第7話「舞い込む難題」

「なぁ」


「はい?」


 はい?




 台詞とモノローグで2回言ってしまったが、ちょっとこれは言い訳させて欲しい。


 まず今は、私たちがこの学園に来て何週間か経ったかどうかくらいの、帰りのホームルームを終えて解散となった放課後。

 穏やかで話しやすい性格、かつ寮も同じのリリちゃんとはそこそこ仲良く(ちなみにサイジョウさんとは、リリちゃんと条件は一緒なのにまだほとんど喋ったことがない)なり、男子陣もコンスタンティン君とダイナさんを除けば割と良識的で社交的な子ばかり。なので、何だかんだで打ち解け始めている。はず。


「……何? 用事が無いならもう行くけど」


「ジロジロ見てんじゃねぇ。女の癖に、ナメてんのか」


「己の魔術適性も理解していない人間から学ぶことはない。つまり、君と話すことなどないというわけだ。この理由では不満か?」


「ふひゃあっ!? あの、え? ちょ、は、ま、ぁ、ぁ、ぁ……! ごごごごごめんなさいぃっ!!」


 が、残念ながらそうでないクラスメイトも居る訳で……。

 前述のちょークール美人サイジョウさんや、話しかけるなオーラ全開の強面ダイナさん、ダイナさんとはまた種類が違うが話しかけにくい雰囲気のコンスタンティン君、明らかにゆっくり時間かけて攻略しないと駄目そうな魔女っ子メロウちゃんがそれに該当する。


 さて、ここで意外なことに、なんとあのカナタ君もその一人なのである。

 イズ君によれば『カナタ先輩の様子は夏休み以前とそう変わってない』そうで、実際、彼自身はちょっと抜けてるが裏表のない好青年として元気にやっている。

 やっているのだが……どうも、私とノエルを避けているような気がしていたのだ。ついでに言えば、アルト先生のことも。




 そんなわけで私たちとしては、やや深刻な表情をしたカナタ君に話しかけられる心当たりなど一切なく。

 少し考えて、先生方から伝言でも預かって来たのかしらん、と適当に身構える。でも、それにしたって伝言に来ただけのカナタ君が暗い顔をする理由がわからないな。


「あー……えっと、その……さ」


 彼にしては珍しく歯切れが悪い。なにか不穏な話だろうか? 今のところ、校則に違反するような真似をした記憶は無いのだが。


「ちょっと聞きたいんだけど……二人は、知り合いなんだよな? アルト先生の」


 おっと。一人で考え込んでいる場合ではなかった。

 これまで距離を置いていたクラスメイトが、勇気を出して話しかけてくれたのだ。私だってそういった想いを、コミュ障を言い訳に無下にするほど人でなしではない。


「一応ね。私たちの出身地の話ってしたっけ?」


「俺は聞いてないかも知れないな。挨拶は俺が来るより先に済ませてたんだろ」


「そういやそうか。じゃあ……、ま、と言ってもあんまり面白い話じゃないと思うけど……ノエル、いい?」


「うん。実は―――――」


 かくかくしかじかまるまるうまうま。

 と、改めて整理してみて思うのは、辺境の地から流れてきた難民の娘が――誓ってノエルを悪く言うわけではないが――よく王立学園なんぞに通えるようになったよなぁってことだ。

 アルト先生は『れーてきかんのーりょく』がどうの、『ようせいのまりょくのうつわ』との何とやら、などとわけのわからない単語を並べ立てていたが、要はノエルはマジでスゴイ素養の持ち主だったということだろう。ただ可愛いだけではないのだ。

 ん? 私? あー、うん。そこは触れない方向で行きましょう、とりあえず。


「なんつーか……、スゲェんだな。お前らも、あの人も……」


「いくらランベの村長の家柄といっても、中央政府から見れば、単なる未開拓地域の平民の代表だからねー。私はまぁ、無理言ってついてきただけのオマケというか、ノエルを王都で一人にしないための配慮みたいな?」


「今更だけど、何だか変な感じだね。ただのお友達だったのに……付き人さんが出来たみたいで、ちょっと嬉しいかも」


「おっノエル様、セテラちゃんのことをナチュラルに従者扱いとは。これは王の器ですわ……。勝ったな、メイド服探してくる」


「そ、そんな大げさな……!?」


「へぇ」


 さて、私たちの身の上話についてはそろそろいいだろう。恐らくだが、本題はそこではない。


「で、アルト先生とはその時からの縁。私は個人的に共通の話題があったから、他の人よりかは話せてると思うけど……詳しい素性とかは何にも。最初はむしろ、王都じゃ有名人だって聞いて驚いたくらい」


「わたしたち、ずっと町から離れた場所で暮らしてたから……。宮廷魔術師と言われても、どれだけすごいのか知らなかったんだよ」


「そっかぁ……」


 そうなのである。

 むしろアレコレ聞けるならば私たちの方が聞いてみたいものだ。

 ……つーか! あの時は他の話してて忘れてたけど、前世とか転生者周りのこととか、結局何にも教えてもらえてないじゃん!

 まぁ、そのへんはどうも『政府筋の人間として迂闊に喋れない機密』に該当するみたいだから、今は保留にせざるを得ないか。無理に聞き出すのもちょっと怖いしね。


「いい考えだと思ったんだけどな……」


「てか、カナタ君こそ急にどうしたの? アルト先生とは、あー……例の一件からは、苦手にしてるもんだとばかり」


「ん? いや、あの時はついカッとなっちまったけどさ。俺が悪いのはわかってるよ。さすがにそこまで馬鹿じゃない」


 より一層ばつが悪そうに、どこか照れくさそうに苦笑するカナタ君。


「何にせよ、それについちゃ俺はもう気にしてねぇんだ。俺が気になってんのは、アルト先生の実力のことだよ。お前らも見ただろ? 四大属性をいっぺんに使いこなしてさ!」


「そりゃあ天下の宮廷魔術師様だからねぇ。というか、この学園の卒業生ならあれくらいは誰でも出来るって聞いたよ? 必修科目でしょアレって」


 ちなみに今は黙っているが私も出来る。正確には、出来る目があると言われた。

 蝋燭ろうそくくらいの小さい火をおこしたり、ピンポン玉大の水の球を作るくらいまでは行った。現在絶賛練習中である。

 初めて呪文を唱え、魔法が発動した時はなかなか感動したものだが、適性検査で魔石を爆発させた身にとっては拍子抜け感が否めず、やや残念に思ったのを覚えている。


「それでもだよ! むしろ卒業生にだって、あんな風に次々術式を切り替えるような使い手はそう居ないんだぜ」


「なるほど」


「あ、それはわかるかも。アルトさん……先生はどんなにたくさん魔法を使っても、がほとんど乱れないんだよね。適性だけで説明がつくことじゃないから、どんな術式も一瞬で構築して発動できるように、たくさん練習したんだと思う」


 ふむふむ、そういうもんか。

 確かに、少し考えてみれば道理というような気もしてくる。前世の学校でも、国語と数学と理科と社会とその他諸々をまとめて勉強していたが、最終的に及第点には達しても全部が満遍なく得意になったわけではなかった。頭の出来は……中の上だったので。中の上だったので!

 そして、先天的な体質がそのまま適性に直結する――これもやはり修練次第であるそうだが――魔法という技能なら猶更だろう。

 ノエル様も私と一緒に頑張ってはいるが、どうも風と癒しの術以外は苦手らしい。


「カナタ君、言っちゃ悪いけど補習常連って感じだもんねー。それでアルト先生に魔法の上達のコツを聞こうってわけだ」


「失礼な奴だな! 補習なんてまだ10回くらいしか受けたことねぇよ!」


 駄目だこりゃ。学園モノといえばお馬鹿キャラは定番だが、こうして実物を目の当たりにすると好感度とかより心配の方が勝る。

 ……というか、いま思い出した。だいたいカナタ君、卒業後は近衛騎士団志望って話じゃないか。王立学園には騎士を養成するための学部だってある。なら、


「腕を上げたいのはわかったけど、魔法ばかり勉強してていいの? そもそもどうしてカナタ君はミュトスに? 近衛が志望だって言ってたじゃん」


 何の気なしにそう問うて―――。


「それは」


 いつも陽気なカナタ君が、その時ばかりは明らかに暗い顔を見せた。

 陰キャだてらに、いや、何だかんだ他人の顔色を窺うことは得意な私の、なけなしの社交性が不穏な気配を捉える。


「―――俺さ。認めさせたい人が居るんだ。……自分のこと」


 だが、腹の底から溢れかけた何かを飲み下して、カナタ君は静かに呟いた。

 複雑な表情だ。けれど、私が一瞬予想したような負の感情だけが目立っているわけではなかった。

 ふっ……良い目をしている。本気の目だ……(適当)。


「この学園に入れたのだって、お目こぼしみたいなもんだ。だから、ただ卒業するだけじゃきっと駄目なんだ……。もっと、強くならなきゃいけない」


 ……カナタ君の学園への到着が遅れた理由は、実家にまつわる厄介事だという話だった。

 きっとそこに何かがある。ただ卒業するだけじゃいけない、この魔法学部でしか達せられない目標が。


「カナタ君……」


 嗚呼。

 まったく。


「今日は話、聞いてくれてありがとな。もう行くわ、それじゃ」


 今になって一丁前にイベント発生とか―――上等だ。

 そう、乙女ゲー的展開がどうのこうのって、そういうのじゃあない。目の前で級友が困ってるんだ。助けなくっちゃ寝覚めが悪いじゃないか。

 私がやるんだ、私の意志で! それが、


「仕方ない、そこまで言うなr」


「ううんっ!! 待ってよ!」


「ノエル様!?」


 ノエル様!?

 ……あっ、天丼やってる場合じゃねぇ! どうしたのノエル様、まさかこのタイミングで大声出すとはこのセテラの目をもってしても……!


「大丈夫。アルト先生、学園の中には居なくたって、まだ遠くには行ってないはずだよ。たぶん、フラムベル通りでお惣菜やお菓子を見てると思う。週末はいつもそうなんだ」


「いや意外とかわいいとこあるなあの人……、つかノエルも何でそんなこと知ってんの!?」


「本当か!? フラムベル通り……走って探せば間に合う……!」


「うん!」


 つ、付け入る隙が無い……!


「あぁ……でも、何て話しかければいいんだ? 俺はアルト先生の授業は取ってないから、勉強の話をするのは」


「探しながら考えればいいよ! 行こう、カナタ君! セテラ!」


 言い終わるが早いか、ノエルは私とカナタ君の手を取って正門へと走り出した。

 ノエルってこんなタイプだったっけ? 私の中の"ほわほわ系美少女"像がどんどん崩れていく……。


「おわっ……! お、おう! わかった!!」


「うおおっマジかよ! あっちょい待ってオ〇ナイン落とした」


 もちろんオロナ〇ンそのものではない。なんか似たような色と匂いと薬効の塗り薬である。

 ちなみにこれはリリちゃんにもらった、聞くところによると肌荒れとかに良いらしい。女子力の化身かな?

 何にせよ、せっかくの万能薬を擦り傷に塗る羽目になっても面白くない。軟膏の瓶を拾って戻る内にも遠ざかっていくノエルとカナタ君を追いかけながら、私はスカートの裾を括って走り出した。


「……ははは」


 ―――友達と連れ立って学校を駆けた経験が、絶無とまでは言わないが。

 むしろだからこそ、今こうしているこの瞬間が、すごく新鮮で尊いものだと素直に思えた。


「盛り上がってきたじゃん。こういうのでいいんだよ」


 なに、青春は短いんだ。2度目だからって遠慮なんかしてやらない。

 酸いも甘いも好きも嫌いも、全部私たちのものだ!




――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――フラムベル通り・喫茶『ラビメクトの風』にて。


 ここラビメクトの風は、王都でも著名なカフェのひとつ。

『ラビメクト』とはアンファールの御伽噺に登場する"ウサギの国"の名前であり、また実在の地名でも――大いなる災厄の時代の顛末を描いたアルヴディアスとユスフェルの神話がそうであるように、この世界では伝説と史実が文字通り地続きであるため、こういったであるという土地は多い――ある。

 伝承に曰く、ラビメクトは年中色とりどりの草花が咲き誇る平和な国だ。そこに吹く穏やかな風の如く、都会の喧騒の中にあっても落ち着いた癒しの時間を提供できるように……という願いと誓いが込められた店名だそう。


「うまっ……何これうまっ」


 ちなみに上の台詞はカナタ君ではなく私が発したものである。

 テーブルマナーも何も無く我ながら意地汚いなと思うが、それも何もかもこのショートケーキがうますぎるのが悪い。

 お菓子が発展してる国はねぇ、良い国なんですよ。砂糖を豊富に使えるってことだからね……。アンファール王国万歳!


「……あのさ、ノエル。お前の友達って……言っちゃあ悪いが、何か……」


「う……うん。そうなんだよね……。実は、昔からこうなの。小さい頃からすごくしっかりしてて、同い年なのにお姉さんみたいだなって思ってたんだけど……たまに、ね。いつも気を張ってるから、息抜きみたいなもの、なのかな……?」


「いやぁ他人のお金で食べる甘いモンって何でこんなに美味しいんすかね!? 私ねぇ実は生クリームなんてこっち来てから初めてで!!」


「わかった、わかったからせめて静かに食ってくれ。ただでさえ無理言って居座らせてもらってんだから」


 ラビメクトの風は大体L.O.17時30分からの18時頃閉店である。

 大体、というのはこの世界ではまだ時計が普及しておらず、1時間に1回鳴る王宮や教会の鐘が人々の生活の基準だからである。

 この鐘が鳴る時間も割とまちまちで、行政の中枢である王宮の鐘が最も正確らしいのだが、そもそも標準時がちゃんと設定されてるかも怪しいのでその辺りはみんな適当である。よって、大体。


「……で、何の話だっけ?」


「やだなーアルト先生ぇー、まだ何も喋ってないですよぉ?」


「いや手前ェのせいじゃねェか!! ノエルとカナタが何も言わねェから放っておいたら一人で延々と喋りやがってよォ!!」


「はぁ!? ちょっとやめてよね大の大人が!! そうそうアルト先生がいつもそんな口調なもんだからノエル様が……この間なんかね!」


「ちょ……! お、落ち着いてアルト先生、セテラもっ!」


「……俺、いつになったら喋っていいの……?」


 おっと、肝心要のカナタ君にしゅんとされちゃあ堪らない。戯れはここまでにしておこう。

 まぁ私は結局その後も、転生してから初めて食べる本格スイーツに舌鼓を打っての感想をツイートし続けていたのだが、さすがに声量は落とした。

 半分ほど消費した土台のスポンジを崩さぬよう、いちごを慎重につつきながら、カナタ君たちの会話に耳を傾ける。


「あ、アルト先生。ちょっと相談なんですけど」


「俺にか? 勘弁してくれよ。担任なんぞ名乗っちゃいるが、俺ァそもそも本職の教師じゃないからな。講義の内容だって、教科書読んでりゃわかる話を面白可笑しく脚色して喋ってるだけだ。学業や進路の相談ならオットー教授にした方が賢明だぜ」


「社内ニート? いや学内ニートか」


「ブッ飛ばすぞピンク髪。……とにかくだ。初日の挨拶じゃ調子の良いことを言ったが、正直なところ俺がお前らに特別してやれることなんて無ェんだよ。少なくとも教師としてはな。魔術師としてなら話は別だが……」


「それです。俺がアルト先生に求めてるのは」


 いつも不機嫌そうな、あるいは眠たそうなアルト先生の切れ長の目が、少しだけ丸くなったように見えた。

 表情は笑うでも睨むでもない自然体。ノエルと話している時なんかはニコニコしているイメージがあったけれど、恐らくそれは親しい人に対してのみ見せる顔なのだろう。

 出会って間もなく、ごく些細――起きた出来事そのものはいささか派手だったが――ながらも因縁のあるカナタ君に向けられるものではない。


「どォいう意味だ? まさか、個人的に俺の弟子になりたい、だのと抜かすんじゃねェだろォな。念押ししておくが、俺は元々、他人にものを教えられるほど器用な人間じゃねェ。弟子なんざ取っても仕方ない」


「そ、そのまさかっすよ! 俺、アルト先生みたいな凄ぇ魔法使いって他に知らなくて……あ、ギースロー教授もその筋じゃ有名人だけど、ちょっと近づきにくいし……。つか、うちに居る教師の人らって、なんか誰も彼も癖ある感じで……」


 わかる。すごいわかる。

 なんたって魔法使いじゃない一般教養担当の先生ですらヤバい。やたら美文調で喋る先生が来たから国語の授業かなー? と思ってたら、実は生物の授業だった時はさすがに変な声が出た。

 言わずもがな公務員魔術師のお歴々は、である。錬金術科の研究棟にはたとえ授業があっても極力行きたくない。


「とにかく、今の俺が本気で強くなろうって思ったら、頼るべきはアルト先生だって思うんです! "筆頭宮廷魔術師"、"角狩り"、"黒銀の大魔法使い"―――そんな凄ぇ人がこんなに身近に居てくれることなんて、これからの人生で絶対ない。俺、このチャンスを逃したくない……逃すわけにはいかないんです!」


「はァ……」


 聞いているような聞いていないような、どうにも気の無い返事をするアルト先生。

 うーん……カナタ君の気持ちはもちろんわかるし、私も出来る限り協力するつもりでいたが、これに限っては望み薄かもね。


 アルト先生は宮廷魔術師だ。魔法使いとしてもちろん最精鋭であり、ついでに今は王立学園の特別講師も務めている。

 民からの望みを叶えるにしたって、ノエルがランベ村を救うことを依頼するのとは訳が違う。

 アルト先生は確かに超人かも知れないが、それでも国家に属する個人なのだ。手の届かないことだって当然ある。


「そうだな……。結論は変わらねェが、このまま突き放すのも忍びない。よし、近衛に騎士を輩出した経験のある道場と、魔術師ギルドの研究室にならいくつか伝手がある。俺の名前で紹介状くらいは書いて……、や……」


「……ん?」


 あれ、どったのアルト先生。鳩がラリアット喰らったみたいな顔しちゃって。

 先生は腕を組み、口元に手を当てて考え込み始めた。たまに白銀の髪の毛先をくるくるといじっている。

 懐から古びた革のカバーがついた分厚い手帳を取り出し、恐らくは何らかの魔法で宙に浮かせ、指差す仕草だけで直接触れずにページをめくる。時々『あー』だの『これがこうでー』だのと呟き……。

 やがて目当ての書き込みを見つけたのか、『ふむ』と一息ついて手帳をしまった。今日初めての微笑になって、我らが担任教諭は言う。


「いいぜ、教えてやっても。ただし条件がある」


「は……!? ほ、本当ですかっ!?」


「落ち着け。条件があるっつったろ」


「条件?」


 私がそう聞き返すと、アルト先生はしばし周囲を見回した。

 ここはカフェ・ラビメクトの風の建物内で一番外側にある、いわゆるバルコニー席だ。フラムベル通りのほぼ中腹にあるこの店からは、王都パルミオーネでは3番目の規模を持つストリートの全体が見渡せる。

 地元民と学園の生徒が入り混じる夕刻はフラムベル通りが最も活気づく時間帯だが、日が落ちる寸前ともなればその賑わいも徐々に収まってくる。


 アルト先生は斜向かいにある出版社兼印刷所のところで目を留めた。さらにその隣には直営の書店があり、そこの店員は新聞らしき薄い紙束を流し見ている。

 貴重なパルプ紙をぜいたくにならない範囲でふんだんに使用したそれは、アンファールでは最新鋭の情報メディアである。


「ほいっと」


 そしてそいつを当たり前のようにパクる宮廷魔術師。もちろん正々堂々と目の前から分捕ったわけではなく、カナタ君を手玉に取った例の紀属性魔術で。

 奇襲に慌てふためく書店の店員を尻目に、パラパラと中身を検めたアルト先生が指し示したのは、3ページ目の半ばにそこそこ大きく載せられた記事だった。


「……イヴド・マルサの収穫祭?」


「そう。例年なら10月の終わり頃に開催されるんだが、今年は王宮側の事情で11月の頭頃にまでずれ込むって話だな」


「収穫祭……遅くなるんだ。でも、このことと俺たちに何の関係が?」


 ぱちん、とアルト先生が指を鳴らすと、新聞は独りでに飛翔して元の持ち主のところへと帰って行った。具体的にはその顔面に、紙とはいえどどこそこの速度で叩きつけられた。

 荷物を片付けた先生は足を組み、膝の上で両手を合わせて続ける。


「文武両道に生きた農民の守護者・イヴド将軍にあやかり、飲んで食ってするのがアンファール流の収穫祭だ。『御前試合』についても知っているな?」


「え、えぇ。もちろん……。って、まさか」


「クク。察しの良い子供は好きだぜ、まずは及第点をくれてやる」


 アルトせんせいは わるい かおを している !


「この俺に教えを乞いたいと言うならば、それ相応の実力を示すがいい。―――最低でも優勝だ」


 ……軽い気持ちで、相談に乗るよとは言ったが。

 こいつはもしかしてもしかすると、一番難易度の高いイベントを引き当ててしまったかもしれない。


「お前たち、イヴド祭の御前試合に出ろ」

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