第6話「推し量る魔道」
―――古き律の時代の末、地上に息づく力ある神は、残すところ2柱のみとなっていた。
この片方が、光の王『アルヴディアス』。
もう片方が、闇の王『ユスフェル』である。
アルヴディアスとユスフェルは、互いに始神の後継、世界を統べる者の座を巡って幾度となく争った。
彼らは生まれの近い兄弟であったが、そのありようは正反対であった。
アルヴディアスは美しく偉大で、秩序と繁栄を司り、多くの富を地上にもたらす運命にあった。
ユスフェルはおぞましく醜い姿で生まれ、その心には怒りと憎しみしかなく、この世すべてを穢し、侵そうとする堕落の象徴だった。
アルヴディアスは栄光の王であり、ユスフェルはずっと彼に敗れていた。
アルヴディアスはその慈悲深い御心のため、ユスフェルを常に許し、彼の悪行の害から人々を救うことはあっても、直接打ち倒そうとすることはなかった。
それが、アルヴディアスの命取りとなった。
ユスフェルはある時、星の神、ウンハザスに話を持ちかけた。
ユスフェルはウンハザスを言葉巧みに誘惑し、騙し、夜空の星をウンハザスから手に入れた。
この星がある場所は、あまりに高くて遠く、アルヴディアスにも手の届かないものであったため、ユスフェルはこれを、誰にも邪魔されず自分の力として蓄えた。
ユスフェルは様々な災いを生み出し、無数の鉄槍の穂先に、星の光を使って火をつけ、下界に向けて投げうった。
この戦いによってアルヴディアスは斃れ、世界には大いなる災いが溢れ返った。
ユスフェルが引き起こした戦いの、恐ろしい有り様を見たウンハザスは、心を改め、アルヴディアスに代わって地上の人々を導こうと考えた。
ウンハザスは、アルヴディアスの骸から、その偉大なる光の力を取り出し、人々に力を分け与えた。これが今、我々が用いている聖なる奇跡の基となった力である。
アルヴディアスを倒した時、既にほとんど力を使い果たしていたユスフェルに、ウンハザスの祝福を得た人々を退けることは出来なかった。
彼らはユスフェルを討ち果たし、大いなる災厄の時代は終わりを告げた。
神は廃され、災いは払われ、世界には人と魔だけが残された。
そして原初の時代、世界には神も人も魔も存在せず、すべてはひとつであった。
故に、我々は公正と厳粛をもって世を統べねばならない。
それが、神の子であり、大いなる意志の使徒たる我ら人の使命である。
内なる神に祈り、信じ、魂の位を引き上げよ。さすれば我らの魂はさらなる光を得、真の神に至るであろう。
―――――アンファール正教会所蔵『ジア・ウルテ記』終章、現代語訳
――――――――――――――――――――――――――――――
「…………あー……えっとー……その……?」
私、セテラ! どこにでもいる普通の異世界転生者! 年齢は16歳(2ヶ月後に17)だけど、魔法使いとしては小学1年生!
今日は座学の教室を飛び出して、錬金術の授業とかに使う屋内実験室に来ているよ。
「ごくり……」
その目的は、魔法の適性検査! 私とノエルに向いている魔法の属性を調べてくれるんだって。
ついに魔法を実践しよう、という段階に来たってことだろうね。いやぁ、楽しみだなぁ!
「………………。……ふむ」
テスト兼基礎属性魔術の授業を担当してくれるのは、基礎魔術科のハイドン・ギースロー教授。
漆黒のローブにトップハット、白いスカーフのワンポイントがニクいファッションのお爺様だ。
火・水・風・土の四大属性に加え、さらに光と闇の『双極』属性にも通じた
戦いで功績を挙げた人ではないので単純比較はできないが、実力はあのアルト先生にも比肩すると言われている。若い頃から数多くの魔術理論の確立や新型術式の開発に携わり、現在は王立学園で学園長の次に偉い教頭も務めているマジでスゴイ人だ。
「先生……、これは」
刈り上げられた男らしい短髪が爽やかなこちらの長身男子は、
助手として特別に同席しているエドワード先輩が、ギースロー教授と同じく深刻な表情になって言った。
さて、この魔力適性検査は、
ここで使用される魔石は専用の特別製で、普段はやや透き通った黒いガラスの塊みたいな感じなのだが、こいつはよそからの魔力を受けると色や形を変える。
その変化を観察すれば、被験者の得意な魔術属性が判明するというわけだ。
先に検査を受けたノエルの場合は、魔石がほのかな薄緑色に光り、雲のような霧のような白い"もやもや"が少しだけ出現した。
そんなノエルは、やや特殊な反応ながら、少なくとも風属性に適性があることは間違いないらしい。
で、まぁ―――さっそく私もやってみるか、となって魔石に手をかざし、指示された通りなんとなーく意識を集中させてみたところ、
「ど…………、どうなんすかねー、これって……」
私の掌の下できぃん、きぃん、と不規則に明滅する魔石。
つい先程よりも幾分かこじんまりとしたそれはまるで心臓の鼓動にも似て、黒い膜の下で紅い溶岩が蠢いているような姿に変貌していた。
「エドワード。今の魔力の流れをどう見る? 若いお前の感覚なら掴めたものもあるだろう。率直な感想を聞きたい」
「は。……そうですね。魔石の色の通り……この赤色、一見すれば火。土の魔力もわずかに感じられます。しかし」
エドワード先輩が、爆発して方々に散らばった魔石の欠片を手に取る。
「それだけでは、なさそうです」
焼けた石炭じみた、赤黒い石片。
その断面も概ね炭と炎の色をしているわけだが、そうではない部分も散見される。緑だったり、青だったり、はたまた真珠のような肌色だったり―――。
「先刻の現象は、相性の悪い属性や術式が干渉し合った末に起こる、純粋魔力の暴発に近かった。そうだな?」
「えぇ。先生も同じ見解ですか?」
「信じられんが、儂が
なになになになに、え? これってやっぱり、そういうイベント? イベントなの?
いやー私ってばついにツキが回って来ちゃったかなぁー!! まぁそりゃそうだよなー! 天下御免の異世界転生者様だもんなー!!
「ノエルさんは素養持ちだと聞いていましたが、まさかセテラさんまで……」
「うむ……恐ろしいことになったな……。この話、慎重に扱わねば魔法界の歴史が引っ繰り返るぞ」
「そんなに????????」
「あ、あのっ! な……何が、わかったんですか? セテラはどこかおかしいんですか!?」
「ノエルそれ何かちょっと棘のある言い方じゃない!?」
「彼女の血統に特別な点は?」
「資料が少ないので何とも……。土地柄を考慮に入れれば、ノエルさんと同じエメリチア系旧貴族の末裔である可能性も、ゼロではないでしょう。ただ、……その、『隠し村』の環境が環境ですから。何か未知の要素が関わっているのかも知れません」
「かの"軍神"も、北方禁足地まではついぞ遠征することは無かった。デモフィン陛下の係累というわけでもなかろう。本物の突然変異か、それとも―――」
「ねぇそんなことより何かめっちゃ人集まってないですか?」
いや、私たち以外の生徒はもちろん通常の授業中なわけで、隣の教室からも話し声が漏れていたので、さっきの爆発の音を聞きつけた輩が居ても不思議ではないのだが。
で、でも今回はあんまり見ないで欲しい……! せっかく魔道の才能があると知れたのだ、何かしらちやほやされたいのは確かなんだけど、だからって無駄に目立つのは嫌なんだ……っ!
「さっきの音なんだったの?」
「魔石じゃん、ほら適性検査の。でもこの時期に……転校生なんかいたっけ?」
「ミュトスに編入生が来たと聞いたぞ。平民の特待生だから、先生方のご配慮で必要以上に喧伝されることはなかったそうだ」
「特待生かよ……。あぁいや、ミュトスなら優秀とは限らないんだっけか?」
「えぇ、この学園の唯一の汚点ね。全く、物珍しいからと囲い込むのなら、魔獣でも飼えば済む話でしょうに……」
「でもほら、なんか見たことない反応出てるよ。魔石散らばってるし」
やんややんや、やんややんや。
平民混じり――尤もその"平民"とて、実際には大手の商会や工房などの後継者ばかりで、真の意味で在野の才人と呼べる学生はごく少ないのだと知ったのは最近のこと――とはいえ、学園の生徒は上流階級の人間ばかりのはずだが、意外とみんなお喋りなのな。そこはお偉いさんといえどまだまだ子供か。
「―――皆さん!! まだ授業中でしてよ、早く教室にお戻りなさい!」
と、ここで一際大きく甲高い声。
ほとんど最後尾から現れたその女生徒は、ぱんぱんと手を叩きながら各人を注意して回る。
注意を受けた生徒たちも、貴族あるいは学徒らしく分別は弁えていて、素直に元居た教室へと帰っていく。
どこのクラスかは知らないが、あの女生徒はイズくんみたいなクラス委員長だろうか?
「あぁ……! ギースロー先生、エドワード。申し訳ございません、授業のお邪魔をしてしまって」
そのまま流れるような動きで屋内実験室に入ってきて、わざわざ謝罪の言葉を述べてくれたのは、デッッッッッッッッッッッッカ!!!!!!!!!!!!!!!!
「んむぐっ」
「? セテラ?」
目鼻立ち麗しく、如何にも良家のご令嬢といった風情の、え? は!? でか……。あ、房の先端がくるくるとカールした、腰まで届くオレンジ混じりの金髪が眩しい……、でっか……。瞳は赤紫で、私を含む大抵の女生徒より背が高い。ミュトスのクラスメイトと比べるなら、男子としては平均的な体格のリシャール君よりも高いかも知れない。あとでっかい。
その手足は野生の鹿の如く引き締まっているが、一方で要所要所は女性らしい丸みを帯びており、でかい……大きい……、ちょっとどんな手段であんな身体を作って維持しているのか想像がつかないくらい。
服装は王立学園指定の標準的な、ブレザーとスカートで構成される女生徒用制服――昔は服飾に関して規定は無かったのだが、いつからか貴族たちがこぞって絢爛さを競うようになり、ついには鎧兜姿で登校してくるアホが現れたので揃いの制服が作られたという逸話がある――だが、彼女が着ているというだけで大いに魅力を増しているように見える。でも胸の辺りがキツそう。すごくキツそう。
余談だけどこの制服は当然私たちにも支給されており、王立学園の顔とすべく有名な服飾職人の方にデザインをお願いしたらしく、学生服にしては異様にお洒落なので気に入っている。
「で……でっか……。ありがたや、ありがたや……」
「……? あ、あの、何か?」
思わず両手を合わせて拝んでしまった。
しかし、単にでかいだけではこんなに感動することも無い。
あれほどのナイスバルク……常人であれば持て余してしまうだろう。それを、すらりとした長身の美人が装備することにより、デッサンの狂いを完全に克服している。まさしく鬼に金棒、カレーに福神漬け、天然パーマにバズーカ。
この世界の外見偏差値の高さには慣れたつもりだったが、最上位があのレベルだと言うのならば、平均値が高くなってしまうのも頷ける。
「あ、セテラはたまにこんな感じになるんですけど、いつものことなので気にしないでください。普段は良い子なんです」
「はぁ……」
ノエル様ちょっと目を離した隙にどんどん口が悪くなる……!
もしかしてアルト先生の影響? ほら、宮廷魔術師の地位にかこつけてか、たまにすっげぇ乱暴な物言いするし。
くそ、あんにゃろめ!! 私のノエル様に教育的悪影響を……! 次の学級会で吊るしてやらぁ!
「おっと、申し遅れました。お初にお目にかかります。
「いやぁそんなそんな、とんでもない! 何もこんなことで貴族様があっしらみたいな平民に頭ァ下げることねぇでさぁ、ちっと良いもんも拝ませてもらいやしたしねぇエッヘッヘ」
「また"ばぐ"ってる……あぁいや、でも本当に、謝ることなんてないですよっ。あんなに大きい音がしたら誰だって気になるでしょう、お顔を上げてください」
「そのように言っていただけると幸いですわ。えぇと……魔力適性検査の最中ということは、あなた方は……」
「あぁエリス、こちらはこの秋から応用魔術科に編入してきたノエル・ウィンバートさんと、同郷のセテラさんだ。助かったよ、あまり騒がれると面白くない状況だった」
「応用魔術科……。いえ、そこについてはいいでしょう。しかし、騒がれると面白くないとはどういうことですの?」
露骨に目を丸くするエドワード先輩と、その様子を見て『あーあ』というような顔をするギースロー教授。
この2人には如何にも堅物みたいな印象を受けていたのだが、こんな表情も見せるんだな。ちょっと面白い。
「じ、実を言えば、こちらのノエルさんは、先祖返りの素養持ちでな。ミュトスと言えば想像がついたかも知れんが、稀少な才能の持ち主だ。あまり奇異の目に晒すわけにもいかんだろう?」
「あらあら。……それは、まぁ」
どう考えても納得していない目をしていらっしゃるー。
え、ということはこれ、もしや例のアレでは? この人に限って悪役令嬢なんて雰囲気ではないが、ちょっと何かしら目をつけられたとかそういう……。
「……少々お喋りが過ぎましたわね。あのような物言いをしておいて、私がいつまでも戻らなくては示しがつきませんわ」
―――――ぞくり。
「では先生、失礼いたします。ノエルさん、セテラさん、改めて申し訳ございませんでした。よろしければまた今度、何かお詫びをさせてくださいな。ごきげんよう」
おおう『ごきげんよう』とか初めてリアルで聞いたぞ。……違う違う、えーと、あー、何だったんだろう……今の感覚?
エリスさんは、私たちを正面から一瞥しただけ。けれどなんというか、今の目線は―――。
「……。……エドワード」
「すみません先生。以後気を付けます」
「よろしい。ノエル・ウィンバート、ランベ村のセテラ」
「は……はい……」
「アッハイ」
まさかのフルネーム、まさかの地名。なるほどそういう距離感で来るか。
そういや苗字って偉大な文化だよなぁ、村では『
ちなみに、セテラという名前自体が私の他には居なかったから、ぶっちゃけ別に困ってなかったのは内緒だ。
「己が運命たる魔術属性を知ったことで、貴様らの歩むべき魔道は示された。我が学園の定める指導要綱により、四大属性の基礎魔術については修得の努力を続けてもらうが、今後は自らの適性に沿った授業を選択して受講するがよい。此度の適性検査の結果はマクレディにも伝えておく。よく話し合えと言いたいところだが、あやつのことだ。貴様らが忘れていてもいずれ飛びついて来るだろう」
「……え、それ私はどうなるんですか?」
「詳しい検査結果については後日、ということになるな。それまでは……」
「ならば、それこそマクレディの講義でも受けておけ。初歩から学ぶのであれば、儂よりもあやつの授業の方が向いている」
オットー先生のかぁ。
あれ? そういえば……。
「じゃあ、アルト先生の授業とかってどうなんです?」
今度はさっきの逆だった。ギースロー教授が目を見開き、エドワード先輩が『あちゃー』みたいな顔をしている。
尤もギースロー教授が驚いていたのは一瞬で、すぐにいつも通りの……あるいはいつもより2割増しに不機嫌そうなしかめっ面になり、
「……査問会の人間なぞ、如何に腕が良かろうと信用するものではない。それに、彼が通じている分野はあまり初心者向けとは言い難い。いずれは応用に手を出したくなる時も来るだろうが、今は土台作りに
仮初めとはいえ、同僚のことを信用するものではないとか言っちゃったよ。
査問会……初めて聞く単語だが、ギースロー教授、何か因縁があるのかしらん?
王立学園はOBの就職先も多岐に渡り、いずれの職場とも関係良好だって聞いたんだけどな。
まぁ、どんな勢力も一枚岩ではないということだろう。そういうこともあるさ、と適当に流しておく。
「それもそっすね。オッケーでーす」
「……会った時から思っていたが、セテラ、君のその口調は何だ? 訛りもそうだが、もしやランベ村では大災厄以前の古代語が現存しているのか?」
え、私これ古代語喋ってるん?
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