四日目
夕方頃に目を覚ました私は余りの希死念慮に近所に住む友人に連絡し、二十時に友人宅へ向かった。
部屋にはマーチンというギターがあったので、『抱きしめて』の数フレーズ分のコードを七種類も教えて貰った。とはいえ、爪が長い私には録に弦は抑えられなかったのだが。いつかサビだけでも弾ける様になれば良いと思った。
「これ友達に売るまで預かって」
とDXMを瓶ごと渡した。
それからつらつらと一通りの話をしたら「死んだら困る」と言われた。一瞬、困らない癖に、とも思ったが、元カノが自殺した人に言われると申し訳無い気持ちになった。
その後もご飯を作って貰って食べたり、話を聞いて貰ったりして何かと甘えた。
深夜二時過ぎ、寝顔を横目に抜け出して肌寒い夜道を歩き自宅に帰った。何故か手元にDXMが有った。
それからメンヘラの三大バイブルの一つである『完全自殺マニュアル』と睨めっこをした。―――因みに残り二つは『卒業式まで死にません』と『人間失格』だと個人的に思っている。否、『NANA』や『八本脚の蝶』も捨て難い―――挙句、所持金を使い切ろうと思案した結果、実家で祖母の料理を食べる事にした。私は父子家庭の上、母はプロの料理人である為、お袋の味と言えば祖母の料理だった。
体力が無いので、小さなリュックに読みかけの『コインロッカーベイビーズ』と『リルケ詩集』と下着を二種類、それからビタミン剤とDXMの瓶を詰めた。大分軽い、これなら大丈夫そうだ。
ペットの死にかけの蛇に水をやり、エアコンを暖房に切り替えて、暖かい服に着替える。
始発の新幹線に乗るべく、朝五時過ぎに家を出た。
自分でも馬鹿だと思いながら泣きながら実家に向かった。
帰宅すると祖父母が驚いてこちらを見た。私はいつも通り接して欲しかったので明るく振る舞った。少し話して、皮を剥いてもらった梨を食べて、「祖父の部屋で寝る」と言った。祖母のパジャマを着た途端決壊した。二人の耳が遠いのを良い事に、静かに泣いた。
郷愁や幼児がえりなんて可愛いものじゃない、反社会性でも反体制でもない。社会に迎合出来なかった人間が堕ちる場所だと思った。
「社会なんて幻想だよ」
彼が口癖にしている言葉が頭を過ぎった。確かに、社会構成論に基づけば社会なんて共同幻想に過ぎない。『トロピカルうさちゃんファンタジー』でそれを嘘と唄い、『分裂gimmick』でそれを盲信する者を非難し、『今日のテロル』であらゆる社会に対する反体制の意志を綴った。
それでも私はその幻想に付き合って行かなければならない現実に付き合いきれなくなったのだ。
やっぱり自殺しよう、そう思った矢先のバイブレーション。彼からメッセージが届いた。
「日本酒好きです!楽しみです!」
スタンプで可愛らしく「ありがとう」と文末が飾られていた。嗚呼、どうやら私は地元の地酒をお土産として届けねばならない様だ。お金も気力も無いというのに、どうしよう。勿論約束でもあるまいし、破ったって構わないのだ。
普段は素っ気ない上に、私の事なんて遊び相手くらいにしか思ってない四つ歳下の彼に振り回される私は甘え方も解らないおばさんだな、と再認する。
「ご機嫌取りが上手いんだから」
などと茶化した返信を済ませ、生きようかどうしようかと迷う所まで思案を引き戻されたのだった。恋だって勿論、思い込みの産物だと言うのに。
「キーン」とDXMの耳鳴りが聞こえ出した。
―――抱きしめて 今夜だけ一人
音の丸い石で抱きしめて
抱きしめて 孤独な夜だけ
過去に浮かぶ星よ またたいて
デキストロメトルファンタジーな
僕を白い歌で抱きしめて
デキストロメトルファンタジックな夜
夢が夢で覚める不思議な部屋
『抱きしめて』(一部抜粋)
DXMF🦋 虎兎 龍 @yurixtamura
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