第22話 何だかもやもや

 今日も昼飯はこいつとかと、智史を目の前に龍翔は溜め息を吐きそうになった。しかし、明日までは我慢するより他はない。ともかくファーストコンタクトを無事に済ませ、デートの流れにする。ここまで手助けすれば後は自分で何とかしてもらうより他はない。

 この日も智史は約束より一時間も前に学食の一角を陣取り、すでに研究への影響が出ていることの表れなのだが、あれからどうなったのかと龍翔の登場にやきもきしていたのである。そんな智史の昼ご飯は特盛のカレーだった。

「なるほど。岩本先生の手まで煩わせてしまうとは」

 余計な奴は増えたものの食事会のセッティングは出来たとの報告に、まずそこが気になる智史だ。こういう反応だから心配になって仕方がない。

「あの教授は勝手に首を突っ込んできたんだから放っておけばいいんだよ。それより、どうやって浜野さんと仲良くなるか。それを考えろよ」

 今悩むべきはこれだと、わざわざ軌道修正する羽目になる。すると大問題だと、自ら手助けしろと言ったくせに打つ手なしの智史だ。どうすれば仲良くなれるのか。そこが考えられていない。

「ま、まあ。先ずは会話するところからだよな。うん」

 仕方なく一段階下からだなと、龍翔は目標を下げることにした。何にしても一発目に大打撃は避けたい。急に告白なんてされて千佳の機嫌が悪くなるのも回避したいところだ。

「そうだな。その、一緒に参加するという津田さんは大丈夫なのか?」

 会話の邪魔をされないか。ただでさえ一世一代の勝負を仕掛けようとしているだけに細かなことが気になる。

「そいつは俺が抑え込むから問題ない。というか、そこそこ場が温まるまでは津田に任せておけ。騒がしい奴だからさ」

 俺たちでは真面目過ぎて馬鹿騒ぎは難しいと、結局は悠大を道化役に仕立てる気満々の龍翔だ。それに対照的な奴がいれば智史の印象もよくなることだろう。千佳があの手の騒がしい奴を好きだとは思えない。

「そうか。明日か」

 心配事が取り敢えず無くなった智史は、今度はだらしのない表情になった。解りやすいことこの上ない。明日はどうなるかなとあれこれ妄想し、都合よく千佳と仲良くなっているのだろう。ひょっとしたらその先も妄想しているかもしれない。

 こいつも男だなと思いつつも、どうして俺がこんなことに付き合ってんだかと、龍翔はやけくそな思いで昼食に頼んだカツ丼を掻き込む。この無駄な恋話を乗り切るには、気合いを入れておかないと投げ出しそうだ。

「なあ」

「ん」

 口いっぱいにカツ丼を放り込んでいた龍翔は何だよと智史を睨み付ける。妄想に耽るならば一人でやってもらいたい。

「明日も晴れるかな」

 睨まれているとも知らずに、智史は窓の外に目を向けてそんな呑気なことを言い出す。こいつ、いい加減にしろよと龍翔は無視した。そしてふと同じように外を見て、いつまでも暑いんじゃねえよと、今日も相変わらず猛暑日をもたらしている太陽を、恨めしく見つめてしまうのだった。





 昼を過ぎると一旦は落ち着きを取り戻していた天文台だったが、それも数時間だけだった。雨は止まず、ずっと薄暗い。しかし外の明るさに関係なく、夕方が近づいてきたという気配は敏感に感じ取ってしまう。

「今夜は、何も起こらないよな」

 そんな囁きが、どこからともなく出るのは仕方ないことだった。また夜に何か起こるのではないか。その不安が全員の頭を過っている。もちろん、圭太を殺した犯人も何かを考えていることだろう。

 天翔は不安そうに伸司と佐介が夜をどう過ごせばいいか話し合っているのに耳を傾ける。色々と対策を練っているようだが、具体的に何も解らない状態だ。どうして圭太が殺されたのか。その動機すら見えてこない。誰かから恨まれるようなタイプではなかったはずだ。ともかく単独では動かない。それが一番だという結論に落ち着いたようだ。

「一人では動かない、か」

 しかし、それは相手が犯人ではないと確信を持っていないと危険だろう。でなければ誰も目撃者はいないと安心して次の犯行に及びかねない。

「ダメだ」

 それは連続殺人を疑っているということに他ならない。それだけでなく、仲間といえども信用できないと考えていることの表れだ。自分も冷静でいるようでしっかりとこの雰囲気に飲まれてしまっている。

「ちょっといいか?」

 そこに、集中力が途切れたと頭を掻く将貴が声を掛けてきた。その目は疲労を色濃くしていて、天翔は気晴らしだなと素直に応じる。ずっと一緒に研究してきた将貴を疑う気は毛頭ないから、余計にほっとしていた。時に性格の悪さを発揮するが、基本的にいい奴であることも知っている。

「俺も休憩したかったんだ。自販機にコーヒーでも買いに行こう」

 立ち上がって天翔は研究室の外へと促した。どうも研究室で話し合っていては気を使って仕方がない。他の人の目が気になって、喋るのにも気を使ってしまう。

「君たちも適度に休憩を入れるようにね」

 駆がどこへという視線を向けてきたので、天翔はそう声を掛けた。すると、何とか集中しようとしていた主馬が伸びをするのが見える。緊張状態の中でも博士論文を書こうと頑張っていたようだが、やはり普通の精神状態でない中で書くのは辛いようだ。首をぽきぽきと鳴らすと、立ち上がって窓の傍へと近づいた。ちょっと外を見て気分転換をしようとしている。しかし、まだまだ降り続く雨に顔色は悪かった。

「こういう時、責任ある立場は色々と大変だな」

 研究室から離れ階段を降りながら将貴は凄いよと褒める。任期付きとはいえ助教という立場になれたのだ。それだけでも自分より上だと思っていたが、こういう場面での冷静さに素直に感心してしまう。

「逆に言えば、責任あるからしっかりしていられるのかも。俺がただの学生だったら、あたふたしているだけだと思う」

 誰だってそういうものだと天翔は苦笑する。おそらくそれは、恭輔や雅之だって同じだろう。誰もが慌てふためく中で冷静に判断しなければ、そう自分に言い聞かせてやっているだけだ。あの時に見せた雅之の慌てようも、自分と同じく責任があっても困惑を隠せなかったからではないか。その原因が何なのか、天翔は疑問に思ったままだったが。

「どうかな。俺だったら責任があろうと投げ出すと思うね。まあ、この状態ではどこにも逃げ出せないわけだけどさ。でも、山田のようにあたふたとしたのは間違いない」

 どこにも出られず、しかも殺人犯とともにまだ三日過ごさなければならない。そう聞かされて剛大が逃げようとしたのは当然だと将貴は思っている。天翔の落ち着きは人一倍だと思う。あの後、剛大のことはずっと葉月が見ているようだが、落ち着きを取り戻せただろうか。

 人気のない一階の奥、土産物店のさらに奥に自販機コーナーが設けられている。三台ある自販機はどれも別のメーカーのもので、種類が豊富だった。二人は別の自販機から好みのコーヒーを買い、近くに置かれたベンチへと座った。

「静かだな」

 冷たい缶コーヒーを一口飲み、ほっと息をついてから周囲を見渡すも誰もいない。おそらく単独になることを恐れるためだろう。誰も下で休憩しようとは考えないようだ。本当に一階には二人きりである。

「雨の音が嫌なくらいに聞こえるな。また強くなってきたんだろうか」

 同じように周囲を見ていた天翔は、雨脚が強くなったのを聞き取った。静かな一階だから余計に窓ガラスを叩く雨の音が大きく響く。その音を聞いていると、このまま雨は止まないのではないか。そんな思いになってしまう。

「いつになったら止むんだ。止まないことには、復旧工事も進まないんだろ?」

 同じような気持ちに将貴もなり、思わず舌打ちしていた。異常事態に何とか急ぐと請け合ってくれたというが、当然、現場で働く人たちの安全が優先される。この大雨の中、どこまで強行出来るかは不透明だ。

「そうだな」

 それを言い出しては懸念しか出て来ないと、天翔は会話を打ち切るように立ち上がった。そしてそのまま土産物店へと近づく。

 圭太の横に落ちていたあの惑星ボールは、土産物店の入り口に透明な箱に山盛りの状態で飾られていた。おそらく人気商品なのだろう。一つ五百円とお手軽価格だった。

しかし沢山積まれているため、ここから持ち出されたものかどうかは解らない。おそらく、犯人は何らかの意図を持ってこれを持ち出したはずだ。それも火星を。

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