第11話 ぷるんぷるんとカキ氷

 池袋第二公園の大広場でフェスは行われていた。

 公園の入り口にでっかく『SHAVED ICE FESTIVAL』と書かれた看板。

 広場の周囲を囲むようにして何十ものカキ氷の屋台が設置されている。

 イチゴ味やメロン味や練乳といったオーソドックスなものからマンゴーやチョコレート、アボカドにや甘酒、とろろいもなどの変わり種も豊富に取り揃えられ、天然氷を使ったふわふわカキ氷の屋台の前には多くの若い男女が行列を作っている。

「ううむ。思った以上に人が多いな……」

 でこぼこテロリストコンビのアンとギルバードは会場中央の丸テーブルに座っていた。

 机の上にはカキ氷が三つ。

 帽子でその目立ちすぎるアタマを隠してはいるが、ファッションは相変わらず。二人とも真っ黒なサングラスをして黒で統一した格好というのはかなり目立ってはいる。

「なにこの食べ物ォ? アタマがキンキンするんだけど。日本人はこんなスイーツが好きなわけえ? まあたしかに見た目はポップな感じでかわいいしうまいっちゃうまいかな。ガツンと冷たくてこの蒸し暑い日本の夏には最高てカンジもしなくはないけどね。うわ! なに!? こっちのカキ氷の氷めっちゃふわふわじゃん! 他のと全然違う! クッソー! 全部これにすればよかった!」

「すいません姉御ちょっと静かに……」

 アンは目の前のカキ氷にしか関心がなさそうだが、ギルバードは盗聴器のイヤホンを片耳に刺しながら必死に会場の様子を探っていた。

 面は割れているとはいえ、これだけの人数から仁たちを特定するのはかなり難しいようだ。

盗聴器からは二人の会話が聞こえてくる。

『おいしー! この氷ふわふっわ! 癒されるー!』

『本当ですね。カキ氷がこんなに美味しいものだとは。正直舐めてました』

 会話から二人の位置を特定したいのだが、どこも同じような会話ばかりしていて特定するのは簡単ではない。

『でもいいなー。私今はそういうフルーツもりもりのヤツは食べられないから』

『そ、そうですね。残念ですが』

『でもいいの。来年また来る楽しみがあるから』

(フルーツもりもりのは食べられない? なぜだ?)

 ――とそのとき。

『あっ電話だ』

 という音声が盗聴器から聞こえた。

「――!」

 ギルバードは勢いよく立ち上がり、アンの肩をバンバンと叩いた。イヤホンが耳から零れ落ちる。

「なんだよギル! ばかぢからなんだから加減しろ!」

「やっこさんら電話をし始めました!」

「なに!?」

「今電話してるヤツがセキマチユウジロウのガキです!」

 二人は同時に立ち上がって周囲を見渡す。

(――いた!)

 彼らはすぐ近く、ふたつ隣のテーブルに座っていた。

(灯台もと暗しか――!)

 アンとギルバードはなにごともなかったかのように腰を下ろした。

(よし! これであとはヤツらを尾行して家を特定してやれば!)

(本人たちが知ってれば吐かせるもよし。人質にしてユウジロウを脅してもよしですね)

 ギルバードは安堵の溜息を洩らした。

「よかったな。うまくいって。エラいエラい」

 アンは子供でもあやすようにギルバードのアタマを撫でる。ギルバードは苦笑しつつも心が幸せに満たされるのを感じていた。

「おっとイヤホン落したままだった」

 そうっていイヤホンを耳に入れ直す。

「マジメだなあ。それより早くカキ氷食いなよ。融けちゃうぞ」

「あ、ハイ」

 ちょっと融けかかったカキ氷にスプーンを突き刺した。イヤホンからはザーザーという雑音が聞こえてくる。

(なんだ電波でも悪いのか?)

『もしもしー全然聞こえないんだけど』

 と仁の声。

『もしもしー親父ーーー?』

 ギルバードは再び勢いよく立ち上がった。

「今度はなんだ?」

 イヤホンを片方はずしアンの耳に突っ込んだ。

「なんだよー。カップルみたいで恥ずかしいんだが」

「あいつ! 父親としゃべっているようです」

「ええええええっ!?」

『ああもしもし。やっと聞こえた。元気だったか我が息子よ』

『元気だったかじゃないよ。ぜんぜん連絡よこさないで』

(あ、あの野郎!)

 宿敵・関町裕次郎のノンキな声にアンは思わずプラスチックのスプーンをへし折る。

『ハハハ。まあそういうなよ。今日はいい知らせで電話したんだから』

『いい知らせ?』

『ああ。ついに中和剤が完成のメドがついた』

 ギルバードとアンは顔を見合わせる。

『マジで!? 天音さん! ついに例のヤツが完成したそうですよ!』

『本当ですか!? やったー!』

『おめでとうございます!』

『パパからもおめでとう。完成予定は九月二十日』

(中和剤? ギル。どういうことだ)

 ギルバードは無言で会話に聞き入っている。

『本当なら送ってやりたいところだけど、運送して揺らしたりすると成分が変わってしまう可能性があるから、できれば取りに欲しい』

『取りに来てだって。親父ィ。京都までの新幹線代はくれるよなー?』

『あっでも! 九月二十日ならちょうどよくないですか? ほら次の週から修学旅行ですよ!』

『そっか!』

 今年、央成高校の二年生は九月二十四から九月二十八まで修学旅行に行く予定となっている。

 行き先は京都・奈良。

『研究所の場所は?』

『えーっと今出先で住所がわからん。詳しくはレイに聞いてくれ』

『レイが知ってるの??』

『ああ。実はあそこの主任研究員を任せてある。二週間に一回は行ってるはずだよ』

『そうなのか知らなかった……』

『気を付けて取りに行ってくれよな。もしかしてプリンスエドワードの連中が嗅ぎつけていないともかぎらん。サバイバルセットは絶対わすれないように』

『わかってるよ。こないだちょっと不信なヤツにつけられてるような気配もあったし』

 ギルバードが小さい声で「その通りだ」と呟く。

『あとは研究所に残りの『トコロドラッグ』も送ってある。飲まないように』

『……飲むわけないだろ』

 アンとギルバードは顔を見合わせてニヤりと笑った。

『あとそれからな。それとは全然関係ないんだが……その』

 大変珍しいことに裕次郎の歯切れがわるい。

『ちょっと報告することがあって……』

『なに?』

『パパな。その……再婚しようかと思っているんだ』

『えええええええええええええええ!?!?!?!?!?』

『えっ! 仁さん! なになになに!?』

『父が再婚するって』

『マジで! おめでと――ってそういうわけにもいかないか……』

『それでおまえにお伺いをたてようかと……父親らしいことなんてなんにもしてやれてないのにこんなこと言いづらいんだが』

 仁は一呼吸をあけてから。

『親父』

『うん』

『確かに親父には散々振り回されてきたよ。ウガンダのときなんて殺されかけたよな。今現在も大変な目にあってるし。正直親父ぶっ殺すって思ったことも何回もあるよ』

『う……』

『でも。こんなにでっかくなるまで生きられたのは親父のおかげだよで。今それなりに幸せ』

『……」

『だから親父も幸せになればいいじゃん』

『仁……ありがとう』

『でも。そういう相手がりいるなら早く紹介してくれればいいのに』

『わかった。近々紹介するよ』

『ああ。頼むよ。で? 他に用事は? なければそろそろ切るよ。いま天音さんとデートしてるところなんだ』

 ……通話は終わったようだ。

「うーむ。なんかいろいろ余計な情報まで山ほど入ってきてしまったが。ギルどうする?」

「……ちょっと確かめたいことがあります。お嬢はここで待っててください」

「あっおい!」


「すいません。お待たせしました家庭の事情がいろいろあって……」

 仁はスマートホンを机に置いた。

「いやあ。ああいう父親を持つと大変――ってなんで泣いてるんですか!」

「だってええええ。わたし感動して」

 天音は目のあたりから謎の透明な液体を流していた。

「それ、どこから出てるんです?」

「分かりませんンン」

 まわりの視線が少々痛くなってきた。

「そろそろいきましょうか?」

 仁の言葉に天音はそっとうなづき立ち上がった。

 ――すると。

「おっと」

 一人の男が天音に肩からぶつかってきた。

「キャッ!」

 天音は辛うじて転ぶのを堪えた。怪しい。明らかに怪しい不審人物だった。二メートル近い筋骨隆々とした体に黒づくめの格好。頭髪が帽子で隠れているのでわかりづらいが外国人だろうか。

「ちょっと――」

 強い態度に出ないと却って危険だ。

 そう判断した仁が男につめよろうとすると。

「す、す、す、すいません!」

 男はイタズラが見つかった子供のようなせつない泣き顔を浮かべた。

「お、お、お、ケガなどございませんでしたでしょうか!? ああああああ! こんなかわいい子にケガなんてさせたら全人類にコロされる!」

 男はアタマを抱えて身をまるめた。

「すいませんすいません! 治療代払います! お金払います! よろしければ奴隷として一生こき使って頂いても結構です!」

 天音が慌てて両手を顔の前で振る。

「いえいえ! どこもケガなんてしてませんし!」

「そうですか……それなら」

 とへこへこアタマを下げながら男は踵を返した。

「……変な人でしたね」

 天音が男の後ろ姿を目で追いながら呟く。

「やっぱりカラダが大きい人って弱気な人が多いですよね。大型犬と一緒で」

 仁は同じく彼の背中を見つめながら頷いた。

「確かに。ウチの実家のゴールデンレトリバーのプリンちゃんも大人しいです。とはいえあんなに大きくてあんなに弱気な人もなかなか珍しいかも」

「それにしても……あの人どっかで見たような」

「深夜のプロレス放送とかじゃないですか?」


 ギルバードは適当に遠回りして仁と天音が去るのを待ってから、アンが座っていたテーブルに戻った。

「おい! なにやってんだよ! あんな風に接触したら!」

 アンは立ち上がって指をさしながら怒鳴り声を上げた。

「ええ。少々危険でしたね。しかし。分かったことがあります」

「!? それは?」

「あの女。トコロソルジャーです」

「!?!?!? なんだって!?」

 アンはテーブルに座り直した。

「あの肩がぶつかった感触は間違いありません」

「なんであいつが!?」

「それはわかりませんが……ひとつ言えるのは――」

 ギルバードもテーブルに腰を下ろす。

「奴らが言っていた中和剤というのはあの女を元に戻すためのものでしょうね」

「なるほど」

 アンは親指の爪を噛む。これは彼女が焦って思考をめぐらせているときのクセだ。

「まあともかく」

 ギルバードは机に残っていた、すっかりジュースになってしまったカキ氷を飲み込んだ。

「京都の研究所とやらを特定し、奴ら二人を待ち受ける必要がありますね。トコロドラッグはもちろんのこと、ユウジロウの息子に中和剤、トコロソルジャーの女、それに他の研究も一網打尽だ!」

「だな! ひさしぶりに大仕事になりそうだ」

 アンはにやりと笑った。

「相手にトコロソルジャーもいるし、ユウジロウの息子もどうやらなにか腕におぼえがあるようです。こちらも兵隊を集める必要があるな。九月二十日に間に合うように手配しなくては」

「そうだな! じゃあそれは私に任せろ!」

「……と。ここで話すのはまずい。英語が分かるヤツがいないともかぎりませんから」

 ギルがそういうとアンはかわいらしく両手で口を塞いだ。

「ザッツライト。じゃあとにかく一回アジトに帰ろう!」

「はい!」

 二人は立ち上がり、カキ氷の空き容器をきっちりとゴミ箱に捨てた。

「よっしゃ! じゃあ頑張ろう! うまくいけば私もお父様に褒めてもらえるし、おまえも出世できるかもな!」

 そんなアンを見てギルバードは思った。こんな汚い世界にいながらにして、こんな無邪気な笑顔をつくることができるのはひとつの奇跡であると。

(よし! 決めた! この闘いが終わったら彼女に告白するぞ!)

彼はよせばいいのに変なフラグを立てた。

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