第11話「揺れる魔眼」
「アスハと話がしたい?」
「うん」
特訓のローテーションで非番になった日、リリちゃんことリリエルさんとお話ししている。
ランベ村のセテラの魔法探究、記念すべき第1弾。取材しに行くクラスメイトは、色々と考えたが、やっぱり一番話しやすいリリちゃんから人脈を広げていくのが無難かと思った―――のだが、リリちゃんはまだロゼロニエ家の秘儀『ホムンクルス創造』を正式には継承していないそうで、それならばと予定を変更したのだ。
「どうにも目が合わないんだよね、サイジョウさんと。そりゃあ初対面の時から歓迎されてる風じゃなかったし、結局そのまま喋らないで来たけど……なんか、知らない内に嫌われるようなことしちゃったかなって」
で、話しやすいクラスメイトならグラム君やリシャール君もいるわけで。
なんで攻略対象をサイジョウさんに切り替えたかといえば、何は無くともずっと気になっていたからだ。
特別他人に好かれたいタイプでもないが、嫌われるよりかは適度な距離感で仲良くしていた方が良いに決まっている。
そこで、現状最もサイジョウさんに受け入れられている(当社比)リリちゃんに渡りをつけてもらおう、という魂胆だ。
「別にいいけど……嫌われてるってことは、ないと思うよ? アスハは誰にだってあんな感じだもの。気にし過ぎなんじゃないかな」
「そーお? でも、実際気になっちゃうんだよねー……。何か話すきっかけでもあればいいんだけど」
「きっかけかぁ。―――あ、そうだ」
ふとつぶやいて、リリちゃんは自分の鞄の中をごそごそと探り始めた。
目的のものは早々に見つかり、取り出されたそれを感慨深そうに見つめながら、リリちゃんは件の彼女について語り始めた―――――。
――――――――――――――――――――――――――――――
アンファリス大陸より東方、シエトラム大陸に覇を唱える統一国家、
私、
それはたとえ女に生まれようと例外ではない。肉体の性能で男児に及ばなくとも、
激しい戦闘に堪えられない虚弱者でも、負傷者の救護や、平時の所領の運営における文官役など、仕事はいくらでもあった。
妖との戦いは終わりの無い日常であり、所領すべての力を総動員して取り組むべき一大事業だった。
―――はっきり言って、私には才能があった。
私の目には、普通の人に見えないものが見える。いわゆる『魔眼』、邪視の異能というやつだ。
わけても私の場合、魔術的には光の属性を持つため、見たものに呪いを仕掛けるというより、浄化を――そういえば、故郷では『浄眼』なんて呼ばれてたと思う――施す視線らしい。だから、悪霊なんかを捉えて消し去る力がある。
「お前には天賦の才がある。頂廷のため、ヒノトのため、最条のため、その才を存分に振るいなさい」
それは、最条の家に生まれた者なら―――否、ヒノトの貴種に生まれた人間なら、誰もが生まれながらに共有している前提だった。
子守歌代わりに祭祀の
痛いことも苦しいこともあったが、辛くはなかった。私はみんなに必要とされていたから。ひとつ新しい物事を身に着ければ、みんなが褒めてくれたから。
いつか私も、母や姉のような立派な法師になって、父や兄、最条の郎党たちと肩を並べて御役目を果たすのだと、信じて疑わなかった。そういう風に生きるのが当たり前だと思っていた。
15歳の夜、私が初めて妖の討伐に出た日、戦場は死屍累々の地獄絵図と化した。
父は一命こそ取り留めたが、恐怖で動けなくなった私を庇って戦い、兵士としては再起不能となった。幸い、母も兄も姉も五体満足で生還できたが、それは最条家に仕える藩士が何人も死んだことを意味していた。
誰もが壮絶な傷を負っていて、私だけがひとり無事だった。
死という極大の質量を持った観念が、それまで当たり前に正しいと信じていたものを、異常な説得力と共に土壇場で破壊していった。
思わぬ苦戦の原因は、いくつかの不運と予想外が重なったことによる、偶然の事故だった。だから誰も私を責めなかった。それは良心と克己心に裏付けられた大人の対応であると同時に、私という才能を守るための防腐措置であったことに、随分経ってから気づいた。
けれど、ずっと納得できなかった。私の眼の力が暴走しなければ、
―――――逃げるようにして家を出た。
すべてを投げ出して、許されたかった。それらしい理由をつけてアンファール王国に留学したのも、家族からなるべく距離を取るためだ。
頂廷のため、ヒノトのため、最条のため。世のため、人のため。
私には無理だ。私の才能では、誰も幸せにすることが出来ない。
浄眼。幻影を破り、妖気を祓う退魔の眼差し。
だが、時に真実ほど人を傷つけるものも無い。ただ闇の中に巣食い、白日の下に晒されるべきではない存在が、この世にはいくらでも蔓延っているのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――
本は好きだ。
家族から逃げ、それ以外の他人とも積極的に話さなくなって久しい私だが、何もこの世すべてを恨んで拒むほどの絶望や憎しみがあるわけではない。
ここにある紙とインクは意志を持たない。作者と作品は切り離されていて、人と人のコミュニケーションというものを介さずとも、本は私に世界の輪郭を教えてくれる。
その点、王立学園は悪くない環境だと言えた。
故郷のヒノト皇国に比べて製版技術が未成熟なアンファール王国では、本という品は総じて貴重で高価なものだ。しかしながら、各分野の叡智の集積点たるこの王立学園に限っては話が別となる。
ここには無数の蔵書が詰め込まれた広大な図書館が存在し、どんなに低俗だったり地味な内容の本でも最低3冊は写しが取られている。
そして学園に出入りする関係者ならば、手続きを踏めば誰でも――いち学徒である私にももちろん――これらを借りて読むことが可能だからだ。
建物全域にわたって『
ちなみに、普通の消音は効果範囲内の音すべてを消し去るが、ここのものは3代目の司書が独自に改良した特別製だ。『
つまり驚くべきことに、この大図書館ではお喋りが許されているのだ―――話しかける者と話しかけられる者、双方の同意が必要ではあるが。
……よって、私が意図的に無視し続けている限り、彼女との会話が成立することは絶対にない。
童話の絵本と辞書を交互に睨み、うんうんと唸りながら渋面を形作る赤毛の少女。年の頃は私と同じくらいだ。
彼女の名前は確か、セテラといったか。読み終えた小説の返却とその続編を借りにやってきたところにばったり出くわし、『文字の勉強に付き合って欲しい』と頼み込まれて今に至る。
いつも通り断ろうとしたが、今日は知り合い全員に都合があって、偶然出会ったクラスメイトである私以外に頼れる人が居ないと押し切られた。
「なぁーんかさー、アンファールの童話ってどれも小難しいよね。災厄の時代の史実が下敷きにある話が多いらしいから、その影響なんだろうけどー。もっとファンタジックでキュートな話が見たいよ私ゃ」
……勉強に付き合うとは言ったが、雑談にまで応じる義理は無い。
というか、私があれこれ教えなくとも、既に日々の学業に支障をきたさないレベルには学習が進んでいた。これではただ彼女の雑談を聞き流しているだけだ。
明朗で快活だが、わずかに憂いを含んでいるような特徴ある声質は……悔しいことに、そこまで不快ではなかった。
読書の最中にこうも話しかけられれば気が散って仕方ないはずだが、あるいは適度に雑音が聞こえていた方が集中の助けになるのかも知れない。まったく無音の空間というのは、かえって不気味なものだ。
「ねぇ、サイジョウさんが好きな本ってどんなの? 私でも読めそうなお話ってある?」
だから、だろうか。
取り留めもない言葉の濁流から、突如として聞き取ることの出来た言葉が、思わず気になってしまって。
「……。……、……難しいと思うよ。通ぶるつもりはないけど、結構長かったりややこしかったりするし」
「お、おぉ? へぇ……上等じゃん! こう見えて分厚い本なら漫画もラノベも図鑑も山ほど読破してきたからね、どんと来いだっ」
「……マンガ……らのべ……? てか、文字勉強しだしたの最近だって言ってなかっ」
「アハハハハハハハハ、ジョウダンダヨーキノセイダヨー。いや、うん、ノエルの家にあったのをね? ほらあの子、村長の娘だから。そのお屋敷で。むかーしむかしに、ね? 見たことがなきにしもアラブ、みたいな」
「……?」
面と向かって口に出しては言わないが、ちょっと変な娘だ。
私の魔眼で何も見えないということは、怪異の類に憑かれているわけでもない。
「ん、あれ……」
……いや。
何だろう。よくよく視ると違和感がある。胸の奥に、魂に殻みたいなものが……違う、殻ではない。じゃあこの空洞は? この娘―――。
「―――あぁ。……2回目だな、こういうの。やっぱり、わかっちゃう人って居るんだ?」
「っ!?」
しまった……視線を読まれた……!?
ただ視るだけなら邪視が発動することはない。魔眼は外界へ
それに、私は魔眼の完全な制御は不可能でも、邪視を使わず抑えておくことくらいは出来る。ただ見ていた以外には相手に干渉していないのだから、滅多なことでは気が付かないはずだ。
……もしかして彼女、普段の態度から想像されるより、ずっと高い実力を隠し持っているのではないか。
「ご……ごめん、そんなつもりじゃ……」
「いいって。アルト先生には念のため隠しとけって言われたけど、具体的に隠し方を教えてくれたわけでもないし。ほんっと無責任だよね! あ、でもサイジョウさんも、周りのみんなには秘密にしておいて欲しいかな?」
「うん……わかった」
ひとしきり困ったように笑んでから、セテラさんは私の目を覗き込んできた。
真剣な、あるいは獲物へ飛びかかる寸前の肉食獣のような視線で、こちらを興味深そうに見つめている。
耐え切れなくなって、誤魔化しの台詞を口にしようとした時、
「あの」
「サイジョウさん」
「な、……何?」
―――いっそう、奇妙な表情だった。
この前の自己紹介の通りなら、私と同じ、今年で17歳の女の子。それが空恐ろしいほど柔らかくて、どこか懐かしい微笑を浮かべていた。
人種も違う、まったく似ていないはずのお母さんの顔が、不意に思い起こされた。
「困ってること、ないかな?」
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