第24話 最悪の人にバレた

 夕方になって急速に空が暗くなったかと思えば、ざあああと轟音を立てて雨が降り始めた。完全なゲリラ豪雨だ。

「ようやく降ったかと思えばこれか」

 あまりの大雨に龍翔は外を覗くと舌打ちしてしまう。何事にも適度な量があるように、雨も一気に降ってもらっては困るというものだ。

「凄いですね。最近はどうにも異常気象が多いように思いますが、これは西日本で大雨を降らせている雲が流れ込んできたんでしょうか」

 同じように窓に近づいて覗き込んだ千佳も凄いと空を見上げる。あれだけ晴れていたというのに、今はもう真っ暗で激しく雨が降っている。が、龍翔の興味はすでに今降っている雨から千佳の言葉に移っていた。

「西日本で大雨って、どういうことだ?」

「あれ、ニュース見なかったんですか。昨日の夕方から降り続いているらしいですよ。被害が出ているところもあるとかで、朝から大騒ぎしてましたけど」

 そういうところが抜けてますよねと千佳に呆れられるが、龍翔はそれどころではないと自分の席に大慌てで戻る。そしてすぐにニュースをチェックした。

「マジかよ」

 ここで初めて、あの失くした定期入れが暗示だったのではと気づいた。雨が降っているのは、その定期入れを売っている天文台の付近だ。実際に被害が出ているのは山の下の方と隣の県のようだが、安心はできない。

「でも、何の連絡もないし、天文台も対策で忙しいだろうから、こちらから問い合わせるのは迷惑だろうし」

 これは困ったなと、龍翔はスマホに連絡が入っていないかと確認する。が、入っていたのは知行からのメールだけだった。そういえば、朝から研究室で悠大と喋っていたというのに今はいない。どこに行ったのだろうか。

「メールはそれについてか」

 だったら声を掛けて行けよと、妙なところで手を抜く知行に呆れてしまう。研究は一流で女性の扱いも丁寧なのだが、どういうわけか適当な面を持っている。こういう連絡関係が特にそうだ。が、その呆れは予想を裏切るメールによってすぐに怒りに変わった。

「あんのくそじじい」

 何と、メールは龍翔の定期入れを拾ったというものだった。それは喜ばしいことだったが、その次に書かれていたことが問題だ。

『この秘密、黙っていてほしかったら明日の食事会を成功させること。失敗したらどうなるか、解ってるよね』

 文章から、知行がにやにや笑っている様子が目に浮かぶ。それはそうだ。今まで誰にも話したことのない秘密を握ったばかりか、自分の仕掛けに全面的に協力しなくてはならない状況へと追い込んだのだ。それはもう楽しいだろう。

「くそっ。変な店を予約してたらぶん殴るからな」

 ともかく拾われたことは良かった。定期入れは何とか無事に出てきたわけだ。その先はまあ、今のところはいいとしよう。それに千佳や悠大、それに智史に知られることを思えば幾分かマシである。

「ううん、それよりも」

 大雨は大丈夫なのだろうか。ネットのニュースでは断片的な情報しか拾えない。それがもどかしいところだ。しかも向こうの雨はまだ止んでいないらしい。雨雲の流れ込みは弱まってきたものの、降りやむにはまだ時間が掛かるそうだ。

「ともかく、明日の夜までは連絡を待ってみよう。それで何もなければメールを入れればいいや」

 向こうだって自分のことを周囲に知られないようにしていることだろうしと、そう言い聞かせるものの龍翔は妙に焦りを覚えていた。このタイミングで定期入れが出てきたのはやはり虫の知らせではないか。そんな気がしてならなかった。





 夜になっても雨は止まず、二日目の泊りの準備が始まった。とはいっても泊まり込むための準備は昨日で終わっているので、やることは雨漏りをしている箇所がないかを確認することだけだ。機械系統が問題なく動いているので心配は少ない。

「また夜か。ここからが問題だな」

 三階の天文台室をチェックする彰真は、疲れたように呟いた。それに同じくチェックをしていた天翔と将貴は顔を見合わせてしまう。普段から気遣いが上手く明るい彰真から漏れただけに、この夜を乗り切れるかに総てが掛かっているかのような深刻さがあった。

「あ、悪い。なんかさっきの諍いの話を聞いていたら、ちょっとしたことがきっかけになるんだなって思ってさ」

 まあここには他にいないからと、彰真は今まで心の内に留めていた思いを吐き出すように近くの椅子に腰掛けて二人を見た。それに倣って二人も観測機器の傍に置かれている椅子を引き寄せて座る。

「肩が当たっていざこざになったって、久保も平沢も言っていただろ。それって普段ならば何でもないことだよな。そこからさ、その、恋人とのこととか成績のこととか互いの暴露ばかりをするようになるって、酔っ払っていないと出来ないことだろ?」

 それが平然と起こる状況なんだよと、彰真は声を小さくする。それは殺人すら普段よりも簡単に起こると確信しているような言い方だ。

「脅さないでくださいよ。それじゃあ何ですか。小杉が死んだのも誰かの諍いの末だって言うんですか。それも恋人のこととか論文の進捗状況とか、そんなことが原因だと言うんですか。この狭い人間関係の中で揉めていれば、すぐに解るはずですよ」

 それはないでしょと将貴は諌めるように言ってしまう。特に天翔は圭太の死の謎を解きたいと考えているのだ。単なる言い争いから発展して殺したとは考えていない証拠である。

「悪い。その、今ならば弾みってものでも起こるんじゃないか。それが俺は不安なんだよ。どれだけ俺たちが周囲に気を配ろうと、普段から抱えているものの総てを知っているわけじゃない。坂井先生のことは、誰もが共有しているからこそ表出しているだけだと思うんだ。きっと、小杉と何かある奴が確実にいた。そう言うことだと思う」

 俺だって単純に殺したと考えているわけではないと、殺すきっかけをこの雨が与えてしまったのではないかと彰真は言い直した。

「つまり、殺人の理由を考えるのは簡単でない。日頃からは見えない人間関係が存在する。そういうことですか?」

 それまで黙って聞いていた天翔は、確認するように問い掛ける。それはずっと何か知らない関係があるのではと疑っており、今の彰真の意見が確信を持たせたからだ。何と言っても天翔はここでの人間関係を学生以上に知らない。

「まあ、人が何を考えているなんて解らないからな。どこでどういうトラブルを抱えているかなんて解らないよ。それに俺の考えていることをお前らが解らないように、俺だってお前らの考えが解らないよ。だってそれが普通だろ。総てを知っているなんて、家族ですら不可能だ。まあ、お前らとは根に持つようなトラブルはなかった。そう自信を持っているだけだしね」

 恨み言があるなら今のうちに言えよと、彰真は冗談を飛ばすのを忘れない。天翔が真面目に受け止めたことで、彰真も自分の考えに間違いがないと確信できたおかげだ。生真面目な性格も時には役に立つ。


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