第17話 密閉空間で行方不明!?
時間が経つにつれ、雨は止むどころか激しさを増していった。窓を叩く音が耳につき、とても眠れる状態ではない。
「ダメだな。順番に休むって言っても」
「そうだな」
学生や他の研究員を優先して休ませようと、窓際にいた天翔と将貴は横になるのを諦めて外を眺める。今はもう真っ暗で、外をみたところで何も解らない。しかし雨が窓に当たるのはよく解った。絶えず流れる雫を見ていると、まるで電車の中からそれを見ているかのようだった。
他にもミーティングルームで休憩を取っているメンバーはいたが、やはり同じように眠れないようだった。無駄に寝返りを打ったり、諦めて天井を見上げていたり、中には同じように窓の外を見つめている者もいる。各研究室から二人ずつが休んでいるため、学生も話し相手に困っているのだ。休むという名目なので議論するわけにもいかない。誰もが時間を持て余している感じがした。
「川の氾濫はかなり広範囲らしいな。下流全域に避難勧告が出ている。夜が明けたら、被害の情報が入ってくるだろうな」
天翔は先ほど彰真から教えてもらった情報に暗澹たる気分だった。ただでさえ恵介のことが無視できないほど頭を悩ませ始めているというのに、状況がどんどん悪化しているのだ。
「被害か。となると、ますます帰られない可能性が高まるな。天文台に繋がる道の横にその川が流れているんだぜ。下手したら道が消えている」
将貴もこの場では川の話題だけに留めた。しかし気になることばかりだ。このまま帰れないとなると、どこかで衝突が起こるのではないか。周囲が気を遣っているだけに、恵介の行動が余計に目に付くようになっている。お前もこの時は遠慮しろよと、あくまでいつも通りおべっか使いに精を出す恵介への不満が将貴にも溜まっていた。それと、情報を抜かりなく収集しようという魂胆も腹が立つ。今もミーティングルームの片隅で、他の人たちの会話に耳を傾けていた。
「道路か。完全にこの山に閉じ込められてしまったわけだ。通信がしっかりしているのが、逆に気持ちを暗くするな」
ここで気象庁や他からの連絡がなければこの雨の具合だけで判断するしかなく、今から朝の心配をすることもないのにと天翔は溜め息だ。
「贅沢な悩みだけどな。まあ、今のインフラ技術は凄いからな。道が塞がったとしても大丈夫だろ。すぐに復旧するさ」
川幅は上流からすでにかなりあって、普段は緩やかな流れの川だ。雨による増水で氾濫したとしても、大きな被害にはならないだろうと将貴は笑う。
「まあ、そう願いたいよな。でも、最近の川の氾濫による洪水は洒落にならない。ここも楽観視は出来ないよ」
将貴があまり心配ばかりしても仕方ないと言いたいのは解っているが、それだけでは駄目だ。地球温暖化がどこまで影響しているのか、その方面の研究には疎い天翔には断言できないものの、ここ数年の大雨による被害は大きいものが多い。近くの川だから、普段から見慣れているところだから大丈夫というのは、正しい考え方とは思えない。
「お前は本当に遊びがないね。どうしてそうきっちり考えないと気が済まないんだ」
恭輔も指摘していることだが、天翔はどうにも真面目過ぎる。考えとしては正論で間違いはないものの、周囲が見ていると息が詰まりそうだ。
「きっちり考えるねえ。そういうつもりで言っているわけじゃないんだけど」
それは小さい頃からの癖だしと、天翔は困ったなと腕を組んだ。さすがに一日で二回も指摘されると困惑するところだ。
「これは筋金入りだな。両親もそういう感じなんだ」
将貴がこっちが困るよと苦笑する。それに対し、天翔は曖昧な表情を浮かべただけで答えなかった。ただ再び窓へと目を向け、その話題には触れないとの態度を取る。
一体どうしたんだと、将貴が声を掛けようと口を開いた時
「すみません。小杉さんを見なかったですか」
気弱そうな声がそう訊ねてきた。見ると学部生の一人、山田剛大がいた。名前に似合わずこうおどおどしたところのある学生である。
「どうした。小杉がいないのか?」
さっきまでここで休んでいたよなと、将貴は天翔に確認する。天翔も休めずに何度も寝返りを打つ姿を見ていたので頷いた。そして部屋の中へと目を転じたが、確かに圭太の姿は見当たらない。
「トイレじゃないのか?」
天翔が指摘すると、すでに探したと剛大は小さな声で言う。これは散々探したものの見つからず、意を決して声を掛けたというわけのようだ。それだけ天翔には話し掛け難い雰囲気がある。
「見つからないって、どのくらい前からだ?」
緊急事態と解った天翔が口調をきつくして問う。よもや外に出たとは思えないが、もし出て戻れなくなっているのだとしたら一大事だ。
「三十分前からです。ミーティングルームで休んでいるはずだったんですよ。だから休憩の交代だと思って声を掛けようとしたら、いませんでした。それで、トイレや階段といった休憩できそうなところは探したんですけど」
どこを探しても姿が見つからないのだと、剛大は自分のミスのように縮こまってしまった。
「若宮は怒っているわけじゃないんだ。そう気にするな。ともかく、もう一度探してみよう。俺たちも手伝うから」
ほら、その性格はちょっと困ることもあるだろと将貴は苦笑する。それに天翔はどう表情を作っていいのか解らない。その匙加減が解れば人生苦労していないというものだ。
「どうかしたの?」
そこに休憩を取りにやって来た葉月が加わった。圭太の姿が見えないらしいが見なかったかと訊くと、葉月は見ていないと首を振る。
「いなくなるというのは考えられないわよ。どこかにいるはずよ。小杉君ってたしか島田君と仲がいいわよね。どこかで喋っているのよ」
そんなに心配することはないと、困惑の表情で三人を見比べる剛大に葉月は請け合った。すると少し表情が和らぐ。やはり頼れる存在だ。空気を和ませるには彼女に任せるに限る。
「いてくれて助かったよ」
廊下に出ると、天翔はそう葉月に声を掛ける。自分だけではより剛大を心配させることしか出来なかっただろう。
「いいのよ。それより探しましょう。若宮は研究室の方向を探して。私は一応、用事があるとは思えないけど、天文台室を見てくるわ。一人になりたいだけかもしれないし」
「解った」
手早く分担を決め、天翔と将貴は研究室方向へと走り出した。剛大は葉月と一緒に逆方向の天文台室へと上がるための階段に向かう。同じ方向からも行けるのだが、その途中に圭太がいた場合見つからない場合があるとの考えからだ。
「まずは島田に話を聞こう。何か知っているかもしれない」
天翔は圭太と仲がいいという駆に話を聞くのが早いと、自分の研究室を目指す。廊下には人気がなく、誰もが研究室かミーティングルームにいるはずだとの思いが強くなる。その中で行方不明なんて起こり得るはずがない。この激しい雨の中、外に出るなんてもっての外だった。廊下がどこも濡れていないことも、それを確信させる。
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