第25話 意外な人間関係
「何だよ、二人して。それってもし雨が降ってここに閉じ込められることがなくても、いずれ殺人は起きたってことですか。まあ、微妙な時期だという話を雨が降る前に天翔としてましたけど」
お前は大丈夫なのかと、圭太の死の真相ばかりを考えていられないのではと将貴は不安になる。恵介のことはこれが終わっても避けて通れない問題だ。
「それは大丈夫だろう。もし坂井先生が周囲の指摘するとおりに俺の次の仕事に不安があるだけならば、こんなことはしないはずだ。自分の身が危うくなるだけだからね。ああいう頭が働く人は、いつでも慎重に動くものだと思うよ。だから坂井先生はいつも通りに振舞いつつも、目立った動きをしないのだと思う」
天翔のその指摘に、二人はそれもそうかと納得する。たしかにあらゆる情報を集めようと動くことはあっても、何かを率先してやろうとはしていない。それどころか雅之に何かおべっかを使うような振る舞いすらしていないのだ。普段ならば鬱陶しいくらいに感じる恵介の行動は、事件発覚後から半分くらいに減っているといっても過言ではない。というより恵介のことにばかり気を取られていられないという事情がある。
「つまり若宮は何の心配なく動けるってわけか。ここでの人間関係はまだそれほど深くない。まあ、研究室にいるメンバーは違うか。一緒にいる時間が長いもんな。しかし鳥居先生を除くとこれといったしがらみはないわけだ」
それで冷静に考えられるのかもなと彰真は笑った。つまり、それが雅之が天翔に謎を解かせてもいいと考えた理由でもあるのだ。関係性の希薄。もちろん他と比べるとというものだが、それでも距離を置いて考えることが出来る。
「とはいっても、そのおかげでどういう人間関係なのか解っていないところが多いのも事実です。例えば杉田君とうちの島田が仲がいいというのは、事件が起こるまで知らなかったことです。研究室のメンバーですらこれですよ。他にも知らない関係性があるんだろうなと思いますね」
その分、自分の秘密も知られなくていいのだけどと、天翔は心の中で呟く。まだ、自分の中でも処理し切れていないことだ。あまり他人には知られたくない。
「そんな複雑な関係はないと思うぞ。島田と杉田君が仲がいいのは大学での先輩後輩の関係だからだしな。学生同士の関係はよく知らないけど、他に困るような関係性はないだろ?」
ですよねと将貴は彰真に同意を求めたが、その彰真が困った顔をしていた。
「どうしたんですか?」
まさか何か隠し事かと、将貴が笑顔で問いかける。もちろん何もないだろと思う故だ。しかし彰真は気まずそうな顔のままである。
「あの、無理に言わなくてもいいですが」
あまりに躊躇っているので、天翔は自分のように特殊な事情があるのだろうとそこで話題を切ろうとした。しかし彰真は意を決したように膝を叩く。
「いや、この際だから言っておこう。俺、春日典佳と付き合ってます」
ああすっきりしたと、言い終えた彰真は晴れやかな顔になる。そうだろう。とんでもない秘密だ。がしかし、聞かされた二人はぽかんとしてしまう。
「はい?」
「えっ?」
もう一度お願いしますと、今の言葉が処理できなかったと二人は正気に戻ると同時に訊き返していた。するとわざとだろと彰真は真っ赤になって怒鳴る。
「だって」
「意外で」
二人はわざとではないと、同時に首を振る。あのマイペースの典佳と彰真がこっそりと付き合っていた。それは想像の範囲を大きく超える出来事だった。何というか、典佳がうっかり喋ってすぐにばれそうな感じがする。
「これでも二年付き合ってんだからな」
凄いだろと、もう無意味に威張るしかない彰真は大声で笑った。その豪快な笑いにつられて二人もくくっと笑う。すると笑いが止まらなくなった。久々に面白いと感じた気がした。それほど緊張状態が続き、しかも一日が長く感じられていたのだ。三人はしばらくゲラゲラと笑い続ける。
「ヤバい、窒息する」
あまりに笑い過ぎて息が出来ないと将貴が言うと、お前、それは笑い過ぎだと彰真が怒ってまた笑いが起きる。天翔も笑いつつ、二人が付き合っている様子ってどんな感じだろうかと首を傾げた。正直、二人が付き合っている様子は全く想像できない。彰真が典佳のマイペースに振り回されているというところだろうか。
「で、春日さんのどこがいいんですか。やっぱりあのおっとりしたところ」
すると同じく疑問に思っていた将貴がずばりと質問した。すると彰真の顔が再び真っ赤になる。
「そ、そうだな。まあ、癒し系ってやつ」
後頭部をぽりぽりと掻き、彰真は照れ臭そうだ。こうやって揶揄われるのが嫌で今までこそっと付き合っていたというのにと、この雨で予想外の告白をすることになってしまったと愚痴を零す。
「何がきっかけで――」
さらに将貴が追及しようとした時、けたたましい音が館内に響き渡った。それは誰かが火災警報器を押したために鳴った音だ。
「どこだ?」
「こんな時に火事」
三人は立ち上がると、まず煙が天文台室に入っていないかを確認した。ここが一番上なのだ。煙が上がるほどの火災ならばすぐに解る。
「臭いもしないですね」
特に何かが燃えている感じもしないと天翔は鼻を動かす。異変を感じるほどの臭いはない。煙も上がってきていなかった。すると誰かが間違って押したのだろうか。
「ともかく下に降りよう。どこの警報器が押されたのか確認するのと、本当に火事がないのかを確認しないとな」
こんな時に悪戯とは考え難いしと、彰真が先に階段を降り始めた。二人もそれに続く。
下の階ではどこで火災があったと騒ぎになっていた。特に学生たちは不安が先に立つのか大声で言い合っている。しかしそれはどれも意味のなさない言い合いで、火事の情報を正確に伝えるものはなかった。さらにその集団の横では、あの佐介が気持ちの折れそうになっている剛大を慰めている。二人の横では女子学生の浦川冬花と修士課程の守山芽衣が困惑の表情を浮かべていた。
「君たちはミーティングルームに戻っていなさい」
そこに二階の確認を終えた葉月が走って来て、まだ落ち着きのある四人を廊下からミーティングルームへ誘導する。ということは、やはり火事ではないのだ。しかし表情は険しく、ただの誤作動ではないことを伝えている。
「一体何があったんだ?」
天翔たちが駆け寄ると、葉月はちょっと待ってと口元に指を立てる。これは好ましくない事態のようだ。そして、混乱している学生たちには言えないということらしい。その間にも葉月は残りの学生をミーティングルームへと誘導した。
「ああ、ここに集まっていたか」
そこに顔色を変えた恭輔が階段を駆け上がって走り寄ってきた。そしてまた殺人だと天翔に耳打ちする。
「えっ」
連続殺人の可能性は考えていたが、全員が雨漏りの点検に動いているこのタイミングとは予想していなかった。もっと夜に、またこっそり起こるものだと思い込んでいた。なぜならばこの状況では犯人が特定されやすくなる。人間関係の見えない部分が理由ならば、そんなリスクを冒すとは思えなかった。
「一体誰が」
「こっちだ」
葉月が学生や研究員をまとめてくれていると解り、恭輔はまだ事態を把握していない三人を連れて一階へと駆け出す。たしか一階の見回りは嫌そうな顔をしていた恵介と駆、それに実結と主馬に秀人で行われていたはずだ。この一階の調査人数が少ないのは、点検箇所が少ないためだ。
一階は夜も近いということもあり、より薄暗く感じられた。廊下の電気も必要最低限しか点けていないためだ。それが、今は不吉な予感を掻き立てる。また予想外の誰かが殺されたのでは。そういう想像をしてしまうのだ。そうなると無差別殺人の様相を呈してくる。しかし何の意味があってここにいるメンバーを殺す必要があるというのか。天翔は答えのない問いを繰り返してしまう。
「こっちだ」
現場にはすでに駆け付けた雅之が難しい顔をして腕を組んでいる。そこは天翔たちが午後に休憩したあの土産物店の近くの自販機コーナーだった。
その雅之の足元では腰が抜けてしまったのか、恵介が青い顔で床に座り込んでいた。その二人と少し距離を置いて駆と実結、それに主馬の姿がある。
「まさか」
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