第17話 エピローグ ぷるんぷるんウェディング
それから約二か月後。十一月二十六日。大安の日曜日。
「七八〇円です」
「はい。一〇〇〇円からでよろしいですか?」
仁はストライプのスーツ姿でタクシーから降り、今日のビッグイベントが行われる会場を見上げた。
「うーむ。なんとも素敵な教会だ」
キレイなお庭に赤いとんがった屋根、真っ白な壁、さらにカラフルなステンドグラス。
「天気もいいし。絶好の結婚式日和だな」
西新森駅から車で十五分のところにこんな外国映画に出てくるような教会があるとは驚きだ。
仁は入口で受付を済ませ待合室に入った。
「……まだ誰もいないか」
ソファーで飲み物を頂きながら、さきほど受付でもらった席次表を眺める。
(いやあ。改めてすごいメンバーだ)
――しばらくする。
「おはよう! おめでとうございます」
黒いワンピースドレスを着た美しい少女が仁の元にゆっくりと歩み寄ってきた。
「おお! いらっしゃいませ! 父のためにわざわざありがとうございます!」
仁は天音にソファーに座るように促した。
天音はにっこりと微笑みながら腰を下ろす。
「これ美味しいですよ」
仁は彼女のためにバーカウンターからレモンティーを持ってきて机に置いた。
「ドレス素敵ですね。天音さんといえば白のイメージがあるんですが黒も大変お似合いです」
ほどよくヒラヒラした可愛らしい黒のワンピースドレスは、天音の透き通るような白い肌とキレイなコントラストを描いていた。
「ありがと! 白だと花嫁とかぶっちゃうからダメって聞いたから黒にしてみました」
「なるほどですね。しかし。やっぱり僕の石膏型で固めた姿よりもホンモノのほうがずっとよいですね」
天音は眉を八の字にして苦笑した。
「いまでも、ときどきぷるんぷるんだったときの夢を見るんです」
「僕もぷるんぷるん天音ちゃんディフェンスを着る夢を見ますよ。願望なのかもしれません」
「じゃあ。もう一回トコロドラッグ飲みましょうか?」
「いやさすがにそれは……」
しばらく談笑していると。
「お、おはよう」
ライトブルーのドレスを着た小林せりながもじもじしながら姿を現した。
「おはよー! わあ! せりなちゃん! ドレスすっごく似合う!」
「本当だ! 大変さわやかですね」
二人の百パーセントの歓迎ぶりにせりなは苦笑。
「いやー。まさか呼ばれるとは思ってなかったわ。関町くんありがとう」
「いえいえ。父にお世話になった人は呼んでいいよと言われましたので」
「せりなちゃんいたほうが楽しいもんね!」
「……あんたたちって底抜けのお人良しねえ。あんなことがあったのに」
仁と天音は苦笑。
「確かに。でもまァいいじゃないですか」
「水に流そう水に流そう! ところてんだけに!」
「全然うまいこと言えてないよ」
天音とせりなは握手を交わした。
仁も続いて握手を交わそうとするが、せりなはニヤニヤしながらぷいっと顔をそらした。
「キミとは握手できないかなー。だってキミと私はライバルだもんね。『アイツ』を巡った」
噂をすれば影。『ソイツ』が姿を現した。
「レイおまっ……!」
いつものようにしかめっつらのレイが着ていたのは、フリルがこれでもかと施された真っ赤なドレスだった。
「可愛いすぎかよおまえ! 赤死ぬほど似合うし、オフショルもよい! 腰に巻いてるその黒いヤツ、なんていうんだっけ? コルセットリボン? それもバカほどかわいいな! 足きれいだからミニが似合う! 髪の毛もツインテールっておまえ汚いぞ!」
「――! 仁くん! なにそのテンション! 私のときはそんな感じじゃなかったでしょ!」
「頼む! 写真撮らせてくれ!」
「オマエー! 私は撮らなくていいんですか!? 撮りなさいよ!」
レイとせりなは顔を見合わせて苦笑。しばらく天音が暴れる様子を見守っていた。
さらに数分後。
「――あっ。ほら仁。また誰か来てるよ。挨拶しなくていいの?」
入口を見やるとサプライジングな二人組が立っていた。
「おお! アンさん! ギルバードさん! もう釈放されたんですか!?」
「まさか。わざわざ脱獄してきてやったんだよ! 感謝しな!」
「刑務所のごはん美味しかったですか?」
「いんや。ぜんぜん。今日は久しぶりにうまいもん食えるから楽しみー♪」
「看守に言われたぞ。刑務所に結婚式の招待状が来たのは初めてだって」
すごいメンバーで談笑をしているうちに館内にアナウンスが響いた。
『親族紹介がございますので両家ご親族の皆様はお集まりください』
「そんなのがあるのか。じゃあ僕はちょっと行ってきます!」
仁は軽い足取りで待合室を後にした。
『これより新郎・関町裕次郎、新婦・黒川魔美の結婚の儀を執り行います』
美しいステンドグラスが張られたこじんまりとしたチャペルに一同集合。いよいよ結婚の儀が執り行われることになった。
「やれやれ。自分の父の結婚式ってなんか気まずいなァ」
となりにいた天音はそれを聞いて思わず苦笑。
――やがて。新婦が父親を伴って入場してきた。
「わあ……素敵……」
新婦が美しいのはいうまでもない。新婦の父も大変ダンディでハンサムな男性であった。
それから仁の父裕次郎が入場してくる。照れくさいのか口元が半笑いだ。
「やっぱりかっこいいですねえ。お父さん」
「そうですかね。身内だからよくわかりません」
続いてリングボーイも姿を現す。
リングボーイとは新婦の親族などの幼い少年が結婚指輪を式場に運んでくるという儀式だ。その様子は大変可愛らしく、特に女性に大変評判がよい。今回その大役を務めるのはツノタロー(オス・四歳)。
「ツノちゃんかわいいですね。蝶ネクタイなんてしちゃって」
「まさか東京までついてくるとは思いませんでした」
その後、賛美歌の斉唱や聖書朗読などの儀があったのち、例のヤツが始まった。
「汝、新郎・関町裕次郎は。病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、とめるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」
裕次郎は神父の問いに明るい声で「はい誓います」と答えた。
「汝、新郎・黒川魔美は。病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、とめるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」
魔美は涙の混じった声で裕次郎と同じ答えを返した。
「では誓いのキスを……」
天音は心からの拍手を二人に送りつつふと隣を見る。
(仁くん……)
仁はスーツの肘で乱暴に目を擦っていた。
チャペルが終わって次は披露宴パーティーが始まる。
会場に移動しなくてはならないのだが、仁はロビーのソファーでうなだれていた。
横には天音が背中を撫でながら付き添っている。
「ねえ。仁くん」
「なんで……しょうか」
「今どんな気持ち?」
「嬉しいような寂しいような……複雑な気持ちです……」
「そっか」
天音は優しい声でつぶやく。
「でも。素敵な式だったね」
「そう……ですね」
「私も将来はこんな式を挙げたい……な」
「えっ!?」
「い、いや別にそういうイミじゃないよ! 変な勘違いしないで!」
天音がぶんぶんと顔の前で手を振る。
仁は少々顔を赤くして微笑んだ。
「わかってますよ。そろそろ、戻りましょう。もう披露宴始まってしまいます」
二人は立ち上がってやや早足で会場へ向かう。
「なかなか豪勢な料理が出るそうですよ」
「楽しみ!」
「食後にはデザートビュッフェもあります」
「やったー!」
「しかも。父がわざわざ天音さんのためにところてんも用意してくれているそうです」
「最高!」
披露宴はチャペルとはうって変わって和やかな雰囲気で進められた。
新郎が新郎、新婦が新婦なので、ケーキ入刀やキャンドルサービスなどなにひとつスムーズには進まず、会場は常に笑いであふれていた。
「まったく。なにをしているんだか……」
「いいじゃないですか。楽しいですよ」
そして裕次郎の知り合いの謎の民族によるシュールな余興が終了したのち、
『みなさま! お待ちかねのデザートビュッフェの始まりです!』
会場にたくさんのケーキやパフェ、焼き菓子、さらにはチョコレートフォンデュをつくる滝みたいなやつまでが運び込まれた。
(ところてん! ところてんは!?)
天音は一番はしっこにつるっつるのところてんを発見するや、ドレスをバサバサさせながら走った!
「あっ! 天音さん! 全部取ってはダメですよ!」
仁が慌ててそれを追いかける。
「あの子のああいうところかわいいよなぁ。クソ……」
レイはそんなことを呟きながら舌打ちをした。
「大漁大漁!」
天音はおよそ十人前のところてんをテーブルに並べると、ちゅるちゅるとすごい勢いで口に運んでゆく。
「他のケーキとかは食べなくていいんですか?」
「食べるー! でも今はところてん!」
そういって七皿目のところてんに手を伸ばしたところで。
「――うっ!」
天音は突然両手で口を押え、フォークを床に落とした。
「天音さん!」
彼女は無言で席を立って会場の出口に向かって駆ける。
「ほらあ。食べ過ぎるからあ……ちょっと僕、様子見てきますね」
仁もそれを追って席を立った。
レイとせりなは顔を見合わせる。
「あいつ……女子トイレについていくつもりなのかな?」
「天音さーーーん! 大丈夫ですかーーー?」
女子トイレの前で大きな声で天音の名を呼ぶ。
偶然、他に誰もいなかったから良かったが、そうでなければちょっとした不祥事であったであろう。
「大丈夫じゃないですー……」
天音の涙声が聞こえる。
「まったく。食べ過ぎるから。誰か女性の方を呼びましょうか?」
「呼ばないでくださいーーーー。それに。食べ過ぎとかじゃないもん」
「……? どういうことですか?」
「今出ていきますからぁ。そうすればわかると思いますぅ……」
「は、はあ」
仁の前に現れたのは。
「げえっ……! う、美しい!?」
それはぷるぷるしていた。
それはつやつやと濡れていた。
それは透き通るような透明感があった。
ってゆうか透明だった。
「なんで!? なんで!? なんで!?」
天音は悲痛な叫び声を上げた。
「うーむこれは」仁は顎に手を当てて考察する。「長いことぷるんぷるん生活をしていた副作用で、普通のところてんを食べてもこうなる体質になってしまった。とか」
「そんなああああ! ……ってゆうか! なんでそんな笑顔なんですか!」
仁は愛おしそうに天音の体を撫でた。
「んんんんん……あっ……! なにするんですか!?」
「いやなんというか。やけに落ち着くと申しますか。非常にしっくりくるといいますか。ぶっちゃけ天音さんにまたこうなってくれないかなーと思っておりましたので」
「ムカツク! なにがムカツクって……! 私もじゃっかんそんな風に考えてまうのがムカツクぅ……!」
仁は「今度はもっと完成度の高いシリコン型を作らなければ」などと考えていた。
芸術少年とドスケベところてん しゃけ @syake663300
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