第31話 双子が別れた理由

 一時間後に合流した将敏は、これから山に登るのかと思えるような重装備だった。

「お前なあ。災害現場に行くんだぞ。革靴でどうする」

「あっ」

 しかしそれが正解だということは、あっさりと理解することとなった。そうだ。自分は今、あのテレビで見た風景の中に飛び込もうとしているのだ。いつものように大学に行く格好ではどうしようもない。せめて長靴を履いてくるんだったと、指摘された革靴を恨めしく見てしまう。

「まあいい。お前が行くのは天文台だからな。その恰好でもなんとかなるだろ。さっさと乗れ」

 正門の前に停めてあるジープを指差し、もう行くぞと将敏は促した。これもまたマイペースというものだろうか。ぐいぐいと勝手に進めていく。

「お手数おかけします」

 助手席に乗り込み、龍翔は一先ず礼を述べた。しかしその間にも将敏はアクセルを思い切り踏み、ジープを発進させる。それがまた荒くて舌を噛みそうになった。エンジンが唸りを上げている。

「手数も何も、俺もそこに行くから一緒だ。たまたま研究室で急に派遣となったロボットのチェックをしていたら、岩本が勝手にやって来たんだよ。あいつ、基本的にお喋りだからな。で、喋ってたら電話が鳴った。それだけだ」

 唸りをあげて走り出した車を運転しつつ、将敏はにかっと笑う。見た目もそれほどごついわけでなく、しかも知行と同い年だというのに男気溢れる人なのだ。そしてほれと、着ていたベストのポケットから何かと取り出して投げて寄越す。それはあの定期入れだった。

「ありがとうございます」

 二日ぶりに戻ってきた定期入れに、龍翔は心底ほっとした。そしてすぐに中身を確認する。二人で撮った写真も出生届も、知行はちゃんと元通りに入れておいてくれていた。

「まさかお前が双子だったなんてな。しかも弟は天文学者ってか。よほどの理系家系だな」

 詳しい事情を知らない将敏はそう言って笑う。まあ、理系家系であることは確かだ。父親は仕事にはしなかったものの天文観測を日課としている。叔父は医者だ。

「で、どうして出生届なんて持ってるんだ。双子の弟がいることは、ずっと黙っていたらしいな」

 しかし何かがあることは解っていると、笑顔を引っ込めて訊いてきた。それは構えるようなものではなく、車の中での世間話という感じであった。だから自然と言いやすい雰囲気となる。

「黙っていたというより、この紙切れ以外に弟がいることを知る手掛かりはなかったんです。弟は、生まれてすぐに養子に出されましたから」

 それは叔父夫婦に乞われて仕方なくだったと、天翔との再会を果たした後に父親から聞かされた。双子を養うのに困るほど貧乏だったわけでもなく、むしろ母は二人とも育てる気満々だった。それどころか、養子に出すのは反対の立場だったという。

 しかし、ずっと子供を望むも出来なかった自分の弟の切なる思いも知っていた。いつか男の子が二人出来たらと、ことあるごとに行っていたという。男の子の双子が生まれた時、父親は母親と弟の板挟みとなり、苦しい決断を迫られたのだ。

「叔母さんの身体が弱いってこともありましたけど、実は叔父さん、無精子症だったんです。さすがに誰にも知られたくないと、親父にだけこそっと打ち明けたらしいです。これだけは現代医学ではどうしようもない。だから一人、養子にくれと懇願された。それを断るのって、出来ないですよね。弟として生まれたこの子に苦労は掛けない。それだけは約束してくれと条件にしたようです」

 だが、そう上手くいかないものだったらしい。天翔は愛情を感じられずに悩み、叔父夫婦も色々と悩んだようだ。それに、立派な医者にしたいとの気負いもまた、天翔には重荷に感じられるものでしかなかった。

「そういうわけで、出会うまで弟が生きているのかどうかすら知らなかったんです。ただ、母が大事に仕舞っていたこの出生届のコピーを見つけて、やっぱり自分は双子なんだって思ったくらいですね。なんかこう、常に違和感があるんですよ。自分だけでは何かが欠けているような感覚。理系らしくないかもしれませんが。その正体が、生きているかどうか知らない弟だった」

 そう言って苦笑すると、理系とか文系は関係ないだろと笑われる。そしてその感覚を信じたからこそ再会できたのだろと言われてしまった。

「そうですね。まさか弟が天文学者として自分の前に現れるとは思いませんでした。どうも叔父さんと大喧嘩の末に自分の進みたい道を進んだとのことです。今では連絡も取っていないと言っています。親父がそれに関して確認すると、面目ないと謝られてしまったと言ってました。今はもう、弟が天文学者となって喜んでいるということです。ま、意地を張って本人には伝えていないようですけど」

 語ってしまえばなんてことはないように思う。しかし、その中心にいた天翔は苦労の連続だったのだ。自分は違和感だけだったが、天翔は常に孤独と向き合っていた。それは、語られなくても感じ取れてしまった。だからこそ、いつか役に立ちたいと願っていたのだ。

「会った時はびっくりだっただろ。そっくりなのは当然でもさ」

 黙り込んだ龍翔に、その時の感想はどうだったんだと将敏は笑って訊く。それは好奇心というよりお節介からのようだ。今も高速道路を飛ばして西に進むことからも、心配してくれていることはよく解る。

「びっくりどころではないですよ。たまたま参加した学会で会ったんですけど、周囲の反応がおかしいというのが最初でしたね。会ったことのない人が久しぶりと言ってきたり、この間の件はどうなったのかと問われたり。で、これはおかしいとなって探したら、いたわけです」

 この偶然は、自分が物理の中でも宇宙論を選んでいなかったらなかったことだろう。父親の趣味は、どういうわけか離れて暮らしていた天翔へと受け継がれていた。そして宇宙に対しての興味は龍翔も小さい頃からずっと持っていた。

 再会を果たしたあの時の天翔の茫然とした顔は、今でも忘れられない。というのも、向こうは兄がいるとしか知らなかった。双子である事実を、叔父は語らなかったせいだ。そうしないと、自分の元からすぐに去ってしまうとの危惧があったのかもしれない。

「俺、友部龍翔。たぶん、お前の双子の兄なんだけど」

 あの時の自分の台詞は、なんとも間の抜けたものだった。そんなもの、顔を見れば解る。しかも服装もそっくりだった。周囲が勘違いしたのも頷けるほどの一致具合だ。しかも黒子のある位置は異なったものの、その黒子のある方に前髪を分けているのは同じだった。

「ははっ、そんな自己紹介をしたのか」

 傑作だなと将敏は笑い飛ばす。だから間の抜けたと言っただろうと龍翔はむすっとなった。

「悪い悪い。こう、語った分に見合うくらいに感動的な再会なのかと思ってて」

 くくっと笑う将敏の中では映画のような再会シーンが描き出されていたのだ。それが普通というか龍翔らしいというか。気張らない再会に思わず笑ってしまう。

「いいでしょ。まあ、それからは連絡を取っているんですよ。まだ、遠慮がありますけど」

 三十過ぎていきなり兄弟だと解ったものだから、向こうは自分以上に遠慮がある。しかも養子に出されたことに対して不満があるのだ。両親と会うこともしていない。まだまだ色々と乗り越えなければならないことがあった。

「まあ、それは仕方ないよな。夫婦だって慣れるまでは色々と遠慮があるもんだ。それがいつしかなくなり、最初は何だったのかと悩むようになる」

 例としていいとは思えない上に最後は愚痴になっている。知行のところと違って、こちらは夫婦間で何かと苦労があるようだ。家族というのは一概に定義できないというのを端的に表しているように思えてしまう。

「そうですね。それにしても」

 なかなか詳細をメールしてくれないなと、龍翔はスマホを取り出して溜め息を吐く。思いのほか早く西日本に着けそうだというのに、これではどう対処していいのか解らない。

「それにしても、陸の孤島となった天文台でトラブルか。大変なことになっていなければいいな」

 心配なのは将敏も同じで、思わずそう呟いていた。

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