第4話 ぷるんぷるん人間人形

「まあとにかく。気をつけてくれよ。もしかしてそれ作ったテロリストたちが狙ってくるかもしれないから。例の『サバイバルセット』は常に持っておいたほうがいいぞ」

「うん。分かったよ」

「それじゃあな。また連絡する」

 父・裕次郎との通話を終えた。激しい疲労感に襲われた二人は、仲良くベッドに突っ伏した。

「はあ……でもまあよかったですね。元に戻る目途が立って」

 裕次郎は天音を元に戻すための『中和剤』を開発するように京都にある彼の研究所に頼んでくれると約束してくれた。およそ三ヶ月で完成できる見込みだという。

「今六月だから……九月には出来上がりますかね」

「九月かあ……困ったなァ……」

 天音はベッドの上でピョンピョンと飛び跳ねた。

「学校どうしよう……」

「ですね……」

「ウチの両親ってすっごく厳しくてね」

「確か大阪で宝石商を営まれているんでしたっけ?」

 本人が積極的に話すわけではないが、彼女がいわゆる『お嬢様』であるということは学校のものならみんな知っている話だ。

「うん。でも一生実家で温室暮らしなんていやだなと思って、ムリ言って一人暮らしさせてもらってるの」

「そうだったんですね」

「なのに……三ヶ月も学校休むなんて……。ってゆうか絶対留年だし……参ったなァ……」

 天音は体を細く伸ばしてヘビのようにとぐろを巻いてしまった。

「うーむ」

 仁もベッドの上であぐらをかいて考え込む。

「学校に事情を説明して――というわけにはいかないでしょうねえ」

「うん……。生物兵器でもなんでもいいから、こんなぷるぷるスライムちゃんじゃなくて人間の形してればなあ」

 などと嘆きながら、天音は自分の体を人間のような、頭、腕、足のある形に変化させた。(といっても勿論そんなに精巧なものではない。非常口のマークに描いてある白い人間でも想像して貰えればそう遠くないだろう)

「おお?」

 そして彼女は足を交互に動かしてひょこひょこと歩いて見せた。

「けっこうちゃんと歩けてますね。形も崩れないし」

「うん。ぎゅっと力を入れておけばある程度形を保てるみたいです」

 ローテーブルの周りをよたよたと一周して見せた。

「これで学校行ったらダメかな……ははは」

 などと乾いた笑いを発する。

「そうか……形……形さえ人間であれば……!」

「関町くん?」

「西桜所さん! ひとつだっけやってみることがあります!」

 仁は凄い勢いで、無駄に宙返りをしながらベッドから立ち上がった。

「え! どういうこと!」

「学校に行ける方法があるかもしれないということです!」

「ど、ど、ど、どうやって!?」

「切り札は――そいつです!」

 そういって仁は部屋の隅に置かれた、兵器のような物体を指さした。

「あれは……私がモデルのシリコン型……。あッッ! そうかあ!」

「そうです。ぷるんぷるん状態で粘土のごとくあの中に入って頂き、動く彫像を作ってしまおうというわけです!」

 仁は物凄いドヤ顔を炸裂させた。

 しかし天音はやや不安そうである。

「でもどうかなあ……それでいけるのかなあ」

「やってみるしかないと思いませんか? この大ピンチを脱出するには」

 仁が真剣な顔で、パカっとシリコン型を開いて見せた。

「むううう……そうですね! まったくもってその通りです! わかりました! この中に入ればいいんですね!」

 仁は親指を立ててそれに答えた。

「うんしょうんしょ。なんだろうこの感覚。キモチいいような悪いような」

「あっ。ここちょとスキマができてます」

「あ、あんッ……! ちょっとォ! さわらないでっていったのに!」


 ――格闘すること数十分。

「よし。うまく収まりました。粘土なんかよりもずっといい材料かもしれない」

「ううう……真っ暗だし圧迫感が半端じゃない……狭いよ暗いよ怖いよ……」

 天音は今にも泣き出しそうな声で面堂終太郎のようなこと言った。

「あとはこの形がある程度定着するまで、このままで頂ければOKです」

「えーっ!? どのくらいの時間~?」

「とりあえず三時間ぐらい!」

「そんなに!?」

「その間に僕は他に必要なものを取ってきますので!」

「えっ? えっ?」

「ではちょっとそのまま留守番しておいてください!」

 仁は天狗のようなスピードで駆け、くずきり荘を後にした。

「ちょ、ちょっとお! 一人にしないでよ!」


 仁が帰って来たのはおよそ二時間半後だった。

「もおおおお……バカ……ぶええぇぇぇ!」

 天音は長時間、穴倉の中で放置された恐怖と心細さから号泣していた。

「その……怒ってますか?」

「今度は本当に怒ってます! こんなところで私を一人にして! 隣でおしゃべりしててくれたってええやろ!」

 どうも天音は感情が最高に高ぶると大阪弁が出るらしい。と新たな発見があった。

「でも必要なものを取りに行ったり、買いに行ったりしていたので……」

 仁はなにか大きなジェラルミンボックスのようなものを背中に背負っている。

「あとでええやん! 私がここ出てからで!」

「それはごもっともですが……」

 ――天音の愚痴は三十分ばかり続いた。

 ようやく泣き止んだころ。

「あの……そろそろオープンしてみてもよいでしょうか?」

「うん……」

「では行きます」

 仁がシリコン型をパカっと開く。

 天音は寝そべった体をゆっくりと起き上がらせた。

「おお! 素晴らしい! 完璧な出来栄えですよ! どこにも欠けるところがない!」

 天音はなんとか全身鏡のところまで歩いて自分の姿を見た。

「す、すごい! キレイに完成しましたね」

 見事なフォルムの透明なマネキン人形が鏡に映っている。

「そうでしょう?」

 仁は腕を組んでドヤ顔。

「その状態を保つことはできそうですか?」

「うーん結構キツいですがなんとか。でも」天音は鏡の前で首を傾げる。「私に似ているかと言われるとよくわからないかも」

「確かに……そうだ。カツラを被って見ては? さきほど買って来たものです」

 そう言って天音のアタマに黒髪ロングヘア―のカツラを被せる。

「――! おお! 確かにこうして見ると私に似てる気がします!」

「そうでしょう?」

「って! ダメ―!」

 天音が突然、仁の目に右手を当てて隠した。

「私ハダカじゃないですか!」

「そ、そういえば。でも今更って気も……」

「ぷるぷる状態ならいいですけど! このハダカはダメですよ!」

「よ、よく理屈はわからないですが。僕のTシャツと短パンでも履いて下さい」


「着替え終わりました。目隠し取りますね」

 Tシャツと短パンに着替え終わった天音が、仁の目に巻いていたタオルを取る。

「おお。服を着るとより人間らしくなりましたね」

「でも……まだこれでは学校に行くのは辛い気が……体の色はどうしましょう? 透明じゃまずいですよね。特に目がめっちゃ怖いです」

 確かに。形自体は人間だが、体はすけすけで当たり前だが目にもまったく光がない。

 仁個人としてはこの状態も見ようによっては神秘的で美しいと感じられるが、このまま学校に行くわけにはいかない。

「ふふふ。そこで。さきほど、部室から取ってきたこいつの出番ですよ!」

 そういって背中に背負いっぱなしだったジェラルミンボックスを下ろした。

「それは?」

「こいつは『アーティスティックサバイバルセット』です!」

「あ、あーてぃす?」

「ええ。父について世界を廻っていたころ。いつでも創作ができるように、かつ、敵と闘ったりサバイバルするにも使えるように僕がプロデュースしたツールボックスなんです」

「す、すごーい」

 天音はなんだかよくわからないが、とりあえず「すごい」と言っておいた。

「まずはコレを使います。食用ペンキセット!」

 そう言ってボックスのフタを開き、小さなペンキバケツのようなものを取り出した。

「これはいつでもウォールアートが出来て、かつ、いざとなったら飲んで命を繋ぐことができる優れものです。これで天音さんの肌の色を再現してみせます!」

「な、なんと」

「ふふふ。食用ですから体に染み込ませて問題はないはずです。それから――」

 なんともイキイキとした表情である。

「目はこの虫メガネの代わりにも使える、ガラス彫刻用のガラス玉で再現して見せます!」

 仁があまりに嬉しそうなので、天音は「すごい不安」とは口に出せなかった。

「というわけでさっそく始めましょう! まずはペンキを塗る所から!」

「えっ! ちょっと待って! ペンキを私のハダカに塗るの!?」

「大丈夫ですよ! 人に元々見せないところは塗る必要ありませんから、恥ずかしくはないです。ああ。なんだったらTシャツと短パンはいたままでもいいじゃないですか。えーっとじゃあ新聞紙引いて――と」

「ちょ、ちょっと!」

 仁が白いペンキのついた刷毛を構える。

「では始めます」

「んんんんんんん……! あああんんん! ちょっと! ムリムリムリ!」

「天音さんあまり動かれるとペンキがうまく――」

「イヤアアアアア!  ンンンッッ! あかんってそんなところ……! んっ……!」

「あの。あんまり変な声を出されるとご近所の耳がちょっと……」

「にゃあああああああああああ!」

 ――お隣一〇三号室に住む大学生・田中丸省吾は思った。

(お? あの二人ついに付き合い始めたのか?)


 乳繰り合うこと二時間。

「ほら。あとはこのガラス玉を目の所に入れて完成ですよ」

 天音はすんすんと泣き声をあげていた。

「私……もうお嫁にいけないかも……」

「だ、大丈夫! 忘れますから! 今日のことは忘れますから!」

「ほんとうにぃ……?」

「なんだったら僕がもらいます! ともかく! ご自分の姿を鏡で見てみてください」

 仁は全身鏡を天音の前に移動させた。

「――!」

 天音は思わず息を飲む。

「すごい……! 私だ! 私がいる!」

「でしょう!」

「関町くんてやっぱりすごいんですね……」

 仁は少々ドヤっとした顔で両手を腰につけた。

「これなら学校行っても大丈夫かも!」

 天音は安堵の吐息を漏らす。

「あと問題なのは動きですかね」

「動き……?」

「明日の朝までにこの状態を保ったまま、まともに歩けるようにしないといけませんね」

「そっかあ……」

「あとは表情が固まりっぱなしっていうのもおかしいので表情の練習もしないといけません」

「むずかしそう!」

「大丈夫です! 戦闘を行うための『トコロソルジャー』なんだから慣れればできるようにはなっているはずです! さあ訓練を始めましょう!」

「ちょっとは休ませてよー!」

 隣に住む大学生・田中丸省吾氏は思った。

(お? さっそくケンカか? さては下手だったな)

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