第18話 殺人事件発生!!
「おい」
天翔は自分の研究室のドアを開けると、そう声を掛けた。するとパソコンを見ていた四人が顔を上げた。研究室には丁度良く全員が揃っていたのだ。
「島田君。小杉君を見ていないか」
「えっ。小杉ですか。いいえ」
どうして圭太の行方を訊くんだと、いきなりそう問い掛けられた駆は怪訝な表情だ。それだけでなく動揺したように目が泳いでいる。今の自分の言い方に駆も怒っているように感じるのかと、天翔はうんざりとしてしまった。
「三十分ほど前から姿が見えないらしいんだ。探すのを手伝ってくれ」
しかし駆は自分の性格を知っている。状況を説明すればどういうことか理解してくれる。その証拠に駆はすぐに頷いた。そして心配そうな顔になった。二人の仲がいいというのは本当らしい。
「小杉の姿が見えないんですか。解りました」
どこかで二人で喋っているのではとの葉月の推理が外れ、一体どこにいるんだと天翔は焦った。横にいた将貴もこれは異常だと表情が厳しくなる。
駆が立ち上がると、学生たち三人も手伝うと立ち上がった。何かあったのならば自分たちも手伝うと、天翔の力になると申し出てくれたのだ。
「じゃあ、二人一組となって一階を探してきてくれるか。何かあったのかもしれない」
体調不良で動かなくなっている可能性もあるなと、天翔はそう指示した。そうしておけば一人は救助を、もう一人は応援を呼びに行くことが出来る。学生たちが一階へと向かったのを見届け、自分たちはこのまま他の研究室の確認を続けることにした。
「こんな時に」
誰もがそわそわして気が立っている中でのトラブルに、天翔は大丈夫だろうかと心配になる。何もないと信じたくても、嫌な方向にしか考えられなかった。
「妙なことになっていなければいいが」
そう、具体的にトラブルが思いつくわけでもないのに呟いてしまう。
隣の葉月の研究室に行くと、和田美結という研究員と典佳が女子トークで盛り上がっているところだった。当然、二人とも圭太の姿を見ていないと言う。
「いなくなったんですか。こんな雨の中」
典佳の反応は尤もで、だからこそ困っているのだ。その呑気さをここでも発揮しないでくれと、将貴は思わず注意したくなる。が、それはイライラをぶつけているだけだと堪えた。どうしてなかなか見つからないのか。それが余計に不安を煽る。限られた空間の中で誰も見ていないというのも気になる。
「手伝いましょうか」
心配そうな二人の顔に美結が申し出るが、すでに捜索の人数は足りている。ここは待機する人が必要だと、二人にはその場で連絡を待ってもらうことにした。
「次は鳥居先生のところだな」
研究室の三つめは恭輔のところだ。ここに何か用事があっていてくれることを祈るしかない。二人がそう頷いて恭輔の研究室に向かおうとした時だ。
「うわあああ」
大きな悲鳴のような音が聞こえた。これはどう考えても雷ではない。どこから聞こえたのか、そう思って二人が耳を澄ませていると、続けて誰か来てと叫ぶ声がする。こちらは女性のものだ。
「――」
不安が的中した。それが二人の率直な思いだった。そしてすぐに声の方向へと駆けだす。それはミーティングルームのすぐ近くのようだった。途中、悲鳴を聞きつけた恭輔と合流する。
「一体何が?」
「解りません。ただ、小杉君の姿が見当たらないとの情報があります」
ただ事ではないはずと、天翔は不安に表情を曇らせる。この雨の中で緊急事態となると、どこにも助けを呼べない。大怪我やここでは対処できないほどのことではないと祈るしかない。
「大丈夫か」
救援を呼ぶ声を上げたのは、なんと葉月だった。腰を抜かしてしまったのか、給湯室の前で床に座り込んでいる。しかし目は部屋の中にくぎ付けとなっている。
「どうした?」
その状況に、三人はもう手遅れなのだと理解した。だからゆっくりと給湯室に近づく。そして中を見て、覚悟はしていたものの驚くことになる。
「これは」
「一体、誰が」
探していた圭太は、部屋の中に大の字になって仰向けに倒れていた。その横に、安否確認のために近づいていたのだろう、茫然としてしまった剛大の姿がある。応援が来たことで安心してしまったのか半泣きだ。言葉が出ず、ただ圭太の胸の辺りを指差していた。
そこには深々と包丁が刺さっている。その包丁はこの給湯室に備え付けられているもので、刃の部分はセラミック、柄がプラスチックの丸型と変わったデザインのものだ。だから見間違えるはずがない。ということは、圭太はここで犯人に刺されたことになる。
恨みがあっての犯行か。しかも死ぬまでに、いくらか時間が掛かったはずだ。その間、圭太はどうして異常を知らせなかったのだろうか。
「トラブル。でも」
全く話題になっていなかった研究員の小杉圭太の死に、誰がどうしてとの疑問しか出て来ない。それに何があったのか。中で争ったらしく、鍋やフキン、それに菜箸や茶碗といったものが散乱していた。
顔の辺りは水に濡れていて、緊迫した状況だったことを伝えている。この二畳半ほどしかない部屋で何があったのか。水は顔だけでなく、床の半分ほども濡らしていた。
「どうしてだろう」
そして何より気になるのが、圭太の表情だ。目を閉じたのは犯人としても、どうして口に笑みを浮かべているのか。状況からして自殺のはずがない。それなのに、奇妙に幸せそうな顔をしている。まるで自分の胸に包丁が刺さったことに気づいていないかのようだ。
「おい、これ」
散らかった部屋と圭太の顔を交互にを見つめていた天翔に、何かを発見した将貴が大きな声を出し何かを指を差した。
「どうして、こんなものが」
それは小さなボール状のものだ。しかしただのボールではない。一階の土産物店で売っているもので、火星の表面を再現した柄となっている。これは太陽系の惑星の総てがシリーズとして売っているものだ。つまり全部で八種類売られている。
「まさか、な」
ここにいる誰かが犯人というだけでなく、連続殺人を示唆しているのか。そう思った天翔だったが、さすがにその懸念はすぐに打ち消していた。
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