第7話 狂気の保健室

『みなさんこんにちは。央成高校放送部がお昼休みの放送を開始致します』

 体育が終わったあとにすぐ昼休み。これはごはんがおいしく食べられる、大変よいパターンであると言える。

「はあ……」

 しかし。天音の表情は浮かない。

「そんなに落ち込むことないですよ。体育の成績なんてどうにでも挽回できます」

 二人は中庭のベンチに座って昼食を取っていた。

 仁はセブンイレブンのサンドイッチ、天音は同じくセブンイレブンで買ったウイダーインゼリーとかき氷アイスを食べている。

「いや……別に体育の成績なんてどうでもいいんですけど……疲れちゃって」

「そうですよねえ」

 仁はうつむいてこめかみをつまむ。

「午後は選択授業か。ムリして出なくてもいいんじゃないですか? 保健室で休んではいかがですか?」

「そうですね。そうしようかな」

「では一緒に行きましょう」

「うん。ありがとう」

 二人は食事を終えるとベンチを立った。

「ちなみに――」

「はい?」

「今日はなんの選択授業なんですか?」

「……家庭科の調理実習」

「なんか皮肉ですねえ」


 保健室に向かう道すがら。

「あっ、おーい!」

 小林せりながブンブンと手を振りながら二人を呼び止める。

「天音―どこ行くのー? そっち家庭科室じゃないよ」

 せりなは手に割烹着を入れる巾着袋を持っていた。

「せりなちゃん。ちょっと具合が悪いので保健室に行こうかと」

「そーなんだ!」

 なぜだかじゃっかん嬉しそう。

「じゃああたしもついていくよ! 保健委員だし!」

 そう言ってせりなは天音に腕を絡めてぐいぐいと引っ張っていく。

「あっ! 待ってください!」

 仁も早足で二人の背中を追いかけた。

「あのね関町くん。今日から新しい保険の先生が来たんだよ」

 天音にだけ絡んでは悪いと思ったのか、仁にもにっこりと笑いかける。

「えっ――今日からですか? 急ですね。どんなお方で?」

「ま、見てのお楽しみ! クセがすごい! とだけ言っておく」

 三十点ぐらいのクオリティのモノマネをしながらそのように述べた。

「はあ……そうですか」

「わー。せりなちゃん全然似てなかったよ今の」

 などと会話をしているうちに保健室に辿りつく。

「ちわーっす! 病人連れてきましたー!」

 せりなは不謹慎なまでの明るさでドアを開け放つ。

 ――すると。

「なにこれ……」

 保健室には電気がついていなかった。しかも暗幕カーテンがかかってる。それでいてビミョーに明るい。なぜなら窓際に置かれたベッドの四隅に悪魔召喚に使うような妖しい三つ又のロウソクが置かれているからだ。

「ぎ、儀式?」

 そしてベッドの布団はまるで中に人がいるかのように膨らんでいた。

 ……断言しないのは顔の位置に真っ黒いドクロマークが描かれた布がかけられており、中にいるモノが人間であるかどうか定かでないからだ。

 仁と天音が唖然とする一方、

「あれー? ダメじゃん先生寝てちゃあ」

 せりなは特に気にする様子もなくその人間(?)の肩をゆする。

 ――すると。

 ――――ガバアアアアアアアアア!

 人間(?)は起き上がりこぼしのごとく、足を支点にして体を九十度起き上がらせ垂直に立ち上がった。

「ひっ!?」

 ベッドの上に立っているのは……暗くてよく見えない。

「起きたー? ダメじゃない。こんな電気まで消してサボってたら」

 せりなが電気をつける。

「ごめんねぇ……疲れたちゃったから……ちょっと休んでたの……」

 そこにいたのは大変美しい女性だった。

 さらさらしたおかっぱの黒髪ショートヘアーと、どこか憂いのある深い色の大きな瞳はこれぞ和風美人といった風情。それでいて身長は高くないがスタイル抜群、ってゆうかものすげー巨乳であった。

 赤のインナーに黒のタイトスカート。上から白衣を羽織っている。

「私……ちょっと……カラダ弱いから……」

「なるほどー! 美人薄明って言うからねー! ねえ見て見て天音、関町くん。めっちゃ美人じゃない? 黒川魔美先生っていうの!」

 確かに間違いなく美人ではあるのだが――

((目がなんか怖い……))

 仁と天音は全く同じ感想を抱いたという。

「あらぁ……?」

 魔美は仁と天音を交互にねっとりとした視線で覗きこんだ。

「あなたは……関町仁くん……よね……?」

「な、なぜ僕の名前を?」

「ふふふふふふふふ。徹夜で名簿覚えたの……」

「はあ……」

 ニヤリと妖しく微笑むと今度は天音の方を凝視する。

「そしてそちらの子は。西桜所天音さんよね……? あらあ。いい体格をしてるわね。均整がとれていて」

「キャッ!」

 魔美は天音のセーラー服に手を突っ込み、お腹にすっと手を滑らせた。

(お……おいおい……)

「もう辞めなよー。本当にセクハラ魔なんだから」

「ごめんねぇ……じゃああなたにもしてあげるわぁ……」

「キャーっ! やったなー! こっちだってこの爆弾のような物体を! それそれ!」

 とりあえず。せりなと魔美がすでに仲良しであるということはわかった。

「天音さん(とりあえずこいつらはほっておいて)休ませて頂いたらどうですか?」

 仁がそういうと魔美が天音に近づいてくる。

「あなたが……病人なの……」

「びょ、びょ、病人ってゆうか……」

「どこが悪いの……? 体のどの部分が死んでいるの……?」

「ぜ、全体的にだるいと申しますか」

「そう……ふふふふふ……」

 魔美はそういうとベッドの下から、ささくれだった素材でできた茶色い人形のようなものを取り出した。

「な、なんですかそれ?」

「ふふふ。藁人形。病気なんてね。これで悪いところをブッ刺せばすぐ直っちゃうから……」

 そういって魔美は天音の髪の毛を一本引き抜き、藁人形に混ぜた。

「ちょっと痛いかもしれないけど……ガマンしてね……」

 さらにどこからかぶっとい五寸釘を十数本ばかり取り出した。そして。

「ふふふ……! ふふふふふふふふふふ……!」

 そいつを床に置いた藁人形に軽くと突き刺すと、

「シネエエエエエエエ!」

 軽く助走をつけて一メートルばかりも飛び上がり、ヒザから藁人形に向かって落下した。いわゆるジャンピングニードロップである。五寸釘が藁人形のボディに深く沈み込んだ。

「キヤアアアアアアアアア!」

 天音の体中に強烈な痛みが――。

「ってアレ? なんともないです」

(……あっそうか! 藁人形に混じった髪の毛! ホンモノの髪の毛じゃないから!)

 仁がドンキホーテで五〇〇円で買って来たカツラでは呪いは発動しなかったようだ。

「おかしいわねぇ……」

 魔美はもう一発ジャンピングニードロップを喰らわせようと再び助走をつけるが――

「グハッ……!」

 体が弱いのにムリをしたからか。口から多量の血を吐き出した。

「せ、先生……!」

「大丈夫ですか!?」

 魔美は口を手で抑えながらも、ふふふふふふふと楽し気に笑っている。

「平気よお……いつものことだから……先生ちょっとアストラル空間で体力回復してくるね」

 そういって保健室を後にする。

 ――仁と天音はただただその場に立ち尽くすしかない。

 しばらくしてせりなが言った。

「ね。クセがすごいでしょ」

「すごすぎるんじゃあ……」

「あれはクセとかじゃないんじゃあ……」

 けっこうお笑い好きな仁と天音のモノマネは良く似ていた。


「大丈夫かなー……」

 仁とせりなは天音を残して保健室を後にした。

「随分心配するんだねえ。マジメな話、ふたりってそんなに仲良かったっけ」

「最近仲良くなった……のかな?」

「そうなの? まあいいけど」

 せりなはなぜか少々複雑な表情で首を傾げた。

「そういえばキミってさ葉月レイくんの友達なの?」

「ああ。よくご存じですね。友達っていうか幼馴染み。むしろ家族みたいなもんですよ」

「へー! 彼すごいよね」

「ああ……色んなイミですごい」

 仁は何故か苦々しい表情。

「小林さんはあいつとどういう関係なんですか?」

「ああ。こないだコレが故障しちゃってさ」

 そういって長銃を構える仕草をしてみせる。

 彼女はクレー射撃部の部員。それも二年生エースという人材なのだ。

「業者にもサジを投げられちゃったんだけど、思い入れのあるヤツだからあきらめきれなくてさ。で。葉月くんがそういう機械類にものすごく強いって噂聞いたから、ダメ元で頼んでみたんだよ。そしたら――」

「直ったでしょう?」

「そーそーホントビックリしちゃって!」

 両手をバタつかせて驚きを表現した。

「天才ですからね。昔っから」

「すごいよねー見た目あんなにカワイイのに!」

 せりなはキラキラと目を輝かせた。

 仁は(彼女がヤツの本性を知ったとき幻滅しなければいいが……)などと思った。

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