第20話「来襲する先輩」

 ダイナさんと昔のお友達の事件は、何のかんので終息した。

 帰りが遅くなった上に怪我人を連れて帰ったので、学園の先生方にはかなーりご心配をおかけする形になってしまった。

 けれど、実は元々ダイナさんのお父さんが学園に伝手があって、諸々の事情に理解のある職員の人が取りなしてくれたので、――裏面街でのアレコレアンタッチャブルな領域の出来事という点も加味して――ということで処理された。

 さすがに誰も何の責任も負わないというわけにはいかず、ダイナさんは2週間の謹慎処分にされてしまったが、本人は納得している。姉のグレースさんの体調も心配だろうし、かえってちょうどよかったかも知れない。


 ……結構何も考えずに首を突っ込んだけど、改めて危ない橋を渡ってしまったものだ。

 転生者ではあれどチート主人公でない私には、はっきり言って出来ることは限られている。

 もっとこう、自分の立場を弁えて、よく考えて行動した方がいいな。ダイナさんではないが、私はしょせんフツーの女学生でしかないのだから、大人とか然るべき公的機関を頼るべきだ。

 幸い私(正確にはノエルだけど)には、アルト先生という最強の公務員がついている。実際、サイジョウさんの時だって声をかけた。

 ゲイル教授やエリス女史とだって知り合いだし、何ならコニー君の実家に泣きつくのもワンチャンありだ。

 正義のヒロイン気取りで人助けをするのも悪くないけれど、本当に世の理不尽と戦いたいなら、そのための手札は用意しなくちゃね。




――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――――さて。


 当事者の身としては随分と長く感じたが、ダイナさんの一件そのものは、ほんの5日ほどの内に立て続けに起こった出来事だ。

 イヴド祭の御前試合まではちょうどあと半月ほど。半グレ集団へのカチコミという冷静に考えるとヤバすぎるイベントではあったものの、ちょっとしたみたいなものを経験した私たちは、幸い順調に実力を伸ばしつつあった。


「やっぱ背中を任せられる相手が居るのっていいよなー。セテラは目端が利くし、ノエルの治癒魔法があれば安心して突っ込めるもんな」


「わ、わたしなんてまだまだだよぅ。治せる傷にも限度があるもの、あんまり無理しないでね?」


「ははは、わーってるって。にしても……。俺が前衛、杖代わりの短剣で白兵戦も出来るコニーが中衛、砲台役のセテラと治癒術師ヒーラーのノエルが後衛。即席にしちゃ良いパーティじゃねぇか?」


「ね~。4人パーティって王道だしね。ド○クエもFFも4人だし、ゲームバランス的にも一番綺麗な形なんだろうね」


 その場の3人全員に怪訝けげんな顔をされた。ここまで黙ってコーヒーをすすっていたコニー君の視線が特に痛い。

 もうかなり長いこと一緒に過ごしているのでツッコミも入らなくなったが、30分に1回はこうして会話が途切れるのだ。最近は私が逆に楽しくなってきており、定期的にわざとボケるようにしている。


「……。まぁ、運に恵まれているという実感はある。僕の理想には程遠いにせよ、君たちは最初に想像していたよりもずっと使駒だ。そこは認めてやってもいい」


「ヘヘッ、当たり前だ。伊達に宮廷魔術師アルト先生に弟子入り頼んでねぇからなっ」


「ただ、その上でなお厳しい戦いになると言わざるを得ないのが苦しいところだ。せめて―――」


「せめて?」


「白兵戦に強い前衛がもう一人居てくれれば、僕も安心して後ろに回れるはずだと思ってな。ヒーラーは貴重だから、僕がノエルさんを直掩ちょくえんできれば理想だと考えているんだが……無いものねだりをしても仕方ない。それに、頭数はリーダーの実力で補うとのたまったのは僕自身だ。自分の発言には責任を持つさ」


「わぁーお。モテモテじゃんノエル様」


「ふぇ!?」


「全く、人を茶化すことにかけては天才的だな君は……。ノエルさんも魅力ある女性ではあるだろうが、失礼ながら僕の好みではない」


「あァ!? うちのノエル様の何が気に入らんのじゃワレェ!!」


「き、気に入らないなどとは……」


「あはは! まぁまぁセテラ、その辺にしとけって。けどコニーも、そういう時の言葉選びには気をつけた方がいいぜ。いつか冗談じゃなく、女の子に刺されちまうかも知れねぇぞ~?」


 と、今日はいちおう作戦会議の日という名目なんだけれど、話すことが煮詰まってくると結局こういうわちゃわちゃになるのがお決まりだった。

 いわゆるブレインストーミング? だっけ? にもなると思うので、無駄ではないと私は信じているが、どうなんだろうね実際。


 ……などと、益体も無い思考を巡らせていると、




「頼もう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 ―――――アホみたいな大声だった。


 それは、もう、アホみたいな大声だった。


 カナタ君とコニー君が唖然としている。もちろん私も唖然としている。

 ノエル様に至っては耳を塞いでぷるぷる震えている。くそ、相変わらずあざといな。ノエル様かわいいよノエル様。


「やぁ!! 久しぶりだね、カナタ、コニー! それから……」


 どう見ても学園の指定制服ではない黒の学ラン(というか軍服?)に白いマントを羽織り、制帽を被った青年。

 体格はどちらかというと細身で、身長は目算170㎝弱くらい。コニー君よりは高いがカナタ君より少し下かな。でも、やたら姿勢が良いので数字以上に大きく見える。

 赤みがかった黒の長髪をポニーテールにしていて、肌も白けりゃ顔立ちも女子かと思うほどに整っており、わぁい優しい系のイケメン!

 しかし、くわっと見開かれた黄金色の瞳は……なんというか、さっきの大声といい、またクセの強そうな新キャラね……。


「っ……!」


「? どったのノエル様」


「……、あ……い、いや? 何でもないよ」


「初めまして! ノエル・ウィンバートさん、ご友人のセテラさん。僕はジョシュア・クィリナス・セムザック=フランバルト。気軽にジョシュアとだけ呼んでくれ。ここに居る皆と同じ、応用魔術科の仲間だ。編入の話はオットー教授から聞いているよ。これからよろしく」


 そう言って握手を求めてくるジョシュア氏。

 ……今チラッと腰の辺りが見えたが、あれサーベルじゃない? つーかいわゆる軍刀じゃない? 何で学校に帯剣してきてんの?

 コニー君の短剣だって、普段は寮の自室に鍵かけてしまってあるんだけど……。


「アッハイ、よろしくです」


「よ……よろしくお願い、します」


 とはいえ、断る理由も無いので応じる。ぐっ。

 うわ力強っ、この線の細い優男のどこからこんなパワーが……!?


「ジョシュア先輩! お久しぶりです!」


「うん、ただいま。相変わらず元気そうで良かった」


「あのっ、北西エメリチア大陸ってどうでした? 魔物がうようよ居るんですよね。確か、えぇと」


「監察基地エル・ド・パーン―――1800年前の砦を再建したという研究拠点だ。しかし……早いものです。もう半年経ちましたか」


「元より短期間の予定だったからね。それに、留学とは言っても、あそこは半ば以上アンファールの領土みたいなものだし」


「フ。迂闊うかつな台詞だ、フランバルトの長子ともあろう方が。国際問題になりますよ」


「よしてくれコニー。それを言い出したら、僕らは全員が共犯みたいなものだろう?」


 な、何の話をしているかさっぱりわからないが、コニー君がそこそこ会話を弾ませている……!?

 いったい何者なんだジョシュア先輩……!!


「そういや、今日はどうしてまた俺たちに? つーか誰にこの場所のこと聞いたんすか?」


「逆だよ。ミュトスのみんなに帰国の挨拶回りをしていたんだけれど、君たちだけが見つからなくってね。オットー先生に聞いてみたら、どうもここで集まって何かをしているようだと言っていたから」


「なるほど。じゃあ、もうちょっとだけ話していきません? 俺、もっとエメリチアのこと聞きたいっす!」


「あっ。ならわたし、お茶淹れてきますね」


「そうだね。コニー君、椅子の予備どこだっけ?」


「向こうの棚だ。一番下の大きい段に置いてある」


「はっはっは!! お気遣い感謝する! 全く、良い後輩を持ったものだ、僕は!」


 本当に声が大きいなぁ……。

 まぁ、仕草こそいちいち大袈裟だが、悪い人ではなさそうだな。




――――――――――――――――――――――――――――――




 カナタ君たちが互いの近況報告をする傍ら、私たちも適当に自己紹介を済ませる。

 ジョシュア・クィリナス・セムザック=フランバルト―――大陸東北東・マーホリン市を領地とするフランバルト侯爵家の長男。

 フランバルトは"王家の懐刀"ことエムズラリア大公家の傍流にして、大陸全土の騎士団と繋がりを持つ軍閥の一角でもある。

 とはいえ、良血であっても家自体の歴史が浅く、そこまで政治的な力を持っているわけではない。もっぱら現場で走り回る前線指揮官の地位にあるんだとか。

 魔術師としての実力も血筋相応……と思いきや、フランバルトの人間には一族相伝の特殊な魔法に特化した適性発現しないため、普通の魔法は不得手なんだそうだ。これが応用魔術科ミュトスに所属している理由ね。


「一族相伝の魔法って?」


「ふふ。残念だが、フランバルトの『燼滅エルプティオ』は限定禁術に指定されていてね。許可を得た現場でなければ、見せてあげることは出来ないんだ」


「でもすげーんだぜ! 俺、暴走した泥魔ゴーレムや召喚獣を木っ端微塵にしてるとこ何度か見たもん。あれだけの破壊力を出せる魔法使いなんて、セントマルクス近衛騎士団の魔術戦部隊にだってそうは居ないんじゃねぇかな?」


 何だか恐ろしい台詞がカナタ君から聞こえたが、へぇ~。

 普段は封印されてる必殺の超火力魔法かぁ。ロマンあるな~。


「とはいえ、彼らほど器用ではないのが悩みの種でもある。その反動というわけでもないが……実は、魔導書や刻印符スクロールの収集が趣味なんだ。魔導書はそうそう手に入るものでもないけれど、珍しい術式のスクロールを見かけたら是非教えて欲しい」


「おっ、キャラエピ進行フラグの気配」


「……? きゃらえ……?」


「すみませんジョシュアさん、セテラってば昔からこんな感じで。たぶん、わたしたちとは見えてる世界が違うんだと思います」


「ふむ―――そういうものか。いや、人の性格はそれぞれだものな。僕はセテラさんの個性を尊重するよ」


 マジかよ。う、器でけェ~……!

 さすが、教師でもないのにコニー君に認められてるだけはある。カナタ君も、元からどこかワンコっぽ……人懐っこい性格ではあるけれど、ジョシュア先輩への信頼度は頭一つ抜けてる感じ。


「ところで、みんなはどうしてここに? 冒険者同好会は何十年も前に廃部されたと聞いているけど」


「おりょ。オットー教授から聞いてないですかね? 実は―――――」


 かくかくしかじかまるまるまいうー。

 私たちはアルト先生の無茶ぶりで大変なイベントに出撃する羽目になった経緯を告げ口した。


「へぇ……! それは凄い試みだね! うんうん、素晴らしいチャレンジ精神だ」


 ―――エリス女史の時も思ったが、この学園の先輩方は後輩に優しいなぁ。

 社交辞令で適当に言ってる感じ、全然しないもんな。足るを知ってるというか、余裕があるというか……。

 私もミュトスの一員として白い目で見られることもあるけれど、一定以上の階級の人ほどかえって冷たい態度は取らない気がする。あるいは、たとえ内心で何を思っていても、建前で隠してしまうことが出来るのだろう。


「……、しかし、4人でか。コニーの力量と他3人の将来性を思えば、良いところまで勝ち上がれると思うが……」


「やはり、ジョシュアさんの目から見ても厳しいでしょうか。優勝という目標は」


「うーん……率直に言ってしまえば、そうだね。ただし」


 ジョシュア先輩が立ち上がる。先輩は腰のベルトから鞘ごとサーベルを引き抜くと、それを握った左拳をコニー君に向かって突き出した。

 ―――およ? こいつは、ひょっとしてひょっとすると……。


という前提がある限り、だ。―――なぁコニー、僕はもう来年の春にはこの学園を去っている。一足早く旅立つ男に、最後の華を持たせてはくれないか」


「……! じ、ジョシュア先輩っ、それって」


「なんと……願ってもないことです。しかし、本当によろしいのですか?」


「無論だ。可愛い後輩のために力を尽くすと約束しよう」


「―――では、遠慮なく」


 コニー君が右手で拳を作り、ジョシュア先輩の左拳とぶつけた。


「シープラニカの名誉に懸けて。共に勝利を目指しましょう、勇ましきフランバルトの雄よ」


「俺も俺も! えと、ビリョク? ……ながら、お手伝いしまっす!」


 カナタ君も喜色満面の笑みを浮かべて、右拳を打ちつける。

 ……あっ、なんか漫画とかで見たことあるやつ! やった、一度やってみたかったんだよなこういうの!


「ふっふっふ、面白くなってきたねぇ。これはもうアルト先生の鼻を明かしてやるしかないなっ」


「う、うん。みんなで……わたしたちみんなで、頑張りましょう!」


 私が迷いなく拳を突き出したのを見て、ノエルもおずおずとそれに倣う。

 これでフルメンバーの5人。しかもそのうち2人は生粋の魔法貴族ともなれば、ちょっと言い訳の利かないくらい豪華な面子になった。

 いやぁ、やっぱり私たちってばね。風……なんだろう、吹いてきてる確実に。着実に、私たちの方に。中途半端はやめよう、とにかく最後まで以下略。

 よーし! 待ってろ、まだ見ぬ強敵ともたちよ―――!!

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