第15話「垣間見る家庭事情」

「…………あ……その……。……え?」


「……あァ?」


 例のダンジョン探索と、アスハちゃん……サイジョウさんのコミュ解禁から数日。


 場所はもはや毎度お馴染みフラムベル通り。私は自分の小杖タクトの修繕を依頼しに、それを購入した魔導用品店に赴いていた。

 屍血大粘魔ブラッド・プティングの身体に直接突っ込んで魔法をブッ放したため、先端は酸で溶けてるし所々ひび割れてるしで結構重傷だったが、1年間の保証期間中だったので格安で直してもらえることになった。店主のお爺さんには渋い顔をされたけど。

 ま、こういう普段使いの品ってのは、最初に買った時は割高だと思うくらいでちょうどいいのだ。しっかりしたお店で上等なものを買った方が、最終的に長く使える。

 で、マイ・タクトを預けて店を後にし、修理代のお釣りでお菓子の一つでも買おうか、と商店街をぶらぶらしていたわけだが……。


 やや古めかしいが、よく清掃された小綺麗な店構えの前に、件の人物は鎮座していた。

 広い肩幅に分厚い胸板を持つ屈強な男性……だが、記憶にあるよりも微妙に痩せて見えるのは、ラフな長袖の白シャツと焦げ茶の綿パン、それに薄緑の前掛けという出で立ちだからだろうか。何だそのパステルカラーは。

 記憶と相違ないのは、その特徴的なキマった髪型ソフトモヒカンと剣呑な眼光。ぎろりと私を睨めつける視線はあからさまに不機嫌で、目の前にいるだけで動悸がしてきそうだが、そこへパステルグリーンのエプロンがチラつく度にちょっとだけ肩の力が抜ける。

 の、脳がバグりそう……!!


「もしかして、ダイナさん……? ダイナ・ファッバーロさん、ですよね。私と同じ、王立学園応用魔術科の……」


「他に誰に見えんだよ。それより、何だ、客か? 入るのか、入らねぇのか。冷やかしなら帰れ」


「じゃあ、やっぱりここで働いてるんですか」


「そうだ。そもそもここは俺ン家だ。……他の連中には言いふらすなよ、お前みたく冷やかしに来られても迷惑だからな」


 背の高い観葉植物の横で椅子に座ったまま、しっしっと手で払う仕草をするダイナさん。

 仮にも勤務中だからかいきなり殴りかかっては来なかったのが幸いだが、確かにこれは長居するのは得策じゃなさそうだ。

 釈然としないながらも、仕方なく踵を返そうとして―――。


「ダイナ? お客さんが来ているの?」


 店の出入り口から涼やかな声がして、ダイナさんが慌てて立ち上がった。私を見ていた時とは少し毛色の違う、内心困ったようなしかめっ面。

 おかしな様子のダイナさんに付き添われて現れたのは、薄手のケープを羽織った長髪の女性だ。年の頃は――サイジョウさんの一件の前後で紹介してもらった――リリちゃんのお姉さんと同じくらいに見える。前髪の分け目から覗く少々広めの額おでこが眩しい。


「……姉貴、何度言えばわかんだよ。表の店番は俺の仕事だ。奥で座ってろ」


「駄目よダイナ、お客さんの前でそんな態度じゃ。いつも言ってるでしょう?」


 ばつが悪そうにガリガリと頭を掻くダイナさんを尻目に、お姉さんは一瞬驚いた顔をした後、柔和な笑みを形作って私の方に向き直る。

 ―――この時、正直なことを言えば、私は「チャンスだ!」としか考えていなかった。


「ダイナさんのお姉さん……ですか? わぁ~、初めまして! 私、セテラって言いますっ。ダイナさんとは学園のクラスメイトで、!」


「あっ……! てめぇ、適当なこと抜かしやがって……!」


「え? ……、まぁ……。……まぁ、まぁ、まぁまぁ! こちらこそ、ダイナがお世話になってますっ。ダイナの姉のグレースです。よろしくね、セテラさん」


 今こそ転生美少女スマイルの使い所!! ぺこりとお辞儀! グレースさんもお辞儀。

 どうやらダイナさんは、お姉さんには頭が上がらないタイプらしい。だったらそっちから攻めるのみだ。

 たとえどんな不良であっても、家族の情って奴はそうそう捨てられないからなァ? フハハハハハハ! 勝ったな風呂入ってくる。


「嬉しいわぁ。この子ったら、せっかく学校に……それも王立学園に通えるってなったのに、友達の一つも作らないで。いつもさっさと家に帰って来ちゃうし……。でも、こんなに可愛いお友達ができたのね。本当に嬉しい」


「えへへ、可愛いだなんてそんな……。あ、そうだ、ここでは何を売ってるんですか? 良い機会だからなにか買わせてもらいたいんですけど」


「ふふ、ありがとう。最高のお客さんだわ。ねぇダイナ?」


「チッ……」


「またまた、照れちゃって……、こほっ……」


 何かもう一言付け加えようとして、グレースさんは口元を押さえて咳き込んだ。

 私とダイナさんが慌てて駆け寄るが、当人はそれを左手で制して、


「あぁごめんなさい、久々に大きな声を出したものだから、つい。他人ひと感染うつる類じゃないから、安心して?」


「えっ……いや、あの、でも」


「大丈夫、本当に大丈夫よ。お気遣いありがとうね。さぁ、中にどうぞ」


 グレースさんはそう固辞すると、しかしどうにも大儀そうにお店の扉を開けた。鋳鉄製の鈴がちりりんと音を立てる。

 私は半ば無意識で、未だに――私が知る限りは普段からのことではあるが――眉をひそめたままのダイナさんの方に目を向ける。


「……裏面街りめんがいに居た頃、悪い空気で肺をやられてな。ただ、見た目よか大した事ァねぇってのも本当だぞ。ファッバーロは代々薬師くすしの家系だ、自分の面倒くらいは自分で見れる」


「りめ……? なんですかそれ」


「質問の多い奴だな……。はぁ、俺も喋り過ぎた。いいからさっさと入った入った、姉貴を待たせてんだろうが」


 ―――果たして、ダイナさんに押し込まれた店内には、色とりどりの植物が咲き乱れていた。

 お店の壁は落ち着いた乳白色の漆喰で、葉や茎の緑がよく映えている。花の品揃えは、王立学園の校内庭園を見慣れている私にとっては珍しくないが、個々の配置や手入れの状態は決して見劣りするレベルではない。

 店主のグレースさん独自の美意識が表れているようで、素直にお洒落な店構えだと思った。


「いらっしゃいませ、セテラさん。グレースの花屋にようこそ」


 店内奥のカウンターに立ち、会釈をするグレースさん。その後、ダイナさんに促されて椅子に座る。

 顔立ちは……ダイナさんとはあまり似ていない。むしろ線の細さ、肌色の薄さも手伝い、外見の印象は真逆とすら言っていい。けれど、赤銅色の髪と目は確かに血の繋がりを感じさせる。


「わぁ~、綺麗! ……あれ? でも、薬師の家系なのにお薬屋さんじゃないんですね」


「ん? あぁ、その辺りはダイナから聞いてるのね」


 一瞬だけ私の方から離れたグレースさんの視線を追えば、そこにあった棚に硝子や白い陶器で出来た瓶が並んでいる。


「古い知り合いとか、評判を聞いて来てくれたお客さんからは、薬師としての仕事を受けることもあるけど……。ほら、お薬って植物から作るものも多いでしょう? 基礎知識だけじゃなくて、以前から興味もあったことだし。ダイナが王立学園に通うことが決まって、裏面街からこっちへ越して来た時に、思い切って転身したの」


 ほ~。えっと、その『裏面街』という土地のことは知らないけど、要は私やノエルみたいな、地方からのお引越し組ってわけね。

 きっと綺麗事ばかりではなく、のっぴきならない事情も、それなりの苦労もあったのだろうが……なんか、いいな。そういうの。


「夢を叶えて出したお店なんですねぇ。素敵です」


「ふふ、そういうことになるのかしらね? そうそう、花とは直接関係ないけれど、ちょっとしたアクセサリーなんかも置いてるのよ。ダイナがね、この子、こう見えて結構手先が器用で……」


「なんですと?」


「……やめてくれ姉貴、他人に売れるほど上等な出来じゃねぇ。第一、売り物にすんなら工房の親父さんにも筋通してからじゃねぇとダメだ」


 むむっ……あ、あざといぞ……! 我らがノエル様とは別ベクトルであざとい! 今日だけで好感度がストップ高なのだが……!?

 ふ……ふぅん、へぇ? ダイナさん、み、見た目よか悪い人じゃないじゃん? というかよく見たら、概ね強面だけど案外、せ、繊細な目鼻立ちしてるし? なるほどね?

 あんまり露骨に男らしいタイプの人ってピンと来なかったけど、ちょっとある種の父性というか、やっぱりそばに居る時の安心感みたいなものが―――。


「つか、それよりもてめぇ、何買うか決まったのかよ? あんまり長く居座られても迷惑だぞ」


「えぇー? うーん……どれも綺麗で決められないなぁ。オススメって何かあります?」


 と、まぁそれはそれとして。

 前世では文房具とかPC周辺機器とか、その手の実用品を吟味するのは好きだったが、さすがにこうして花を買う習慣はなかった。

 ランベ村でも植物といったら食べるか薬に使うために育てるばかりで、純粋な観賞用として愛でるという発想自体が存在しなかったと言っていい。

 花言葉なんかはノエルが詳しかったっけな。居ない人のことを言っても仕方ないけれど。


「そうねぇ。魔法学部の生徒さんなんだし、少しは物珍しくて面白いものがいいかしら? だったら……」


 言ってグレースさんは立ち上がり、出入り口から見て右手の壁の棚から、手のひらサイズの小さな鉢植えを取り出した。

 それはおよそ半球型をした緑色の植物で、表面はやや筋張っており、よく見ると細かい棘がびっしりと生えていた。


棘玉とげだまよ。南方ラバルカン大陸が原産のちょっと変わった植物で、これはアンファリスの気候に合わせて改良された品種なの」


「ははぁ、なるほど、■■■■サボテンですか。かわい~い」


「さぼ……?」


「いえなんでもないです。うちの田舎に似たような見た目の草があったもんでつい。でもこんなに大きくなかったし棘も生えてなかった、デスヨ?」


 もちろん大嘘である。

 ランベ村にそんな変な草は生えていなかったし、颯坂柚月は完全に棘玉ことサボテンを見たことがあるが、そのような無粋は決して言うまい……。


「そう? じゃあその、さぼ……なんとかっていうのは、たぶん泡苔あわごけのことかな。水が綺麗な土地なのね」


 だがサボテンほど大きくなく棘も生えてない丸っこい草は実在するらしい。草生える。


「500ルピになります」


「ではこの通り」


「はい、確かにいただきました。どうぞ」


「ありがとうございます! 大切にしますねっ」


 うん、予定とはちょっと違ったけど、良い買い物したな。

 寮の部屋には日用品こそ一通り揃ったが、それだけでは味気ないと思っていたところだ。きっとちょうど良いインテリアになってくれるだろう。


「よかったらまたお越しになってね、セテラさん。きっとダイナも喜ぶわ」


「……客として金払ってもらった手前、二度と来るなとは言わねぇ。けど、次は俺の居ない日にしろ」


 ふふ、ついでに買い物以上の儲け物もあったしね。

 いやぁ、たまにはスライムに杖を壊されてみるもんだ!

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