第27話 謎の惑星ボール
「これは」
「不可解だ」
毛布を捲って現れた秀人の死体に対し、将貴は顔を顰めたが天翔はおかしいと首を捻る。というのも、秀人の身体には多数の打撲痕があった。それは顔から腕にかけて複数ある。しかし無事だった左半分の顔は笑顔に近いのだ。雅之が恍惚としたと表現が正しいと解るほど、自分に何が起こったのか理解していない顔をしている。
「お前なあ」
よく冷静に分析できるなと、将貴は顔を逸らした。どう考えても、恨みがあってやったとしか思えないほど滅多打ちだ。腫れていない方の顔はともかく、右側はもう原型を留めていないと思えるほどに殴られていた。相手は容赦なく、逃げもしない秀人を殴りつけたのだろう。
「そう、不可解だ。それに」
これを見ろと、雅之はその死体の左手を指差した。どうやら犯人は右側から襲ったようで、左側は手も防御の跡すらなく無事だったのだ。その綺麗な手が何かを握り締めている。
「これは」
警察が来る前に下手なことは出来ないので覗き込むことしか出来ないが、それはあの惑星ボールだった。垣間見える柄から判断して木星のようである。
「連続殺人、ってことか」
気になってちらっと見た将貴もマジかと思わず驚きの声を上げる。今まで連続殺人には懐疑的だったが、ボールを握り締めているとなると話は違った。これには必ず、何か意味があるはずだ。だから二つの現場に残されている。ということは、犯人は自らこのボールを秀人に握らせて去ったということになる。
「しかし」
表情からして、秀人は自らの死を理解していない。そんな状態で握り締めていたものに何か意味があるだろうか。土産物店の傍での事件というのも気になる。
「小杉君の次が久保君か。二人に何かあるのだろうか?」
雅之も連続性を疑えるかと考えるも、何か繋がりがあるとは思えなかった。この天文台で研究している以上の何か。それが見つからない。もし天文台で働いていることが共通点なのだとしたら、犯人はここにいる全員を殺すつもりだということだ。そうなると、あの惑星ボールは意味をなさない。あれは八種類しかないのだ。全員を殺すには足りない。
「この警報器が押されたんですね」
天翔は秀人の死体の傍に飛び散ったプラスチックとガラスの破片を見つけ、すぐ近くに警報器があるのに気づいた。警報器にもいくつか傷がついており、どうやら警報器が押されたのはたまたまであったらしい。犯人は相当焦ったことだろう。ということは、あの惑星ボールを意図して置くことは不可能だったのではないか。
「ますます解らないな」
犯人はなぜ、これほど秀人を滅多打ちにしなければならなかったのか。圭太の事件よりもこの殺人ほど計画性がないものはない気がしてくる。
「若宮君」
警報器を見つめて考え込む天翔に向けて、雅之はもういいかと秀人に毛布を掛ける。
「すみません。その、彼にも処置をしておきますか。道路が復旧するのはまだですよね」
ここで考え込むのは良くなかったと、天翔は素直に謝ってそう訊ねる。おそらく圭太と同じように処置をしろと警察は指示してくることだろう。このまま放置していては、実況見分の時に解るものも解らなくなってしまう。
「そうだな。頼む。警察には早めに何とかならないか。それを聞いておく」
最初の頃のような、どうすればいいかと戸惑うことなく雅之はそう言った。やはりこの変化も気になるところだ。
「先生」
あなたは何か知っているんですか。そう問い掛けようとしたが雅之の目の暗さに押されて黙ってしまった。どうして自分にはこの事件を解くことを許可しているのか。それも気になるが問えない。どうやら期限付きで部外者に近いからと思っている節はないのだが。
「夕食まで休め。処置はそれからでいい。菊川、お前もな」
雅之はそれだけ言って警察へと連絡するために二階へと歩いていってしまった。それは追及を逃れるようで、ますます気になってしまう。
「ううん」
謎だらけだ。天翔は理解できないと腕を組んでいた。外は相変わらず、大きな雨音を立てて雨が降り続いていた。
夕食は非常に静かなものだった。さすがに葉月ももう神経が参ってしまったらしく、溜め息を吐くことが多い。それだけでなく明らかに落ち込んでいた。
安全を考えて全員揃っての食事となったのだが、恵介だけはミーティングルームに姿を現さなかった。まだ気持ちが落ち着かない。それが理由だけに、誰も無理強いは出来なかった。
「明日には雨が止んでくれればな」
今日は土産物店で扱っているパンの残りが夕食だったこともあり、心配は大きなものになっていた。というのも、用意を進めていたカレーは翌日に持ち越しとなってしまったのだ。それは全員の体調を考えてというより、葉月にその気力が残っていなかったということである。
このまま事件が続けば、ムードメーカーの葉月が倒れてしまう。そうなったらここのメンバーは大丈夫なのか。ただでさえ不安定なところを葉月の元気で支えられていたところがある。そう考えると、将貴はまだ降り続く雨を恨めしそうに見つめていた。
「だいぶ小降りにはなってきたから、もう雨雲の流れ込みは収まってきたんだろう。気象庁のデータを見ても、赤い色の印は消えている」
雨に関してはもう心配ないだろうと、天翔はミーティングルームの前側に置かれたままのモニターを見て言う。雨雲レーダーによると、この一時間での降水量が多くて赤く表示される個所はようやく消えていた。このまま発達した雨雲が消えてくれれば止むのは時間の問題である。
「はあ、こういう時も冷静だね。羨ましいよ」
「そうか。血も涙もないって言われたが」
天翔がそう言って苦笑すると、意外と根に持つねと笑われる。
「昔から言われてたことだからな。笑わないし泣かないし、こいつはダメだって。まさかこの年になって同じセリフを聞くことになるとは思わなかったよ」
自嘲的な笑みを浮かべて天翔が言うと、それこそ意外だと将貴は驚きを隠さなかった。たしかにどこか影があるなとは思っていたが、それほどのこととは思わなかった。
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