第9話「掲げられる旗」

 というわけで翌日、約束通りミュトスの寮の裏手で集合した。

 幸いカナタ君もそう遅れて到着したりはしなかった。この調子で朝にも強くなれたらいいね。

 服装は事前に体育の授業用の運動着に着替えてある。残念ながら前世で慣れ親しんだジャージほど洗練された衣装ではなく、ちょっと古風なスウェットといった具合のものだ。RPGで村人Aさんが着てる例の服ともいう。


「揃ったな。では少し歩くぞ」


 言われるがまま、寮裏手から続く雑木林に足を踏み入れる。

 天然の山ならスウェットにローファー(に相当するであろう村人Bさんが履いてるタイプの靴)でなど歩けたものではないが、学園内の緑地はすべて人工植林なのできちんと整備されている。何でもこの学園の花壇と緑地、王宮の植物庭園を管理する庭師を育てるための研修先の一つにも選ばれているんだとか。

 ……でも、その割には結構キツい道のりだな。元々が人工の林ゆえに辛うじて整理された道筋が残っているが、もう長らく手が入っていないエリアのようだ。ミュトスの寮の裏手というだけで放置されているのだとしたら、ちょっと嫌だが……。


「さて。まずは僕たちがチームで御前試合を戦うにあたって、絶対に承服してもらいたいことがある」


 木々の密度がさらに濃くなる。秋の16時台ともなれば既に夕刻の一歩手前といったところだが、それを差し引いても周囲が薄暗くなってきた。

 コニー君の冷淡な印象の声と口調もあって、何か怪談でも聞かされている気分だ。メロウちゃんと取り巻きのゴースト愉快な仲間たちが近くに居るのかも知れない。


「僕は魔術師の家の人間だ。幼少の頃から長年に渡り、相応の研鑽を重ねてきた。イヴド祭の御前試合は既に1ヶ月と少々の後にまで迫っているが、それでも対戦相手についての情報を集め、対策と調整を行えば即戦力として通用すると自負している」


 ……1ヶ月強か。

 そりゃあ何というか、それはもう、


「だが君たちは。アマミ、ウィンバートさん、セテラさん、君たちは」


「あ、カナタでいいぜ。俺だってコニーって呼んでるしな」


「じゃあ、わたしもノエルでお願いします」


「……ではカナタ、ノエルさん、セテラさん。君たちにはこの王立学園で学んだ魔法の知識に加えて、個々人の趣向や境遇に沿って訓練した技能もあることだろう。その努力については認めてやりたいところだが、しかしそれらは御前試合で通用するようなレベルではない。ここまでは昨日の内に話した通りだ」


「ですよねぇ。で、そいつを1ヶ月でコニー君と同じくらいに持ってけるかって言ったら……」


「不可能だ。時間が足りない」


 ということである。

 しかも恐ろしいことに、カナタ君は筋トレが趣味で、ノエル様は風魔法と治癒魔法を勉強中らしいけど、私に至っては魔術適性すら不明瞭なピカピカの魔法使い1年生だ。

 まど〇し1匹を中心にさ〇ようよ〇い、ホ〇ミスライム、スライムがパーティに加わっている感じであり、アンバランス極まりない。


「尤も、僕が半生をかけて練り上げた実力を、たかだか1ヶ月程度で超えられるようなことがあったら、……いささか気味が悪いと言わざるを得ないが」


「確かに。けど、そういうの言い出したらイズってすげぇよな~。ミュトスへの編入とはいえ、王立学園の中等部から飛び級ってさぁ……」


「イズか。彼については僕も同感だが、なに。常に突出した才能だけが評価されるとも限らないとも。これは負け惜しみでも慰めでもない事実だ」


「その心は?」


「僕が本来想定していたチームは、実力で言えば僕と伍するか、わずかに劣るメンバーで構成されていた。格上相手には、作戦と連携で対処する予定だったからな」


 ほぉ~?

 ちょっと意外というか、コニー君ならコネやら何やらを駆使して「ぼくがかんがえたさいきょうのがくせいチーム」を作るものだとばかり思っていたが。


「強力すぎるカードは時に扱いづらくもある、ということだ。料理に使う野菜を切るのに、よりよく切れるからと剣を持ち出す者は居ないだろう?」


「あーはいはい、なるほど、わかる気がするわー。2周目やってて序盤の雑魚倒すのに終盤相当の強スキル使うの、めっちゃ気が引けるよね」


 その場に居た私以外の全員に怪訝な顔をされた。

 私の不用意な転生者ムーブに慣れているノエル様が適当にとりなして、コニー君は話を続ける。


「つまり、正攻法で挑んでは優勝など夢のまた夢ということだ。僕は攻撃魔法の撃ち合いには自信がある。学生レベルの魔術師なら、そうだな、同時に2人までは相手取って見せよう」


「つよい」


「が、逆に言えばそこまでだ。敵の3人目の魔術師に弾幕を追加されるか、前衛の剣士に懐まで潜り込まれて決着だろう。もちろんこれは君たちが一切役に立たなかった場合の最も悪い想像であり……このまま何もしなければ、確実に訪れる未来でもある」


 徒歩のままではあったがコニー君の進む速度が少し上がり、私たちもそれに伴って道を急ぐ。

 ―――果たして、薄暗い雑木林の只中を通り抜け、視界が開けた先にあったのは。


へようこそ。今日からここが、僕たちの砦だ」




――――――――――――――――――――――――――――――




 がさり。がさり。

 緩く傾斜した深い緑の屋根を備える、くたびれた赤色に塗装された木造倉庫。隣には周囲よりも雑草の少ないエリアが広がっており、あれを庭のようなものだと仮定すれば、その敷地の面積はテニスコート1面分ほど。建物と庭が空間のそれぞれ半分ずつを占めている。

 建物の出入り口は大きな引き戸の扉で、内部は見た目相応に広い。元が倉庫であるからか、過度の直射日光で保管物が痛まないよう窓は小さく、また盗難防止用の鉄格子まで嵌まっている。

 そのままでは採光に不安が残るが、コニー君がどこぞの壁に垂れ下がっていた紐らしきものを引っ張ると、天井にいくつか並んでいるランプが点灯した。便利だ。伊達に魔法文明が隆盛している訳ではない。


練光灯れんこうとうのスイッチはここだ。学園に供給されている都市魔力網を一部バイパスしてある。ミュトス寮の練光灯が、他寮のものより落ち着いた色合いをしているのはこれの影響だ」


「え。いいのそれ?」


「よくはない……と言うべきだが、まぁ問題ない。先代のミュトス寮の管理者、つまり寮母りょうぼが、僕の叔母おばだったんだ。その叔母が引退して権利を譲り、現在の管理者は僕の従妹いとこということになっている。そして従妹は名義だけで、寮の管理業務にはほとんど携わっていないから、身内である僕が多少気を利かせてもばちは当たらないという寸法だ」


「わぁーお」


 さすがというべきか、イメージ通りというべきか。彼も彼でなかなかの食わせ者らしい。

 倉庫、を改造した生活空間内には一通りの家具が揃っていたが、いずれも店売りの商品にしてはやや頼りない作りをしている。どうやら素人のてづくりD.I.Y.による成果物らしかった。

 ただ、出来こそイマイチで埃も積もってはいるものの、目立った損傷などはなく整理整頓が行き届いている。適当に掃除を行えばすぐにでも再利用できるだろう。


「うーむ。ノエル様……ランベ村からレジータに引っ越した時も思ったけど、ここまで色々と揃ってると、何かもうかえって可愛げが無いよね。私もう村での暮らしには戻れないや」


「ははは……そうだね。わたしも旅に出て、初めて城塞都市に着いた時はびっくりしたよ。都会はやっぱり進んでるなぁって……」


「く……苦労、したんだな……?」


「……いやに垢抜けないとは思っていたが、そうか。辺境の暮らしも、ただ長閑のどかなだけではないのだな」


 というわけで、貴重な青春を小一時間ほど投じて軽く片付けをする。とりあえず落ち着いて話が出来る程度に場を整えた。

 背もたれ付きの椅子――座った瞬間ちょっと軋んだ。失礼な奴だ――を並べ、植木からそのまま切り出したような板の長机に肘を預ける。

 そして手を組み、口元まで持っていって、難しい顔をすれば、はい総司令ポーズ。唯一サングラスが無いことが惜しまれるが、ほぼ完璧に決まった。満足だ。


「……妙に貫禄がある……。なぁノエル、やっぱセテラって何か、伝説の大物の生まれ変わりとかだったりしねぇ?」


「生まれっ……!? 伝説の!? どっ、ど……どどどどうかなっ!? わた、わたしはずっと一緒に育ってきたけど、ちょっとわかんないなー? 別に普通だと思うけど、あれくらい?」


「全員落ち着いたな? では話の続きだが―――」


 どうやら早くも私の奇行を無視する、もとい脱線した話題を元に戻す術を体得したらしいコニー君が言う。

 私は間違いなく、そして恐らくカナタ君も、ひとたび脱線し始めたら無限に与太話を続けられるタイプだろうから、コニー君みたいな人が居てくれるとヒジョウニタスカルネ! 流されやすいタイプのノエル様、いつもごめんよ。


「他の出場チームに比べ、明白に総合力で劣る僕たちが、真っ向からの対等な戦いで勝ち上がることは難しい。これはみな既に理解しているはずだ。であれば、どのような戦略が必要になってくる?」


「うんー? ……なんだろ……、暗殺とか?」


「…………。……もちろん違うが、発想としてはそう的外れではない」


「正解なのか!?」


「正解ではないと言っている。だが、にこそ活路があるという意味ならば間違ってはいない」


 一見シリアスな顔を装って発言したからか、何か鋭い指摘をしたものと勘違いされている。

 うすうす感じてたけど、コニー君ってクールな一方でちょっと天然入ってるよね。完全に冗談のつもりで言ってみたのだが、面白いので黙ってよう。


「僕たち応用魔術科の強みとは何だ? 独自の魔法の稀少性か? まったくその通りだ。僕たちは生まれの幸運によって特異な魔法の才を持ち、それを買われて学園に籍を置くことを許されているようなものだ。真っ当な魔術師なら誰だって、文句の一つもつけたくなるだろう」


「いくらなんでも言い過ぎでは」


「しかし、ものは考えようだ。要するに僕たちは、出場者全員に最初から侮られている」


「はぁ? 侮られてるって……。敵にナメられてるのが、そんなに景気の良いことなのか?」


「フッ……。あぁ、何せわざわざ、イヴド祭の御前試合で名前を売ろうという連中だ。誰も彼もが、それなりの気骨とプライドの持ち主であるに違いない」


 そうだね。如何にもそういう気骨とプライドの持ち主っぽいコニー君がそう言うんだからきっと間違いないね。

 私は努めて沈黙を保った。


「いいか? 僕たちが御前試合で戦う奴らはな。ミュトスの劣等生がどんな魔法を使うか、どんな能力を持っているか、どんな戦術で戦うのか、。君たちとて、この意味がわからないほど愚かではないだろう?」


「……!」


「そして……だからこそ、相談しておかねばならない事柄がある」


 声が途切れ、静寂が残った。固唾を飲んで次の言葉を待つ。

 私たちをぐるりと見回し、特にカナタ君へと向ける視線をわずかに厳しくして、コニー君は告げる。


「僕は、やると決めたからには、どんな手を使ってでも勝ちを拾いに行くつもりだ。恐ろしくリスクの伴う戦法を提案するし、見ようによっては卑怯者の誹りを免れないような作戦を指示する。もちろん僕だって家名に傷をつけたいわけではない、明らかな犯罪や常識に反するような真似はさせないが……大いに良心が咎める選択を強いることも、あるかも知れない」


 ……嫌味な奴だとばかり思っていたけれど……。こうやって、誰にでも正直にモノが言えるというのは、コニー君の良いところなんだろうな。

 ちょっとばかりデリカシーに欠けるのが珠に瑕だが、誠意もなく嘘八百を並べられるよりは幾分マシだ。


「これを受け入れることが、僕と肩を並べて戦う条件だ。―――魔物と取引する覚悟はあるか?」


 魔物との取引、なんて表現をされたカナタ君は――というか、コニー君のこの問いは、誉れある近衛の『騎士』を目標とするカナタ君にこそ向けられたものなんじゃないかと思う――それなりに鼻白んだ様子だったが……何。

 覚悟ならば、アルト先生からの挑戦状を受け取った時点で決めている。きっとみんなで勝ち抜こうと、言外の内に約束したのだから。


「……もちろん、ある! 目指してる優勝場所は遠いんだ、近道があるなら使わなきゃ損だろっ」


「う、うん。わたしも力を貸すよ……!」


「仕方ないなー。ノエル様がやるって言うからには、お付きのセテラちゃんが乗らない手はないっしょ!」


 つーか結局のところ、仮にも付き人の身の上としてはノエル様から目を離すわけにはいかない。元はと言えば、カナタ君がアルト先生への弟子入り志願を決行したのは、ノエル様に背中を押されたことが発端なのだ。

 ノエル様は物静かで控えめなお方だが、誰かと一度打ち解けてしまうと驚くほど義理堅い部分がある。もしも私が辞退したところで、自分1人になってもチームに残ろうとするはずだ。

 そうなるとコニー君の『何でもやる』方針が怖すぎるので……ノエル様のあれやこれやは、私が守護るッッッ!!


「フン……上出来だ。ならば……」


 コニー君はおもむろに立ち上がり、確かな足取りで倉庫の―――冒険者同好会旧部室の隅の方へ向かった。

 そこに最初から置かれていた、雑貨が無造作に放り込まれている箱をガサゴソと引っ掻き回し、目的のものを見つけて戻って来る。


「この旗に恥じない活躍を為せ。僕たちにはその権利と義務がある」


 ばさりと広げられる、大きな旗。

 どの部分も古びて赤茶けてしまっているが、金糸の縁取りを持つ真紅の布地に描かれていたのは、まさに剣と魔法に彩られた英雄譚の一節だった。

 首だけの描写でありながら、頂点捕食者の威風を感じさせるドラゴンと。力強くも流麗な造作を具えた長剣が交差して、ひとつの紋章を形作っている。

 紋章の下方に刻まれているのは、『冒険者同好会・連盟クラン"星の花道"』という意味のアンファール語―――――。


「……あぁそうそう、部室と備品は自由に使って構わないが、この旗だけは回収させてもらうぞ。実はこれは20年ほど前に、今の国王陛下と父様がお作りになったものだそうでな。折を見て取って来てくれと頼まれていたんだ―――もし僕らだけの旗が欲しいなら、新しく紋章を考える必要がある」


「じゃあなんで出して来たの!?」


 やっぱり天然だこの子……!!

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