第22話「奮い立つ死霊術師」

 アンファール王国における貴族階級とは、国王を戴く中央政府によって土地の領有を認められ、その地域社会の運営を任された……つまり、お役人さんみたいなものである。

 王立学園に通う生徒たちはそんな貴族の卵で、卵とはいえど将来を約束された社会人の一種だ。

 なので、私用でやむを得ず授業を欠席する生徒が毎日少なくない。


 我らがジョシュア先輩も結構そういうタイプの人で、というかむしろ週に2、3日しか学校に来てないことがザラらしい。

 もちろん、その数日の内にトレーニングの監督をしてくれるし、私たちと相談して自分が居ない時のスケジュールも指示してくれるわけで、特に問題は無い。むしろちょ~忙しそうなのに学校に通い、しかも私たちの面倒まで見てる方がすごいと思う。


 というわけで、ジョシュア先輩と暫定リーダーのコニー君、この二人の都合がつかない日はトレーニングがお休みになる。まぁこれは先輩の加入以前からのことだが。

 こういう時は自主練に励んだり、はたまた買い物に行ったり、優雅にティータイムと洒落込んだりと、各々で自由に過ごしている。


 放課後にたむろする場所も、教室から旧冒険者同好会部室に変わった。

 別に教室や学生寮が嫌いなわけではないが、正真正銘自分たちだけのスペースというのは特別感があって居心地が良い。


 ───そんな、何でもない一日のこと。

 こつ、こつと、旧部室のドアをノックする音があった。


「……ん?」


 私たちが放課後こうして集まっていることは、周りの人たちには別に隠していない。そもそも、コニー君がこの旧部室を押さえた時点で学園側に話は通っている。最初にジョシュア先輩が訪ねて来た時も、オットー先生に私たちの居所を聞いたそうだし。


「誰だろ? リリちゃんかな」


「おー、ロゼロニエだったら良いな! こないだ差し入れしてもらったクッキー、めちゃくちゃ美味かったもんな〜。あの変な緑色のヤツだけは微妙だったけど……」


「かーっ、お子様だねぇカナタ君。抹茶スウィーツの奥深さがわからんとは! あの苦みと控えめな甘さのコントラストがポイントなんでしょうがっ」


 あと、そのジョシュア先輩が言いふらしたのか、少し前にリリちゃんとサイジョウさんがクッキーを差し入れに持ってきてくれた。ありがてぇ……!

 しかも、どこで買ったのかと聞いたら二人の手作りだという。サイジョウさんが海路で実家から取り寄せたらしい抹茶(らしき植物)を使ったクッキーもあり、転生者元・日本人的には控えめに言って最高だった。マジありがてぇ……!


「ふふ。わたしもセテラと同意見かも? あ、わたしが出るね」


「よろしくー」


 図書室から借りてきた歴史書を流し見しつつ、出入り口の方に聞き耳を立てる。

 扉が開く音、ノエルの声。か細い返事。よく聞き取れなかったが、リリちゃんとサイジョウさんではなさそうだ。グラム君やオットー先生、エリス女史もとい生徒会長とかでもないし……誰だろう?


「……う、うん。それで……あ、えっと……。とりあえず、中で話そう……?」


 ふむ。どうも何やらワケアリらしい。

 やれやれだぜ……。過日のファッバーロ家の一件といい、いよいよクラスの何でも屋みたいになってきたな、私たちも。

 とはいえ、情けは人の為ならず。やっぱり人助けをすると気分が良いし、実践の経験から得るものも多い。

 さて、今回のお客様は─────。




――――――――――――――――――――――――――――――




 鍔広の黒い三角帽子と、伸ばし放題の前髪で隠れた目線。

 何とも典型的な"魔女"の格好をした彼女は、応用魔術科ミュトスのクラスメイトであるメロウ・タナップちゃんだ。


「……ぅ、は……ぁう……」


「……、あー」


「ひゃいっ!? あ、はわ、あぁぁああすいませんすいませんすいません!!」


「いや何も言ってないんだけど……」


「ふぇ……、ぁ、ひゃ、すいません……」


 やりにくい……。人見知りレベル100って感じ。

 我らが陽キャレベル100ことカナタ君でさえ困ったような笑みを浮かべる他ない辺り、筋金入りである。


「今日は、どうしてここに?」


「あっ……。あ、その……えと……」


 …………、……沈黙。

 たっぷり5分近くが経過し、誰も何も言ってないのになぜか泣きそうになり始めたメロウちゃんを3人でなだめ、しばらくして……。


「……あ、あ……あのっ、その……。じ、実は、お……今日は、お、お願い……が……あって、来まし……た」


「お願い? 何かな」


「はぅぁっ……はっ、はい。……えと……その……。こんなこと、頼む……のは、ちょっと、気が引けるんです……けど」


 おっと、これはまたイリーガルな案件だったりするのかしら。

 親愛なるクラスメイトのためとはいえ、さすがにこの短期間で2度も先生方にご迷惑をかけるのは本意ではないのだが。


「……。わ……ワタシ、今、学校の寮で暮らしてる……ます……けど。本当は……もっと、別の場所に、家が……あって」


「うん」


「でも、その……色々あって、今、簡単には……帰れなく、って。でも……どうしても、手元に置いておきたいものが、あるんです」


 なるほど、要するにお遣いね。大した事件には発展しなさそうでよかった。

 しかし、ご実家に『簡単には帰れない』とはどういうことだろう?


「……。……ワタシ、どうしても……冒険者ギルドとかに、お願いするのは……難しくて。そんな時に……皆さんの噂、聞いて。もしかしたら、って思った……です」


「あー、ちゃんとしたトコに頼むと高くつくもんな」


「そ、……そういうわけでも、ないんですけど。あ……あっ、で、でも、出来る限りのお礼は……します……! ワタシに出来そうなことなら、何でもっ!」


 ほほう。いいのかな~? 女の子が『何でもする』なんて言っちゃってさぁ。

 まぁそれはさておき、


「わかった。詳しく聞かせてもらえる?」




――――――――――――――――――――――――――――――




 過日、私たちがメロウちゃんから頼まれた"お遣い"のことをコニー君に話してみたところ、めちゃくちゃ渋い顔をされた。

 というか一度は普通に反対されたのだが、ジョシュア先輩が『窮地の同輩を見捨てるなど騎士道にもとる!!』と強弁したため、結局みんなで―――私たちいつメンにメロウちゃんを加えた全員で行ってみることに。


「……うおおぉぉぉ!? すっげー!!」


「わぁ……!」


「ひょぇ……」


 といったところで……なんと、なんとなんと!


「本物の地竜だ……!! こ、これ、マジで俺たちのなのか!?」


 鋭利な角が立ち並ぶ頭部、小山のような体躯、屈強な四肢、妖しい緑色の鱗、牙の隙間から噴き出る熱い息―――。

 そう、いま私たちの目の前に居るのは、本物のドラゴンである!! 正確に言うと翼を持たない『地竜ベヒモス』って種類らしいけど。


「並みの馬車では行きだけで1週間以上かかるんだぞ。飛竜の騎乗には訓練と免許が必要だし、僕たちが最速で往復するにはこれしか無い」


「はっはっはっはっは!! ちなみに、費用は僕とコニーの私費から折半した。遠慮無く乗り回してくれたまえ!」


「貸し竜車りゅうしゃですがね。君たちも、あまり無理をさせるなよ」


「そんなことしないよぉ。名前とかあんの?」


 さすがに初対面の時はビビったものの、性格はごく大人しく、よくよく見ると何だか愛嬌のある顔をしている。頭の長さだけでノエル様1.5人分くらいあるが、それがどうした。

 試しに下顎をさすってみると、『グルルル』と喉を鳴らして目を細めるではないか。かわいい~!!

 あっ、でもやっぱり逆鱗げきりんとかあるのかな? 撫でる時は気をつけよう、うん。


「あぁ……確か『ラドム』といったかな。ここ2年ほどで何度か借りたが、若い地竜にしては聞き分けが良い。予約を押さえられたのは幸運だった」


「ふぅん。じゃあよろしくね、ラドム~」


〈グルルゥ〉


「相変わらず大物だな、セテラのやつ」


「あはは、そうだね……」


 目的地のホルィースまで、並みの馬車では往復2週間のところ、ラドムが引く『竜車』であれば1週間以内に収めることが出来るらしい。すげぇぜベヒモス。

 竜車のレンタルと物資の買い込みで予算は尽きちゃったけど、現地ガイドとして地元民のメロウちゃんもついて来てくれるし。学園からは課外活動扱いで公欠も出してもらったし、もう何も怖くない。


「皆様、準備はお済みですかな?」


「はいはーい!!」


 ちなみに、こちらの御者のおじいさんは、コニー君の専任執事ことディンハイムさんである。

 多忙のアルト先生に代わって引率を務めてくれるそうだ。今はシープラニカ家の執事だけど、教員免許の資格も持ってるらしいのでまさに適役だね。


 よーしっ。待ってろホルィース! 無敵の転生美少女魔術師、セテラちゃんが行くぞー!!




――――――――――――――――――――――――――――――




 アンファール王国ひいてはアンファリス大陸には、『三大渓谷』と呼ばれる3つの有名な谷がある。

 ひとつは大陸東方、世界で最も多くの竜属種ドラゴンが暮らしているという『カロメルの谷』。

 ひとつは大陸北西、かの森精人エルフの住処として知られる秘境『ヘリエレシュ河』流域。

 そしてもうひとつが、大陸南西―――かつて滅亡した古代王朝の遺跡とされる廃都『ホルィース』だ。


 古代王朝の遺跡といっても、過去に都市だった場所は大部分が焼失してしまったらしい。

 現在は発掘作業なんかも終わって史跡として保存されており、多少マイナーながらも立派な観光地となっている。

 もちろん、最寄りの宿場町を除けば、人が住むための住居など建っているはずも無く―――――。


「……、……あ。こ、こっち……です。そこ……その、えっと、落ちると……死んじゃう……ので。気をつけてください、ね……」


 メロウちゃんがおずおずと指し示した先には、紫色の泡が浮かぶ泥の沼のようなものがあった。

 から約30分。メロウちゃん曰く『地元の人しか知らない』という抜け道を通り、魔獣生態学の授業でも聞いたことの無いような魔物に何度か遭遇し、さっきの底なし沼(?)と同類の自然の要害を回避して、私たちは今もどうにか生きている。

 3日間の往路で満喫していた課外授業のワクワク感はどこへやら、メロウちゃんとジョシュア先輩を除く私たち4人は、まるで締め切り直前の同人作家のような修羅の形相と化していた。


 古代遺跡・廃都ホルィース近傍の次元の穴ポータルより繋がる

 暗黒と瘴気に満ちた死霊の森───『霊山ホルィース』。

 ここが、死霊術師ネクロマンサーメロウ・タナップの故郷である。

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