術式の再構築を急ぐが、まるで底に穴の開いた船から水を汲み出しているかのように安定しない。
原因は、
〈よもや、我が炎を喰らって己が力に変えるとは!!〉
紫紺の魔炎が、捻じれて逆巻く。
コニー自身は気づいていないが、彼は空間中の精霊を掌握しようとして、実際にはジャックの結界に阻まれており、
故に、その手中に収まるのは精霊の力ではなく、結界を構成する悪霊の炎だ。
「―――――精霊魔術師エルペトリアが裔、コンスタンティン・シープラニカが授く。汝の
そして魔名の宣誓が成され、シープラニカ家の歴史に新たなる魔術を刻んだ。
腐食性の猛毒めいた重い炎。悪霊の魂魄より削り出されたそれを鎧の如く纏い、剣の如く振るう異形。
しかしながら、見方によっては―――魔術の源たる精霊と共に在り、共に戦う、シープラニカの魔法使いとして恥じる所の無い姿。
「……貴殿に、この上なき感謝を。偉大なる始祖エルペトリアの魔術、そして我が祖父より受け継ぎし剣の冴えを以て報いましょう」
実体無き魔炎の剣を正眼に構え、コニーは堂々と言い放った。
悪霊の形無き魔炎の顔貌が、にったりと歪む。
〈よろしい。魅せてみたまえ〉
同色、同属性の炎による撃発の応酬。
如何に新たな力に目覚めたとはいえ、紫紺の魔炎がジャックに由来する以上、同じ魔術を扱っていてもその練度には雲泥の差がある。
「せやあっ!!」
〈クッハハハハハハハハ!!〉
踊る。踊る。手を振るように焼き、脚を上げるように炙る。死の舞がすべてを焦がしていく。
対するコニーは、想起していた。かつて見た祖父の背中を。己が遥か先の道を行く年長者の剣技を。共に並び立つ、戦友の努力を。
「爺様なら―――」
コニーに武技の才能は無い。魔法使いの宿命―――常人よりも多く
「ジョシュアさんなら……カナタなら……、もっと……!」
だから、もっと強く。
他ならぬ誰のためでもなく、この五体に流れる血脈に誇れる己であるために。
〈シィイィィィィッ!〉
「うおおぉぉぉあぁぁぁぁぁッ!!」
一際強大な爆炎が励起する。ジャックが結界内に張り巡らせた術式を起動し、魔力を走らせようとした瞬間、コニーが横からその制御を奪って暴走させた。
横薙ぎの斬撃が凄まじい熱波の怒涛と化して、怪紳士の胴体へ食らいつく。
〈キ、シ、ハ、クハハハハハ!! 人間ッ……如きが! 私の、炎を……あぁ、あぁ! ハハハハハハ!〉
乾坤一擲の痛打―――しかし、討滅には至らず。
亜種精霊魔術による
〈気に入らんなぁ!! 気に入らんぞ! クハハハハハハハ!!〉
反面―――
結界による遮断もそこそこに、ともすればこの学園内の一角を丸ごと焼き払おうかというほどの破壊の渦。
通常、独立した使い魔に許される攻撃の範疇を完全に逸していた―――それはすなわちこの状況が、ジャック自身のみならず、彼を制御するアルトの魔術式までもが出力制限解除の判断を下したことを意味する。
〈なかなかに楽しめたぞ、若き魔法使いよ〉
今やジャックの身体そのものたる魔炎はこの上なく燃え盛り、顔貌を構成する黒点はひどく裂け拡がって、獣じみた異形と化している。
空間中を走るさざめくような黒い光の帯は、常識外の速度で記述される無数の呪詛の式だ。
限界を超えて凝集された紫紺の魔炎は、コニーが纏うものとは桁違いの密度を有し、今まさに万物を灰燼に帰さんと解放の時を待ち侘びている。
〈誇れ!! 愚鈍にして矮小の身でありながら、宮廷魔術師アルト・ディエゴ=ペイラーの総代たる我が魔炎に抗したコンスタンティン・シープラニカ! 貴様の名はこの王国魔法界の歴史へ、きっと永遠に刻まれることだろう!!〉
その言葉と共に、悪霊の業火はさらに輝きを増し―――――。
――――――――――――――――――――――――――――――
防御……不可能。
回避……不可能。
裏面街での抗争の時も、霊山ホルィースでの戦闘の時ですらどこか遠かった死の予感は、もはや限りなく不可避に思える。
生憎と覚悟というほど大層な達観は持ち合わせていなかったが、納得はあった。これならば負けても仕方ない。これになら殺されても仕方ない。
僕はここで死ぬ。それでいい。
……問題は。
「この地下で、威力が留まり切らなければ―――」
暴れ狂う魔法炎が噴き出して、地上に壊滅的な被害をもたらすであろうことだ。
それは許容できない。
禁じられた知識に手を出して破滅した魔法使いの伝承や逸話は枚挙に暇がなく、実際彼らもそれで死んだなら仕方ないとは覚悟の上だったろうが、親類縁者にまで類が及ぶとなれば考え直したはずだ。ましてや、無関係の人々を巻き込むなどと。
「……抑え切れるか」
対処法―――精霊魔術の、周囲の魔力を
どこまで通じるだろうか? 空間中からいつでも魔力を補充できるといえば聞こえはいい。しかし当然、“世界そのもの”である精霊から供給される魔力は想像もつかないほど絶大で、人体の許容量を容易く超える。失敗した精霊魔術がもたらすのは、過剰な魔力供給による破裂めいた死だ―――多分、僕があれにドレインを仕掛ければ、同じ結果になる。
いや。
それでも。
「それでも、やるさ。爺様なら―――、僕たちなら」
気づけば敵の姿は微妙に変化しており、燃える頭部を持つ紳士というよりは、山火事の怪物が豪奢な貴族衣装を纏っているかのようだった。
〈さらばだ〉
決定的な一言。
火竜の
迷っている暇は無かった。
次の瞬間には全身が消滅していることをほとんど確信しながら、ただ両手を前に突き出して、
「誰がここまでやれっつった」
一閃。
闇色に輝く銀光としか呼べぬ“何か”が、視線の先を横切った。
わずかに遅れて、白と、黒と、極彩色が世界を覆う。轟音。突風。つまりは爆発。
しかし、それは数瞬の後に消え去って―――――。
〈む!! ぬ!? 何と、何と何と何とオォ……! あぁっ、わ、我が主よ! どどどうかこの愚かで哀れなジャックめに慈悲をぉう! これはそう青少年の健全な育成のための致し方ない犠牲というもので〉
「言い訳は聞きたくねェ。今回はこっちで1週間、向こうで3ヶ月だ。どうせ死にゃしねェだろ。精々楽しめ」
〈アアアアアァァァァァァァ―――――ッ!!〉
突如現れた銀髪の男―――アルト・ディエゴ=ペイラー“黒銀卿”が、携えていた鋳鉄製の籠のようなものを叩きつけた。
先刻の魔炎に比べると静謐な、それでいてその密度では勝るとも劣らない強大な魔力流が吹き荒れ、悪霊の声が遠ざかっていく。
紫紺の炎が徐々に掻き消え、術者を失った結界もまた崩壊し、元の薄暗い地下通路へと戻り始める。
「ハァ~……」
がしゃんという音を立てて、恐らくは何かの魔導具であろう鋳鉄の籠が石造りの床に落ちた。
ペイラー卿は、苦虫を一度に何十匹と噛み潰したような渋面を作り、しばしその場に佇んでいた。やがて、何か思い切ったような表情になって言う。
「―――今回の件、親父さんたちには黙っててくんない?」
――――――――――――――――――――――――――――――
2日後、シープラニカ家の本邸にアルト=ペイラー“黒銀卿”の名前で、いくつかの魔法資源と高級菓子の詰め合わせが届いたことはまた別の話である。
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