第19話「燃えるお節介」

「……ッ。お前、どうやってここに……。だいいち、何しに来た?」


 右肩の傷口――たぶん銃創――を左手で押さえながら、ダイナさんが言った。


「助けに、いえ」


 ゆっくりと小杖タクトを持ち上げる。修理が終わったばかりでいきなり鉄火場に放り込まれるとはこいつも不憫だが、まぁしょうがない。


「止めに来ました。事情は知りませんけど、友達なんでしょう。この子たち」


 気の利いた台詞をひねり出すための胆力と語彙力は、黒髪の子との問答で使い切っている。

 だから、思っていることを率直に言った。


「は? ともだち……?」


 黒髪の子がこちらに向ける銃口が、ぷるぷると震える。

 ……やば、もしかしてバッドコミュニケーションだったか……!?


「てめぇ……ふざけてんじゃねぇぞっ!! オレは!! オレたちは! ダイナさんの……なぁ! 何も知らねぇ余所者が適当言ってんじゃねぇ!!」


「おっと!! や、やめといた方がいいよ! ここここれでも私っ、魔法使いだからね! 銃があるからって調子に乗らないで!」


「ダイナさん!! 何なんすかこの女!?」


「いや……学校のクラスメイトだが……。別に友達ダチとかじゃねぇ」


「えっそれはさすがにひどくないですか!? こっちは命懸けて助けに来てんですよ!!」


「事実じゃねぇか! むしろ大して仲良くもねぇ顔が出てきて、驚いてるのはこっちだっつの!」


 それもそうか。そうだわ。

 前世では陰キャだてらにコミュ力は低くなかった(はず)の私だが、どうにも一回死んでから図太くなった気がする。このくらいの歳(精神年齢)になると女は厚かましくなるものだ。


「何なんすか……何なんだよ、それ!! オレ、オレは、オレだって……」


「……、だって?」


「―――うるさい!! お前から先に死ね!!」


 がちゃりという金属音を振り撒いて、死の象徴たる凶器が私を捉える。


「っ……!」


 心底恐ろしいが―――銃があるからと調子に乗るな、と言ったのは虚勢やブラフではない。

 アルト先生が以前言っていた通り、魔法とは意志の権能だ。運命に喰らいつき世界を変革する、人の持つ祈りと願いの力そのもの。

 熟練した魔法使いは思考のスピードで術式を発動し、それはこの世のどんな攻撃手段より速い。


鉄壁よ、出でよスチル・ウォール


 若いが、容赦の無い冷徹さを孕んだ声。それと同時に虚空から魔力の光が閃き、詠唱通りの鉄の壁となって、私と黒髪の子の間を遮った。

 2m四方の壁は、さほど厚くはないが充分に硬い。古めかしい拳銃の弾丸では貫けない。


「コニー君! ありがとう、助かった!」


 コンスタンティン・シープラニカ。ミュトスでも随一の実力を誇る名家の子息。

 廃教会の出入り口には、こんな状況でも相変わらずの、けれど事ここに至っては頼もしいポーカーフェイスが立っている。右手に握っているのは、杖の代わりに魔法の触媒になるらしい特殊な短剣だ。


「君は……はぁ、死にかけていたというのに危機感が無い。大体、敵の本拠地に真正面から突っ込む魔法使いがあるか。僕らはあくまで後衛だという自覚が無いのか? 僕が間に合わなかったらどうするつもりで―――」


「い、いやぁ……そう言われちゃうと弱いなぁ。でもほら、あれだよ、信じてたから。コニー君ならどうにかしてくれるってさ」


 鉄仮面が一瞬だけ崩れて微妙な表情になったが、コニー君はそれ以上特に何も言わず、魔法の短剣を構え直した。


「んだよこれ……クソッ!」


 黒髪の子はそれなりに動揺していたが、反応は早かった。

 コニー君が作った鉄壁が蹴り倒される。土属性魔術の中でも、金属を操る術式は難易度が高い。たとえコニー君であっても、まだそこまで重たくて分厚い鉄の壁は生み出せない。

 目配せして、左右に分かれる。私たちには数の利と魔法があるけれど、この狭い屋内において、取り回しの良い拳銃を持っている黒髪の子は依然として大きな脅威のままだ。


 黒髪の子と目が合う。少年の右手が跳ね上がる。

 銃については詳しくないが、人間の反射神経では回避が難しいことくらい知っている。銃声を聞いてからじゃもちろん遅い。一歩早く動かなければならない。


水よ、噴きつけろアクア・シュート!」


 小さな水球を生み出し、それなりの速度で飛ばす下級の魔法。

 あの子の銃を持つ手を狙ったが外した。胸の辺りに当たって少し後退あとずさり、おかげで照準がズレて向こうの弾も外れる。廃教会の、既に割れている窓の木枠が弾けて砕けた。

 黒髪の子は私への連射を試みるが、銃を持っていない手の方に回り込んだコニー君が、何やら格闘技っぽい動きで腕を取った。床に引き倒して押さえつけようとし、


「ナメんじゃねぇっ!!」


「……っ!?」


 失敗した。完全に予想以上の大きな力で、コニー君は逆に床へ叩きつけられた。

 すかさず向けられる銃口。しかし、コニー君も右手の短剣を振るって抵抗し、それを嫌って黒髪の子は一旦下がった。

 コニー君の得物は杖ではなく短剣。あの体勢からでは、例えばタクトで打ち据えれてもさほど痛くはなかっただろうが、刃物なら話は別ということか。

 離れた所から再び拳銃が狙う。銃声―――だがコニー君は『土壁よ、出でよランド・ウォール』の呪文を唱え、危なげなく防御した。

 私も長椅子の残骸――教会の備品だったらしい――の陰に転がり込む。


「あの感触……、そうか。高い体温に異常な筋力」


「ひ……ひ、ひっひひ。んだよ、物々しく登場しといてなっさけねぇ。ガロランゾの鉄砲玉や地上うえの騎士に比べりゃあクソ以下じゃねぇか、クソ以下」


「―――薬物だな。麻薬の力を借りて、肉体のリミッターを意図的に外している」


 マジかよ。怖。

 顔に手を当ててくつくつと笑う黒髪の子を見やりながら、コニー君の方へ声をかける。


「そ、そういやノエルとカナタ君は?」


「外だ。君が無視して押し通った、見張りの連中の相手をしている。あの2人の実力なら心配は無用だろうが、合流には時間を食うぞ」


「はい、反省してます……」


 そうだね。報連相は大切だね。

 というか、今になってめちゃくちゃ不安になってきた。私ひとりが勢いで突っ走って痛い目を見るならまだいいが、周りのみんなに迷惑をかけるのは違うと思う。神経が太すぎるのも考えものだ。

 ―――反省するのは構わないけれど、そこはそれ。今は目の前のことに集中しろ。


「……、……―――ッ、フゥ……。はぁ……」


「? ちょっ……ダイナさん! ダメですって、怪我してるんだから大人しくしとかないと!」


「いい。腕は動かんが痛みには慣れた。大体、周りをよく見てみろ」


 ダイナさんが視線で指し示した先を見て、どきりとした。

 ここは、だ。わかりやすい脅威だった黒髪の子にばかり注目していたが、私たちは10人以上の仲間に包囲されている。

 彼らは皆、どう甘く見積もっても中等部は越さない年頃で、中にはほとんど幼児と言ってもいい子すら混じっている。

 そんな少年少女たちが、揃って敵意と怯えのこもった目をこちらに向けている。割れたガラス瓶や、先端が欠け錆びついたナイフを持っている子も居た。


「―――――ハオマ」


 ハオマ、と呼ばれた黒髪の子が、ダイナさんを見た。

 薬物の影響か、その目は胡乱げに蕩けていて、けれどなお隠し切れない激情が奥底に渦巻いている。


「やっぱり、やめだ。何もかも終わりだ、こんなのは」




――――――――――――――――――――――――――――――




「…………、……は?」


 信じがたいほど穏やかな目をしたダイナを見て、ハオマは言葉を失った。

 もはやそこに敵意は感じられない。何かの冗談だとしか思えなかった。


「何つーか、よ。馬鹿らしくなっちまった。地上うえだの地下しただの、人間ってもののクソさ加減がどうこうみたいな、そういうところが」


 ぽたり。ぽたり。

 男の言葉と、血が滴る音以外には、何も聞こえなかった。


「俺は甘かった。甘っちょろかったよ。反吐が出そうなくらい、自分を甘やかしてた」


 ダイナは一度だけセテラに目線をくれ、再びハオマの方へ向き直ると、やがてふらふらと歩き始めた。まっすぐに。


「家族か友達ダチか、どっちもは選べねぇ。選んじゃいけねぇ。俺はどうしようもなく弱くて無力だから……。お前たちのプライドが、俺に哀れまれるのを許さないから」


「……は、ぁ……?」


「俺たちは……いや、お前たちは、ずっとになりたかったんだよな。世の中に、親に、誰かに、人間に、ずっと見捨てられて生きてきた。そいつが悲しくて辛くて悔しいから、いっそ救いようのない下種げすになって、半端な希望なんざ要らねぇって証明したかった。そこンところを、認めたくねぇ気持ちはわかるつもりだ……」


 赤毛の青年と黒髪の少年、ふたりの距離が縮まっていく。

 それは物理的な距離に過ぎない。ダイナが本当に超えたいと思っている断絶に対しては、何の意味も持たない行為だった。


「何してんだよ、ダイナさん」


「―――あぁ、クソふざけた話だよな。俺も酷ぇと思う。けどよ……結局のところ、どこまで行っても自分てめぇ自分てめぇでしかねぇんだ。他の何かになんざなれやしねぇ」


「……来るな」


「聞け、ハオマ。頼むから聞いてくれ」


「来るなって言ってんだろ!!」


 無骨な金属筒、発掘品の魔導式回転型拳銃リボルバーを振り乱し、突きつけて、ハオマは叫んだ。

 いつだってグループの子供たちの声を聞き、意見を取り纏めていたリーダーは―――しかしこの時だけは、かつての右腕の懇願を聞き入れなかった。


「俺は今から最低なことを言う。多分お前らにとっても、最悪なことを言う」


 引き金に指が掛かった。

 ダイナは闘気オーラの術式を解除している。魔法性の先天体質であるそれは、無意識下においても常にダイナの身体機能を底上げしているが、ハオマの銃の一射を防ぎ切れるだけの出力は有していない。


「……あ」


「だけど、もう迷わねぇ」


「あああぁぁぁぁぁぁ―――!!」


 狙いを澄ませるまでもない。このまま撃てば弾丸はダイナの額か胸を貫く。

 ハオマは吼えた。空になった肺が苦しく、息を吸った。そしてもう一度だけダイナの目を覗き込んだ。


「―――凍てつく風よフロスト・エア!!」


 魔法使いセテラにとっては、しかしその一瞬で充分だった。

 一陣の冷風が吹き込み、ハオマの手元に霜が降りた。


 先史文明の遺産である魔導銃は、多少の寒暖差をものともしない程度には頑丈で、また弾丸の発射に必ずしも火薬を必要としない。

 よってセテラの"銃を冷やして中の火薬を凍らせれば撃てない"という推測、及びそれに基づく術式の選択は完全に誤りだったが、結果だけを見ればそうでもなかったと言える。


 魔導銃の内部に施された『発火スパーク』と、セテラが放った『凍てつく風よフロスト・エア』。

 火炎と氷結、二つの相反する属性の術式が衝突した結果、それは無色紀属性の魔力となって暴走・逆流し、拳銃そのものを破壊した。

 銃弾はまったく見当外れの方向へと飛んでいき、コニーが構えていた土壁の端を掠めて止まる。


「っつ……あぁ!? この野郎ッ……! てめぇらっ―――」


「もういい。ハオマ」


 そしてダイナは、痩せっぱちの少年をそっと抱擁した。

 小さな肩に、いま動かせる左腕だけを回し、頭を引き寄せ。不格好ながらも力強く。


「……、……! ……!?」


「―――、お前はまだ子供じゃねぇか。武器を持とうが、徒党を組もうが、たかが何年か経って背が伸びたところでよ……俺たちは、弱くて幼稚なまんまのガキだ。子供っつぅのは、ものだろうが」


 誰にも何にも無責任に放り出されていいもんじゃ絶対にねぇ、と続ける。


「ずっと考えてたんだ。お前らみたいなガキをどうすれば救えるのか、どうすればこのクソッタレな街をブチ壊せるのか……。貴族とか、憲兵とか、それなりの金持ちにでもなりゃあ、多少やれることもあるんだろうって想像はつくがな」


「……、……ダイナ……さん……」


「俺ァ馬鹿だからよ。正直、んな大それたモンに……お前らをこの街から連れ出してやれるような器になれんのかってのは、自信が無ぇ」


「……っ!」


「けど、決めた。俺はもう逃げない……何からも。俺はダイナ・ファッバーロであることをやめないし、そんでもって、お前らの仲間であることも諦めねぇ。家族と友達のどっちかだけなんて、甘ったれた考えは全部捨てる。茨の道だろうが何だろうが、両方を取ってやる」


 ダイナの肩口から流れる血が垂れ、ハオマの指を生暖かく濡らした。

 少年はついぞ声にならない声を上げ、目の端から涙の粒を零し始める。


「……。だから、悪いな。、俺はお前たちと同じガキのまんまだ」


「ダイナ、さっ……! 違っ、オレ、あんたにそんなことを言わせるために、オレは……!」


「わかってる。……約束だ。きっと立派な大人になって、必ずお前らを迎えに来る」


 ハオマを抱きすくめていた腕を離し、橙色の瞳を覗き込む。最後の言葉を告げた。


「……、長々と偉そうなことを言ったが。結局は、またお前らをここへ置き去りにするって話だ。情けねぇよな。こんな不甲斐ないカシラで……本当にすまねぇ」


「うぅ……、っ、……」


「―――それでも、待っていちゃくれねぇか。もう一度だけ、俺を信じて欲しい」


 この隙に回り込んだコニーの手で拘束を解かれ、助け起こされたグレースは―――やや不安げだが、落ち着いた表情でダイナを見据えた。

 やがて、泣き崩れるハオマの下にゆっくりと近づき、その小さな肩に腕を回す。傍らの弟の大きな背中にも、同様に。


「ぁぁ……あぁぁぁぁぁ……!!」


 そうして、餓狗は取り戻した。

 裏面街の闇からどれほど奪い、壊し、喰らっても手に入らなかったものを。




――――――――――――――――――――――――――――――




 人生初の――出来れば二度と経験したくないけど――カチコミを完遂した私たちは、外に居たノエルとカナタ君に合流した。

 カナタ君は持ってきていた訓練用の木剣3本が全部折れ、ノエルも肩で息をしていたが、幸いにも大きな怪我は無さそうだった。

 2人を相手にしていた見張りの子たちは、廃教会の奥からダイナさんが現れた途端にすべてを察したらしく、すんなりと降参して道を開けてくれた。


「……ッ! ぐ……」


 餓狗の腐牙タスク・オブ・ロットの拠点から充分離れた辺りで、ダイナさんが呻いた。

 あぁ、そうだ。どうも雰囲気的に言い出せず、あと本人も黙ってたのでスルーしかけてたけど、このひと銃で撃たれてるんだった……! 根性でどうにかなる傷じゃないよ!


「ダイナ! いけない、早く手当てしないと―――」


「姉君、どうか落ち着いてください。……ノエルさん」


「あ……はい! わたしの出番ですねっ」


 言って、腰元のポーチから救急セットを取り出すノエル。

 それは救急箱と呼ぶには小さく、中身も大したものは入っていないようだが……。


「ファッバーロ。傷口に触れる。悪いが、痛むぞ」


「っ、笑わせんな! このくらい大したことな……あがぁ!?」


 コニー君の指から青白い魔力の燐光が瞬き、ダイナさんの肩口の銃創を這った。

 本当に傷に触れているわけではないようだが、ああやって他人の魔力を直接流し込まれると、痛みではないにせよ相当の不快感を伴う。なんかの授業で習った。


「……平民にしては魔力抵抗が強いな。そういう体質なのか……。まぁいい。弾丸は肩甲骨を掠めて、筋肉の内側で止まっている。魔導式拳銃の弾丸は錬金術製だ、僕が弾を分解するから、ノエルさんは治癒魔術で止血を頼む」


「わかりました」


「俺にも何か手伝えることねぇか!?」


「君にこの手の作業は期待していない。……周囲の警戒を頼む。にはもう抵抗の意志は無いだろうが、裏面街では何が起こるかわからん」


「ん? お……おう。わかったぜ!」


 あぁそれから、とコニー君は続ける。


鉄よスチル―――セテラさん、この桶に水魔術で清潔な水の用意を。姉君はこちらの救急セットから、布と包帯と傷薬の準備をお願いします」


「なるほど、オッケー!」


「えぇ。任せて」


「よし。では始めるか―――錬成解呪ディスペル=アルケミー


「うん! ……癒されよヒール!」


水よアクア!」


 そんなこんなで、ダイナさんの手当てはつつがなく進んでいった。

 私としてはノエルがいつの間にか治癒魔術を習得していた――他のどんな属性とも異なる、希少な適性が必要――ことと、それをコニー君が把握していたことに驚いたが……まぁ、詳しい話は後で聞こう。


 やや慌ただしかった作業も終わり、後には何とも言えない沈黙が残った。

 ダイナさんがグレースさんの体調を心配する言葉をかけ、それを聞いたノエルがもう一度『癒されよヒール』の呪文を唱えた場面はあったが、そのくらい。

 ノエルの治癒魔術は初歩も初歩で、傷や病を即座に完治させるほどの力は無い。応急処置が精々だ。早く地上に戻って、ちゃんとしたお医者さんにかかった方が良い。

 ……怪我の理由については、いささか説明し辛いものだけれど。


 とはいえ一段落は一段落、静かに休んでいたってバチは当たらないさ、と思っていたのだが―――。


「あっ」


 カナタ君が素っ頓狂な声を上げ、全員の視線が集まった。

 ここしばらく(と言っても数時間ほどだが)表情が沈みがちだった彼は、得意満面というか、久しぶりに陽気な笑みを見せている。


「ダイナさんダイナさん、良いこと知ってますよ、俺っ」


「……あァ?」


「ほら、その……俺は外に居ましたけど、でも聞こえました、ダイナさんの言葉。俺、すげぇなって―――カッケェ、立派だなって、本気でそう思ったんです。世の中、努力が必ず報われるとは限らないけど、まず努力してみなきゃ始まらないじゃないっすか。何事も最初の一歩が肝心で、踏み出すって決意が偉いモンなんすよ。それで……えっと」


 しどろもどろになりながらも、カナタ君は語った。

 この暗く憂鬱な街の片隅で、けれど明るい未来への展望を。


「まだ噂っつーか、打ち合わせ程度にしか話、固まってないんですけど。作ろうって言われてるんす、あの、たまにしか居ないような親切な人が、自腹で何もかもやるんじゃなくって……。騎士団の人とか、医者とかが直接集まってさ。恵まれない子供たち……それこそ裏面街に居るような、生きるために犯罪に走るしか無かったみたいな子たちを受け入れて……人生を、もう一度やり直すっつー」


「そいつは……」


「確か、コーエイ公営? っていうんですか? ……とにかく、そういう孤児院が出来るって話、あるんです」


 何でそんなこと知ってるんだろう、と内心思いつつ、私は努めて静謐を保った。さすがにそこまで空気の読めない女ではない。


「つまり! 何が言いたいかっていうとっすね、ダイナさんが舎弟のみんなを助けるのは、ダイナさんが考えてるより難しくないってことです!!」


 一時的に間借りしている廃屋に、カナタ君の大きな声が響き渡った。


 ―――裏面街は不思議な空間だ。地下迷宮ダンジョンの中だというのに空があり、天球があり、そこには太陽や月といった星が配置されている。

 地上とは時差があり、日照時間なども違う。アンファール王国の標準時と照らし合わせた場合は、2時間と少しほど遡る計算になる。


 世界を橙色に染め上げ、後は沈み行くばかりの夕焼けの中で。

 それでも、この街にもまた太陽ひかりはあるのだと、私は素朴にもそう思った。


「そうか」


 包帯の巻かれた肩を手で押さえながら、ダイナさんは独りつかの如く呟いた。


「……そうか……」


 眠るように目を閉じて、しばらく。

 次に赤髪の偉丈夫が瞼を開けた時、その口元は緩やかな弧を描いていた。


「―――――ありがとうな、お前ら。助かった」






――――――――――――――――――――――――――――――




「あーっ!! 笑った!? いま笑いました!? 私ダイナさんが笑ったとこ初めて見たかも!!」


「だあぁ!! うるせぇぞコラ!! 根性だけは見直してやろうと思ってたが、あんま調子乗ってると……ッ、痛っつ……!」


「まっ、駄目よダイナ、大声出しちゃ! 傷に響くじゃないの! ……ところでセテラさん。実はね、この子も小さい頃はもう少し―――」


「やめてくれ。マジでやめてくれ、姉貴」




 めでたしめでたし……?

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