第8話「結ばれる同盟」

『イヴド・マルサの収穫祭』。

 アンファール建国神話に登場する初代国王アルティリアスの盟友、農民の守護者イヴド将軍。彼の功績にあやかり、実りの秋を祝って国の安寧を願う……言ってしまえば、よくある秋祭りである。


 で、そんなお祭りの一環として催されるのが、これまた伝承のイヴド将軍が送った数奇な人生―――名も無き農奴から王の右腕にまで登り詰めたという偉業を讃え、その武勇に敬意を表すべく開催される『御前試合』である。要するにコロッセオ的な闘技大会ね。

 運営委員会が定めるルールに従ってさえいれば、身分も体重階級もあまつさえ武装すら無制限という、なかなかにハードでクレイジーな大会だ。

 といっても、運営チームの努力と魔術師ギルドの全面バックアップのおかげで安全性は確保されており、感覚としては格闘技の延長くらいのものだそう。


 さて、そんな収穫祭の御前試合だが、実は行われる大会は1つだけではない。

 前述した完全無差別級の大会は正式名称を『豪傑の部』といい、今回私たちが参加させられる羽目になったのは、20歳以下の若者のみが参加できる『勇躍の部』と呼ばれる方である。


 まず豪傑の部だが、こちらは1対1の真剣勝負となる。

 装備の調整などを行うサポートメンバーの採用は認められているが、試合に出られるのは出場登録をした選手1名だけ。

 なので、試合形式は原則的に、小細工抜きの一騎討ちに限定されている。


 対して、勇躍の部は5人で1つのチームを結成し、大会期間を通して協力し合う方式となっている。

 チーム全員がプレイヤーとサポーターを兼ねるので、スターティングメンバ―の1名以外は試合に出場するもしないも自由とされている。

 そのスタメンの交代も自由で、自陣営の戦力をどのように選出し配置するか……個人の能力のみならず、司令塔役の采配やチームワークも勝敗に関わってくる要素だ。

 ちなみに5人以下の人数でも出場登録はできるそうだが、まぁよほどの能力が無いと勝ち星は上げられないこと請け合いである。


 尚、どちらの部にも共通して言えることだが、出場登録に際しては出場者自身、または責任能力のある監督者の推薦と、運営委員会による審査を経た推薦の受理が必須。12歳以下の児童など、実戦形式の模擬戦闘に明らかに不適切な人物はそこで落とされる。

 私たちの場合、この書類審査はアルト先生と王立学園の権威がゴリ押ししてくれるらしいので、出場を志願した暁には顔パス同然で通過できる予定だ。




 というわけで、私、ノエル、カナタ君の3人は、御前試合・勇躍の部に出場する5人チームの内、残り2人を探し始めたわけなのだが―――。


「……見つからないねぇ」


「見つからないなぁ……」


「そうだね……」


 これが軍閥の貴族家の跡取りとか、平民出身だけど経歴に箔をつけたい兵士志望者とか、冒険者――開拓者ともいう。城塞都市の外に出て魔物を退治したり、古代文明の史跡を探索する人々のこと――を目指しているとか、戦闘魔術師になりたいとか、そういう若人たちなら話は早いのだけれど。


「私が言えた義理じゃないけどさ。野心なさすぎだよね、この学科クラスの人」


 しかし……しかし、ここは応用魔術科なのである。

 使い手の少ないほとんどオンリーワンの魔法、といえば聞こえは良いし実際貴重なのだが、それは逆に言えば魔法ということでもある。

 つまり、"使えても自慢にならない"か、"とんでもなく使いにくい"かのいずれかだ。


 グラム君の『原始呪術プライマル・カース』は前者だ。

 火起こしや動くものを探知する呪文、簡素な癒しの魔法など、狩猟と放牧を生業とする騎馬民族の暮らしには欠かせない、所謂いわゆるところのシャーマンの業……なのだが、発火の魔法は別に珍しくも何ともないし、治癒魔法は使い手こそ少ないが既に魔術大系が確立されている分野だ。探知・索敵の呪文はそこそこ有用だが、それも似たような術は探せばいくらでも見つかるという。


 対し、メロウちゃんの『死霊術ネクロマンシー』なんぞはモロに後者である。

 まず絵面が最悪だし、魔法使い1年生の私が思いつくだけでも凶悪な活用方法が山ほどある。

 いわゆる禁忌の魔法とされるものであり、「はっきり言って使い手を生かしてるだけで相当に有情」とはアルト先生の弁。

 他には、あのリリちゃんの家系が『人造生命ホムンクルス』創造の御業を継承していたりするとか。


「あと、本来なら王立学園に入れる頭の無いヤツでも、お家の持ってる些細な魔導具の特許とかを主張してコネ入学する時もあるね。僕とかそのパターン」


 いじられ常識人枠だと思っていたリシャール君が、乾いた笑みを浮かべながら言い放ったあの台詞を私は忘れないと思う……2ヶ月くらい。

 ただ彼は彼で、王立学園が所蔵してる稀少な魔導書や、それこそミュトスに残る歴代生徒の特異な魔法の記録に興味があるようなので、学生としてはむしろ真面目な部類だったりするんだから世の中わからないもんだ。


 閑話休題。

 そんなこんなで、いくら出世したくてもできないミュトスの面々は……やる気が皆無というわけでもないが、どちらかと言えば学生生活を平穏無事に過ごし、王立学園の卒業者として凡庸だが堅実な将来を目標にしている生徒ばかりだ。

 競争心と向上心が高い他の学科からすれば、『物珍しい魔法さえ持っていれば王立学園を卒業できる楽な連中だ』などと揶揄されることも多い。

 ……このような調子では誰だって腐りたくもなるだろう。いやまぁ私はノエル様のお付きとしてちゃんと勉強したし、今だってしてるんですがね! ね!! アンファリス語の文字だって覚えたよ!


「グラム君は『獣を狩るならともかく、人間相手は気乗りしないなぁ』との理由でパス、リシャール君は魔法使いとしては最低ラインの実力しか無いと自己申告をいただいたのでパス、リリちゃんも錬金術と泥魔ゴーレムの魔法は得意だけどそういう性格じゃないのでパス、残るイズ君サイジョウさんコンスタンティン君ダイナさんメロウちゃんはそもそも話しかける隙がねぇ。完全に詰んだ……」


「せめて、イズとでも話がつけばなぁ。あいつなら実力はピカイチだし、ミュトス以外の生徒にも顔が利くし」


「ピカイチって今日日聞かないな。アンファリス語にもそういう語彙あるんだ」


「イズ君? 確かに賢そうっていうか、飛び級なんだから賢いに決まってるよね……。あ、でも魔法を使ってるのは見たことないかも。どんな魔法を使うの?」


「あー、それな。実は俺もよく知らないんだ。つーか、ライゼンブルク家っつったら普通に魔導の名門でよ、俺はむしろあいつが変な魔法使ってるの見たことねぇんだよな。コニー……コンスタンティンもそうなんだけど、どうしてミュトスなんかに居るんだか……」


 コンスタンティン君の実家は確か、シープラニカ家だったか。お父さんが魔術師ギルドのお偉いさんらしいし、確かにそのご子息なら相応の実力を持っているに違いない。

 ……パーティメンバーに加えるのは、慎重に考えさせていただきたいところだが……。


「んじゃ、消去法でイズ君から探して声かけましょうかね。本人がダメでも、もしかしたらお知り合いに繋いでくれるかも知れないし?」


「あぁ、そうしよう。となると、アイツの行きそうな所か……」


 う~むむむむむむむむむむむ……。


 ―――わかっていること。

 ひとつ、イズ君は大変真面目で優秀な学生さん。自主勉だって人並み以上にこなしている。

 ひとつ、イズ君は学生寮住まい。王立学園の立地は、生徒数の大半を占める富裕層の居住区に近いわけでもなく、また学生寮そのものが下手な宿屋よりも快適な環境なので、魔法貴族の御曹司だろうと寮住まいの生徒は珍しくない。が、個室とはいえ、やや手狭な角部屋で満足しているのはイズ君くらいのものだろう。

 ひとつ、イズ君はめちゃくちゃ大人びているが、それはそれとしてまだまだ子供っぽい部分もある。具体的に言うとお菓子が大好きだ。寮のフロント兼談話室で会って世間話をした時、ミュトスの教室になぜかお茶請けが常備されているのはイズ君の仕業だと判明した。かわいい。


「やっぱり図書室でお勉強かな?」


「地頭が良いからな、無理して根詰めるタイプでもねぇ。案外、今日はもう寮に帰ってるかも知れないぜ」


「さてはお菓子の買い出しか。またフラムベル通りにGOかしら」


「あら……? 皆さま、まだお帰りになられていなかったんですの?」


「え~? いやいや。せっかくの放課後の時間をね、わざわざ教室で駄弁って浪費するってのも乙なもんで……えっ」


 いつの間にか増えていた声に生返事を放り投げ、さてお約束のリアクションを決めた私の視界に飛び込んで来たのは―――ボン!! キュッ!! ボン!!


「あっ……! え~っと……あ~っ!! あっ! そう、思い出した! え……ふ……エリステラ!! フロイライン女史!」


「じょ、女史?」


「フロイライン? 確か、基礎魔術科ロゴスの……、俺たちに何か用っすか?」


「あぁ……いえ。用事というほどのことでもないのですけれど」


 冗談はさておき、いやそのビジュアルに関しては一切冗談でも誇張でもないのだが、ここで登場したのは基礎魔術科のクラス副委員長ことエリステラ・フロイライン女史だ。

 うちのノエル様がカワイイ系の美少女ならば、エリス女史はキレイ系の美人さんであり、しかしながら決して近付きがたい雰囲気ではない柔和なお顔立ちをしていらっしゃる。笑うとこれがまた唇の形が良いんだわマジで……。

 そのすべてを焼き尽くす暴力じみた胸部装甲も含め、ロゴスの男子はこんな美人と同じクラスだと、色々と大変なのではなかろうか。


「このように言っては何ですが……、ミュトスの皆様は授業が終わると、早々に教室を立ち去ってしまう方ばかりだったように思いますの。放課後に居残って相談事など珍しかったものですから、つい」


「あはは、ウチってばちょっと独特な生徒が集まってますからねー。みんな私たちみたいに暇じゃないのかも知れませんね」


「ふふ、それはそれは……。ちなみに、何をお話ししていたのですか?」


「実はですねぇ」


 特に隠しておく意味もない。誰にも解決する義務のない、ただ聞いて欲しかっただけの後輩の愚痴だと思ってご清聴いただこう。

 そうして経緯を説明し、御前試合の出場に必要な仲間を集めていることを伝えると、意外にもエリス女史からこんな台詞が飛び出した。


「まぁ! 素晴らしい心がけですわ! これは応援しないわけには参りませんわねっ」


「ゑ? いま何て?」


「あら? お伝えしていなかったかしら。わたくし、基礎魔術科の副委員長もですが、学園全体の生徒会長も務めさせていただいておりますのよ」


「まじですの!?」


「セテラ、セテラ、口調移ってるよ」


 せ……生徒会長かァ~ッ……!

 ショックではあるが、意外ではない……! そうかなるほど、そうかそうか……!


「とは言っても、私に出来るのは、御前試合への参加を考えていそうな生徒の紹介ぐらいですわね。それもあまり多くはありませんわ」


「そうなんですか? 騎士志望の学科なんかは結構そういうの好きそうですけど」


「えぇ。王都の外から来た方には意外に思えるでしょうが、先王デモフィン陛下が推進した開拓事業と、現国王ウォズワルド陛下の公正明大なご執政もあって、近年のパルミオーネはアンファール王国史上に例のないほど穏やかな時代を迎えているのです。ですから、たとえ武家貴族の出身であったとしても、武功より教養や政治力を重視する生徒が年々増えつつありますわ」


「なるほどなぁ。平和なのは良いことっすけど、なんかちょっと寂しいっすね」


「私は魔術師の家の者ですので、あまり縁のない話ではありますけれど……市井の庶民の皆様からも、『最近の若者には気合いが足りない』というような声は聞かれますわね。勇躍の部には、各地方の騎士団や魔法研究機関の方も視察に来られるので、名を上げるにはうってつけなのですが。己の能力を試し、また誇示する場とは、何も御前試合だけではありませんから」


「あー、ナントカみたいなやつって他にも色々あるってわけですね。錬金術科の人らとかめっちゃ参加してそうだなー」


「ご明察の通りですわ。ちなみに、魔術師ギルド主催の戦闘用泥魔ゴーレム選手権大会では、並み居る強豪を押し退けて、我が校のゴーレム製作サークルが3連覇中ですのよ」


 ぎゅむ、という効果音が鳴りそうな動作で腕を組み、その豊満な胸をお張りになるエリス女史。

 自慢の生徒たちが輝かしい成績を残していることが本当に誇らしいのだろうが、カナタ君の目が明らかに泳いでるのでほどほどにしてあげて欲しい。

 エリス女史、普段からこんなノリで生きてるのかな……。ロゴスの男子、マジで大変だろうな……。


「っと、話が逸れましたわね。御前試合に向けてのメンバー集めでしたか。私はやはり、まずは同じミュトスの皆様からご参加を募るのがベターだと思いますわよ。例えば―――あのシープラニカ家のご子息とか」


「コニー……? あいつ、そういうのあんまり好きそうには見えないっていうか、ちょっと闘技大会ってイメージじゃないっすけど……」


 確かに。カナタ君の言う通りだ。

 イズ君が自然体で優れた成績を叩き出す秀才なら、コニー君は授業が終われば先生方を捕まえてたじろがせ、暇さえあれば図書室に通い、誰よりも多くの講義に赴いて知識を身に着けんと尽くす英才だ。将来的に猫背になりそうで心配なくらいに座学に打ち込んでいる姿は、とてもではないがド派手な攻撃魔法を操るような実戦派の魔法使いには見えない。


「人は見た目によらないものですわ、アマミさん。私はこの王立学園の、栄えある生徒会長ですわよ? 生徒の皆様の悩みくらいは把握していますとも」


 おぉー、と内心で感心する私。

 王立学園の生徒会長かぁ。並みの器では務まらない大役であることは想像に難くないが、エリス女史は何だか、心の底から学園と生徒たちが好きでやってるって気がするな。社会的な点数稼ぎとか貴族っぽい政治的な思惑とかじゃなくてさ。

 全校生徒の顔と名前くらい覚えてたりするんだろうか? となると、あの適性検査の日まで私とノエルの名前を知る機会が無かったというのは、エリス女史としては不本意だったのかしら。


「……とはいえ、無暗に内情を探られることを好まぬ方も少なくはないはずです。今の言葉は他の生徒にはご内密にお願いしますわね」


 唇に右の人差し指を当て、ぱちりとウインクするエリス女史。

 Oh……私が男子だったら3回は惚れてたぜ!


「さて! 何にせよ、今回のあなたたちの活動は、ミュトスに新たな風を吹き込む良い機会となるでしょう。応援していますわよ。生徒会長としても、あなたたちの友人としても、ね。それではごきげんよう」


 金糸の髪の令嬢はそう言い残し、教室に差す夕陽の向こうへ颯爽と立ち去っていく。

 ぐぬぬ……美人、カワイイ、カッコいい、全部揃ったマジモンの完璧女子だ。某仮面のヒーローの特撮ドラマシリーズで終盤に登場する最強の形態ばりの属性てんこ盛りである。

 うちのノエル様の可愛さも負けちゃあいないが、総合力では今一歩譲るかも知れない……。


「わ、ひゃ!? な、何するのセテラぁ、どうして撫でるのっ……? あっ、ほっぺはやめてぇ……!」


「コニーに悩みね……。あいつ、いっつもしかめっ面してるし、そんなもん言い始めたらいくらでも出てきそうだけどな」


「あっはは、それあるかも。まぁ話してみてどうかはともかく、エリス女史に紹介されたって聞けば無視はされないでしょ。アタックする価値はあるんじゃない?」


「カナタ君も無視しないでよぉ! はうぅ……せ、セテラ? のど、喉はっ……猫じゃないんだから、もう!」


「よっし、予定変更! コニーを探すぞ! 今日、アイツの行きそうな場所と言えば!?」


「オッケー、わかってるよ!」


 そう言って椅子から立ち上がったカナタ君の視線を追えば、恐らくは私と同じもの―――教室の後ろに張り出された紙面を見ていた。

 あるいはどこまで計算づくだったのか、ほんの偶然なのだが、エリス女史の話を聞いていて思い出したことがある。

 私たちが揃って目を向けるのは、錬金術科の棟に程近い講堂。大規模な魔術実験や魔導具の展示会に使われる、学園の施設の中でも一二を争うほどに広い催しの場だ。


「「ゴーレム研究会の成果発表!!」」




――――――――――――――――――――――――――――――




 コニー君を探すついでのつもりだったのだが意外と深入りしてしまい、講堂の出入り口に戻ってきたのは日も落ちかけた黄昏の時間帯だった。

 ノエル様はちょっとピンと来ていないようだったが、私とカナタ君が年甲斐もなくはしゃいでしまったのである。


 いやでも、あれはしょうがないでしょ!? 泥魔ゴーレムのイメージを覆すスタイリッシュな人型から、騎士団での軍用化も視野に入れた超実戦派の戦車型まで、最新鋭技術のバーゲンセールだったんだよ!?

 これだけのモノが作れるようになるまでは長い道のりがあって、予算の獲得に必死だった時期は生徒や教授の私財まで投じ、園芸サークルから食べられる野草を融通してもらうなど数々の胸熱エピソードが……!


「あ、コニー君が出てきたよ」


「よしカナタ隊員、この話はまた後日ゆっくりと。さぁ行こうぜ」


「了解だぜ大将。ドリルの件は俺から教授に話しとく」


「セテラは……人見知りのはずなのに、たまに妙に早く打ち解ける人が居るね……?」


 でぇじょうぶだ、ドリルが好きな男子に悪い奴は居ない。

 私、誤解してたんだ……名前は覚えてないけど、あのやたら肩幅が広くて目のキラキラした錬金術科の教授……。

 フッ、授業中に異常に早口になったかと思えば顔真っ赤にして倒れるヤバい先生だとばかり認知してたが、あれほど熱い志を持った漢だったとは!


「まぁそれはそれとして、ごきげんようコニー君」


「何がそれはそれとしてなんだ……。僕に何の用だ? ゲイル教授の講義を熱心に受けていた姿勢に免じて、3分だけなら話を聞くが」


 お? 意外とと言うべきか、悪くない滑り出しだ。

 実のところ、ゲイル教授が語ってくれたのはゴーレムの真面目な解説よりもゴーレム研究会の苦労話が大半だったのだが、ここはこの思わぬ小さな幸運を活かすべきだろう。

 てか勢いでごきげんようって言っちゃったよ。結果的に気後れせず声をかけることが出来たけど、やっぱり私が使ってもあんまり優雅じゃないな。


「フロイラインさんから聞いたんです、基礎魔術科の……。あの、コンスタンティン君、収穫祭の御前試合に出ようと思ってるんですよね?」


「フロイライン? ……なるほど、そういうことか。しかし、確かに出場の検討はしているが、それがどうして君たちと関係がある?」


「おう! 実はな、俺たちも御前試合に出ようと思ってるんだ!」


「……僕も、学生の身分で豪傑の部への出場を認められるとは考えていない。だが、まさか勇躍の部で君たちと組めと言っているわけではないだろうな」


「そのまさか、だぜ。コニーはアルト先生と仲良くなれそうだな」


 自信満々にそう言ってのけたカナタ君に、コニー君は露骨に眉を顰める。

 予想通りの反応でかえって笑えて来ちゃうな、いや笑っている場合ではないので声には出さないが。


「―――僕の見解では」


 コニー君の、ただでさえ冷たい印象の目が細められる。それはもう道端でお花摘み(湾曲表現)に励む野良犬を見るような視線だった。


「アマミ、君は体力こそあるが格闘技や剣術の類にはまるで疎い。ウィンバートさん、君は風の魔術に加え治癒術にも適性があるがそれだけで、他の属性は実戦での運用に堪え得るレベルではない。セテラさん、君に至っては未だ魔術適性すら不明瞭なままで、その実は魔力を保有しているだけの一般人と変わらないと言っていいだろう」


 今度は私たちが眉をしかめる番であった。

 学校の成績は良くともデリカシーという言葉は知らないらしい。そしてぶっちゃけ事実なので全く反論できない。

 くっ……だが、ここが正念場! 私たちがコニー君の助力無しに御前試合を勝ち抜くなんて絶対に不可能。何としてでも引き止めねば……!


「仮に、君たちが同年代の中でも尊敬に値するだけの実力を持っていたとしたら、僕としても申し出を断ることはないだろう。しかし現実には君たちは能力も、実績も、家格すら劣るあまりに生徒でしかなく、故に僕と肩を並べて御前試合を戦うには値しない。―――さて、僕はここまで、何か間違ったことを言っているか?」


「違わねぇな。以外は」


「何だと?」


 なん……だと……!?

 ノエルは途中からしょんぼりしてしまって、あんまり明らかなリアクションはしなかった。


「ノエルとセテラのことは、俺もまだよく知らないけどさ……。でも確かに、俺は頭が悪くて、自慢できることって言ったら多少運動が得意なくらいで、それも本職の騎士なんかには遠く及ばねぇ。色んな人のお情けで、学園に居座らせてもらってるだけのガキだってのは、俺が一番よくわかってる。落ちこぼれのミュトスらしいよな」


「自覚があるなら―――」


「けどよ。『ミュトスらしい』ってのはだろ、コニー」


 私は思わずヨタカみたいな顔になってカナタ君の方をガン見した。どう考えても地雷を踏みに行ったようにしか聞こえなかったからだ。

 魔法貴族うんぬんというより、個人の性格として気位の高そうなコニー君が、如何なる事情にせよミュトスに在籍していることを気に病んでいないはずもない。

 その証拠に、さっきまで冷たいながらにフラットだったコニー君の表情は、明らかに何かを堪えているようなものになっていた。喉元までせり上がってきた激情を、生来の知性と理性でどうにか飲み下しているといった様子だ。


「お前がどういう事情があってミュトスに居るかは聞かねぇよ。興味は無いでもないけど、今それは大事じゃないだろ。でも、『ミュトスだから』ってコケにされんのがどんだけ悔しいのかは、少しくらいわかってやれるつもりだ」


「……知った風な……口を、利くじゃないか」


「今年は遅い開催になるみてぇだが、それでも収穫祭まであと1ヶ月と少ししかない。シープラニカ家の息子なら出場申請はすぐにだって通るだろうし、それが終わったら、試合に向けて何か特別な訓練をやってたっていいはずだ。エリスさんの言う通り、出場する気はあるのに、まだチームすら結成してないっていうのが本当なら―――お前みたく頭のいい奴にしては、準備が悪いと思った」


「っ!」


「断られたんだろ? 誘おうと思ってた連中にさ」


 虚を突かれたようにコニー君が目を見開いた。……いや、それはきっと図星だったのだろう。

 なるほど。エリス女史が「悩み」という表現を使って、私たちにこそ提案を持ち掛けてきたのはこういうことか。

 王立学園生徒のミュトスへの蔑視は今に始まったことではなく、問題の根は深い。生徒会長の鶴の一声さえあれば収まるような話ではないだろう。


「それが……どうしたんだ。君たちが僕の求める水準の実力を持っていないことには変わりがない。君たちのような足手纏いを連れて出場するくらいなら、僕は1人でだって戦ってやる」


「そうだな。わかってるよ。俺たちは最初から対等じゃない……だから」


 だから―――カナタ君は、ただ頭を下げた。手を膝に付けて、深々と。


「俺たちを勝たせてくれ、コニー!! 俺らから組もうって言っといて、鍛えるのはお前任せとか、無茶苦茶なこと抜かしてんのは百も承知だけどさ……! 俺、どうしても御前試合に出なきゃいけない。アルト先生に認めてもらわなきゃいけねぇんだ!!」


 分の悪い賭けだ。正直言って私たちには、プライドと敬意の他に差し出せるものは無い。ましてや、私たちの下げる頭など、目の前に居るシープラニカ家の継嗣のそれに比べれば随分と安いだろう。

 だが確かに今、コニー君の表情は揺れている。勝ち目が絶無の賭けではない―――。

 そう、シミュゲーで信用していい成否判定ロールの確率表示は、100%と30%だけだ。


「わ、わたしからもお願い……します! カナタ君の気持ち、わたしもすっごくわかるからっ」


「そうだね。どうせやるからには勝ちたいってのは、私も同意かな。それに……、これはきっと、悪い話じゃないよ?」


「何?」


 さっきからナニナニばっか言ってんな。

 だが良い傾向だぞ、理詰め大好きのクールキャラには理屈の通じない熱血キャラを添えるものと相場が決まっている。

 そして、それを口八丁でアシストするサブキャラが居れば、状況は完成したも同然だ……!


「うちのチームのバックにはアルト先生が付いてる、この意味がわからないコニー君じゃないでしょ。さっき『いざとなったら1人でも出る』なんて言ってたけど、そんなの、コニー君に推薦を出す立場の大人たち……コニー君の家族が許すかな? それに運営委員会だって、実力の伴わない参加者を認めることはないんだ。―――でも、うちのチームのメンバーとして出場登録をするなら……」


「……仮に使、間違いなく出場を勝ち取れる。宮廷魔術師のペイラー卿の推薦とあらば、シープラニカ家の当主たる父様であっても文句は言えない」


「そういうこと! ついでに言っておくと、私たちを送り出す以上は、アルト先生にもそれなりの責任があるよね。宮廷魔術師が期待する若手って肩書きもだけど、あの人ならすごい訓練とかとっておきの秘策を用意してくれてるって思わない?」


 ―――王国最強(おそらく)の魔法使いによる指導。見るからに上昇志向の強いコニー君にとって、これほどに魅力的なメリットもそう無いだろう。

 完全にアドリブだったが、意外と上手く口が回った。前世では交渉事の才能などなかったし別に今もあるとは思っていないが、どうも一度死んだからか並大抵の出来事では動揺しなくなっているな。すごいぜ転生者! あ、メロウちゃん麾下のゴースト軍団にビビり散らかしてた件はノーカンでお願いします。


「僕が……シープラニカ家次期当主が、故も知れぬ有象無象を率いて御前試合に? ……いやしかし、お祖父様は血統のみでは真の貴種たり得ぬものと仰っていた。それに、形はどうあれペイラー卿の後ろ盾とは……」


 葛藤すること、大いに結構。やっぱり若者はこうじゃないとね。

 いや前世でも今生でも大して齢を重ねてはいないが、まぁでも前世が享年24歳+今生がいま満16歳で都合40歳なわけだから、精神的にはなかなかの年齢なのは事実であって……40!? 40歳!? 嘘だろ颯坂柚月!!


「……。……いくつか確認したいことがある。構わないな」


「おう」


「うんっ」


「ッッッわキッツ……マジで? まーじーで……? え? あ、うん」


「……ウィンバートさん、失礼だが彼女はどこか悪いのか? 幼少期に頭を強く打った経験があるとか……」


「セテラはちょっと変なところもあるけど良い子だよ。他には? 確認したいことって?」


「悪かったよ話遮って! はい次!」


 ノエル様ぁ……。あの純真だった頃のノエル様はどこに行ってしまったの……?

 そりゃあ村では歳の近い女の子が少なかったから女児組はみんな仲良しだったし、わけてもノエル様は優しくて小柄でかわいかったから、それはもう妹のように可愛がって……がって……。

 いや『ノエルは村長の娘って立場があるし、本人の性格も控えめだから、積極的に仲良くしてくれる同年代の子が居るのはありがたい』『でもあいつ何か距離感おかしいよな』って陰で言われたり言われなかったりしてたような……。


「では話を戻すが……まず、君たちが目指している結果を知りたい。御前試合に参加したという実績が欲しいだけならば、必ずしも結果を残す必要はないからな。僕に協力を要請する意味が無いはずだ。どうなんだ?」


「優勝がだ。アルト先生にはそう言われた」


「……ふむ、王国最強の魔術師らしいと言えばらしいか。彼が御前試合に向けて推薦者を擁立したという話は僕も聞いたことがない。沈黙を破って送り込んだ肝入りが緒戦敗退では、宮廷魔術師としての面目が立たないだろう。ならば……、どうだ。本気で優勝を期待されているようには感じたか」


「それはわかんないな……。でも先生からしたら、どっちにしたって嬉しいもんなんじゃねぇか?」


「どっちにしたって嬉しい?」


「アルト先生っつーか、試合を見に来る側の気持ちになってみろよ。前から期待をかけてた選手が勝つのも、全然注目してなかった選手が勝つのも面白いだろ!」


「それは、……なるほど……。そのような考え方もあるのか」


「おうよ。はは、なんか始まる前から燃えて来やがったな! 端っから手ぇ抜こうなんて思っちゃいなかったけど、こりゃあますます負けられなくなった。そうだ―――」


 黒紺の髪の青年が背筋を伸ばして、若き秀才と視線を交わす。2人の学徒が対峙する。

 力強く差し出された片方の青年の掌には、大小無数の細かい傷と胼胝たこの痕が残っており、もう片方の青年はそれだけで全てを察したようだった。


「目に物見せてやろうぜ、未来の大魔法使い。お前ならきっと出来る」


 ……やれやれ、なんて殺し文句だ。

 単にクラスメイトというだけで、未だに知り合い以下って感じではあるけれど……やっぱり、あれやこれやと理屈を重ねたところで、男の友情の前じゃあ何もかも無粋だな。


「―――――いいだろう」


 コンスタンティン・シープラニカが動く。カナタ・アマミの手を取った。

 私たちの博打は成功した。そして今度はコニー君が、私たちという駒に賭けた。

 故に、ここから先は真剣勝負だ。1秒だって気が抜けない、戦いに向けた日々が始まる。


「……フッ」


 果たして返事はごく短く、従ってコニー君はすぐに握手を解いた。

 冷徹な無表情に保たれていた顔からは険が取れ、アルト先生への自己紹介の時に見せた慇懃で計算された……いや、今はあの時より少しばかり底意地の悪い微笑を形作っている。


「競技としてはいささか不適格だが、前提から劣勢で始まった時の戦術を学んでおくべきだったな。ディンハイムもこんな気分だっだのだろうか」


「? 誰だそれ?」


「僕の執事だ。世話役と教育係を兼ねていたから、チェスのルールなども彼から学んでいた。手ほどきを受け始めた頃は、ハンディキャップを与えられているのが常で……要するに、君たちのような弱兵を使っての戦いは、僕にとっても未知数だという話さ」


 へ~、チェスってこの世界にもあるんだ。それは良いことを聞いたな。

 ボドゲはサイコロ振ってコマを動かしてわちゃわちゃする感じのが好きだったけど、ネットはおろか電子機器も電卓すら現存していないこの世界では、そういうクラシックなのにもお世話になりそう。


「とはいえ、本物の戦場では指揮官プレイヤーの力量だけで勝敗が決まったりはしない。どれだけ優秀な頭脳を持とうと、それが操る手足―――つまりは君たちの能力が今一つでは意味が無いんだ。御前試合に出場し、なおかつ優勝を狙うなら、君たち個人の実力の底上げは必須事項となる」


 モノクルを整えて学生寮の方へ……違うわ帰宅しようとしてるんじゃないぞアレ!

 どういうわけか、各サークルの部室が詰めているいわゆる部活棟の方へ向き直り、私たちに背を見せるコニー君。首の動きだけでこちらを振り返り、流れるようにこう告げる。


「一晩くれ、今後の方針を考える。明日、帰りのホームルームが終わったら寮の裏手で集合しよう。……収穫祭までもう時間が無いんだ。遅刻してくれるなよ、未来の優勝候補」


「へっ、誰が遅刻なんてしてやるかよ! 今日はありがとな、それじゃ!」


 おほほ、青春じゃ青春じゃあ。胸が熱くなるのう。

 能天気な熱血バカとクールな高慢メガネ……あまりにベタな組み合わせだがそこが良い。それが良い。やはり王道こそ至高よ。


「セテラ……なんかすっかり見守ってる感じだけど、セテラも参加するんだよ?」


「そうだったよちくしょう」


 部活みたいだと思えば、そこまで嫌がるもんじゃないけどさぁ!

 あーあー、あんまり疲れたり痛かったりしなければいいなー!

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