第5話 人間関係は星より複雑

「相変わらず遊びのない奴だな。褒められた時は素直に喜んでおけばいいんだよ。君がちゃんと次を見据えていることくらい解っている」

 朝から堅苦しい話をしてすまなかったなと、恭輔は立ち上がると天翔の肩をぽんっと叩いた。あまり気持ちを張り詰め過ぎていると躓いた時に立ち直れなくなるぞと心配することも忘れない。

「はい」

 そんな気遣いに、天翔は畏まったままであるもののしっかりと頷いた。この人の下で研究していてよかったと実感もする。それに恭輔も良しと頷いた。

 そしてそのまま出て行くのかと思いきや、恭輔は辺りをきょろきょろと見渡す。その様子は今から拙い話をするぞと言っているようなものだ。

「それはそうと、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 そして声を潜めてそう言った。これは何やらただならぬ雰囲気を感じる。天翔は自然と表情を引き締めた。

「あの、俺は外しましょうか」

 その空気に駆は自分がいない方がいいのではと出て行こうとした。二人の間で処理すべき問題かもしれない。

「いや、君からも意見を聞きたい。というのは、講師を務めている坂井君のことなんだ」

 その名前に二人は思わず、ああと声を漏らしていた。坂井恵介は天文学者としては十分な実力を持っていて、講師としては何一つ問題ないのだが、厄介な一面を抱えていた。

 それは所長のご機嫌取りが目に余るというものだ。いわゆる腰巾着というヤツである。ことあるごとに雅之の機嫌を取り、気に食わないことがあれば告げ口をしているのではないか、というのがここにいる全員が感じていることだった。

「他と上手くやれているならば、どういう場所にもああいうタイプはいるからと目を瞑れるんだがな。その、最近は君に対して何かと言っているようではないか」

 それは自分の気にし過ぎなのか。それを恭輔は確かめたいんだと天翔の顔を覗き込む。これは一概に否定できないものであるものの、自らそうですとはいえない問題でもあった。

「まあ、研究に支障はありません」

 そう答えるのが無難というものだ。それにこの問題へ恭輔が下手に介入すれば事態をややこしくしかねない。今や研究ポストはどんな場所でも争奪戦だ。おそらくここに来て恵介が妙に雅之に取り入ろうと必死になったり天翔の悪口をこそこそ言っているのは、そういう事情を抱えてのことである。

 というのも、天翔が任期付きのポストにいるということが厄介なのだ。任期はまだ一年以上残っているとはいえ、そろそろ次をどうするか考え始める頃だ。

 そうなった時、いわば恭輔の弟子にあたる天翔が自分を追い越していいポストに就くのではないか。もしくは自分を追い出して講師のポストに納まるのではないか。そんな懸念を恵介は抱いている。それは天翔としても問題となっていることで、次に関して考える場合、恭輔を頼るべきか否かは避けられないものだ。

「お前が気にしないと言うならば俺があれこれ言える立場にはないが、島田から見てどうなんだ。よく一緒にいるならば何か感じることはあるだろう」

 それは駆に対して恵介が間接的な嫌がらせをしていないか。そう確認する問いである。たしかに不快に感じることがないでもないが、我慢できる範囲であった。

「まあ、困っているほどじゃないですよ」

 天翔が苦情を申し立てていないのに自分が言うわけにもいかない。何とも微妙な力関係が透けて見える事態になってしまった。それに気づいた恭輔はすまないと謝る。

「いえ、心配してくださってありがとうございます」

 ついに恭輔が解決に乗り出そうと考えるほどか。天翔はのんびりしていられないなとの気持ちになる。次が見つからなければ研究を続けられないのだ。それだけは避けなければならない。が、安易な方法は後々の禍根となりかねない。それを今のやり取りでよく理解した。

「まあ、困るようなことがあったらいつでも言ってくれ」

 この場で何らかの解決が出来るわけでもなく、そして天翔の本音を引き出せるものでもなかった。

「引き続き恒星の輪に関して研究していくということだな。解った」

 淀んでしまった空気を振り払うように恭輔はそう言うと、今度は素直に研究室を出て行った。

「何だか妙に疲れる朝ですね」

「ああ」

 静かな珍しい朝は、こうして波乱含みで始まったのだった。

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