第30話 第3の殺人
一方の天翔は電話を掛けていた恭輔の研究室を飛び出すと、悲鳴がどこから聞こえたのかと視線を巡らす。すでに悲鳴を聞きつけているはずだというのに、廊下は恐ろしいくらいの静寂に包まれていた。
「天翔」
「今のは?」
聞き間違いか。そう思いつつも焦りを覚えていると、将貴が呼びにやって来た。将貴には電話を掛けるために恭輔の研究室に行くと伝えていたためだ。
「解らない。ただこっちから声が」
研究室の方から悲鳴がしたから天翔に何かあったのかと思ったのだと、将貴は無事な姿を見て少し緊張を解いた。しかし誰かに何かがあったのは間違いない。
「おい。坂井君を見てないか?」
「えっ」
そこに何があったかを確認していた恭輔が走り寄ってきた。その顔にはいつになく焦りの色がある。それにしても恵介のことを訊ねるとはどういうことか。天翔とは距離を置いていることを知っているというのに。
「先ほどから姿が見えないんだ。お前は電話だと解っているし、他はトイレや気分転換に部屋を出ていただけですぐに確認が取れた。しかし」
恵介の姿だけが、あの悲鳴を聞いても姿を見せないのだと顔を強張らせる。この状況で悲鳴を聞いて出て来ないなんて、いくら機嫌を損ねていたとしてもあり得ないことだ。
「まさか」
「たしか、ずっと自分の研究室にいるんですよね」
あの悲鳴の正体が恵介だとすれば、現場は恵介の研究室のはずだ。そして被害者も。三人の頭の中では同じことが過り、自然と早足で恵介の研究室へと向かっていた。それは廊下の一番端にあり、講師という立場のため一人で使用していた。
「坂井君」
「坂井先生。大丈夫ですか?」
どんどんとドアを叩くも中から物音はしない。ガチャガチャとドアノブを回すも、中から鍵が掛かっているようで開かなかった。
「壊そう。中で倒れているのかもしれない」
体調不良の可能性もあるなと、ドアの鍵が掛かっていることから判断した恭輔が、将貴にバールを取ってくるよう命じる。それと同時に何人か手助けを呼んでくるようにも言った。
「若宮はここにいて声を掛けてくれ。医者である叔父さんのことに触れられたくないだろうが、他の奴より知識はある」
「大丈夫です。それより、悲鳴は倒れた時のものでしょうか」
天翔は中の様子を探ろうとドアに耳をつける。しかし物音ひとつしない。これが心筋梗塞や脳梗塞だとすると、一刻も早い病院での処置が必要だ。応急処置ではどうにもならない。その場合、自分がいても助からないのだ。こんな時に医者の必要性を痛感するなんてと、天翔は舌打ちしたいのをぐっと堪える。
「ダメですね。病気とすると完全に気を失っています。道路も使えず、夜間でヘリも使えないとなると」
覚悟がいると、天翔は恭輔を窺った。それに対し恭輔は頷くだけだった。誰も何も責められない。それはそうだ。誰にも席にのあることではない。これがもし叔父の家であったのだったら別だろうがという、天翔の暗い気持ちだけが残る。
「おい。何があった?」
重苦しい空気になりかけた時、応援としてやって来た彰真と駆、それに雅之が現れた。その雅之の手にはバールが握られている。
「坂井君が中で倒れている可能性があります」
バールを受け取ってドアの隙間に嵌め込みながら恭輔が説明する。しかしぐっと力を入れるも、ドアはなかなか動かない。僅かに変形したところで固まってしまった。
「先生。俺がやります」
ここは年齢も若くて体力のある奴がやった方がいいと、彰真が代わった。そしてぐっと力を入れる。しかし手前に少し曲がったものの、それ以上は動かなかった。
「あれ?」
「誰かドアノブを引っ張れ。片一方からでは折れ曲がる力しか加わらない」
雅之の冷静な指摘を受け、天翔がドアノブを引っ張ることになる。それだけでなく、バールによって開いた隙間から将貴が思い切り引っ張ることとなった。さらに駆が彰真と一緒にバールを思い切り引き下げる。
「息を合わせていくぞ。一、二の三」
彰真の掛け声とともに四人が一気にドアを引っ張った。するとばこっと鈍い音がし、ドアが傾き始めた。
「危ない」
このまま倒すとドアノブを引っ張る天翔が危ない。そう気づいた彰真が叫ぶと、すぐに恭輔がドアに背を付けて支えた。
「鳥居先生」
「横にずらすんだ!」
ドアを外すというのは想像以上に大変だった。重たいドアに苦戦しつつ、何とか邪魔にならない横の壁に立てかけた。
「坂井君」
そうやって開いたドアの向こう、研究室の中は想像とは異なっていた。苦しんで倒れている恵介を想像したというのに、彼は椅子に座っていた。そしてまた、あの不可解な笑みを浮かべて死んでいる。しかし、悲鳴を上げることになった原因と思われる包丁が、胸に深々と突き刺さっていた。そして、その場にいた全員を嘲笑うかのように、あの惑星ボールが複数転がっていたのだった。
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