第18話「共鳴する孤狼」

 新興盗賊団『餓狗の腐牙タスク・オブ・ロット』の拠点は、悪徳と退廃渦巻く裏面街にあって、どこの物好きが建てたかもわからない寂れた廃教会だった。

 尤も、そこには意味深な地下室が存在し、また地下室は彼らが発見した頃には既に焼却されていたのであるが。


「―――そろそろいいんじゃないっすか、グレースの姉御」


 半壊した椅子や、砕けた石像の上に、20人余りの若者が座り込んでいる。中には子供と呼んで差し支えない年頃の者も居る。

 その全員が、飢えた肉食獣を思わせる、貪欲で無機質な目をしていた。


「……っ、……」


 教会の中心に据えられた神像。猛禽の頭部と12枚の翼を持ち、石板を抱えた筋骨隆々の男神。叡智と繁栄を司る者、秩序の王アルヴディアス。

 グレースは両腕を縄で縛り上げられ、最高神を象ったそれに繋がれていた。


「知ってるんすよね? 黒蜂蜜草くろはちみつそうの原種が自生する場所」


 医療用鎮痛剤の原料として知られる、黒蜂蜜草。

 その起源は、大災厄よりさらに古い時代、現在の大陸南東部バンデロ地方を巡る太古の戦争にまで遡る。

 原種は僭主せんしゅスィブパク藩王によって発見され、『金黒きんこくの蜜』という麻薬を作る材料となり、戦中においてありとあらゆる方法で利用された―――主には、敵国の人間を堕落させ、社会に混乱をもたらす恐るべき非人道的戦略兵器として。


 アンファリスとラバルカン、両大陸の黒社会に流布するすべての違法薬物の祖とも呼ばれる『スィブパクの金黒の蜜』。

 その素となる黒蜂蜜草は、しかし類稀なる効能を見込まれ、長年に渡って品種改良を施されてきた。

 また太古の時代においても、おぞましい戦争で悪用されてしまった経緯から、一時は黒社会の密売人ですら取り扱いを忌避した。

 より安全な性質への品種改良、商人からの忌避、そして厳しい取り締まりや、大規模な除草計画の実行。こういった数々の要因が重なった結果、黒蜂蜜草の原種は今やこの地上より根絶されたと考えられている。


 ―――そして、黒社会に身を置くごく一部の医療者の家系だけが、その禁断の麻薬を受け継いでいるという。

 それは社会の暗部に通じた裏面街の人間にとってさえ、都市伝説や陰謀論の類でしかないが、ファルバディオ一家と『腐牙ロット』の彼らにとっては違った。


「『スィブパクの蜜』は実在する。ダイナさんが教えてくれたことです」


「だとしても、をあなたたちは知らない。……半端な知識は身を滅ぼすわよ。今の内に手を引きなさい」


 ハオマの胡乱げな茶橙の瞳と、グレースの強い意志が籠る赤銅色の目が重なった。

 少年は表情から偽りの朗らかさを振るい落とし、心底うんざりした様子で言う。


「ちぇっ。あー……何回目っすかねぇ、このやり取り」


 すると、仲間の少女―――ティルダがハオマに声をかけた。


「ね……ねぇ。ハオマ、もういいじゃん? 地下室のクスリって、こういう日のために集めたりしてきたんじゃないの?」


「オレも最初はそのつもりだったよ。ただこの人、肺に病気持ってるからさ。下手にクスリ打って、変な反応出て死なれたりしたら困るんだよなぁ。めんどくさい」


「だったら、痛い目を見てもらうしかないな。ペンチを―――」


 大柄な青年が立ち上がった瞬間、空気が激しく震える音がした。

 それを生じた源は、青年のこめかみのすぐそばを通過して進み、背後の太い石柱にひとつ穴を穿った。

 ハオマは笑っている。この暗く厳しい世界の中で、唯一信じられる仲間たちに向ける笑顔。

 掲げられた右手からは、金属の鈍色をした円筒が伸びている。その道具の持ち手には、土精人ドワーフ族の里で発行される紋章に似た、しかし細部が決定的に異なる呪文と魔法陣が刻印されていた。


「あ、ごめん。何だって? オレたちの大事なお客様を……どうするわけ?」


「すっ、すまないハオマ! 俺が悪かったッ」


「いいよ。レックスは賢いな、話がわかって助かる」


 装弾済みの拳銃を弄びながら、ハオマは鷹揚に告げた。


 グレースの胸中に、暗澹あんたんたる思いが広がっていく。

 本来なら一日に数度、決まった時間に飲むべき持病の薬も、しばらく口にしていない。即座に命に関わるほどではないとはいえ、直感と経験から、そう遠くない内にひとつの限界を迎えてしまうことは明白だ。

 ―――それなのに、発作どころか咳のひとつも出てこないのが奇妙で。自分が長年の宿痾しゅくあの苦しみも忘れるほど追い詰められている、という現実を強く意識させた。




――――――――――――――――――――――――――――――




 石の砕ける音。あるいは、金属の凹む音が聞こえる。

 だが、あまりに遠くて小さい。最初は気のせいだと思った。

 いや―――ただ、自分がそう思いたかっただけかも知れない。


 あの人はきっと、こうすれば来てくれる。

 いま自分たちの手元に居るこの女は、あの人にとってのすべてだ。地上と地下のしがらみは関係がない。あの人はこの女を放ってはおけない。

 どんなに己を押し殺して生きている人間にも、非合理的な激情を抑え込めなくなる一線が必ずある。


 けれど、本当なら―――昔のことなんか全部忘れて、二度と関わり合いにならない方が、あの人とみんなのためになるんじゃないかとも思う。

 ……私は卑怯だ。だが、卑怯で狡猾でない人間には、この残酷な世界を生きる権利は無い。

 私の生き方は、間違ってない。




――――――――――――――――――――――――――――――




 廃教会の正面、天井に程近い位置の壁が、轟音と共に崩れ去った。

 裏面街において抗争、特攻、その手の小競り合いは日常茶飯事である。

 しかし、一挙にこれだけの破壊を可能とする超絶した威力は、あまり見られるものではない。


「───あは」


 だが、その規模の暴力を行使できる人間を、ハオマはよく知っている。


「!!」


「き、き、き、来たっ……!」


 巻き上げられた土煙の中で、ゆらりと立ち上がる陰がある。

 大柄なレックスよりもさらに長身の、まさに巨漢と呼べる男だ。その目と髪はグレースと同じ赤銅色で、ただ瞳に宿る眼光だけが、穏やかな性格の彼女には有り得ない剣呑さを醸し出している。


「よくここがわかったっすね。ダイナさん」


「よく言うぜ。てめぇが拠点ヤサを移してねぇのが悪いんだろ。不用心だぞ、ハオマ」


「アンタが出ていって2年以上だ……少なからず道も変わってたはずっすけど」


「そうだな。だから最短ルートで来た。通ったの修理代はお前らにツケてある」


 知っている。ハオマは、腐牙タスクの仲間たちは知っている。

 凄まじい跳躍からの奇襲───空中殺法はダイナの十八番だ。この男にはそういう芸当が出来る。あれでいくつもの敵対グループを潰してきた。

 腐牙タスクの面々はナイフや鎖、あるいは角材などを取り出してダイナを取り囲むが、一向に安心はできない。


「てめぇら」


 ダイナの放つプレッシャーが増す。

 それは、相応の実力と経験を持った人間が纏う雰囲気の類―――。明確に物理的な実体の存在する現象だ。


 紀属性魔術の一種、自身のパワーやスピードを引き上げる『身体強化エンハンス』。

 魔法への適性というものは、そのほとんどが遺伝によって決定されてしまうが、この『強化』は例外的に誰にでも発現できる可能性がある。

 それは極めてシンプルな魔術であり、同時にあらゆる方面への応用性を秘めていることの裏返しでもあった。


 強化は万人が発現し得る魔術であるが故に、個々人によって傾向や癖がある。

 通常は単純に筋力が増すのみだが、術者の素養や魔力の運用次第でその性質は変わっていく。

 さらなる剛力を発揮する者、肉体が岩のように硬化する者、高い敏捷性と反射神経を得る者、負った傷が素早く治癒する者など、変化は多種多様だ。


「う」


 ハオマよりはやや背の高い少年―――オリヴァーが、両手でナイフを構えた。

 そのナイフは使い古されひどく摩耗していたが、ひとたび人体に突き立てられれば、血に錆びた不揃いの刃がのこぎりのように肉を抉るだろう。


「うぅ……あああぁあぁぁっ!!」


 たとえ痩せぎすの子供の筋力で振るわれる刃であろうと、皮膚を掻き切り、肉を裂く痛みに人は耐えられない。

 恵まれた体格を持つダイナ・ファッバーロとて同じだ。鋸歯のナイフがわずかにでも引っかかれば、大の大人でも悲鳴を上げる。オリヴァーにはだけの技術と経験があった。


「フン」


 だが、この2年間で新たにチームに加わった新参である彼は知らなかった。

 目の前に居る男が、ただの人間ではないことを。

 事前に言い含められていて尚、信じ難い現象を起こす存在であることを。


「―――――え」


 ナイフの軌道は見切られていた。ダイナの手が刃を掴んでいる。

 オリヴァーにとって、攻撃を防がれたこと自体は大した問題ではない。

 むしろダイナのそれは悪手だった。いびつに歪んだナイフの刃を掴むなど、指を切り落としてくれと言っているようなものだ。


「……見ねぇツラだな。新参か?」


 赤銅の髪の男は、空恐ろしいほどに平然としていた。

 手には傷一つ無い。ナイフから異様な感触が伝わってくる。誤って鉄にでも打ちつけたような───。


「に、しても……お前らも性格が悪いじゃねぇか。なァ? 俺をりてぇなら魔剣でも持ってこなけりゃ無理だって、誰も教えてやらなかったのかよ」


 ばきりと音がして、鋳鉄製のナイフが、乾いた土塊つちくれのように砕けた。


「ひ……!」


「どきな」


 ナイフを砕いたのと反対の左手で、ダイナはオリヴァーの肩に触れた。

 殴ったのではない。振りかぶって力を込めてすらいない。その所作は柔和ですらあった。

 ダイナがそっと掌を押し当てた瞬間、少年の身体は発条ばねで弾かれたように吹き飛んだ。

 オリヴァーは廃教会の隅に散乱していたがらくたの山に突っ込み、そのまま気を失う。


「んだよクソッ……! 地上うえじゃあ暴力はご法度じゃねぇのかッ」


 また別の青年―――ダスティンが、先端におもりの付いた鎖を振り乱しつつ吼えた。


「これでもなまった方だ。まぁ、の扱いは勉強させられたが」


 ―――そして、ダイナの持つこの力こそが、彼が王立学園の応用魔術科に属する理由である。

闘気オーラ』。筋力と敏捷性を極限まで高め、肉体はおろか自身に触れた衣服や武器さえも鋼に変える、強化魔術の到達点にして秘奥とされる領域。

 本来は習得に相応の努力を要する高等術式だが、ダイナの身体にはこれを発現する機能が生まれつき備わっていた。理屈の上では、魔眼などと同じ"先天的な魔法性体質"ということになる。


 ダイナは単身のうえ無手であり、対する相手は連携の取れた集団で、尚且つ武装している。

 条件が同じであれば、裏面街最大の暴力組織であるガロランゾ・ファミリーの殺し屋ヒットマンですら交戦を避けたがるだろう。


「ダイナ……」


「安心しろ、姉貴。すぐ片付ける」


 しかし、ダイナはそう考えていなかった。

 グレースを守るためならば、たとえ敵が何であれ――ガロランゾであろうが、かつての仲間たちであろうが――叩き潰す。そのように生きると既に決定していた。


「かかれっ!!」


 ダスティンが叫んだ。合図に応じ、腐牙タスクの構成員たちが一斉に動き出す。


 ロンメルが握りしめた角材で殴りかかる。無造作に掲げられたダイナの左腕にぶつかった瞬間、木製の角材は半ばから砕けて折れた。ロンメルの頬に反撃の右拳が突き刺さる。


 ティルダが硫酸の入った瓶を投げる。と同時に、別の少女―――リッカが死角に回り込み、背中にナイフを突き立てようとする。

 ダイナは強化された反射速度と皮膚感覚を駆使し、空中で硫酸の瓶を受け止める。

 背後からのナイフは気に留めるまでもない。魔導具アーティファクトでもない刃物にダイナは傷つけられない。

 振り返り、再び死角へ逃げ去ろうとするリッカの足を払って転ばせる。背中を踏みつけて魔力を流せば、少女は五感を激しく搔き乱されて失神する。


 レックスが棒状の鋳鉄を振りかざして突進してくる。その横からダスティンの鎖が飛び、ダイナの右腕に喰らいついた。

 ダイナは先ほどキャッチした硫酸の瓶を鎖に向かって投げつける。ガラスの割れる音と共に、屋内に酸の刺激臭が充満する。

 急速に腐食した鎖は、『闘気』を発動したダイナに対してあまりに無力だった。3分の1ほどの長さで引き千切られた鎖が、反転してレックスの鉄棒を絡め取る。

 床に広がった硫酸を嫌ってダスティンが近付けない隙に、得物に絡んだ鎖がぐいと引っ張られ、レックスは姿勢を崩した。

 己の手前に倒れ込むレックスの腹へ、ダイナの膝蹴り。一撃で意識を刈り取る。


 今度はついにダイナが動いた。硫酸の水溜まりを無視して走る。闘気の魔力により保護された靴裏は酸の侵食を通さない。

 一息の間でダスティンに詰め寄り、掬い上げるような左の拳。青年は5m以上も投げ出され、廃教会の壁面に衝突して停止した。


 呆然とするティルダの前に、激烈な破壊の風を纏った魔人が立ちはだかる。

 もはや一二も無く逃げ出そうと試みるが、背後から伸びてきた手に腕が捕まった。

 万力の如く前腕を締め上げられる痛みに、堪らず顔をしかめながら振り返って―――ティルダの視界は、ダイナの広い掌に覆い尽くされた。

 乱雑な、純粋魔力の放射。それは精神、魂、生命力そのものへの攻撃に等しい。少女は傷一つ無いままに目の前が暗くなった。


「フゥ―――」


 男の吐息は鋭い熱を帯び、蒸気が白煙となって虚空に拡散していく。




――――――――――――――――――――――――――――――




 グループの幹部メンバーを無力化し、俺はついに敵の首領ハオマと対峙した。

 新生腐牙タスクは他にもまだ15名以上の構成員を残していたが、連中の大半は荒事に向いてるタイプじゃない。

 何より、あいつらは俺のことを相当怖がっている。元はと言えば10にも満たないようなガキすら混じってる連中だ。これだけやって俺に逆らう気力が湧いてくるとは思えない。


「……にっひひ。さすがっす、ダイナさん」


「黙れ。姉貴を解放しろ、ハオマ。ブッ飛ばした連中にも手加減はしてやった。今なら半殺しで済ませてやる。いいか? 姉貴を、俺に引き渡して、失せろ」


 ハオマがあまり見覚えのない拳銃武器を手に持っていることが気になったが、それはひとまず脇に置いて話をする。

 裏面街ここはラバルカン大迷宮の支脈であり、必然ダンジョンからの発掘品もそれなりに流通している。

 中でも『銃』は希少な品ではあるものの、全く見たことが無いわけでもない。その脅威の程――引き金を引いただけで目の前の人間を殺せる――は知っている。

 だが、この距離なら俺があいつを殴り飛ばす方が速い。闘気を発動した俺の動きは、スピードに優れた魔物をも超える。銃弾自体はさすがに目で追えないが、射手ハオマの所作を見ていれば避けられることも、闘気の魔力を防御に割けば防げることも把握済みだ。


「嫌だと言ったら」


「お前を殺す。ヘッドの死と一緒にこの組織を解体する。二度とこんなふざけた真似が出来ねぇようにな」


 アジトの奥へと視線を巡らせる。

 姉貴はよく知らない神様の像に両手を括りつけられ、口には薄汚い布で猿轡さるぐつわを噛まされている。幸いにも目に見える傷はつけられていないが、病弱な姉貴にとっては、薬も無く空気も悪いここの環境自体が拷問に等しい。

 ……早く助けてやらなければ。


「あは。それは困るっす」


 ハオマがこれ見よがしに拳銃を揺らす。

 如何にも道化のような態度だが、目の奥はこれっぽっちも笑っていない。

 ―――こんな目をする奴だっただろうか。あるいは、俺が、ハオマにこういう目をさせているのだろうか。


「ねぇダイナさん! マジの喧嘩なんて初めてっすよね、オレたち。いつもオレが一方的に殴られるばっかだったからさぁ」


「そりゃ……てめぇがいつも、無茶な盗みの計画立てるからだろ。俺らの手下のガキどもは、お前ほど賢くもなけりゃ肝も据わってない。結局何度言っても覚えやしなかったな、てめぇは」


「ふ、ふ、ふ。そうでした。やっぱ、ダイナさんは優しいな。殴られるのは嫌でしたけど……ダイナさんは、ちゃんとオレらのこと考えてくれてるんだなって。あれはあれで、ちょっとだけ嬉しかったんす」


「ほざけ。この界隈じゃ、いっぺんナメられたら何もかも終わりだ。一度でも失敗するわけにはいかなかった、それだけだ」


「……、……なのに」


 違和感があった。こうして目の前で言葉を交わしているのに、会話が噛み合っていない感覚。

 もしかするとそれは、俺が直視しようとしてこなかっただけで、以前からずっとそうだったのかも知れない。

 俺はこいつらに、別れの言葉すらちゃんと言って聞かせていなかった。


「どうしてオレたちを見捨てたんすか、ダイナさん。オレたちにはあんたさえ居ればよかった」


 ハオマの表情から、笑みが抜け落ちた。


「あんたに命じられれば、死ぬことだって怖くなかった! オレたちはクズだったけど―――仲間のためなら何でもやれた。クズ以上の怪物になれた!」


「……ハオマ」


「戻ってくれよ、ダイナさん。昔のダイナさんに……戻ってください。強くて、冷酷で、人間のことなんて喋るクソくらいにしか思ってないみたいな、悪魔に」


「買い被り……すぎだ」


「オレはさ、あんた以外の誰かに殺されるなんて、絶対に嫌なんだ。あんたのために死ぬのはいい。人間は悪魔に勝てないからだ。だけど……人間に食い物にされるのは、我慢できない。自分と同じ人間のクズを相手に、オレたちだけが一方的に搾取されるなんてのは、あまりにも惨めすぎる」


 ―――あぁ。

 そうだ。あまりに半端だった。俺はこいつらのことを、いなかった。

 ほんの一時だけ偽りの希望を与えておいて、後始末の一つもせずに去るなど、どれだけ馬鹿で態度だったのか。

 ハオマの言う通りだ。裏面街には人間の皮を被った小鬼ゴブリンみたいな連中で溢れ返っている。

 そんな奴らに苦しめられるくらいなら……他でもないあいつら自身が、そう望んでいるのなら。いっそ、ここで、俺が―――――。


「ハオマ」


「何です」


「いいんだな。それで」


 中性的な顔貌が喜色ばみ、銃口が持ち上がった。

 素早く、迷いが無い。素人の手つきではなかった。

 人質である姉貴、俺をまっすぐに照準している。


「ッ―――!!」


 予想外の選択に、反応が遅れた。

 ハオマは頭が良い。姉貴を盾にするか、事前に仕込んでおいた何らかの罠に俺を嵌めるつもりだとばかり思っていた。俺と正面から戦うなど―――。


 魔術と生命の危機、二つの力で鋭敏化した知覚が、射撃の瞬間を捉える。火花が散り、轟くような破裂音。

 俺の闘気の魔力流は大抵の攻撃を打ち消すが、銃弾ほどの威力があるものは、身体の硬化を意識しなければ防げない。

 そして、ハオマがここで俺を撃つと決めていたなら、あれは恐らく普通の銃ではない。闘気の鎧を貫く仕掛けがあるに違いない。


 やってやれるか。完璧には防げなくとも、軌道を逸らして急所への直撃を避ければ、あるいは。

 加速した体感時間の中で、泥のように重い腕を動かす。襲い来る小さな、しかし致命の威力を秘めたやじりに、掌を差し出し、


「―――――……そこまでぇ―――っ!!」




――――――――――――――――――――――――――――――




 とりあえず大声を出して機先を制し、場の様子を探る。

 手前にダイナさん。肩口から血が出ている。その周囲には、気絶していたりしていなかったりする不良集団。それから、一番奥に拘束されたグレースさん。

 間に合った、とはとても言えないか。だが、どうやら死者は出ていないらしい。


「っ……、何だお前たち!?」


 日に焼けた肌と黒い髪の少年が、手の中にある鈍色の塊を振り回す。

 すぐにわかった。あれは拳銃だ。前世含めて本物を見るのは初めてだが、間違いない。

 途端に心臓がぎゅうっと跳ね、手指が強張る―――けれど、どうにか踏みとどまった。


「決まってんでしょ。正義の味方だよ」


 動揺を顔に出さないよう、思い切って笑ってみる。

 ……死にそうなくらい怖い目に遭うのは、これで二度目だ。

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