間章Ⅱ「それぞれの距離」

 木剣を抜き、正面で構える。

 目の前に居るのはジョシュア先輩。魔法戦士の一族、フランバルト家の後継者。


「来い、カナタ」


「……っす!!」


 踏み込み、打ち込む。

 足の裏で地面を噛んで、力を膝から腰へ、そこからさらに捻りを加え、両腕を通して剣に伝えるイメージ。

 コニーも貴族の嗜みとして剣術は習ってるけど程度。だからこっちの鍛え方は我流……なんて上等なもんじゃねぇな。とにかく、がむしゃらだった。


「せいッ!!」


「はっ!」


 なんで、こうやって本格的な鍛錬を始めたのは、ジョシュア先輩が特訓を見てくれるようになってからだ。

 シュトスラ流剣術―――大いなる災厄の時代が生んだ、大陸最優の剣。ただ『討ち、生き残る』ことを一意に追求した戦場剣技。

 派手さは無く、凝った技も無い。戦争続きだった災厄の時代に生まれた流派だけあって、最短最速で兵士を育て、鉄火場に送り出すための……良く言えば理詰め、悪く言えば促成栽培の剣術とされている。

 小手先の奇策に甘んじず、戦いの基礎をひたすら練り上げるが故に、極めればあらゆる脅威に対して無敵となれるとも。


「ふっ、は!」


「ぬ。……うむっ」


 敵をよく見て、あるべき場所に剣を。余計なことは考えなくていい。俺向きの剣だ。

 戦場での立ち方、武器の振り方ひとつ取ってもコツってもんがあるが、それについては考えるまでもなく身に着いている。騎士を志したあの日から、ずっと欠かさず練習してきたんだ。……先輩からの指導でちょっと手直しはしたけど。


「らぁっ!!」


「ふ、ふ。……いいね。では、これならどうだ!」


「!」


 ジョシュア先輩の動きが変わった。速度を旨とした繊細な剣捌きはそのまま、けれど身体のと柔軟性を駆使して、予想もつかない方向から刃が跳ね上がってくる。

 シュトスラ流は『生き残って勝つ』ことが目標の戦場剣技だから、の剣だ。技量が重視されないとは言っても、頭の回転はむしろ強く要求される。


「……っ!!」


「ほう……!」


 1ヶ月前の俺なら防げなかった、と思う。

 コニーたちとチームを組んでから、音と気配に敏感になった。頭の中で戦場全体を見下ろすという達人の領域には程遠いが、とにかくそういう意識。

 大陸最優の剣の真髄は、まず自分を守り、そしてことにある。そこに敵の動きを見切る視野の広さと集中力がついてくるから、極めれば自分単騎の時でも、攻防自在にして質実剛健な戦技に化けるって寸法だ。


「想像以上だ。然らば、もう少し大人げなくやらせてもらおうか―――な!!」


「おっ、わ、あ!?」


 ジョシュア先輩の剣速、まだ一段上があることは知っていた。ホルィースの戦いで見たから。

 もしかすると、さらにもっと上があるかも知れない。あの時の先輩は間違いなく真剣だったけど、を出してはいなかった。強者は底を見せないものだ。


「ッ……つ、まだ……まだァ……!」


 降り注ぐ斬撃の雨を浴びながら、集中の湖へ沈んでいく。

 今は、防ぐ。防ぐ。防ぎ、見続ける。先輩の剣筋を、足運びを、視線を読む。空間だけではなく、時間の単位でも技の組み立てを考える。

 永遠にも思えた超高速の連撃に、しかしごくごくわずかなが見えて。


「こ、こ……だぁ!!」


 振り下ろしの一閃、完璧な角度で受けた。弾いて跳ね上げる。

 ようやく、ようやく届く。ジョシュア先輩が目を見開き、俺の突きが入る……、っ!?

 いや、先輩は体幹を崩していない。後ろに下がったはずの左足を踏みしめ、俺より速い、剣を身体の前に戻す、間に合わない─────。


「…………、……!」


「ふぅ」


 先輩の剣は俺の左肩へ、俺の剣は先輩の顔の真横へ。

 訓練なのでもちろん寸止めだが、実戦なら俺の突きは首の動きでかわされ、カウンターの一撃が入っていた。


「───、参りました」


「うん」


「……はあぁぁ〜っ……!!」


 臨戦態勢を解き、俺は地面に尻餅をついた。手の中から木剣がこぼれ落ちる。

 無意識に詰めていた息を吐いて、深呼吸、深呼吸……で、


「今日こそ一本取れると思ったのに!」


「ははは、今の出来なら取らせてあげてもよかったんだけどね。つい意固地になってしまったよ」


 ……か。

 才能のある人だってのはよく知ってる。でも……。


「おいっす、お疲れ〜」


「お疲れ様です。お水どうぞ」


「ん、サンキュなっ」


「ありがとう」


 セテラとノエルが持ってきた冷たい水を飲む。か~っ、たまんねぇ!

 ま、でっけぇ壁に挑戦してるのはみんな同じだ。俺だけくよくよ悩んでるわけにもいかないよな。


「っし。先輩! もう一本お願いします!」


「待て、カナタ。僕らも対前衛用の立ち回りを強化しなくてはならない。ジョシュアさん」


「ははは、実に熱心で結構! いいとも。纏めて相手をしてあげよう!」


 これで2対1。戦力的には……俺とコニーがもう1人ずつ居ても対等じゃねぇな。

 まったく、俺は本当に運が良い。頼れる仲間も、超えるべき壁も、全部手元にあるんだから!




――――――――――――――――――――――――――――――




 次の日の放課後、いつものように旧部室に集まっていたところ、来客があった。


「お、やってんなァ。調子はどうだ?」


「アルト先生!」


 白い髪に黒の外套、宮廷魔術師のアルト・ディエゴ=ペイラー卿。一応、俺たちの臨時担任でもある先生だ。

 最近はちょっとデカい事件が続いて忘れかけてたが、元はと言えばこの人への弟子入りが俺の目標で、収穫祭の御前試合への出場―――いや、優勝ですら通過点に過ぎない。


「おや。来ると知っていれば、歓待の準備をしていたところなのですが」


「いいよ別に。あとジョシュア、お前はその呼び方やめろ。こう、なんつーか首の後ろがゾッとすんだよ」


「ペイラー卿、我々に何か御用ですか?」


「ン、臨時とはいえ俺も教師、担任だからな。ちょっとばかし様子を見に来た。お前らには個人的な課題も出してるわけだし、いつまでも放ったらかしにゃしておけねェだろ」


 そういえば……俺はさておき他のみんなは、まぁ、言っちまえば俺のワガママに付き合わせてるようなもんだ。

 セテラなんかは、コニーやジョシュア先輩と一緒に勉強する機会が出来て、編入生としては良い補講になってるとか言ってくれるけど……まさか先生だって、そんなことのために俺たちを組ませたわけじゃねぇだろうし。


「収穫祭まで残り1週間と少し、いくらか面倒を見てやろうと思ってな。お前らにも予定はあんだろォから、今日のところは手短に済ますとして……。まずはコニー」


「はい」


「明後日、図書館の『禁書』区画を一部開放するよう話をつけておいた。本来なら責任者の同行が必要だが、代わりに俺の使い魔を預けてある。司書に『東南東の書棚の目録が見たい』と言えば案内してくれるはずだ。今のお前に必要な勉強をして来い」


「……! は、はい」


「ノエルは今日の用事が全部済んだらツラ貸せ。寮の談話室で待ち合わせよう、俺も適当に時間潰してから行く。いざって時の奥の手……っつゥほど立派なもんでもねェが、ちょっとした保険を用意しといた。はまだ生きてるってこと、忘れんなよ」


「? ……あ。そうですね……はい、わかりました」


「先生先生! 私は!? 私には何か無いの!?」


「お前とジョシュアには俺から言うことは無ェ。しっかり修行して、当日は万全の状態で臨め」


 ん? どういうことだ。

 ジョシュア先輩はともかく、(ちょっと失礼かも知れねぇけど)セテラの方にも言うこと無し?


「なんでさー!! もっと秘密の呪文とか伝説の武器とか古代のマジックアイテムとかくれるんじゃないの!?」


「その手の代物を扱うには地力と頭が足りてない、以上。正直に言っちまうと、俺はコニーとジョシュアの組み合わせに治癒術師ヒーラーのノエルが居れば、戦力的には充分だと踏んでる。学生レベルならな」


 ―――――、…………。

 ……そう、か。アルト=ペイラーの目から見ても、そうなのか。


「先生、そんな言い方はないでしょう。セテラもカナタも優秀な魔術師、剣士ですよ。短い期間ですが、二人の指導役をあずかった身として僕が保証します」


「シープラニカとフランバルトの跡継ぎに比べてもか? ……いや、いい。さすがに意地が悪かったな。お前らのやる気を削ぐつもりじゃなかった、忘れてくれ」


「はーっ、ほんとそれな! 私だっていざって時は肉壁くらいにはなりますからね!」


「自覚があるようで安心した。まァ……要するに、元から実力の仕上がってる2人を中核に据えてだな、後の3人は程々に賢く立ち回れって言いたかった。とどのつまり戦いは数だ、お前らが要らない子だとは言ってねェよ」


 程々に、賢く……。


「あー、それとアマミ、いやカナタ。お前には会わせたい奴が居る。今週末は空けとくように」


「会わせたい奴?」


「そう。巨人の日第6曜日の朝に校門前な。寝坊すんなよ」


「うわ、また? 性格悪ぅ」


「余計なこと言うんじゃねェ。ブッ飛ばすぞ」


 セテラが謎に突っかかったのが気になるが、"角狩り"アルトの紹介だっていうなら是非もない。まだ誰とも知らされてないけど会おう。


「嫌だぁ、暴力男~。ノエルもこんな人と付き合うのやめなよ」


「付き!? 合っ、て……ないよ!? ないからっ!!」


「おいセテラ、隙あらば俺を社会的に抹殺しようとするのやめろ。やめてくださいお願いします」


 もっと……強くなる。もっと速く、無駄なく、成長しなきゃ……もっと。

 でなければ―――――。




――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――旧冒険者同好会部室をアルトが訪れたのと同時刻、王立学園の外周を歩く2つの影があった。

 王家の紋章が象られた軽鎧とサーコートを身に纏う、セントマルクス騎士団王立近衛騎士団の王都警備隊だ。片方は垂れ布付きの軍帽で輪郭を隠した長身の男性で、もう片方は人のさそうな亜麻色の結い髪ポニーテールの女性である。

 白を基調として青と金が配された軽鎧は近衛の伝統的な装いであり、同時に彼らの騎士団内における地位を示していた。


 さりとて、この日は特に重大な要件があったわけではない。学園および周辺地域の警備体制について、定期的な話し合いの場が持たれたのみだ。

 所用を済ませて学園から離れ、この後の予定について確認する傍ら―――女騎士が、ふとこんなことを言う。


「やっぱり、今日も会っていかないんですか」


 主語を欠いた不明瞭な質問。傍から見れば意味の通らない会話。

 次の目的地へと赴かんとする男性騎士の足取りが、ぴたりと止まった。


「いいんだ。私は嫌われているから」


であればともかく、この国にラザフォード卿を嫌う人が居ますか? 何か誤解があると思いますけど」


「たとえ誤解だとしても、簡単には飲み込めないことはあるよ。男の意地っていうのはそういうものなんだ。彼くらいの年頃なら余計にね」


「はぁ……」


 女騎士―――セントマルクス騎士団長秘書、カタリナ・マイトベルンは釈然としない表情を浮かべる。

 男はその様子を見て苦笑すると、その緑玉石エメラルドめいた翡翠色の瞳を、ほんの一瞬だけ学園の門の方へ向けた。そしてまた何事も無かったかのように歩き出す。


 白金の鎧に身を包んだ彼の名は、ローウェンドリン・ダンクリフ・ラザフォード。

 アンファール王家直属の近衛騎士団を束ねる長にして、"閃光の騎士"の異名を賜りし大陸最高の剣客である。

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