第32話 密室殺人と煙の謎
「何それ。密室殺人ってこと?」
ミーティングルームに戻った天翔から聞かされた話に、葉月がそう顔を顰めるのも無理はない。しかし男四人がかりでドアを開けたのだ。間違いなく恵介の研究室は密室となっていた。そして、その中で胸に包丁を刺された状態で死んでいたのである。
「嘘かと思うだろうが本当だ。それに」
その包丁は圭太の死体に刺さっていたものだった。あの特徴的なセラミックのものを見間違えるはずはない。一体犯人はいつそれを手に入れたのか。様々な疑問が残る。
「にしても煙たかったよな。あれだけ煙草を吸っても火災警報器って作動しないんだって、そっちに驚きだよ」
横から話に入ってきた将貴は凄い煙だったと肩を竦める。そう、ドアを破って入った恵介の研究室は紫煙にまみれていた。漂う煙はどこか甘く、それでいて不快に感じるものだった。机の上に大きな灰皿が置かれていたことから、日常的にそこで吸っていたのがよく解る。
「そう言えばそうね。あの誤作動のせいで動かなくなってたのかしら」
葉月は先ほどの秀人の事件を思い出して言う。ここ数時間に立て続けにあった事件。それだけでも驚きを隠せないが、あの時は犯人と揉み合った末に警報器が作動してしまった。それを無理に止めたことで火災警報器が反応しなくなった可能性はある。
「館内禁煙も、この事態では吸う衝動を止めるには効果がなかったわけだ。ちゃんと机の上に灰皿があったし、案外今までもこっそり研究室で吸ってたのかもな。窓を開ければ煙は気にならないわけだし、それに一人で使っている上に一番端だったし、何やってもばれないよ」
将貴は陰では何していたか解らないと肩を竦めた。あれだけ雅之の機嫌を窺っていても禁煙は出来なかったのだ。
「どうにもこの事件、煙草が絡むよな。しかしそれが殺人に発展するなんてことはあるだろうか」
研究員と学生と講師が殺された。その共通項が煙草しかないなんてあり得るのだろうか。しかも殺人という事態に発展しているというのにだ。必ず困る何かがあるはずだと天翔は考えてしまう。
しかし恵介が学生の面倒を見るのは講義の時くらい。それに積極的に関わるようなタイプでもなかった。それは職員に関しても言えることで、恵介が誰かと仲良くしていたとの話は出ない。というのも、太鼓持ちとの評判が周囲から浮かせていたのだ。
「考えると不思議だよな。どうして坂井先生は普段、片桐先生ばかりに気を使い、周囲には気を配らなかったんだろう」
「えっ」
一体何を言い出すんだと、将貴も葉月も天翔の言葉に耳を疑う。それは周囲が自分の立場を守るのに必要ないからではないのか。
「だってさ。一人で研究の出来る理論物理学ならばまだしも、天文学者はチームプレーとなることが多い。そういう時、利己的に動く奴をリーダーにしようとは思わないだろ。そう考えると、坂井先生のやり方は出世に絡むとは思えないんだ。だからどうしてなのかなって」
違うかなと天翔は二人を見る。ここで理論物理学を例に出したのは龍翔を思い出したせいであり他意はない。と、心の中で言い訳してしまう。そう言えば電話が中途半端になっていたなと、こそっとスマホを確認するとメールが入っていた。これは後で返信しなければならない。
「まあ、言われてみれば周囲からの評判だって片桐先生の耳に入るはずだもんな。しかしあいつ、指示を出すのはすぐにやってたじゃん。リーダーシップが執れるって示そうとしてたんじゃないのか」
無駄とはいえ努力していただろうと将貴は葉月に同意を求める。この大雨が降り出した時だって、葉月に南館の手伝いを命じたほどだ。それに典佳に食料の確認をさせている。一応、先を見通した動きをし、指示していたということになるだろう。
「まあねえ。でも若宮の指摘は解らないでもないよ。どうして片桐先生の目を気にするのか。そう、機嫌を取っているっていうより気になって仕方ないってのが正しいのかも。違和感があったのよね。だから余計に坂井の行動が気になっていたのかもしれないわ」
葉月まで天翔の味方をするので、将貴はおいおいと宥める。それにどうして今、恵介の評価に関して話し合っているのか。そんなことは殺されてしまった今、関係ないはずだ。それよりもあの密室こそ問題だ。
「いや。そうだけどさ。どうにも繋がりがない殺人だというのに、どうして坂井先生の時だけ、そんな手の込んだことをしたのかと思ってさ。それって犯人も坂井先生の行動に疑問を持っていたってことかなって」
ここで事件は終わりということだろうか。不思議と言えば恵介の部屋にだけ複数の惑星ボールが転がっていた。事件の特異性は密室と複数のボール。この二つとなる。しかしわざわざ密室にした理由は思いつかなかった。終わりとするならば、こんな奇妙な謎を残す必要はない。
「あの煙か」
しかし煙を隠したいのならば、例えば犯人も恵介の部屋で吸っていたと仮定しても、窓を開ければいいだけの話だ。それをどうして密室にしたのか。
「ううん」
正解は間近にあるようで掴めない。それはやはり、殺された三人の繋がりが見えないせいだ。ヒントは煙草しかない。それにあの惑星ボール。あれは何なのか。単なる連続性を示すだけのものだろうか。
「そもそも犯人がこの中にいるとして、どうして殺さなければならないのよ。そこが問題よね。それもわざわざ誰も出て行けない状況の中で」
ここがそもそも密室のようなものなのにと、外部犯に仕立てなかった犯人の気持ちこそ読み取れないと、尤もな指摘をして葉月は首を捻るのだった。
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