第21話 疑惑の反応

 殺人事件発生に、天文台では一先ず、ミーティングルームに全員集まって一夜過ごすということになった。犯人探しをしようにも外は嵐。ここは下手に波風を立てるのではなく、外部との連絡がちゃんと取れるようになってから対処しようということになったのだ。

 現場の前には養生テープを張って出入りを制限し、現場保存ということになった。亡くなった圭太には悪いが、今日はそのまま過ごしてもらうしかない。

 そして、ミーティングルームに集まった全員が、こいつが犯人なのかという疑いと自分は違うと言い張りたい衝撃に耐えながら一晩過ごすことになった。事件発覚が午前一時。すぐに警察へと通報したが、この大雨ですぐに現場に向かうことは不可能だと告げられてしまった。窓の外を見ると、夕方から変わらずに激しく降り続いている。たしかにこれでは、警察といえども無理だった。

そこからずっと緊張状態が続くことになった。それは全員の体力を一気に消耗させるもので、恭輔は夜明けとともにもう一度警察に電話すると判断を下した。

「そろそろか」

 そして朝。夜明けの時刻となったものの、外はまだ雨が降り続き真っ暗だった。しかし警察に来てもらわないことには話が進まない。が、警察に連絡を入れた恭輔の顔がすぐに強張った。

「それは、弱りましたね」

 その一言にミーティングルームにいた誰もが緊張した面持ちになる。一刻も早くこの状況を脱したい気持ちなのだ。そこに弱りましたなんて聞こえては気が気ではない。

「ええ。現場の保存は出来ています。ああ、それはやっておいた方がいいですね。解りました」

 しばらく小声でやり取りした後、恭輔が向こうからの指示に大きく頷いた。

「ええ。大丈夫だと思います。よろしくお願いします」

 そしてそれだけ言って恭輔は電話を切った。そして難しい表情を自分に注目している全員に向ける。

「何かあったのか?」

 横で聞いていた雅之が気が気ではないとすぐに問い掛ける。責任者であるだけに、この殺人事件という事態に最も参っている人物だ。普段は落ち着き払っている彼も、この事態に相当神経を擦り減らしている。イライラと研究員たちを睨んでは、溜め息を吐くというのを繰り返していたほどだ。

「それが、昨夜の雨で近くの川が氾濫しているとの情報がありましたよね。それからも増水が続き、この山に通じる道路が押し流されてしまったそうです。復旧には、最低でも三日かかると」

 その言葉に、どこからともかく小さな悲鳴のような声がした。それはそうだ。少なくともあと三日はこの状況が続くという。すでに数時間でぐったりしてしまっているというのに、どうすればいいのか。

「な、何とか山を下りる方法はないんですか?」

 そう慌てて訊くのは恵介だ。この状況に、日頃は太鼓持ちで調子のいい男も大慌てとなっている。疲れている雅之を気遣うことすら忘れてしまっていた。

「ないな。それにまだ雨が強く降っている状況だ。こちらが動けないのはもちろんだが、工事の進捗にも影響するほどだぞ。こちらの状況を聞いて復旧を優先してくれるよう話を付けてくれるとのことだが、三日というのも目途でしかない」

 恭輔はここで大人しく待つしかないと諭したかったようだが、それは逆効果となった。大人しくその成り行きを聞いていた学生の一人、昨日死体を発見した剛大がうわあっと叫んで入り口に走った。その突然のことに誰も止められないかと思われたが

「止まれ。他の者も動くな!」

 そう怒鳴り声が響いた。声の主は先ほどまでそわそわしていた雅之である。周囲がざわついたことで、自分の役割を思い出したのだ。そしていつものどっしりとした雰囲気となる。その威圧感に、逃げ出そうとしていた剛大の足も止まった。しかし顔はもうくしゃくしゃだった。

「いいか。余計な行動を取ることこそ事態を悪化させる。全員がそれを肝に銘じて動くように。いつも通りとはいかないだろうが、通常通りの動きを心掛けるように。いいな」

 剛大だけでなく、その場にいる全員一人一人の顔を確認して雅之は言った。やはり最後に頼りになるのは所長というわけだ。

「奇妙だな」

 しかし、その一連のやり取りに天翔は違和感を覚える。恵介が慌て、剛大が慌てる。その二人を見てどうしてこの展開になれたのだろう。同じようにイライラとしていた雅之にも焦りが見えてよかったはずだが。

 その場はしんと静まり、互いの顔を見ては目を逸らす。それがしばらく続いた。ともかく逃げ出そうと動くということはない。

「そういうことだ。みんな、辛いだろうが今はこの難局を協力して乗り切ろう。若宮に菊川、それと三谷は俺と来てくれ。藤枝は昨夜に続いてみんなの食事の手配を頼む」

 全員が取り敢えずは落ち着いたところで恭輔が新たな指示を出した。呼ばれた天翔と将貴は顔を見合わせてしまう。

「何ですか?」

 すぐに恭輔の元に三人が集まったが、この状況で気心知れた面子しか集めないというのはどうなのだろう。しかもいつも通りに振舞えと注意されたばかりだ。

 案の定、恵介は何を話そうとしているのか探るように立ち上がると、わざとらしく窓辺へと歩いて行った。そこからだとばっちり四人の声が聞き取れるという位置に立つ。こちらは通常通りに振舞わなくてもいいのにと、将貴が小さく舌打ちした。

「お前らにしか頼めなくてな。小杉のことだ」

 恭輔はそんな恵介の行動に呆れた目を向けたが、すぐに三人を呼びつけた目的を告げる。小杉のことということは、圭太の死体をどうするかという話なのだ。

「何か指示があったんですね」

 天翔は先ほどの警察との電話の様子を思い出して訊く。言われたことは道が塞がっているだけではない様子だった。何かやっておくとの返事をしていたはずだ。

「そうだ。ドライアイスをありったけ集めてほしい。それと、少々厄介だが死体に処理をしてほしいとのことだ。そうしないと、見ていられない状態になるとのことでな」

 そう言う恭輔は具体的に何をするかを聞いているだけに非常に申し訳ない顔となっている。普通は病院でするようなことだ。ここにいる誰も心得はない。そんな中で頼めるのは、よく知る人物となって当然だった。

「何をやるかは、まあ、大体想像できます。叔母の葬式の時に見ましたよ」

 天翔はそう気を遣わないでも大丈夫と、何をやるか解っていると頷いた。死体はそのまま放置しておくと、身体の穴から内臓や脳が出て来てしまうのだ。それを防ぐために綿を詰める作業がいるのを見たのである。

「それは助かる。なかなか難しいとは思うが」

 恭輔は天翔ならば知っていると思い声を掛けたが、解っていてもやるのは別だからと謝った。他の二人も何となくは解っているので仕方ないと引き受ける。

「仲間ですからね。ちゃんとしてやらないと可哀想です」

 将貴は本当ならばすぐにでも何かしてやるべきだったのにと顔を曇らせる。

「あの時はどこか現実離れしているっていうか、ちゃんと受け止められていなかったんだ。仕方ないよ」

 そう慰める彰真も複雑な表情だ。自分より年下の人間の死に、何とも言えないという心情だからだ。

「すぐにやった方がいいですね。脱脂綿は救急箱にある分で何とかなるでしょう。ドライアイスは」

 天翔はすぐに動こうと何がどこにあるかを確認する。

「土産物店と、それとレストランにいくつかあるようだ。どちらの店舗の人もいないが、後で理由を言えば大丈夫だろう」

 恭輔は連絡は自分がやるからと、彰真に取りに行くよう指示した。レストランの従業員は午後の買い出しの途中で雨に見舞われ、山の上に戻って来ていなかったのだ。これは不幸中の幸いだろう。

「じゃあ、俺たちは小杉の元に向かうか」

 将貴は行こうと天翔と一緒に歩き出した。それを、恵介は聞いていただろうに手伝うと申し出ないのだから大したものだ。

「まだ、雨は止みそうにないな」

 そんな恵介に目を向けたついでに見た空はまだまだ暗く、大粒の雨を絶え間なく降らせ続けていた。

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