第33話 龍翔は気づいた
「どうして外部犯ではないか、か。たしかに疑問に思って当然だ」
ようやく天翔がメールを打ったのは午前一時になろうかという時間だった。しかしそんな夜遅くにも関わらず、すぐに龍翔は電話を掛けてきた。さらに驚くことにこちらに向かっているという。すでに愛知まで来ていた。
「それにしてもトラブルが殺人事件とはな。外部犯にしなかった理由ね。それだけ観光地と化している天文台で外部犯に見立てずに殺したことは疑問だろう。それはもちろん、犯人とってそれほど知られたくない繋がりってことなんだろうな」
龍翔のその指摘に、ますます解らないと天翔は首を捻ることになる。外には絶対に漏れては困る繋がり。それはつまり、犯罪すれすれのことなのか。
「いや、犯罪行為そのものなんだろうな」
「えっ」
すでに何かに気づいたのか。龍翔の声音は明らかに変わっていた。しかし、メールの内容と自分とのやり取りから気づけることなんて、あるだろうか。それに犯罪行為とは何なのか。
「まあ、まだ総てが仮定でしかないよ。ただ繋がりが煙草だというのは正しいかもしれない。それよりも問題は密室だな。犯人はその坂井という講師の部屋だけを密室にしたのか。他は給湯室に廊下と、いつだれが目撃してもおかしくない場所だった。つまり事件の性質が一つだけ違う。それに片桐先生も気になるな。最初の動揺もそうだが、どうして天翔にだけ警告を発したのか。ひょっとしたら犯人は何か間違った仮定の下で動き出し、結果として殺人を重ねているのかもしれない」
龍翔の言葉はどれも示唆的でありながら確信を込めない。それに天翔は思わずイライラとしてしまう。
「どうすればいいんですか。俺のせいで殺人が起こっているというのに、黙ってみているしかないんですか?」
「いや、これ以上は起こらないと思う。だって犯人の目的はその坂井を殺すことだった。これは他の事件とは異質なことから考えて間違いない。そして包丁を使ったのはその証拠が残っていないかの確認のためだったってところだろう。問題は誰が起こしているかだな。天翔。お前が煙草を吸っていると勘違いされる行動を取っていないか?」
こちらが質問しているというのにまた変なことを聞いてと、天翔は不満になる。しかし自分が煙草を吸っていると勘違いされている。それは考えたことがなかった。
「例えばさ、この電話とか周囲にばれないようにやっているわけだろ。他にも今までのメールとかさ。誰にも目撃されないように、隠れてやっていなかったか?」
「ああ」
それはその通りだ。誰にと問われるのが怖くていつも隠れてやっていた。そして今も、わざわざ全員がミーティングルームにいることを利用している。電話は自分の研究室で堂々としているものの、その姿は誰にも目撃されていないのだ。
「そして時期が問題なんだ。周囲は天翔のこれからの進路を気にしている。当然、この犯人も気になっているんだろう。そうなると、もし坂井と繋がっているのでは困ったことになる、と犯人は考えたんだ。これが間違った仮定だよ」
すでに頭の中である程度のことが組み上がっている龍翔は、これだけは確信を込めて言った。そう、総ては天翔を起点としているのだ。だから雅之も拙いと咄嗟に思った。しかし慌てふためいた中に恵介はいたものの天翔がいなかったことで、自分の仮定の間違いにすぐ気づいた。天翔は関わっておらず、しかし事件は起こってしまった。
「だから片桐先生は天翔が事件を解くことに賛成だが、警告を発せずにはいられなかったんだよ。君のためだと思い込んでいる犯人にとって、天翔から断罪されるなんてあり得ない。むしろ感謝されて当然だと思っていることだろうからね」
龍翔はこれ以上は深入りするなと警告せずにはいられない。
「でも」
「まあ、待て。だから俺がここまでやって来た価値があるってもんだ。朝までには天文台のある県に入るよ」
慌てることはないと、龍翔はにやりと笑った。今まで双子であることを黙っていたことが役に立つ。
「兄さん、まさか」
「問題はどうやってそこまで行くかだな。天文台への道は土砂崩れで塞がっているというし。あと、ばれずに合流できるか」
さらに慌てる天翔に、昔からやってみたかったんだよねと龍翔は呑気なことを言う。そういうところに、常日頃から双子だと確信していたことが窺える。そう思うと、天翔も強く反対できなかった。自分とは違い、龍翔はずっと自分を探してくれていたのだ。
「誰にもばれずに合流することは、問題なくできると思います。その、鳥居先生に相談すれば」
「ほうほう。あの人か。たしかに乗ってくれそうだ」
どうしてそう確信できるのか。そこが今一つ理解できないが、恭輔が協力してくれるのは確実だろう。
「明日の朝、警察がヘリでここに来ることになっている。それに同乗することが出来るかどうかにかかっているけど」
そう。出来るだろうと思えるのは天文台に着いてからだ。そこまでの交通手段が今、警察のヘリしかないということを忘れていた。これでは合流できない。
「警察ねえ。先生、知り合いはいますか」
龍翔は手っ取り早く横で聞き耳を立てている将敏に訊いた。現在、パーキングエリアで休憩中なのだ。運転席で缶コーヒーを飲む将敏はがっつりと内容を聞いている。
「そうだな。手配しよう」
そしてあっさりと引き受けてしまう。一肌脱ぐと決めたら最後までやり抜く。そういう性格なのだ。さらに言えば困っている人を放っておけない。そもそも災害現場で活躍するロボットの開発を始めたきっかけも、テレビで見た困っている人たちを助けたいというものだった。それまで研究していたコミュニケーションロボットの研究を捨ててまでやり始めたのだから凄い。
そしてその熱意で、開発を始めて二年でこうして災害現場への要請を受けるまでになったのだ。そのロボットはがれきの撤去の補助から、崩れた建物に取り残された人の捜索用と多岐にわたる。まったく、頭が下がるとはこのことだ。
というわけで、そういう熱血な将敏に感化された人は多く、自衛隊から警察、レスキューといった人たちには顔が利く。ちなみに龍翔の机で日々計算をする悠大もその感化された一人だ。まあ、おかげで面倒な予算の計算を押し付けられているのだが、本人はそれも楽しくこなしていた。
「大丈夫だ。乗せる奴が事件の内容をよく解っているといったら、事情聴取を兼ねて乗せてくれるってよ」
それって交換条件ってことかと龍翔はうんざりしたが、贅沢は言っていられない。それに警察はまだ何が起こったのか正確に把握していないのだ。現地に着く前に説明しておいて損はない。
「よし」
問題は推理が正しいかどうか。それだけだ。わざわざ最初の突発的な殺人で使用した凶器を回収し、そのうえで目的だった恵介を殺している。
「まあ、目的はあっちだけか」
それが天翔を救うためだと塗り替えられているとすれば、かなり厄介だな。それが龍翔の正直な思いだった。
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