第20話 焼き鳥から変更しよう
ところが、徐々に観測精度が上がりその数十倍もあるブラックホールが発見されるようになったのだ。さらに銀河の中心にも巨大ブラックホールが確認された。太陽系のあるこの天の川銀河の中心にももちろん存在している。どうやら銀河の核として巨大ブラックホールが構成されるようである。
しかし、観測されるもののこの巨大ブラックホールをきれいに説明できる理論はまだ確立されていない。それどころか、原初の宇宙ではもっと巨大なブラックホールが作られていたのではと示唆されるようになっている。それは二〇一五年に初めて観測された重力波の発生源だ。あれは巨大なブラックホールが合体することで起こったとされている。
「ホットな話題だから、ぜひ浜野さんに理論を構築してほしいところだな。あの方程式はなかなかいいところを行っていたし」
昨日までの成果を思い出し、龍翔はうんうんと頷く。
「でも、せっかくアドバイスをもらって変更を加えても、まだすっきりしない感じです。妙な変数になるというか、総てが一つに集約できないというか」
解けないことはないものの、それは操作を加えたものでしかない。そう千佳は言いたいようだ。なかなか鋭い。数学的なセンスは千佳の方が上なのかもと、龍翔は危機感を覚えないでもない。
「そうだな。まあ、俺のアドバイスは急拵えで思いつきみたいなものだから捨ててくれていいよ。思いついたものが変数としてしか機能しないのも仕方ない。今日もデータと突き合わせてみるのか」
「そうですね。もう少し今の式のままで考えたいので」
千佳は決意を新たにした目をして笑う。その芯の強さに龍翔は素直に応援しようと思ってしまった。そして、これが智史の惚れた理由だろうかなんて考えてしまう。
そんな話題をしている間に、もう大学の中だった。理学部の建物が集まる辺りに来ると、他の学部のエリアよりも人が多い。朝早くから研究しようとやって来る龍翔たちのような奴らが多いこともあるが、夜通し研究に勤しむ者も多いためだ。
そんな寝不足な集団を通り抜け、いつものように自分たちの研究室に踏み込んだ二人は、どういうわけか昨日と同じく入り口で立ち止まることになった。
「へえ、若い研究者の交流会ですか。いいですね」
「だろ。我ながら名案。というわけで参加してくれ」
そう盛り上がるのは、今日も龍翔の机を勝手に使用中の悠大と、今日はいつも通りのポロシャツにジーンズ姿の知行だ。いつの間にこれほど親しくなったのか、非常に楽しそうである。
「ああ、二人とも。丁度いい。明日の夕方、若い研究者を集めての飲み会を企画したから」
知行は入り口で入っていいのかと躊躇う二人を見つけるとそう言って親指を立てた。それはもちろん龍翔への合図で、これで食事に行くのは自然だろと言いたいらしい。
「明日ですか。俺は大丈夫ですけど」
しかし問題は急に予定を組んで千佳は大丈夫なのかということだ。龍翔は自分の参加を表明しつつ、隣の千佳をちらりと見た。
「私も大丈夫です。って、昨日の何を食べたいかって、このためだったんですか?」
察しのいい千佳は、それならそうと言ってくれればと溜め息だ。ひょっとして研究室の飲み会ではないと知っていれば違うメニューを提案したのだろうか。
「あれ、ひょっとして焼き鳥じゃない方がいいのか。まだ店は予約してないから変更できるけど」
そしてその態度は知行もすぐに察知した。だからそう訊ねる。
「いえ。焼き鳥で大丈夫ですよ。若い研究者の交流って他に誰が来るんですか?」
だが、千佳はそのままでいいと首を振りメンバーを気にした。まあ、食べる相手にもよる問題なのかもしれない。
「今のところ、隣の研究室にいる新崎君にも声を掛けるつもりだよ。他は悩み中」
知行は笑顔で平然と嘘を吐いた。そのあまりに堂々とした姿に龍翔が呆れてしまう。
「新崎さんですか。廊下でたまにお会いしますけど話したことはないですね」
それは楽しみにしてくれるということかなと、龍翔は期待を込めて千佳の表情を窺う。が、特に変化なしであった。こちらが意識していないことは明確だ。
「あ、そうか。初めての人とだと焼き鳥って食べにくいな。これは違うメニューにしておくよ」
しかし知行はその反応よりもどうして焼き鳥に渋い顔をしたかが気になっていたらしい。そして閃いたと嬉しそうに言う。
「あ、ありがとうございます」
まさか気づくとはと、千佳は驚くというより呆れたという顔になった。普通、そこまで気が回る男はいないだろう。
「教授って奥さんラブだからね。女性の心をよく理解しているんだ」
呆れられては可哀想かと、龍翔はそう説明しておく。するとなるほどと納得の顔になった。でなければ女遊びに長けた奴としか思えない気配り具合となる。
「取り敢えず、第一関門突破というところか」
あとはどう智史と千佳の会話を弾ませることが出来るか。そこに掛かっているなと、龍翔はまだ頭を悩ませることになるのだった。
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