第8話 恋の相談が理不尽!?

「はい」

 内線を引き継ぎ、今日は妙に思い悩むことが多いなと、龍翔は口から出かかった文句を飲み込んで電話に出る。

「ああ、いたいた。よかったよ。実は折り入って相談したいことがあるんだが」

 そんな数メートルの距離をやって来ない智史は、何故かそう言ってほっとする。これはどうやら骨折ではないらしい。しかもこの時間には大体いるはずなのだがと、龍翔はその奇妙な台詞に警戒した。何だか妙なことに巻き込まれそうな予感がする。

「相談って、金なら貸さないぞ」

 直接言えない相談事といえばこれだろうと、龍翔は勝手に決めつけて言ってみた。すると違うと間髪入れずに否定される。その速さに龍翔はびっくりした。

「じゃあ、何だよ?」

 おかげで巻き込まれたくないと思っているくせにそう訊いてしまった。しまったと思った時には遅い。

「用件は簡単なんだ。そっちにいる浜野さん。しばらく貸してくれないか」

 意外な指名に龍翔は何かあるのかと思わず千佳を見た。しかし千佳は電話が終わったらまた資料との照らし合わせを始めていて、自分に用事があるとは露とも思っていない感じだ。

「共同研究ならば直接申し込めばいいだろ。別に俺を通す必要なんてないし。うちの研究室に属しているとはいえ、やっていることはバラバラだからな」

「違うんだ」

「じゃあ」

「貸してくれという言い方は語弊があったな。デートに誘いたい。何とかしてくれ」

 これを青天の霹靂というのだろう。龍翔は告げられた内容が、理解を通り越して衝撃となって思考が停止してしまう。デートに誘いたい。それって付き合いたいってことか。もう頭の中が大混乱だ。

「どうしてお前が最初に電話を取らないんだよ。まさか彼女が、ずっと話したいと憧れていた浜野さんが出るとは思っていなかったから、ちょっと覚悟が揺らいだだろ。こっちはこの土日、もやもやとしながら過ごしたというのに。直接話せて嬉しいが、これでは気持ちを伝えるのがまた遠ざかってしまう」

 堰を切ったように始まった智史の愚痴に、龍翔の思考はようやく現実に起こっている事象だと捉えた。そしてとんでもないことを頼まれているのだと気付く。

「待て待て待て。頼む相手を間違っているよな。何とかしてくれって何だ。というか、デートに誘うならば、それこそ俺を通さずにやってくれよ。本人に直接言えばいいだろ」

 小学生かと、思わず怒鳴ってからヤバいと龍翔は口を手で塞ぐ。颯太と聖哉が不思議そうな顔をしてこちらを見ていたが、本命の千佳は相変わらず資料のチェックに余念がない。自分が龍翔と智史の話題の中心にいるとは、おそらく巨大隕石が落ちてくる確率ほど考えていない。

「直接言えるんだったらとっくの昔にやっている。出来ないからお前に頼んでいるんだろ。毎朝二人で楽しそうに出勤してきやがって。羨ましいこと山のごとしだ。それだけ仲が良くて何とも思っていないのならば、仲介ぐらいしたらどうだ?」

 言ってしまって開き直った智史はそう命じてきた。いやいや、仲がいいといってもそれは同僚としての範囲内だ。龍翔だって女性の扱いが解っているわけではない。そう思う龍翔は無理だと断る。そもそもデートの仲介って何だ。

「じゃあ、一先ず一緒に食事をしたい。だからお前が飲みに誘ってくれよ。両者の知り合いとしてならば問題ないだろ。後は――自分で何とか頑張る」

 どうしても龍翔に頼みたい。ここで断られては困る。その板挟みになった智史は妥協案を提示してきた。これは本気で恋している。一縷の望みに総てを掛ける覚悟を感じ取ってしまった。

「ま、まあ。飲み会としてならばな。うん」

 それもどうやって誘うかが難しいぞと、他のメンツを呼ばずに千佳だけ呼び出す理由が思いつきそうにない龍翔は返事が渋々だ。が、智史はこれで上手くいくと確信してしまったらしい。

「では、頼んだ。昼休みに打ち合わせをしよう。学食に一時半な」

 勝手に今日の昼に打ち合わせをすることを決めてしまい、智史は電話を切ってしまう。なんて一方的。そして理不尽。龍翔は切れた電話を見つめてしばし固まってしまった。

「何故だ。俺は定期入れを探さないといけないのに」

 新たな問題だと、週の初めの月曜日から憂鬱が続く龍翔だった。

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